先週の日本近世文学会では、西鶴の読みをめぐって面白い質疑応答があった。西鶴の秘められた意図に迫っていく発表に対して、当時の読者はそれを理解しえたのかという趣旨の質問があり、議論になった。作者と読者の間のコード(っていうのもややなつかしい感じのタームになってしまったが)の問題である。
近年の文学研究は、テクスト論の洗礼をへて、作者側から読者側の立場に移行していると言われている。近世文学研究では必ずしもそのようになっているとは思えない。示された作品(テクスト)の読みが、どちらの立場でなされているのかということに無自覚である場合が多いといえよう。
しかし、たとえば源氏物語の本文論などでも、オリジナルの源氏物語に迫ることより、さまざまな読者の読みに基づく異文の魅力を洗い出す方が主流になってきているのではないのだろうか。少しまえにふれた大島本源氏物語の研究などを拾い読みしても、そんな感じがする。
さっき私が書いた「作品(テクスト)」という書き方については、実は作者の立場と読者の立場の両方を意識して本文を論じているという意味で、一時期の私が使用していた書き方なのである。これに気付いてコメントしてくれた人はこれまでたったひとりだったのだが。まあ、そういうことは近世文学研究ではさほど問題にはなっていないということなのであろう。
しかし、この問題が非常に鮮明に問われたのが、冒頭で述べた質疑応答であったのである。しかも、発表者が野間光辰氏の、質問者が暉峻康隆氏の、という戦後西鶴学の二巨頭の学統の流れをくむ現代の論客ふたりの対決だ!という見方も可能だったので(そんな見方をされても迷惑でしょうが)、私なりにスリリングに拝聴したのである。
ところで、2日ほど前に、私より7歳ほど年下の近世文学研究者と、研究の現状について話をした。彼らの世代(40代半ば)は、文学史の再構築について考えている人が結構多いのだという。文学史の議論というのは、ここ20年くらいは、学会では非常に低調であると言わざるを得ないが、一方でさまざまな新知見が出ており、そろそろ文学史の書き換えが、学会全体の議論になってもいい時期に来ているのかもしれない。
そうであるなら、ある程度研究を重ねてきたはいるが、旧来の文学史観に対して若干距離を持っている、40代なかばほどの諸氏に、学会員が多数参加できるような場で、意見を戦わしてほしいと思う。もちろん50代以上も参加していいとは思うのだが、40代でやれば確かに面白い気がする。これまで彼らは文学史的なことを表明する機会があまりなかったように思うからである。基調報告はやめて、いきなり議論をし、フロアが発言する時間もたっぷりとって中途半端にならないように、2時間くらいぶっとおしでやるというのはどうであろうか。シンポジウムというのは往々にして失敗するが、それは議論が大体見えているからだと思う。誰が何をいうかわからないシンポジウムを開いて、議論をたたかわすということを是非やってもらいたいものである。
以上と一見まったく関係ない話だが、昨日は、主として本を「観る」ために、3箇所をハシゴして、存分に堪能することができた。質量ともに1日にこれだけの本を見るのは滅多にないというような日であった。それを見ながら、本文の議論はやはり「モノとしての本」のあり方とも関わらせなければならないということを改めて痛感した。おとといの年下の研究者との談論でも、その話が出た。それが近世文学特有の視点になるはずであろう。日本史や美術史でも新しい動きがあるように仄聞している。専門領域を超えて、文化史の方法について議論するというのもアリかもしれない。
2009年11月15日
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専攻が奈良時代の文学であったゆえ、大学で近世文学の講座を受講したのはたった一講座のみでした。
世間胸算用
テキストは版本の写しでしたが、力のない私には岩波文庫の前田金五郎氏の解説無しでは授業にはついて行けませんでした。
授業を受け持たれていたのは、植谷元先生。
詳細な先生の授業は、一年かかって文庫本の方で言えば一ページも進むことが出来ないほど密度の濃いものでした。
そんな授業の中で。よくお耳にしたこのお二人のお名前。
いまここで、このお二人の名を拝見し、何もわからぬまま、江戸期の読者達の文学的な素養の高さに驚いていた学生時代の一こまをなつかしく思い出しました。
文学の研究において、いくつかの視点を意識することが重要な気がします。
たとえば、「作者の意図は何か」「読者の理解はどうか」「同時代がどう反映されるか」「作品が時代にどう影響していくか」など。
自分の視点がなにか。他の視点からは、どう見えるかなど意識していきたいですね。
以上、研究初心者の感想でした。(^^;