『文学』5・6月号は「17世紀の文学」。巻頭座談会は熊倉功夫・市古夏生・廣木一人・鈴木健一(司会)。熊倉氏の寛永論は鮮やか。「綺麗」というキーワードで、新しい表現の時代を捉える。
廣木氏の、芭蕉を連歌史に位置付けていくという文学史観の提唱。百韻や歌仙をLinked verseと名付け、その末尾に芭蕉を位置づける。芭蕉は俳諧だからといって滑稽に解そうとするには無理がある、それよりも連歌史に位置付けた方がすっきりすると。俳諧研究者との議論が期待される。
同じ号の川平敏文「和学史上の林羅山―『野槌』論―」は、近世文芸思潮史の捉え方に一石を投じる。羅山における「情」の肯定の言説に注目、いわゆる仁斎の「文学は人情を道ふの説」に先行する言説として評価すべきであるとする。また古今伝授の否定の言説をとりあげ、契沖への道を開いたものとする。
スケールの大きな説であり、文芸思潮史の常識に挑戦しようとする志が伺える。あえて大胆な見取り図を提示したものと受け止める。
川平氏は、羅山の情の肯定には朱子学的な限界があるにせよ、「中世という国境を超えて踏み出されたこの一歩の意義は、決して過小評価されるべきではない」。仮名草子の好色物の執筆に理論的な裏付けをもたらし、歌や源氏・伊勢の注釈の前提となったのではという(これについては別稿が用意されているらしい)。
川平氏の論はしかし、見方を変えれば、中世の仏教(現世否定)的世界観から近世の儒教(現世肯定)的世界観という、古典的な図式の枠組みに収まってしまう論だともいえなくもない。
もっとも川平氏は、『野槌』の中に、その転換のドラマを読みとれるとしているわけであり、それはそれで結構なのであるが、後半の伝授主義の否定・契沖への道、と筆を急がずに、このドラマにみられる葛藤をもう少し丁寧に追うという叙法もあったのではないだろうか。和学史論にいく前に、『野槌』論を粘り強くと。たぶん、それもまた別に論じられることを期待している。
【追記】散人のこの感想に対して、閑山子氏がコメントを寄せてくださり、さらに、氏のブログに補記を書かれているのでご参照ください。
2010年05月30日
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『野槌』については、これまで拙稿に少しずつ取り上げておりますが(注1に載せたものです)、序文の問題など、もう少し書きたいことはあります。なお、拙ブログに補記を載せました☆
論文そのものは問題提起的でスリリングでした。
タイトルについてですが、「和学史」という概念そのものがマイナーではないでしょうか。『文学』誌という雑誌の性格を考えるのであれば、「和学史上」と言うだけで、あるいは小さく感じられてしまうのではないかと。それもったいないなと。
羅山らの考える「和学」は、漢学と対比的な国学ではなく、漢学(儒学)のための和学、漢学の中の和学というスタンスなのでしょうね?
「和学史」と言う時に、歌学とか国学との関係はどうなるん?とかいろいろ疑問持ってしまうので。