『近松研究所紀要』第21号(2011年12月)に、拙稿「秋成の晩年と浄瑠璃」を載せていただいた。このブログでもちょっと書いたことがあるが、僭越にも厚顔にも恥ずかしながら近松研究所の役員のようなことをやっているので、「演劇に関わる」論文を書きなさいとI所長に夏休の宿題を与えられて書いたものである。まことに汗顔の至りとはこのことである。
まえから書きたいネタがひとつだけあった。秋成が『胆大小心録』で中井竹山を茶化しているところがある。これが『ひらかな盛衰記』を踏まえてますよ〜ということ。しかしそれだけで論文になるわけがない。そこで『春雨物語』の中の通俗的と言われている部分を、浄瑠璃の摂取か流れ込みと読んでみた。
すでに先学がいろいろと言っていることにのっかっているところが多いのですが。それにしても怖ろしいかったのは、ここに投稿する論文は、近松研の評議員をされている錚々たる皆様の査読的なことを受けたことである。U先生、T先生から貴重な御教示を、H先生からはコメントを賜る。やはり専門家は怖えええ! ともあれ、お慈悲で不採用にはならなかったようで。
2011年01月08日
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