「近世における蔵書形成と文芸享受」という国文研の基幹研究プロジェクトの平成23年度第1回共同研究会で、「妙法院宮グループと蘆庵文庫」という題目で報告をすることになっている(5月27日 於国文研)。
新日吉神宮所蔵蘆庵文庫の蔵書形成の前提のような話だが、蔵書形成というところまではもっていけそうにない。我々蘆庵文庫チーム(『蘆庵文庫目録と資料』を刊行した蘆庵文庫研究会と同メンバー)からは、私と加藤弓枝氏が報告するのであるが、加藤氏の報告は、まさしく蔵書形成に関わる、「書籍講」の話である。
ともかく17年ぶりに妙法院宮真仁法親王とその周辺について調べ直している。とてもきちんとしたものはできないが、その勉強は面白い。この17年の間に、研究史の上では大きな出来事があった。一つは『妙法院日次記』が、寛政四年あたりまで刊行されたことである。妙法院宮を知る根本資料だけに、今後は外せないものである。もうひとつは、京都国立博物館で「妙法院」をテーマにした展示が行われことである。これはもちろん見に行ったが、呉春描いた真仁法親王の肖像を見ることが出来、感銘を受けた。憂いを湛え、どこか危険な香りのする親王像で、一度見たら忘れられない。これでイメージが鮮明になった。
秋成も妙法院宮とは関係がある。とにかく積極的に地下と交わった変わった親王である。
私自身の研究はこの間進んでいるとは言えないが、『江戸文学』に『絵本太閤記』のことを書き、浜田啓介氏によって指摘されている、序文を妙法院関係者が書いていることの意味を少し考えてみた。今回の発表ではこのことは扱わないが、豊臣との結びつきが強いことは政治的な意味でもちょっと面白いと思っている。
2011年05月23日
この記事へのトラックバック


妙法院宮真仁法親王の書を飾ろうと計画しています。「いせの海」の和歌や、同時代の「写楽とのかかわりはなかったのか」などに興味をもち調べています。講座の内容など、楽しみにしております。
このブログに「さる丸太郎氏」より「写楽とのかかわりはなかったのか」とありますが、写楽といえば今東博で写楽展が、写楽の肉筆浮世絵を中心にNHKで特集あったり、千葉美館でのボストンの展覧会でも話題ですが、謎の多い画家。
真仁法親王とかかわりがあったとすると興味深いですね。どうなんでしょう教えて下さい。