2011年09月25日

韓国の古典小説

韓国ソウル高麗大学校で開催される日本近世文学会が近づいてきている。

韓国の方に日本近世文学とその研究状況を知っていただくのに、とてもいい機会であると同時に、我々が、韓国の文化・文学を知る良い機会でもあるはずだ。

日本から行く研究者のうち、おそらく半数以上が韓国初体験であろう。また2回目、3回目、それ以上であっても、これだけの数の、日本に関心のある韓国の方が集まっている場所に行くことに大きな意味がある。おそらく学生・スタッフを含め数十名の韓国の方(そのほとんどは日本語が自在に操れるレベル)が学会にはいらっしゃるであろう。

その逆を想像すると非常に考えにくいのではないか。つまり、我々は韓国の文化・文学のことを余りに知らないのではないか。

という反省から、2008年にぺりかん社から刊行された『韓国の古典小説』をひもとく。冒頭のメール座談会で、その特徴・面白さが上手く語られている。私にとってはたとえば「野談」が興味ぶかい。日本の「奇談」のジャンルと比べるとどうなのか?

 また「熱狂のリアリズム」という染谷智幸氏の論文は、日韓の文化の違いが、江戸時代―朝鮮時代の文学の違いに極端にあらわれていると説き、韓国文学の特徴として知と礼節、その背後にある熱情を指摘する。たとえば日本では、規格外れの主人公がもてはやされるが、韓国では知的で礼節をわきまえた才子が主人公であるケースがほとんどであるなど、最近の韓流ドラマまで視野に入れた説得力ある展開である。

 もっとも、知と礼節をわきまえた主人公が江戸時代文学に存在しなかったわけではないだろう。はたしてそれらの主人公は、江戸時代においても傍流だったのか。そういう議論は可能なはずである。

ただ韓国古典小説から照射した時に、江戸時代文学の再発見があるにちがいないという気にさせられるし、何より、韓国古典小説そのものが読みたくなる。

そういう気持ちになった時に、では何を、どの本で読めばいいかという入門書になっているところがこの本のいいところである。学会から帰った人たちが買いたくなるのではないだろうか。いやいや、学会に店を出すべきだったですかね。シンポジウムのトップバッターの延広先生の要旨にも、最適の朝鮮文学入門書として紹介されている。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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