国文学研究資料館の公募研究「近世風俗文化学の形成―忍頂寺務草稿および旧蔵書とその周辺」(研究代表者・飯倉)の報告書作成が最終段階に入っている。国文研のAさんの献身的な編集作業の賜物で、いい報告書になりそうだ。このプロジェクトは私が研究代表者だが、メンバーの熱意がすごくで、私はもう見ているだけという感じ。
未刊に終わった忍頂寺務の著書2冊の翻刻や、1000通を超す忍頂寺務宛書簡の紹介(これが錚々たるメンバー)、務の評伝、詳細な年譜、肥田晧三先生の講演に、プロジェクト総決算のシンポジウム記録などが満載である。
A4で680頁にCD付という大部のものになる予定。ご関心のある向きはあらかじめご一報を。
2012年01月20日
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コメント欄でのお知らせで恐縮に存じます。
『忍頂寺文庫目録』平成23年3月、
35頁左「〔義太夫節正本集〕 G30」は、
仮称としておられますが、
正徳4年9月10日に没した竹本筑後掾(初代義太夫)の追善曲『音曲百枚笹』の、
現存唯一の、初板七行本です。
岩波書店『近松全集』は、海賊板八行本を初板と見誤りましたが、参考として忍頂寺の七行本の図版を掲出しました。
神津は正徳3年以後、七行本が初板の板式として継続していることを指摘して、
忍頂寺本を初板と判断する旨、2002年5月学灯社『国文学』「近松」特集号所収、「浄瑠璃本出板」に最初に指摘して、
近時、クレス出版の『近松浄瑠璃善本集成』第3巻、『本領曾我』の補説「正徳四年九月『音曲百枚笹』の初板本」にも再説したところです。
忍頂寺本を初板と捉えるのは神津の説ですが、
当該書を『音曲百枚笹』(の逸題)と認定するのは人形浄瑠璃研究界(かそけき次第ですが)の
一致するところです。
この点、もし報告書のどこかにでも間に合いますようならと
にわかに慌てふためきましてお知らせ申し上げま
す。
神津武男敬白