四元弥寿著、柏木隆雄・山本和明・山本はるみ・四元大計視・飯倉洋一編『なにわ古書肆鹿田松雲堂 五代のあゆみ』(和泉書院、2012年11月)がいよいよ刊行される(編者は実際の本では五十音順に並んでいるが、なんとなく申しわけない)。
鹿田松雲堂は、江戸時代から続く、関西を代表する古書肆であった。沖森書店も中尾松泉堂もここから出ている(その概説については、故中尾堅一郎氏の「大阪古典書肆。鹿田松雲堂」『文学』1981年12月号を参照されたい)。四元弥寿さんは鹿田松雲堂四代静七の娘である。平成22年逝去。弥寿さんは、鹿田代々の事跡を調べて、後世に伝えようとした。その文章(「五代のあゆみ」)が、弥寿さんの娘さんである山本はるみさんによってパソコンに入力され、弥寿さん五十日祭を期して冊子として配られた。それを元に関係資料などを併せて出版されたのが今回の本である。
きっかけは、山本はるみさんの大学(大阪大学文学部)の同期生である柏木隆雄先生が、この冊子を読まれたことからはじまった。日頃何かと気にかけてくださる先生は、飯倉も興味をもつかもしれないと、はるみさんから私宛てに送るように手配してくださった。山本はるみさんの弟さんである四元大計視さんの御宅に、現在も大切に鹿田松雲堂の資料が残されているということから、その資料の目録を作るお手伝いを同僚の合山林太郎さんや学生たちとさせていただくことになった。柏木先生も指揮をとってくださったが、その調査の過程で、「五代のあゆみ」を基本に、松雲堂の歴史を立体的に再現するために、いろいろな資料を付して本として出版すれば、学術的にも大いに意義があるだろうということになり、様々なアイデアを出しては修正し、和泉書院の上方文庫の一冊として出していただくことになった。この間に、近代の出版に高い見識を持っておられる畏友山本和明氏を巻き込んで、結局、柏木先生と山本和明氏、そして山本はるみさんの熱意で、今回の本が成った。編者として私の名前は載っているが、若干の資料の選択と、たった一つの資料の翻刻そして年表作成をしたくらいであるので恐縮至極。合山さんや、山本さんをひきいれたことは、まあ私の手柄だが(笑)。
序にあたる文章である肥田晧三先生(今回、様々なご教示をいただいた)の「鹿田松雲堂と私」を冒頭に戴き、本の出来た経緯を柏木先生が書かれたあと、メインの弥寿さんの「五代のあゆみ」が来る。編者らが事実との照合などをし、柏木先生が中心となって文章を整えた。全体を年表としてまとめてもみた。山本和明さん、山本はるみさんの、「ダブル山本」が大活躍したのが資料編である。三代目の日記などは研究者垂涎の資料ではないか?多くの資料・写真が割愛された。関係者からのご親切なお申し出もあったのだが、限られた紙幅の中で、涙を呑んで収載しなかったものもある。しかし、本書を契機に、さらに資料が精査され、松雲堂の文化史的役割が明らかになっていくことだろう。多くの方のご協力で、本書は成った。すべての方に謝意を表したい。そして出版を引き受けてくださった和泉書院にも心より御礼申し上げます。
2012年11月16日
この記事へのコメント
『鹿田松雲堂五代のあゆみ』有り難うございました。ところで、本書の出版に合わせたかのように、本書資料編20「真福寺文庫」の大須観音展を、12/1〜1/14、名古屋市博物館で開催いたします。ついでがございましたら、御覧下さい。
Posted by 服部仁 at 2012年11月24日 17:53
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