11月23日、大手前大学で開催された日仏文化交流シンポジウムは、パリ国立高等美術学校(と大手前大学の交流協定記念として開催されたものである。そこの主要な主題のひとつが、同美術学校に所蔵される、トロンコワ・コレクションであった。トロンコワとは、フランスにおける日本美術史研究の黎明期に活躍、明治27年から43年にかけて日本に滞在し、多くの業績を残したが、一般にはほとんど知られていない(クリストフ・マルケ氏の論考があるのみ)。
しかし、今回のマルケ氏の発表「E.トロンコワの和本コレクション―19世紀フランスにおける江戸出版文化史を構築する試み―」は、非常にエキサイティングなものだった。まず、トロンコワは通算13年間の日本滞在時に、3400冊の和本を収集した(現在4図書館に分藏)。そのコレクションは19世紀の仏人収集としては最大の和古書コレクションであるが、特筆すべきなのは、それが、学術的観点から為された集書だということである。絵画だけではなかったのである。
トロンコワは変体仮名が読めた、とマルケ氏は言う。残された諸資料がそれを物語るのだそうだ。彼の集書は、江戸文学史、あるいは江戸時代の出版文化史の全貌を明らかにする試みであったというマルケ氏の仮説は、十分な説得力を持っている(絵入り本が中心で、和歌や漢詩はなさそうだが、それはつい二〇数年前の一般的な近世文学史の姿であって、非難するには及ばない)。集書はまんべんなく、なかには京伝の『近世奇跡考』の草稿本、北斎の『富獄百景』の試し刷りなども含まれ、プロの目による集書であることが伺える。しかも当時は江戸文学を学問的にやろうという者は日本にもほとんどいなかった。
つまりこれはフランス人による集書として、というよりも、日本近世文学研究全体としても、先駆的な仕事だったといえるのではないか。日本で近世文学研究の草分けと称される水谷不倒より3歳年上で、ほぼ同世代。マルケ氏にきくと、二人の接触は確認できないそうだが、不倒の研究とトロンコワの研究は重なってみえる。トロンコワの仕事はもっと見直されていいようだ。というわけで、この話、非常に面白かった。その他の発表も興味深いものが多く、議論も活発で、いい研究集会だったと思う。
2013年11月26日
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