2014年04月07日

木越治さんのコメントに対して

木越治さんが、私の「西鶴研究会に参加して」に対してご自身のブログで反応されました。あえて、挑発的に書いたところなので、感謝いたします。そもそも、中野先生の西鶴戯作者説に対する鈍い反応に業を煮やして木越さんがやや挑発的に文章を書いてくださったことに関して、私は敬意を抱いております。私の挑発的な書き方は、それに応えたものです。失礼いたしました。

木越さんは、「忘却散人さんのブロクで、私の発言に関して批判がなされています。この件で論争をする気はありませんが、降りかかる火の粉を払うため、当方の真意を説明しておきます」(一部差しさわりのない範囲で改変・省略)と述べ、私が、「中野先生のいう「近代主義」は50年前のものだとか、今はだれも近代主義的な読みはしていない、というような私に言わせれば「揚げ足取り」のようなことを言って何になるのだろうか? そういうことが中野説の要諦なのではない。」と書いたことに対して、

「私は「揚げ足」を取るつもりで書いたのではありません。今回の中野論文は、私にはちっともおもしろくなかったし、参考になるとも思えなかったので、その原因はどこにあるのかと考えたとき、そういう古い研究モデルを仮想敵にして西鶴研究の現状をあげつらおうとしたところにあるのではないか、と思ったので書いたのです。 
 とおっしゃっています。
もちろんわかっています。揚げ足を取るおつもりはなかったと思います。ただ、私が読んだ時に、この批判は、論文の本質をつかんだ批評ではないと感じたのです。だから「私に言わせれば」と言い添えて「」をつけたうえで「揚げ足取り」と言っているのです。確かに中野先生はここ何十年かの文学理論について知悉しているわけではないでしょう(それは研究会の場でもお認めになっています。しかし常識的なレベルでのご理解があることは言うまでもありません)。しかし、「近代主義的な読み方はしていない」とおっしゃる方々が、中野先生からみれば、やっぱり近代主義を抜け切っていないのです。西鶴論がその典型で、「ぬけ」に権力批判を読み、西鶴が本当に言いたいことをカムフラージュしていたというのは、方法的には近代主義的な読み方ではないけれども、根本には近代主義が根強くわだかまっているということなのです。

 たとえば、木越さんは、中野先生に「作品」への視点が欠けているとおっしゃるのですが、「文学研究というのは作品論が重要だ」という見解自体が近代主義的だと、中野先生はおっしゃるのではないでしょうかね。江戸の文芸を研究するのに、「文学」という用語を用いること自体問題があるといわれているのですから。浜田啓介先生は、西鶴作品を読むにはまず「外濠を埋めてかかれ」とおっしゃいましたが、この外濠というのは、同時代コンテクストはもちろん、江戸文化の理解というところにいきつきます。江戸文芸研究は、いまはまだ外濠を埋める段階だというのが中野先生のお立場ではないかと推察しています。たぶん、作品を解説させたら、実に面白く深く西鶴作品を解説されるでしょう。中野先生の西鶴の演習を受けたものとしての実感ですが。それは「作品論の方法」とかいう次元ではありません(ただ私などはその境地にとても達しないので、いわゆる作品論をやってきましたが。)
 中野先生の批判する「近代主義」は、テクスト論によってとっくに乗り越えられたものではなく、いまでもくすぶっているものなのです。みなさんおっしゃいます。「そんな読み方はもう誰もしていない」と。しかし中野先生に言わせれば、「どこが違うの?」となるわけです。
 だからこそ、中野先生は何度も同じことを繰り返し説かなければならなかったのです。「戯作」の定義にしろ、今回初めてわかったという声がいくつかありました。しかし、実は前から同じことをずっと言われていたのです。私も学界時評や木越さんとの対談で、それをずっと前に申し上げています。中野先生の西鶴戯作者説を批判する人たちは、旧来の「戯作」の定義が西鶴に当てはまらないと批判しているが、中野先生の「戯作」の定義は違うのであると(たとえば『秋成文学の生成』20頁)。

 今回、中野先生が戯作の定義を箇条書き的に示すことで、ようやくわかっていただいたようです。議論はスタート地点についたのです。
 では、そういう中野先生の議論は、近世文学会向けにしか行われていないのでしょうか。
 これからが次のご批判と関わります。

「また、「文学」に投稿したから開かれている、という言い方もヘンです。開かれていないと感じたのは、今回の論文の内容に関してであり、媒体の問題ではありません。(同じ号の他の論文がコラムに取り上げられていた、というのは、あくまでもひとつの例にすぎません)
それから、我々が、開かれた論文を書いているかどうかは、とりあえず、別の問題です。」
 

 私は媒体は重要であると考えますし、中野先生も常々、新書などのような一般の方が読むような形で書きなさいと私どもにおっしゃっています(出来の悪い弟子で実現できてませんが)。中野先生のご推薦で、これまでだと新書を書きそうにもなかった方々が新書を書いていらっしゃいます。ただし、一般向けということでレベルを落とす必要はない、専門的に書いていいのだともおっしゃいます。今回の「文学」へのご投稿論文は、木越さんのおっしゃるように、その内容は一見近世文学会向けの議論であります。しかし、これまでの投稿媒体とは違って、一般の方も多く読まれます。私は一般の方が読んで、さっぱりワカラナイと思うかどうか、それは読んだ方に聞いてみなければわからないと思います。ただ、近世文学会以外の方が読んでいるということが、中野先生の頭になかったかといわれると、そういうことはないでしょう。中野先生の専門家向け論文は非専門の方にも読ませる力を持っているのです。もちろん、木越さんの感じ方もわからないわけではありません。ただ、専門的な議論をあえて一般的な媒体でやっている、それは一般読者にも関心を喚起できるからだという感触を中野先生がもっていてのことだと言いたいのです。

 木越さんが中野先生の論文に何の新しさも感じず、得るところもなかったとおっしゃるのは、ひとつの批評でありますから、結構だと思いますし、あの文章は書くべきであったと思います。ただ、あの中野論文の真意をご理解されないまま、そのようにおっしゃっているとしたら、それはちょっと悲しいことです。中野先生は、近代主義を乗り越えたというテクスト論にも、根強く近代主義は残存していることを指摘しているのでありますから、「作品」という視点がないというご批判は、まあすれ違いの議論です。そのご批判こそが近代主義的だということでしょう。
 細かくあげつらえば、中野先生の論文に突っ込みどころはまだまだあるでしょう。その指摘はきちんと受け止められるのが中野先生です。今回の木越さんのご指摘も貴重なご指摘であることにはかわりありません。深謝申し上げます。

 なお、私は中野先生のいう近世の散文俗文芸を「戯作」と呼ぶ説に可能性を認めていますが、この説を継承していくという立場ではいまのところありません。私自身の中で、この説ですべてを説明できる自信がなく、なお自分なりの検証を有すると思うからです。一生かかってもできないかもしれません。むしろ、中野先生が『江戸戯作史』というようなご本をお書きになることを心より願うものです。もちろん一般書として、です。

 なお西鶴研究会の掲示板で、染谷智幸さんの私への反論がありますが、これについては、おっしゃる通りだと思います。江戸の散文の俗文学を「小説」と呼んで国際性をになわせるというご主張はよく理解できるものです。そのことと「戯作」を国際的に通じる用語に、ということは相反することではないと思っています。染谷さんにも深謝いたします。

posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック