2014年09月23日

西鶴の授業をやるので、中嶋隆さんの概説を読んでみたら、これが

 後期に西鶴のテキストを読む授業を行うということで、西鶴研究の最新の入門書はなんだっけ、と改めて書棚を見ると、『21世紀日本文学ガイドブックC 井原西鶴』(中嶋隆編、2012年)が目に入る。このなかの執筆者のおひとりである森田雅也さんに送っていただいたものである。一通り目を通したつもりだったが、総論や研究史概説などは、この時の関心からして、読んでいなかったようだ。それを執筆しているのは編者の中嶋隆さんである。

 で、「西鶴研究案内(浮世草子)」と、そっけないタイトルで書かれている研究案内のなかの「西鶴浮世草子の研究動向」なる文章が、唸るくらいにユニークなのである。「私の意図しているのは、研究事象の羅列ではない」「客観的な研究史があるわけでなく、ここで叙述するのは私自身の通時軸に基づいた研究史である」と言い放つ。この中で私がユニークだというのは、野間光辰の小説観を「「私小説」に偏向しているのではないか」と指摘したり、中村幸彦の学問を「フォルマリズムさながらに文芸史の動因を新旧様式の相克として把握している」点に現代的意義を認めたり、谷脇理史の学問を、対暉峻との対比で分析し、そのエピゴーネンの輩出と限界につき、正確にその問題点を指摘していることである。中でも「作家論」には研究者の人間観が反映するという指摘は思わず膝を打ってしまう。

 それに「総論」がまた大胆である。ほとんど俳諧と好色物だけで総論としてしまう。そこが本質だとみているからで、全体を論じるのではなく本質を論じればいいという考え方だ。中嶋さん得意のメディア論を視座として、俳諧から「好色物」浮世草子へ至る道のりを解説するが、概説の域を超えたハイレベルな論である。そして、その中に数々のキラリと光る文学史の見立てがある。たとえば、「図式的にいうと「仮名草子」の作者・読者は上・下の関係にあり、『好色一代男』の場合には、作者・読者が水平関係にある」とか。こういうのがあちこちにみられる。なんとなく中嶋西鶴というのが(私の中で)見えてきたように思う。やっぱり西鶴は早稲田のお家芸なんだなあ。

そういえばこのシリーズ、芭蕉は佐藤勝明さんの編で、佐藤さんの総説がまた、すごい力作だったことを思い出す。もしかすると「野心的な総説・概説を」などという編集方針があるのか?
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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