川平敏文さんの論文は大抵読んでいる。二、三年前に、一書に編んでいるところだということをご本人からうかがった。どういう構成になるか、楽しみにしていた。
それがこのたび岩波書店から刊行された『徒然草の十七世紀―近世文芸思潮の形成』(2015年2月)である。見ると、実に見事な構成である。T徒然草の位相―文芸と学問のあいだ、U「情」と「理」のゆくえ―和学史再考にむけて V徒然草を「読む」「聞く」 W注釈者たちの肖像、D徒然草の波紋、と。これを見ただけで、近世における徒然草受容を、目配りよく、総合的に論じていることがわかるだろう。若い頃の川平さんは、論文のタイトルがあまり上手であるように思えなかったが、この本の如上の章題と、この書名については見事であると言わざるを得ない。
本のタイトルには、いくつかの先行研究書の影がある。まずは、師匠である中野三敏先生の『十八世紀の江戸文芸』。十八世紀に対して自分は十七世紀だというのがあると思う。そして、中村幸彦先生の『近世文芸思潮攷』。彼が学部生の時に出会った衝撃的な論文「徒然草受容史」の著者の本である。近世文芸思潮すなわち「文学思想」史が彼には常に意識されているが、これは中村―中野の系譜に連なるのである。さらに、もしかすると、大谷俊太氏の『和歌史の近世』。近世前期の文芸思想への切り込みという点から、この本は必ず意識されていただろう。
それにしても、いま私の手元に届いたばかりだから、「はじめに」と「おわりに」くらいしか読んでないので、中身については全く何もいう資格はないのだが、見ただけでかなりすばらしい本だとわかってしまう。同じ岩波から出た大谷雅夫さん、揖斐高さんの本と同じ香りがするのである。これは文字通りの意味もあるが、文字面から漂う気のようなものをいうのである。
それに装丁、いいですね。文字もちょっと木活からの集字風な感じで、これも中野先生流だ。
思えば、彼が大学院のころだった。博多駅のカフェで『雅俗』に原稿を書くように依頼したことがあった。本書にもそれは収められている。ずいぶん深く、広く研究を進められたことだと思う。最近は「談義本」という絡みで、彼の研究に直接学ぶことが多くなってきた。寓言論でも。一度、西村遠里の著作で徒然草のことが書いてあるのを口頭で伝えたことがあったが、律儀にも、本書でも注にそのことを記してくれている。
読んでから書こうと思ったら、いつになるかわからない。とにかくすぐに何か書きたかったので。
2015年03月05日
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