『東洋文化』復刊112号(2015年6月)の「謀(たばか)られたる左門こそあはれなれ 『菊花の約』論」を著者の本間也寸志氏よりお送りいただいた。
この論文は、拙論や拙ブログを引用し、ある程度それをふまえてくださりつつも、拙論を批判し、新たな読みを提示しようとした論文である。本間氏は、予備校で講師をされている由であるが、国文学の文献学方法を以てせず、「近代文学の嚆矢」として「菊花の約」を読む。
氏によれば、赤穴が左門にもたらした尼子経久の情報は、史実に照らして虚偽である、そのことを踏まえて本文を読んで欲しいと秋成は読者に期待している。宗右衛門の言説を信じて敵討ちをした左門は、実は宗右衛門を美しく誤解していたのである。
私は、個々の手続きや、立論のし方にいろいろと疑問をもつものであるが、この論文の出現は非常に嬉しいというのが素直な感想である。ここまで拙論を踏まえてくれた論文がはじめてであるということもあるが、何より、秋成を「近代的に読む」という立場に徹して書かれていて、その熱情が伝わってくるからなのだ。私は、菊花の約論を〈近世的な読み〉の実践として書いた(それは論文でも公言している)が、それを踏まえて近代的な読みの論文が生まれたというのは、いわば私の理想がかなったということでもあるからだ。
本間氏は、書かないではいられないという気持ちで書いている。おそらくは予備校で様々な文章を読み込んで来られたのだろうと思う。こういう論文がもっともっと出てきて、読みの議論をする場が生成することを願うのである。
2015年07月17日
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