山科蟄居の時、北野天満宮に息子大三郎を連れて行った大石良雄。絵馬堂で宇治川先陣や草摺引の絵馬を見ていたら、息子が馬上で琵琶をひく王昭君の絵馬を指して「あれは?」そこで王昭君悲話をひとくさり、大江朝綱の漢詩「王昭君」を朗詠していると、社僧が通りかかってその詠み方はどうかと非難する。わけを聞くと徒然草をふまえつつ「名利」の説を説く。含むところあった良雄は感銘を受ける。再び社僧を訪ねたときには、姿を消していた。もちろん虚構の逸話。
初期読本『新斎夜語』の第一話である。この話をどう読み解けばよいのか。いちおう考えたところを本日の京都近世小説研究会で発表します。15時から同志社女子大学栄光館で。先鋒の中村綾さんも『新斎夜語』第七話の典拠について発表をします。『新斎夜語』、徳田武先生の研究くらいしかありませんが、なかなか面白いです。
2015年08月29日
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