長島弘明さんの『上田秋成の文学』(放送大学教育振興会刊、2016年3月)が刊行された。長島さんといえば、主著『秋成研究』(東大出版会)が不朽の業績とて名高く、また『上田秋成全集』の編集に大きな役割を果たしてきた。さらに、NHKラジオテキストを基にした『雨月物語の世界』(ちま学芸文庫)、ロングセラーである新潮古典文学アルバム『上田秋成』は大学で秋成を講義するときに、ほとんどの教員が座右に置いたであろう著述を残している。つまり、長島さんは、ここ二、三十年ほどの秋成研究のスタンダードを作ってきた方である。その中には、秋成実母の発見や、『春雨物語』諸本の根本的な枠組み再考を促す衝撃的な説もあった。
そして、ずっと秋成研究のトップとして君臨してきたわけであるが、なぜ長島さんが秋成研究の権威であると断言できるのかといえば、まちがいなく秋成の著述の原本を一番見ている人だからである。そこに大きな信頼がある。自分自身が経験すればわかることだが、やはり沢山見れば見るほど、対象に対するゆるぎない確信のようなものが生まれる。近世文学研究の場合、これが必須なのである。
たくさん見ていれば奇を衒う必要もない。資料をして語らせればよいのである。長島さんの論説はいずれも手堅く、オーソドックスで、容易なことでは崩れない。しかし、秋成研究は、長島さんより前に、森山重雄・高田衛・中村博保・松田修というような華麗な論を繰り広げる人たちがいた。したがって長島さんの中にも、彼らの血が流れ込んでいると見えることがある。そこがまた、長島さんの学問の幅を広げているのかもしれない。
そして、長島さんの秋成啓蒙三部作のひとつになろうかというのがこの『上田秋成の文学』である。放送大学のテキストとして書かれているため、15単元をおおよそ同じ量で綴るという縛りの中、やはり秋成文学入門の定番と呼ぶに相応しい信頼感がこの本にはある。研究史もきちんと踏まえられている。私としては『春雨物語』序文などの解釈で、私の考えをかなり採用していただいているのではと勝手に思っているのだが、「そんなことはないよ」と叱られるかもしれない。ともあれ、これから秋成を学ぼうという人は、まずスタンダードな入門書としてこの本を読むといいのではないか。
2016年03月04日
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