2016年05月20日

ドイツで『リポート笠間』60号を読む

 ドイツのハイデルベルク大学で、上田秋成の諸作品を読むゼミと、江戸の本を読むスキルをつけるゼミとを担当し、はやくも5週を終えた。3分の1終了である。どちらの授業も、当方の予想とは違う所で立ち止まり、議論になり、あるいは解説を補足する。授業には、ハイデルベルク大学のアロカイ先生も参加し、こちらの進め方を一たんストップさせたり、軌道修正してくださることもあって、大変助かっている。
 秋成の授業では、ドイツ語での議論になることもあり、もちろん学生たちはその方が深い議論ができるに決まっているのだが、私にはその機微はわからない。アロカイ先生が議論のポイントを通訳してくれる。面白いことに、どちらの授業にも日本人の受講生がいて、彼らは日本語の方が得意なわけである。しかし、彼らもドイツ語の議論には参加する。アロカイ先生が、最も全体の流れを把握している。私と学生の十全なコミュニケーションが出来ないなかで、さまざまな意志疎通の方法が試されている。
 秋成の作品を読む授業では、「菊花の約」とシラーの「人質」との比較が議論になった。「走れメロス」の典拠でもある。日本の演習ではまず出てこない議論である。こちらも非常に勉強になる。
 もうひとつの、江戸の本を読むスキルをつけるゼミでは、くずし字を読み、その意味を理解し、ドイツ語訳をするというところまでを一連のワークとする。これもアロカイ先生の支援なしには考えられない授業である。KuLAでの予習と、3回にわたる宿題で、彼らはかなりスキルを身につけてきた。日本の古典籍を真剣に読みたいという学生もいて、その熱意は大変なものである。
 こういう、いつもの年と全く違う試行錯誤をしている私の手元に、笠間書院から、福田安典さんの『「医学書のなかの「文学」』と、『リポート笠間』60号が届いた。今回拙文が載ったことと、福田さんの本の出版のタイミングが重なったので、わざわざドイツまで送ってくださったのは、まことにありがたい。
 福田さんの新著については、別に書くことにする。『リポート笠間』は近年面白い特集をやってくれるが、今回は「論争」で、ここに私自身も書かせていただいた。拙文はすでに笠間書院のサイトに掲載されているが、今のところ特段の反響はない。私は「菊花の約」の拙論を批判した木越治氏の『上田秋成研究事典』の「菊花の約」研究史の中での拙論への言及に反論を書いて載せてもらった。頁数の制約で、かなり削ったため、意を尽くせたかどうか不安だったが、一番反応が欲しかった木越氏自身からは、既に「読んだよ」という連絡があった。んー、何て言われるかしら、と覚悟を決めたが、反論はきちんとした活字媒体でやってくださるとの事、こんなに嬉しいことはない。
 ところで、今号の笠間リポートでありがたいのは、前述したKuLAについてのレビューが二つ掲載されていたこと。一つは岡田一祐氏の、変体仮名あぷり・MOJIZOとならんでのKuLA批評。たしかこの元になった文章はネットでみていた。たしかに練習問題の際に、前後の字が映り込むという指摘はおっしゃる通りである。しかし、そのマイナス面も計算に入れた上で、あえて残したということもある。そちらの方が実践的であると思うからだが、実際に、検証していないから何とも言えないところ。とまれレビューをいただいたことには深く感謝する。
 また、「面白かった、この三つ」でも、植田麦氏が、KuLAを取り上げてくださった。ありがとうございます。こちらハイデルベルク大学でも、アプリを自習教材として使っているが、学生たちは着実にテストの「全問正解」のスタンプを増やしていっている。いま日本(文)学を学ぶ学生の、隠れたベストセラー(無料だが)なのかもしれない。すくなくととも、『くずし字解読辞典』を探すのも大変な海外の日本研究者には、活用していただきたいと願うものである。
 このほかに、古田尚行氏の国語教育の現場からのご提言、日置貴之氏の演劇研究者としての視座が随所に光る安藤宏著の書評、入口敦志氏の「面白かった、この三つ」に垣間見える大きな問題意識、そして勝又基氏の「目録」国際シンポ報告が面白かった。勝又氏がアメリカで一年研修をして実感したことは、おそらくこれから私も実感として理解してゆくことでなければならないが、僭越ながら大いに共感を持って読ませていただいた。海外からのアクセスを前提に、あらゆるデータベース構築は考えられる必要がある。折角データベースを作っても、それをどうやったら見てもらえるかというところの配慮がどうなんだろうというケースが確かに多いのである。望まれるのはプラットホームの構築。少なくとも英語版は必要。それができるのは今のところ国文研。だがそれには人的資源と経済的資源が必要であろう。ここが問題。
 データベースや現物の情報が得やすくなれば、今やくずし字学習を必須と考える海外の日本研究者と日本の研究者が議論を共有できる可能性は飛躍的に広がるだろう。
 
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 私の仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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