2016年09月18日

『春雨物語』の「命録」

 書くべきことをかなり置いたままではあるが、17日の『上方文藝研究』の合評会に参加された高松亮太氏から抜刷をいただき、拙稿も多く引用していただいているので、触れておきたい。
 『国語と国文学』2016年8月号。標題がタイトルで、「「目ひとつの神」を論じて主題と稿本の問題に及ぶ」が副題。
 主題は「命録」について。私も「憤り」との関わりで、かなり昔(大学院のころ)からこのことを考えていたが、長島弘明氏、稲田篤信氏らが、『春雨物語』の主題として考察され、各編の分析もいくつか備わっている。高松氏は「目ひとつの神」を分析。「帰郷」という行為を「命録」と結び付けて創作モチーフとする秋成の意識を抉りだした。肯ける。また、稿本間の異同は、それぞれの対読者の問題ではないかとする。これは鈴木淳氏や私と同じ立場となる。私としてはこの問題に関しては、孤立無援ではなくなってきたと大いに心強く感じる。
 蘆庵社中(富岡本系)と伊勢豪商連(文化五年本系)の二つの読者層を具体的に想定しているのだが。それに関係する情報も、合評会で知ることができた。
 滞独中に送っていたただいた御本についても、書きたいのはやまやまですが。
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