2016年12月20日

近世文学の深度

 これから年末年始にかけて怒濤の更新をしてゆきます(自分に鞭をあてているが、有言不実行に終わるかもしれません・・・)。
 日本近世文学会秋季大会で行われたラウンドテーブルという新しい形の試み。3会場で行われたが、そのうちの一つの、人情本・恋愛などをテーマとするラウンドを仕切ったのが木越俊介さん。この会場の真ん中に、発表者たちの3つのテーブルを三角に組むという斬新なセッティングをしたことが、学会のツイッターで写真入りで報告されていた。木越さんは、西鶴論争の火付け役でもあり、非常に頭脳が柔軟で、アイデアマンである。その木越さんから、学会でいただいたのが、神戸大学文学部国語国文学会が刊行する『国文論叢』51号。特集号であり、そのタイトルは「近世文学の深度」。すごくセンスを感じるタイトルだが、編集をしたのはやはり木越さんだ。
 原稿依頼3編と、神戸大学関係の3編からなるが、いずれも魅力に満ちた論考である。
 堤邦彦、西田耕三、稲田篤信、木越俊介、天野聡一、田中康二。
 この中で稲田さんの「「樊かい」考―絵詞として読む『春雨物語』―」に注目。タイトルが物語っているように、絵巻春雨物語を幻視する作品論である。実は私も「目ひとつの神」で、「絵のない絵巻」という幻視をしたことがあり、大いに共感する。稲田さんは、私の、「春雨物語論の前提」(初出「国語と国文学」→『上田秋成―絆としての文芸』に一部所収)の論を踏まえてくださっている。前に紹介した高松亮太氏の論もそうであるが、少しずつ拙論も受け入れられているようで、ありがたい。ちなみに「樊かい」は実は「奥の細道」を意識している。「奥の細道画巻」が存在するように「樊かい」絵巻が存在したとしても、というより「樊かい」絵巻を前提として「樊かい」が書かれたとしても不思議ではないのである。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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