2017年01月09日

世界の写本、日本の写本

 本日、1月9日、明星大学で開かれた勝又基さんのコーディネートによる国際シンポジウム「世界の写本、日本の写本―出版時代のきらめき―」に参加しました。想像を超える有意義な会で、日・中・欧における写本のありかたの違いが浮き彫りになりました。まずチェアの勝又さんが趣旨説明。写本を理解するには版本を無視できないこと、江戸時代は出版の時代と言われるけれど、出版の時代だからこそ、写本がきらめいていたのだというお話。勝又さんはUCバークレーの写本2800点の全点調査をベースに、写本の意味について、学際的・国際的な視野で発信をしていこうとされています。いわば世界のManuscript Studiesの中での位置づけです。
 
 最初の発表者野口契子さん(プリンストン大学図書館司書)のお話で印象に残ったのは、北米の大学図書館では大学の研究・授業との関わりが深いということ。司書のステイタスが高いということは知っていましたが、人文系の授業のほとんどのシラバスが図書館の利用について触れているとうかがって、日米の違いの大きさを知らされました。また、たとえば北米の中世研究をしている大学の授業や、文献を持っている大学、学会、研究会などがWEBで検索できるというのにも驚いた。日本でもやればできそうだがそういう発想はなかったと思う。2360校のうち150校くらいが中世研究に関わる授業を扱っているということがわかるということです。

 次いで高橋智さん(慶応大学斯道文庫)は、写本から版本へという大変革が宋の時代に生まれたとし、我々が認識している中国古典は宋時代以降に作られたものであって、それ以前の姿がわからないと説明されました。その後の写本はよき版本を作るために存在するものであって、中国には写本学はないと。正しく美しい版本が重要なのであり、価値があると。

 次いで松田隆美さん(慶応大学文学部)は西洋の写本から印刷本への過渡期のお話をされ、これまた興味深かったです。グーテンベルク博物館で、聖書の写本が印刷されたように美しいフォントで書かれていて、また手彩色で美しいのを思い出しながら話をきいていました。西洋の写本技術は最高峰に達したときに、活版印刷技術が入ってきた、活版印刷は手彩色で仕上げて、写本並に美しくなることを目指したと。
 中国も西洋も日本とどうもちがうのであります。

 入口敦志さん(国文研)とジェフェリー・ノットさん(スタンフォード大学大学院博士課程)も、半ば発表に近いコメント。入口さんは、複数の写本の校訂で「古典」が作られた時代から、今また画像データベースの公開で再び個別の古典「籍」への着目がはじまったと解説、ノットさんは「世界写本学」というのは成立するのかという問いかけを行いました。ノットさんの問いはきわめて重要で、現時点では「情報交換」「方法の違いの相互理解」の段階であって、世界写本学の構築にはまだ時間がかかるだろうと、パネリストのお答えを聞いて思ったのでありました。

 それにしても、3人の発表時間を1時間15分程度、質疑応答も同じくらいの時間とるのは、私がドイツで経験した研究会の方式と同じ。さすがアメリカ留学経験を生かしているなと思いました。会場には、古典書誌学のSさん、電車が同じだった中世文学のOさん、Kさん、Uさん、近世漢詩文のMさん、Yさん、中古文学のTさんなど顔見知りの面々が。明星のM先生もおみかけしましたが挨拶しそびれてしまいまいた。そのあと、隠れ家的なお店に場所を移して談論風発。楽しくも有益な会でした。ありがとうございます。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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