2017年02月09日

『欧州航路の文化誌』

人情としてわかっていただけると思うが、昨年の滞独生活以来、テレビをはじめとするメディアで、ドイツいやヨーロッパのことが出ていると、以前よりもぐっと引き込まれるようになった。他愛のない話であるが。日本文学にひきつけると、「洋行日記」「滞欧日記」のたぐいに興味をもつようになっている。江戸時代でいえば、「文学における異国情報」にである。
 そういう折り、同僚の橋本順光さんから鈴木禎宏氏との共編著『欧州航路の文化誌 寄港地を読み解く』(青弓社、2017年1月)を賜った。これはもう我慢できない。パラパラとめくる。面白そう。橋本さんの序章「欧州航路の文学―船の自由化と紀行の自国語化」を拝読。橋本さんといえば立て板に水のように途切れなく論理的なコメントのできる方で、いつも感心しているのだが、文章にもそれがよく現れている。
 航路の自国化と自国語化の問題。これは今日でも、ルフトハンザでいくか、全日空でいくかで、我々にとっては大違い(ちなみに、両方経験してますが)というのでわかるが、明治期に、1か月の船旅をするに外国船ではなく、船も日本のもの船員も日本人となったことが、いかにストレスがないか。まさに感覚として、これは航路の自国化なのである。それを河東碧梧桐などの言説からあぶり出す。
 さらに虚子や和辻哲郎の述懐、官立大学助教授が洋行でハクをつけて帰国するシステムなど興味津々、身に
つまされながら拝読。

 以下引用。
 欧州航路は、イギリスの東洋航路を徐々に逆行する形で成立し、半官半民の日本郵船は、「商戦軍」の先発隊として、船、船員、船長を自国化していった。この現象は、大学教官が洋行を経て自国化していったことと連動するものであり、同時に、東洋の権益への参入にほかならなかった。その点で欧州航路は、まさにイギリスの東洋航路を逆転したのである。そんな欧州航路から、熱帯季語を含め世界を俳句で表象するシステムを作り上げた高浜虚子、その航路を「湿度の弁証法」と要約して『風土』という文明論に練り上げた和辻哲郎、川路寛堂や渋沢栄一以来の洋行体験を国語教材に集約した井上赳は、幾度も上書きされ、積み重ねられてきた欧州紀行の自国語化のひとつの帰結と言えるだろう。つまり欧州航路の記録は、船長と高級船員の自国化、洋行による大学教員の自国化(飯倉注、外国文化を教えるお雇い外国人教師から洋行経験の日本人教師へ)、世界表象の自国語化が三位一体となった存在なのであり、それらの文脈から広義の文学として読み直されるべきものと言えるだろう。

 ちなみにあとがきによれば、「西回り」の世界一周によって形成される世界観と、「東回り」によって形成されるそれとの間に、大きな違いがあるという。それが「寄港地」(の順序)の問題である。これから各論考を拝読する楽しみがある。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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