2017年07月16日

読本研究新集9

  近世後期小説研究の中心は、昔も今も「読本」にある。うろ覚えの話で恐縮だが、かつて横山邦治先生が『読本研究』を立ち上げた時(今確認すると1987年、いまから30年前だ!)、服部仁・大高洋司・高木元という、その当時の30代の若手読本研究者が、10号連続して原稿を投稿することを決めたのだと聞いた記憶がある。このブログで繰り返し述べていることだが、ある分野の、またはある地域の研究を盛んにしようと思えば、雑誌を創ることである。それが求心力となり、自然に研究者が育つのだ。『読本研究』の創刊は、その狙いを見事に実現したと言える。その後を継いだ『読本研究新集』は5集までは翰林書房の献身的なご好意による刊行があり、それが途切れた後、有志による研究同人誌としての再出発があった。一つのジャンルでこれほどの継続性をもった雑誌は、近世では他にないだろう。『読本研究新集』の現在の編集部は、服部・大高・高木の3人よりもさらに一回り(以上)若い、山本和明・田中則雄・藤沢毅・佐藤至子・木越俊介らが中心となっている。彼らは、一様に学界の行く末を真摯に考えて、無私の精神を持っているところが共通する。さらに若い中尾和昇・中村綾・天野聡一・丸井貴史・野澤真樹・有澤知世・長田和也らが、切磋琢磨しつつ、この雑誌に投稿することで、育てられているのもむべなるかなである。(ついでながら、西鶴と浮世草子研究は5号で終わったが、その意義はやはり大きかった)
 さて『読本研究新集』第9号が刊行された。「読本の口絵と挿絵」を特集している。(8号では善と悪という、「内容」が特集されたが、今回は「様式」か。されば、いつか「営為」的なものを特集して欲しいな)。
 ベテラン・中堅・若手といいバランスで、9篇が配されている。全体に若手はもうすこし叙述に工夫が欲しいところ。丸井貴史さんの「『通俗古今奇観』における訳解の方法と文体」は、中村綾さんとともに、通俗物研究の新たな地平を開く力作。井上泰至さんの「二つのリライト―『雨月物語』翻案の本質―」は、「浅茅が宿」「菊花の約」のそれぞれの典拠との比較という一見ありふれた方法をとるが、典拠論ではなく、「リライト」論という、作者の「営為」を問題としているところが新しい、と私は勝手に読んだ。今後の研究の国際化を展望しつつの、研究方法の提示でもある、と思う。外国の文学理論の適用という意味ではなく、逆に日本の蓄積された典拠研究をいかに有効に国際的に開くか、というサンプルで、この論文は個々の読みそのものよりも、その志向に注目すべきだろう。拙論を引いていただき恐縮。ちなみに教え子の有澤さんの「小枝繁の先行作品利用」も、作者の「営為」を実は問題にしていると言える。作品を創るとか刊行するとか写すとか訳するという「営為」は、世界共通なので、国際的な議論となりうると思う。
 敬称略のところがありましたが、お許しください。

 今回から新たに「読本研究文献目録」のコーナーが登場。これはありがたい。
 
 
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 研究 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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