2019年06月02日

和歌を読み解く 和歌を伝える

 海野圭介さんの、浩瀚な論文集『和歌を読み解く 和歌を伝える −堂上の古典学と古今伝授』(勉誠出版、2019年2月)は、「古典研究は本当に必要なのか」という問いに答えてくれる論文集だ、ということもできるだろう。
1月に行われた「古典は本当に必要なのか」というシンポジウムの問いは、「(現代において)古典(教育)は、(高等学校の必修科目として)本当に必要なのか」という論点で議論されたわけだが、本書は直接それに答えるものでは、もちろんない。
しかし、室町から江戸初期にかけての、とくに公家たちをはじめとする知識階級の、知的基盤・行動規範・倫理基準にもなりえたのが、平安期に成立した古典であって、その古典を研究し、継承することは、彼らの生きることとほぼ同義であったことを、この論文集は示しているだろう。
歴史的な古典研究を研究した古典研究書、ということになるわけだが、当然、それは現在の古典研究を照射することにもなる。
 先人たちが古典とどう向き合ってきたのか、ということを知らずして、現在における古典研究の意義を語ることはできないだろう。
 その意味で、本研究書は、和歌研究史・学問史などにおいて、重要な一書となったと同時に、現代的な意義も大いに有していることを、あらためて感じている。
 海野さんの強みは、膨大な資料収集と読解に基づく緻密な実証主義と、日本文学研究者に少ない英語力を駆使して海外研修や国際会議での活躍の経験に富むという国際性を兼ね備えた、希有の研究者であるということだ。したがって、一見、細かいことを研究しているようで、その先に大きな展望がある。グローバルな学問的課題に応えることのできる発想の基盤がある。
 ここ10年くらいの研究の動向を見ていると、海野氏のこの強みが、ますます今後必要とされてくるに違いない。
 大阪大学で何年か同僚として過ごした縁で、本書の中の一つの論文は、私が編集に関わった本に書いていただいたものであり、また資料編として収められたものは、私が大阪大学に来てしばらくして創刊した雑誌に寄稿していただいたものである。そのため、あとがきで律儀に私の名前も出していただいていて、ありがたい次第である。今後のご活躍を期待してやまない。
   
 

posted by 忘却散人 | Comment(2) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
現代において 古典研究が 古典研究者以外の 外の人たちにとって必要な理由にこの本が答えているんですか? ほかの学術や GDPに寄与出来ない 古典研究の意味って何?
Posted by 猿倉 信彦 at 2019年06月02日 20:28
コメント見落としていました(めったにないので、失礼しました)。ブログお読み下さりありがとうございます。この本は、専門書ですから、古典研究者に向けて書かれたものです。古典研究は他の学術やGDPにも、間接的には寄与していると思いますし、政治・外交などにもいろいろ関わるところがあると思います(元号決めたのも古典学者ですし)ただ、ここでその議論はしませんけど。
Posted by at 2019年08月03日 12:10
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。