2019年07月05日

初の国際学会英語発表

お久しぶりです。
怒濤のように、いろいろなことがあった6月が終わり、不義理を重ねることを気にしつつ、7月1日に関空からバンコクに飛びました。
AAS-in-Asiaに参加し、パネル発表するためです。
AASとは Association for Asian Studies というアジア研究の国際組織であり、本家はアメリカで、USAで毎年開かれています。2019年はデンバー、来年はボストンです。アジアでも開かれていて、それがAAS-in-Asiaです。今年はバンコク、来年は香港で開かれる予定です。
私が参加するのは初めて。全体テーマは「アジアの激動」みたいなことですが、我々のパネルは日本の江戸時代から明治時代にかけてのパフォーマンスがどのように出版物に転化するかということを追究するものでした。もともとパネリストは4人だったのですが、そのうちアメリカの大学に勤めている方が急病で来られなくなり、3人でやることになりました。
 オーガナイザーの勝又基{明星大学)さん。最近では「古典は本当に必要なのか」の企画をされ、私も司会として参加しました。ハーバード大学に1年間留学してからというもの、国際的な活躍がめざましい私の大学の後輩です。私も自分の英語力のことか顧みず、国際学会で発表をしてみたいと思っていたのですが、それが実現するとは思っていませんでした。その背中を押してくれたのが勝又さんでした。外国籍で、できれば女性、もちろん英語発表ができるというメンバーを一人私が捜すことになりましたが、阪大の博士課程の院生で該当する人がいました。それが金智慧さん。明治期の歌舞伎を研究している阪大の大学院生です。金さんは歌舞伎の内容を出版化した「正本写(しょうほんうつし)」の明治期のありように焦点をあてて発表することになり、この発表を柱に、勝又さんが旅行記の書籍化、私が奇談研究の立場から談義と咄の書籍化について発表することになりました。
 AAS-in-Asiaは、私の所属する日本近世文学会とは全く違う世界です。しかし、こういう世界は体験しておく必要があると私は思っていました。なぜか。いま私が教えている学生たちに、私が学んで来たこれまでの日本古典文学研究の方法を教えるだけでは、彼らは今後、激動する人文学研究の世界の中で到底生きてはいけない。学会自体もそうですが、学際化・国際化をしないところは、縮小・消滅していきます。とくに日本文学研究はその波をもろに受ける。大学院大学で教育をになっている者としては、彼らのこういう世界があるということを紹介し、そこに挑んでもらわなければならない、そのように私は考えています。これは私だけではなく、大学院で教える者がこれから、いや今すぐに考えなければならないことでしょう。
 私を知っている方は、私の英語力が中1なみであることをよく知っています。ですから、血迷ったのか?と笑う人もいるでしょう。また、まともな英語をしゃべれないくせに、国際学会で発表するとは無礼で、学会を侮っていると非難される方もいるでしょう。しかし、国際学会未経験の者が、「これからは国際学会で発表するようでないとダメだね。英語で教えられないと就職もむずかしい」と学生に言って説得力があるのか。「俺はしないですんだけどね」とか言って、学生をその気にさせることができるのか?下手でも恥でも、やはり自分が学会に出て行って、身体でそれを経験し、失敗の教訓を持ち帰ることが教育ではないか、とまあ思ったわけです。ただ思うだけで終わるところを、後ろから強引に背中を押してくれたのが勝又さんだったのです。
 もっとも、発表することが今年のはじめくらいに確定して、さあ英語の勉強をと思ったものの、一説には7000時間やらないと英語は物にならないといわれているのですから、そんな俄勉強で簡単に英語力がつくはずもなく、にわか勉強といえるほどの勉強もできないまま、時間はどんどん過ぎていったのでした。しかし、進化する翻訳ソフト、ネイティブなみの英語読み上げソフト、そして何より、私の周囲にいる、多くの英語スピーカーのみなさんの本当に献身的なご協力のおかげで、発表原稿がだんだんと形になってはきました。一時は何度も逃げたくなりましたが・・・。この場を借りて、厚く厚く御礼申しあげます。
 というわけで、6月も、法事やら公開講座の仕事やら臨時的公務やらいろいろあり、原稿未完成のまま飛行機に乗るというピンチ。しかし飛行機の中と、ホテル着後の時間で2日前に6,7時間がとれ、前日に読みの練習を3回ほどやって、本番に挑んだわけです。
 ところが発表当日、その国際会議では、私たちのセッションとまったく同じ時間にジャパンファンデーション主催のラウンドテーブルが開催されることになっていたのです。そちらは超満員の人気らしい。日本関心層はほとんどそっちに行く勢いです。開始2分前に1人だけ入ってきました。(あとでその方は高名な中国文学者だということが明らかになります)。事実上その方だけが聴衆でセッション開始。しかし開始後2人ほどまたはいってきて、パネリストの関係者をあわせ聴衆4人パネリスト3人の合計7人で、案外にも非常に充実した議論ができたのです。実はその場にいたひとが全員日本語もできるという奇跡もあって、少し日本語も混ぜながら、でしたが。かつて経験したことのない事前の緊張と、事後の解放感・達成感は言葉に言い表せません。66176309_2154325764694368_924827469532364800_o.jpg
もちろん、他のセッションも聞きにいきました。もう、全く我々とは違う問題意識、議論方法、まさに「こういう世界もあるのだ」と実感です。しかし、我々のやっている研究とリンクしないかといえば、決してそうではないという感触も得ました。そして思わぬ人物と知り合うこともでき、国内学会では絶対に得ることの出来ないものを得たと思います。しかし、これで終わっては、今回得たさまざまな教訓を生かすことはできないわけで。また何らかの形で、無謀な挑戦をしたいと思っています。
 
 
 

 

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