大阪大学の学内サークル文芸誌『待兼山文學』2020年下半期号に、私のインタビュー記事が載りました。比較文学の橋本順光先生のインタビューも併せて載っています。新型コロナ問題に関わって「距離感」というのがテーマです。待兼山文學会という学内サークルが出している文芸誌ですが、なかなか真面目にいろんな問題を考えている学生たちで、3人ほどインタビューに来られていましたが、事前によく勉強してきていたし、質問もしっかりしていました。現代人と古典・古文の間の「距離感」というのがテーマでしたが、とても楽しい時間でした。
橋本先生のインタビューがなかなか面白くて、図も豊富。風刺漫画からはじまって現代メディアを縦横無尽に語っていらっしゃるのですが、中でも、1990年くらいから出てきた、書かれたものを受け手が自由に解釈できる受け手優位の状況が今の常識で、話す内容ではなく立場に目が向けられているということ、「あ、お前はその立場ね、わかるよお疲れ」って見てしまう、と。まさにツイッターの雰囲気がそれである。以下は引用。
橋本 それはそれで楽しいわけ。書かれたもの自体を細かく見ることなく、「その人はこれによって何を言おうとしているか」のみに注目する。だから140字でいいんですよ。逆にこの仕組みだと、どうしてもそうなる。だから自分からは何もしないで、相手にからむのが一番強いんですね。
あるあるですねえ。そういう「立場」を読む言説って結構うんざりなんだけど、自分はしてないかって言われると、つまってしまう。
ここ、結構、テキスト読解を演習などでやるときに重要な観点で、作文者の意図、当代読者の受け取り方、今読んでいる私の受け取り方の三層が、私も学生も曖昧になっていて、その曖昧さが、「〜って感じの」みたいな説明の仕方になっているように思いました。
2020年12月01日
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