2021年04月02日

劉菲菲さんの論文集刊行

 劉菲菲さんの『都賀庭鐘における漢籍受容の研究 初期読本の研究』(和泉書院、2021年3月)が刊行された。都賀庭鐘研究がいま盛んになっている。とくに丸井貴史さんら、若手の活躍が著しい。中でも劉菲菲さんは、庭鐘作品とこれまで指摘のない漢籍の関係を次々に発見し、注目されていた。私も劉さんの論文に多くを学んだ。今回、劉さんが発表されてきた論文を一書にまとめ、上梓されたことに心から祝福の意を表したい。
 中村幸彦氏や徳田武氏らによって、庭鐘作品の典拠はかなり明らかにされてきたが、それでも典拠不明としてそのままになっていたものがあったが、それを劉さんが(可能性をふくめて)新たに指摘したものがいくつもあって、庭鐘を授業で読んできた者にとっては、なかなか衝撃的は発見だったが、それが偶々ではなく、彼女の大変な努力によって成されたであろう事は、本書につけば明らかなのである。
 庭鐘作ではないとされてきた『垣根草』を、もう一度庭鐘作かもしれないと提起した「『垣根草』新論」には、反論もあり、にわかには判断できないが、その詳細な考証によって、議論の俎上に載せたこと自体大きな意味を持っている。
 また、その存在は知っていても、なかなか研究者が正面から扱えなかった庭鐘の読書録である『過目抄』を本格的に検討し、読本創作との関わりを探った第九章は、劉さんの独擅場であろう。
 ともあれ、私も庭鐘を読んできたつもりだったが、完全に脱帽で、本書をリスペクトしてやまない。
 そして、「あとがき」に感動した。和歌山大学教育学部で出会った松村巧先生は、劉さんの資質を見抜き日本文学研究を勧めたというが、この出会いは大きかったのだろうなと思う。そして名古屋大学大学院での指導教授が塩村耕さんだった。「孤独や困難を感じるたびに、塩村先生のよくおっしゃる『徒然草』十三段の「独りともしびのもとにふみをひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなる」という一文が私を支えてくれました」という一文には、涙が出そうになったといっても過言ではない。大学院での仲間や、名古屋での研究会も彼女にとって幸せな出会いだったようだ。なにより、彼女のひたむきな姿勢が、周りの応援を引き出したのだろう。
 いま劉さんは、中国の大学で教鞭をとっている。日中の学術交流に是非お力を尽くしていただきたいものである。
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