2021年04月03日

死者との対話

前のエントリーの劉さんの恩師である塩村耕さん。昨年8月に『江戸人の教養』というエッセイ集(新聞連載をまとめたもの)を刊行されたが、それは塩村さんがいわれる人文学の方法「死者との対話」を具現化したものであったことを、その折りに紹介した。劉さんの著書のあとがきには、塩村さんの愛する『徒然草』十三段の一節(「見ぬ世の友」)が引かれる。なるほど、塩村さんの「死者との対話」の典拠はこれか、と今更ながら思い当たったわけである。
 その塩村さんが、今度は、『大田常庵日記』(太平文庫81、2021年)を刊行した。「大田常庵」って誰だろう。ほとんどの人がそう思うだろう。「特筆すべき業績を残した人でもない。さまでの波乱を経験しているわけでもない」(解題)。なぜそういう人の日記を、わざわざ翻刻するのか。幕末〜明治に生きた人だから、日記はそう簡単に読めるものではない。まさしく「和本リテラシー」が必要なのだ。正直、私ならこの翻刻を志すことはないだろう。
 だが、そこが塩村さんなのだ。たった一人でB5判2段組250頁におよぶ未翻刻文書を、おそらく古人を慈しみながら、愉しく翻刻していたに違いない。どこにでもいるような教養人の、ありふれた毎日をしるした日記を読むことによってしか得られない、古人の至福の一時を共有する愉悦がそこにはある。
 この境地に達した塩村さんを私は心から尊敬する。それだからこそ、劉さんをはじめとする素晴らしい教え子を多く育てられたのであろう。数年前、名古屋大院生との研究交流会を定期的にやりたいなーと思いついたことがあったのだが、うまく言い出せなかったな。
 ともあれ、塩村さんの「死者との対話」は達人の域に入った。我々は翻刻を読むことで、それを少しだけは追体験できるだろう(なんといっても日記本体というモノそのものを読むのとでは、その共感度が違う)。
posted by 忘却散人 | Comment(2) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 始めまして、小栗章代と申します。
塩村先生にお願いし「大田常庵日記」を翻刻して頂きました大田常庵の末裔でございます。
先ほど塩村先生にこちら様のブログをご紹介頂きました。更に塩村先生のお人柄が良く理解出来、大変嬉しゅうございました。
 私も思い当たる事がございまして昨年夏、この日記のため、先生は暑い真夏に名古屋平和公園までお出かけ頂いて、先祖のお墓参りをして下さいました。本来なら私共がご案内するべきところ、お一人で探しながら、です。
 メール上でも度々暖かい方だとは感じていましたが、本当に嬉しくなります。

 こちらも度々拝見させて頂きたいと存じます。   どうもありがとうございました。
Posted by 小栗章代 at 2021年04月14日 14:38
小栗さま。ご丁寧なコメントありがとうございます。そうだったのですね。お墓探しというのは、人物研究を志した人なら、必ずやったことがあると思うのですが、「自分で探す」のも愉しいのではないかと思います。特に塩村さんなら、きっと嬉々としてお墓探しをなさったのではないでしょうか。ブログも見ていただけてたのですね。よかったです。
Posted by 忘却散人 at 2021年04月15日 12:28
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