濱田啓介先生が、『近世小説・営為と様式に関する私見』を刊行されたのが1993年。この名著で先生は角川源義賞を受賞した。その時先生は63歳であられた。次いで『近世文学・伝達と様式に関する私見』を出されたのが2010年、80歳である。その後、『国文学概論』という、今日濱田先生以外には書けないだろう、とてつもなく分厚い日本文学通史を刊行されたのが2019年であった。これには度肝を抜かれた人も多かっただろう。しかし、驚くべきことに、「濱田先生は3冊めの近世文学の論文集を準備されている」と風の噂に伝わって来た。それが実現したのが、91歳で出された論文集『近世文学・作者と様式に関する私見』(2021年9月)なのである。なお、ここにあげたすべての本は京都大学学術出版会から刊行されている。
本書の刊記は9月10日、その12日後、先生は逝去された。まさに濱田啓介学を論文集3冊、通史1冊(その他多くの注釈などのお仕事がある)として、集大成されて、往生を遂げられたのだ。見事というしかなく、感謝のことばも思い浮かばないほど感謝している。本書の「後記」には、「学界人として、論文集の刊行は不可欠の業務である」とあり、前2冊に収めなかった論文を後世のためにまとめようと思ったということが書かれている。
濱田先生の学恩を受けた人は、数え切れないくらいだろう。先生の学問やお人柄については、それを語るに相応しい方が何人もいらっしゃる。私はただ、この本についての感想を述べることで、追悼の意を表したい。
やはり名論文ばかりである。先生の御論文は、ある一作を論じるというものもないではないが、多くはすさまじい読書量と調査量による「遠読」的な読み方による知見をのべるものが多い。先生自身が気に入っていたタイトル名の「比較文学偏西風」を巻頭においておられるのはなんだか微笑ましい。スケールの大きい比較文学論である。また「秩序への回帰−許嫁婚姻譚を中心として−」は、読本の様式(枠組)をストーリー展開の類型から考えるものである。「〈愛想づかし〉概観」も膨大は調査の成果である。しかし、秩序への回帰とか愛想づかしをテーマに立てるというところが実は余人の真似できないところなのである。すさまじい調査量は、文学史の叙述にも反映する。「幕末読本の一傾向」や「吉文字屋の作者に関する研究」は何度も読み返したもので、これらの論文のお世話になった人は多いはずである。
そして「外濠を埋めてかかれ」は、西鶴ワークショップを京都で開いたときに、全体講評をお願いした時の原稿化である。私がお願いした原稿で、『上方文藝研究』に寄稿していただいたものだけに、感慨深い。西鶴研究の指針を示されたものである。そのワークショップは京都近世小説研究会という研究会が拓いた物であったが、私がはじめてその研究会に出させていただいた2001年以来、濱田先生はほぼ毎回、出席されていた。濱田先生のいないこの研究会は私の中ではちょっと考えにくいものである。そこでどれだけのことを学ばせていただいただろう。先生の存在が本研究会の求心力になっていた。
コロナ禍で、先生にお会いできないまま、お別れする日が来てしまったとはまことに残念でならない。いまはご冥福をお祈りするばかりである。
2021年10月17日
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