井上泰至さん編の『資料論がひらく軍記・合戦図の世界−理文融合型資料論と史学・文学の交差』(勉誠出版、2021年11月)は、新たな学術モデルを提唱する共同研究の成果報告書といえる。
内容的にいえば、2つのポイントがあって、それは副題に如実なように、@資料論における理文融合とA史学・文学の学際的研究である。
いずれも、井上さんの立場からいえば、文理融合であり、文学と史学の交差であるのだか、タイトルはあえて、理と史を先に出している。
相手側へのリスペクトの表れである。これは態度論として重要だ。
ただ「資料論がひらく」というのはタイトルだけからはよくわからなかった。これは「資料の新しい見方、新しい扱い方によって見えてくる」という意味のようである。とくに料紙の科学的分析・計量テキスト分析・色材の分析など。確かにこのような論文は、単発ではみることがあっても、まとまった形でこのように出されると、インパクトがある。とくに冒頭の石塚晴通氏の「コディコロジー(文理融合型総合典籍学)の実践」は長年の研究の積み重ねの上での立論だけに説得力がある。
そこに「理文融合」があるのだが、ただこの場合も、理系と文系の研究者が共在するものと、理系的な方法を文系研究者が使うという二種類があって、本書の場合はほぼ後者である。この中ではシステム工学が専門の日比谷孟俊さんが理系であるが、すでに日比谷さんは吉原についての本も出していて、日比谷さん自身が理文融合を体現化しているのだ。京大の古地震研究会のように、理系と文系のさまざまな分野の研究者が一堂に会するというのとはちょっと違う。ただ、理系的方法を駆使することでこれまで見えていなかったもの、思い込まれていたものが、新たな相貌を見せるという点で、この共同研究の問題提起の意味は少なくない。文献的学的研究に加えて書誌学的研究も必要なことが、佐々木孝浩さんや高木浩明さんらによって研究者に周知されてきたが、これにくわえて料紙や色材の科学的分析も必須の知識になってくるのかもしれない。
もうひとつの史学と文学の交差の問題については、軍記や合戦図という研究対象がそれを必然にしたと言えるが、これまではそれぞれが別々の価値観で別々にやっていたというのが実情なので、実録や歴史を題材とする読本研究などでも、この動きが起こると面白い。
なお、本の作りとして、各論にコメントが付されているのは効果的で、論文の理解自体を助けている。日本史系の学術誌では見かける方式だが、日本文学系ではほぼ見ないので、大いに参考になると思う。
2021年11月12日
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