中野三敏先生を偲ぶ会編『雅俗悼辞』が先生の命日の日付で刊行された。
九大の川平さんが編集実務をされ、美しく瀟洒な本に仕上がっていた。昨日朝届き、仕事の行き帰りの電車と、ちょっと顰蹙だが歩きながら全部読んだ。やめられなくなってしまったのだ。
コロナで一度延期になった「偲ぶ会」が、一周忌の際に福岡で行われることになったのだが、そのころ第三波がはじまったころで、予定の方が多く参加を見合わせた。しかし、あらかじめ振り込んだ参加費はお返ししなくてよいという方がたくさんいて、結果、余剰金がかなり出ることになった。そこで追悼文集を出すことになったという。
先生の傘寿を記念して「雅俗小径』という記念文集を、やはり川平さんを中心に作っていたが、追悼文集はまた違う。先生をうしなった人たちの悲しみと先生への感謝とがぐっと迫ってくる。40人以上の方(ほとんどの方を存じ上げているが)が、思い出とともに、それぞれの心の中の中野先生を描いている。そして、ご長男の学而さんが、最後を締めているが、その文章がこの上なく美しく胸を打つ。
そのひとつひとつに、コメントしたい衝動にかられる。とりわけ、同世代とそれに近い世代の文章は、忘れていたことを思い出させるとともに、彼らの中野先生への想いが分かりすぎで分かりすぎで。
いまさらながら、わたしたちは幸せだったなあと振り返ることしきりであった。そんなに先生としょっちゅう話を交わしていたわけではないけれど、あのころの院生たちは、国生雅子さん(近代文学、福岡大学名誉教授)がいうように、中野先生を中心に居こごちのいい雰囲気の中で過ごしていたのである。
本書は、偲ぶ会の参加者(参加費を払った方をふくむ)と、「雅俗」同人に配布されたはずである。
2022年11月23日
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