2023年01月24日

大才子小津久足

 菱岡憲司『大才子小津久足』(中央公論新社、2023年1月)。
 馬琴から「大才子」と称された、伊勢松坂の干鰯問屋(ほかに兼業いくつか・・・)小津久足をクローズアップ。小津を通して、これまであいまいだった「江戸時代」の一面、文化文芸に商人の果たした役割や意味を浮かび上がらせた快作である。読んで面白いのは文章力の確かさ。雑学庵を称した小津と同じく、並外れた読書力・咀嚼力で得た知見と、文学的なセンスがそれを可能にしている。
本書第一章を読みつつ、次々に繰り出される専門書の引用に唖然としながら、それらが菱岡氏が一時期ツイッターで紹介し続けていた経済史・流通史・産業史の本であることを思い出す。確かに久足は商人だから、そこはきちんと押さえなければならない。しかし、その徹底ぶりが半端ない。それらに掲載されている一次史料を読み込んだ上での、商人としての小津(湯浅屋与右衛門)を描き出す。
 たとえば上田秋成は、紙油商の上田家に養子に入り、養父亡き後の10年ほどは、主人として過ごしたはずだが、秋成研究者でこれまで、近世中期の紙油商について、その経営のあり方、仕入れや販売ルートや商人間の取引の実態について調べようとした人がいただろうか?しかし、秋成の人生の前半生は紙油商の若旦那であり、店主だったのだ。そういうこれまでの文学研究・作家研究に対して本書は批判の言辞は一切ない。ただただ静かに模範を示すところが逆に刺さる。
 こういった、博引旁証から、いくつもの至言を我々は与えられる。第一章では、「江戸時代の商いの実情は、本業もさることながら、兼業に着目しなければ見えてこない」というのがそのひとつ。鰯のように獲れ高に左右される本業の不安定さを補う兼業が、商家の継続の鍵を握るのだ。「兼ねる」ということ。それは人格的にも言える。言うのは簡単であるが、それを等価に調べていくことはそう簡単ではない。また秋成になるが、晩年の秋成は茶人としても際立っていたが、茶人秋成は、文芸作品との関わりにおいて以外は、文学研究者は自分ではあまり調べようとせず、茶道研究者に任せている(あ、これは私だけかも、失礼しました)。もっとも、自ら茶の稽古をしている研究者の方もいらっしゃる(尊敬してます)ので、一般化してはいけないところ。
また江戸時代は「家」の概念が非常に重要だが、菱岡さんは小津家代々について、実に丁寧に叙述してゆく。その上で紹介されるからこそ、家訓書『非なるべし』の家訓に深く感銘を受ける。驚きますよ。「恥をかき、義理をかき、事をかく三角の法は、商いのためには四書六経にもまされるをしへ、陰徳などは必ず心がくべからず。人のためよき事も心がくべからず。まして世のため国家のためなどいふは無用にて、商の道にあらず。商はただわが家繁昌、得意繁昌を思ふの外、無用也。」。いきなり、これを読めば、「やっぱりあきんどやな」と思うだけかもしれないが、菱岡さんの描く干鰯を生業とする与右衛門の透徹した処世観を読んでくれば、この家訓にはむしろ感動する。あくまで「家訓」であり、個人の生き方を示しているのではないのだ。
 本書の中で、この第一章の意味は非常に重い。文学研究者は第2章から読みたいかもしれないが、第一章こそが必読なのだ。
 第二章では国学・和歌・紀行文という文芸活動を行なった久足。ここでは「雅俗」についての説明があるが、現在いちばんわかりやすい「雅俗」の説明だろう。これは「今古和漢雅俗もみな一致」を唱える久足の文芸観の解説につながっていく。雅俗をきちんと論じるためには、堂上歌壇を無視できない。菱岡さんはそこもきちんと押さえて叙述し、宣長学からの離反という経緯を時代状況の中できちんと描く。
 そして第三章。本好きにはたまらない、久足の蔵書「西荘文庫」の形成と、蔵書交流ともいえるネットワークの詳細な解明である。リアルな有様がわかる書簡や文書の的確な引用と、新事実の指摘もさることながら、きわめて重要な指摘をしている。それは江戸出版流通の整備と蔵書形成が深く関わっていること。とくに江戸時代後期になって富裕町人が大蔵書家になるための環境として、それが無視できないことを、わかりやすく説得力ある説明で教えてくれる。これも、出版流通に関わる先行研究の読み込みと、一次史料をきちんと抑える菱岡さんの学問的態度のなせる業である。また蔵書家同士の交流も、膨大な書簡の読み込みから明るみに出していて、ここらあたりは、本好きにはたまらないはずである。この章で重要なのは、えてしてありがちな、江戸・京都・大坂の三都文化圏だけで、江戸の経済や文化を論じようとするあり方への警鐘、そして、発信者(作者・著者)と受信者(読者)だけでなく、中継者という視点が必要で、その三者を総合したところに書籍文化論が成り立つだろうという提言。なるほどと頷かざるをえない。反省せざるを得ない。またまた秋成の話で申し訳ないが、秋成晩年の傑作『春雨物語』が、伊勢商人の間で重宝されている様子が、本書でも生き生きと描かれているが、宣長を生んだ伊勢で、その論敵秋成の作品が、ここまで人気があるという現象を知らないと、その意味はなかなかわからないだろう。秋成の本を写したり貸借する伊勢商人たちの嗜好はいかなるものなのか。これまでの秋成研究に欠けていた視点である(近年、少しずつ注目されはじめているが、これも菱岡さんや、青山英正さんたちの川喜田家蔵書調査の成果によるものである)。川喜田(遠里)は久足の蔵書仲間である。
 ところで久足は馬琴から「神速」と呼ばれるほど、本を読むのが早かったらしい。それについて菱岡さんは触れているが、菱岡さんや、菱岡さんが敬愛する松坂出身の柏木隆雄先生(大阪大学名誉教授。本書のあとがきに出てくる。本ブログでも時々とりあげさせていただいている)速読術も尋常ではない。まあ、読書量がだんだんと速度を上げていくのでしょうね。
 第三章では、秋成・馬琴・応挙などの本を、久足がどうやって集めていくか、そのさまざまなノウハウについても紹介されているとともに、なぜ久足が、それらを集めたのかという理由についても考察されている。ここも読みどころである。
 第四章は宣長学の、前のめりで、一つに収束するような思想に嫌気をさしてそこから離れ、バランスのよい「雑学」を身にまとった「雑学庵」としての久足を描く。古今和漢雅俗一致の思想は、価値の相対化と、「畸人」志向から帰結する。ここにも商人の生業が関わってくる。
 久足の膨大な量の紀行文は、そこから見える江戸時代のドキュメンタリーとして貴重である。その一端を示したのが第五章。興味がつきない記述がたくさん出てくる。
 さて、いくつもの顔をもつ久足。どれが本当の久足なのか、と、凡庸な問いを発したくなるのだが、菱岡さんは終章で、これまでの内容を見事にまとめた上で、さらに面白い実態、そしてなるほどという見解を披露する。「壱人両名」ということが黙認されていた社会、最後に正体が明かされる近世演劇の「実は」の作劇法は、観客に「名称使い分け」の日常生活があったからすんなり受容できたのではという仮説。そして最後に、久足が蔵書や旅行にお金を使うことが、実は商売を守ることにつながるという一見逆説的なポリシーを紹介する。もうけたお金を元に商売をさらに拡大することのリスク(これで潰れた現代の商売のなんと多いことか)を熟知するゆえに、財産は守るが拡張しない、それが家の継続のために重要な考え方だと。
 久足の考え方には今の我々が学ぶべきところが非常に多い。さりげない教訓書だったのか?いやそんなことを菱岡さんは考えてはいない。ただこの本は、読み始めたらやめられないくらいに面白く、わかりやすい。それでいいのだが、あまりにも学ぶところが、多いのだ。研究者には特に。
 最後に、拙論たくさん引いてくださってありがとうございます。嬉しかったです(笑)
さて、その菱岡さんを基調講演者としてお招きし、国際研究集会「〈紀行〉研究の新展開」を、オンラインで開催する。2月22日15:00から。改めてまたアナウンスします!
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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