2023年02月14日

近世文学史論

 鈴木健一さんの『近世文学史論ー古典知の継承と展開ー』(岩波書店、2023年2月)が刊行された。
内藤湖南の名著と同題で、古典文学から近代文学への転換という大きな見取り図の中に近世文学を位置づけ、4つの視点から近世文学を史的に考察してゆこうとした論文集のようである。書き下ろしではないが、体系性をもたせようとしている。
 鈴木さんによれば、近世は1603年から1867年まで。
第一の視点は、「学問と文芸の融合ー知の共同体の形成」
第二の視点は、「〈型〉の継承と変容ー新しさの創出への苦闘」
第三の視点は、「画と詩の交響「絵画体験と美意識の浸透」
第四の視点は、「神秘性から日常性へー現実に対処する精神」
それぞれの視点は、いくつかの論文の集成である。
 このうち、土日に行われた国際シンポジウム「古典の再生」と、とくに関わるのが第二であろう。「変容」は作者の意識の持ちようで、「再生」とも捉えうるからである。
 また、第四の、神秘性から日常性へとは、確かにそういう流れは、怪談史などを構想するならばあり得る推移の一面ではあるが、全体として捉えられる見方といえるかどうかは保留したい。むしろ神秘に対する態度、日常に対する処し方が変わっていくという見方もあるだろう。
 ところで、「史」の問題は、前の投稿の「古典の再生」での、第2セッション「源氏物語再生史」でもディスカッサントの中嶋隆さんから重要なものとして言及されていた。メディアに注目する立場から、「アーリーモダン」という切り口を用意される中嶋隆さんは、鈴木さんの文学史をどう考えておられるだろうか。鈴木さんの切り口はおそらく「古典知」と言っていいだろう。だが、「古典知」の内容も、人によってバリエーションがある。「俗解された古典」知もあるので、古典だから雅というわけでもない。鈴木さんは、複雑な様相をわりと明解に説いているのだが、4つの視点はどう複合するだろうか。共同性と個性のバランスということを最後のあたりでおっしゃっている。私はシンポジウムで、和歌における「勅撰集モデル」(共通する心を表現)と「万葉集モデル」(自分自身の心を表現)を秋成が仮設していたというようなことを言ったが、それと重なるようにも思う。しかし、それは十八世紀後半に山があると見ている。
 鈴木さんの本はまだめくってみただけで、精読していない。私の見当が外れているかどうか、これからじっくり読ませていただきたい。
 
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