ブログを書いたり、Twitterで呟いたりして、いろいろ発信していると、事情通のように思われているかもしれないが、真逆である。あんまり知らないので、「えっ、そんなことも知らないの?」という反応をされることもしばしばある。
『研究と評論』で『挙白集』の注釈が連載されていた時も、え?このメンバーはどういう関係で?と首を捻っていた。きっとみんな知っていることだったのだろう。中嶋隆氏や藤江峰夫氏の守備範囲がすごく広いことは知っていたが、それにしてもお二人が『挙白集』の注釈というのは意外である。
『『挙白集』評釈 和文篇』(挙白集を読む会編、和泉書院、2023年2月)は、『挙白集』和文篇の本格的な注釈書である。
ここでそのメンバーを紹介しておくと、大山和哉、岡本聡、雲岡梓、鈴木淳、中嶋隆、復本一郎、藤江峰夫の各氏である。復本一郎氏の「あとがき」で、読む会の歴史をしることができた。1990年に鈴木淳氏と復本氏が、佐野正巳氏の引き合わせによって、神奈川大学で出会ったことにはじまるようだった。そこで一杯やったときに、二人の自宅が徒歩十分のところにあり、読書会をはじめることになった。そこでメンバーを考えたとき、横浜在住の中嶋氏、藤江氏の名前が挙がったのだという。そう、ご近所読書会だったのである。これは気づかなかった。
『挙白集』を読むことになって、ペースは二ヶ月に一回。たしかにこれは長続きするペースである。その後、長嘯子の専門家である岡本聡氏が参加。箕面から毎回通っていたという。これはすごい。さらに岡本氏が、大山和哉、雲岡梓の若手二人をリクルートし、パワーアップ。出版にいたる詰めでは、若手が大車輪の活躍をしたことが、感謝とともに記されている。
その共同研究が六百頁を超える大冊として実を結んだ。作品を読む際に、会読形式は、本当に勉強になる。三十年以上も続けて、それを形になすのはどれだけ感慨深いだろうか。とくに最初から参加されていた方々の喜びは察するに余りある。コロナ禍のさなかはオンラインで行った模様で、それを乗り越えての慶事である。
近世和文史というものを構想するとしたら、長嘯子はその初期の最重要人物になる。とはいえ、和文は長嘯子に限らず、研究が進んでいなかったのが三十年前だ。注釈もほとんどなかった。近世和歌研究の発展とともに、和文も注目されてはじめてきた。岩波の「文学」が「近世歌文の創造」という特集を組んだのは、まさに30年くらい前か?中野三敏・松野陽一・上野洋三各先生の鼎談が掲載されていた。その後、松野先生はもちろん、風間誠史氏・久保田啓一氏・田中康二氏・岡本聡氏・雲岡梓氏らの研究が続く。秋成研究でも、和文に光が当たりはじめたのは、新日本古典文学大系で『藤簍冊子』の注釈(中村博保・鈴木淳)が刊行されたのが大きい。私も和文消息の『文反古』を数年読んでいくつか拙論を書いた。
しかし、和文といえば、やはり『挙白集』を押さえなければならない。これは上野洋三先生から学会の懇親会で諭されたことである。挙白集の和文は、秋成などと違って読みやすいが、しかし深いのだということが、この本で学べそうである。一度だけ「近世和文史」の授業をしたことがあって、「山家記」を苦心して自己流に注釈したのが懐かしい。
ともかく、決定版の評釈書が出たのは、本当にありがたい。いつでもここに帰ればいいからである。
2023年02月26日
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