2023年02月27日

『誹諧独吟一日千句』研究と註解(中嶋隆さんへの手紙)

中嶋隆さま

この手紙はご大著『『誹諧独吟一日千句』研究と註解』(文学通信、2023年2月)に触発された私の思いを、きちんとまとまらないままに書きつけ、お礼に代えるものです。

本来、数人の連衆の座を意識しつつ作句していく誹諧を、一人の創作者と不特定多数の享受者という関係に変質させたのは、西鶴が独吟したからである。しかし、その時の不特定多数の享受者を西鶴は連衆と呼んでおり、それは単なる聴衆とは違う。自分と同様、作句能力のある座メンバーである。西鶴の小説における作者/読者の関係は、この関係に似ている。
多様な読者が西鶴の小説にそれぞれのコンテクストを読み取り、作り出すことが、西鶴の誤読や幻想を生んだが、それは西鶴の複綜する文体が生み出したものであり、独吟のあり方は、その文体の秘密の解明を示唆する。

中嶋さんが、一日独吟の註解に取り組んだ理由がようやく腑に落ちました。小説家でもある中嶋さんの関心は、西鶴の小説にあり、その西鶴の小説の独自性の秘密の根が、彼の独吟に見えるからなのですね。

私のこの理解は、あるいは「誤読や幻想」かもしれません。なぜなら私にも、秋成の散文を考えるというコンテクストがあるからなのです。2月12日の「古典の再生」シンポジウムの私の発表で、私は秋成の「長物がたり」「ひとりごと」を取り上げたのですが、それをあるべき読者の不在という観点から考えました。秋成の『春雨物語』はその延長にあり、西鶴のベクトルとは逆に、不特定多数の読者を想定する版本の小説(秋成自身も浮世草子や雨月物語で経験ずみ)創作を経て、特定の人を読者として想定する写本の著述(注釈や和文など)によってモチベーションを確保していた京都時代の秋成が、最も信頼できる読者である「正親町三条公則」を喪って、不在の読者に向けて、ひとりごと、長物がたりをする、という道筋を考えていたからなのです。

 秋成自身も体験している連句は、江戸時代における「作者/読者」を考える際に、重要な視点であることに気づかせていただいたと同時に、西鶴や秋成の散文が、どういう読者を想定していたか、おそらく近代読者とは違うだろうという問題を私の中にもたらしました。

 この感想自体が逸脱=「長物がたり」ですが、さらに言えば、本書の研究篇の冒頭に、
「寛永期は、中世以前の伝統文化が出版メディアによって再生・再編された時期である」という一文にいまさらながら驚きました。先のシンポジウムでの議論とシンクロしますが、なんと「再生」というワードがここに使われているではないですか。まさに中嶋さんがディスカッサントとして、「源氏物語再生史」の「史」が問題だと言われた意味が前景化するのです。
 その状況が進んだ中で生まれた談林の独吟・速吟は、座より個人、質より量という創作価値観の転換を生む。それは寛永期のあと、寛文・延宝期の文化動向の反映である、というのが中嶋さんの描く文学史だということでよいでしょうか。
 複綜的なコンテクストには非現実的なコンテクスト(無心所着)があり、それが笑いを生んでいる。その事例をいくつも挙げることで、西鶴の独吟の方法が浮かび上がると同時に、西鶴の小説への展開が見えてきます。

 なぜ、このテキストに注釈が必要なのか。それがここまで追究されていることに、感嘆を禁じ得ません。現代を見据えつつ古典に向き合い、「史」の構想を重視する中嶋さんならではの、一書として、本書を受け取りました。私の「誤読と幻想」を招いたことで、中嶋さんは西鶴に連なることになります。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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