来年の大河ドラマに合わせて、出版界は源氏ブームである。ただでさえ古典研究界隈は、源氏のひとり勝ちという状況であるので、もはや古典研究の半分は源氏研究なのでは?と妄想してしまうくらいの状況。いやいや、うらやんでいないで、私たちも頑張りましょう。
もちろん、江戸文学研究も『源氏物語』を無視してできるはずがない。つい最近、私も怪異語りの論文を源氏で締めたくらいで。だから『源氏物語』研究動向にも、無関心ではいられない。とはいえ、學燈社の『國文学』や至文堂の『国文学解釈と鑑賞』が廃刊されて久しい今、源氏物語の研究動向を、わかりやすく編んだ本に出会う機会が少なくなった。
そんな時に出た河添房江・松本大編の『源氏物語を読むための25章』(武蔵野書院)。その渇を癒やすのにピッタリの本である。河添さんも「はじめに」で、そのことに触れている。
私なりに見たところ、本書は源氏物語「研究」入門書であり、研究最前線の紹介書である。私にとってはとてもありがたい本である。源氏物語研究にはさまざまな切り口がある。その切り口を、それぞれに実績のある論者が具体的に特定の巻に即して解説してゆく。特定の巻に即してというところに本書の特徴があり、各論は源氏物語の巻順にしたがって配列されているのである。これはなかなか思いつかない構成である。
まず各論の切り口(研究テーマ)を通覧すると、私が学生のころにはなかったものがいくつもある。たとえば書誌学・唐物・ジェンダーなど。一方で、成立論・作中人物論・主題論などは立項されていない。源氏物語の「原本」や成立過程を復元するよりも、遺された「本文」そのものへ関心が移っているということであろう。
書誌学的アプローチの佐々木孝浩さんの「書物が教えてくれること」は、これまで本そのものを見てこなかった源氏の本文研究を批判、池田亀鑑の呪縛に研究者たちがいかにとらわれていたかを厳しく問うている。河添房江さんの「唐物から国風文化論へ」は、源氏物語の中の唐物の働きについて梅枝巻を例に、鮮やかに解読。「唐物派の女君」と「非唐物派の女君」との対比など魅力的な視点を提起するばかりか、「国風文化」の実像の再検討へと論を進める。もうひとりの編者松本大さんは、『河海抄』が、両論併記して、読者の好みに任せるという注釈態度をとっていることを指摘する。「よオーこそ、注釈の世界へ」というのは、注釈書の世界へということだったのね。と、とりあえず目についたものについてコメントした。
付録の、参考文献・データベース・サイト一覧は有益。でも源氏物語となると、とくにサイトについてはかなりの頻度で更新が必要なので、版元のホームページと連携して、ここの部分だけは最新版が見られるようにしたら、読者はもっと嬉しいだろう。
2023年11月10日
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