『上野洋三著作集』第一巻として『芭蕉発句評唱』が和泉書院から刊行された(2024年2月)。しっかりとした造本と水色を基調としたさわやかな箱のデザインで、全三巻が予定されている。「芭蕉発句評唱」と副題され、多くは「〇〇考」と題された発句評釈シリーズの論文群が中心で構成されている。上野先生が40代のころに次々と発表され、一回りほど下の駆け出しだった私は、むさぼるようにこれを読んだ。しかし、到底これは真似できないとも思った。
鮮やかで、緻密で、説得力に満ちた論述に魅了された。これらのシリーズは『芭蕉論』(筑摩書房)としてまとめられ、岩波現代文庫には『芭蕉の表現』と題して収められた。
私の見るところ、上野先生は完璧主義者であり、その論文に瑕疵を見付けるのは容易の業ではなかった。そして他者の論文や発表にも実に厳しかった。九大の先輩である井上敏幸先生と仲がよかったので、大阪女子大学在職時代には、夏休みに九州に調査に来られることがあり、私もお二人に同行させていただくことがあり、それで少しずつチャーミングな人間上野洋三に触れることになった。酔うとお茶目なところがあることも知った。今思えば贅沢な時間である。
「ことば」に徹底的にこだわり、考え抜くスタイルは、まさに厳密な学風というにふさわしい。私の尊敬する学者の一人である。
上野先生の業績は芭蕉だけではなかった。和歌史研究にもにも大きな足跡を残した。それは恐らく第三巻に集められるだろう。1日10首の翻刻をルーティーンにされていた。
上野先生、雲英末雄先生、桜井武次郎先生、少し上の世代に白石悌三先生・・・と、芭蕉周辺の俳諧研究が華やかな時代だった。しかし、田中道雄先生を先頭に、今も俳諧研究者らは大きな志を持って前進していると思う。上野先生らの築いた堅固な礎石の上に、また新たな時代にほさわしい華麗な城を築いてほしい。
2024年03月25日
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