堀川貴司さんの『五山文学探究 資料と論考』(文学通信、2024年5月)。2011年の『五山文学研究ー資料と論考』、2015年の『続 五山文学研究ー資料と論考』(いずれも笠間書院)の続編に相当するという。中世日本漢文学研究者として、ゆるぎない信頼をもつ堀川さんは、『書誌学入門ー古典籍を見る・知る・読む』(勉誠出版)という名著もある。文献に基づく堅実な論考を絶え間なく生産し続けている。
本書についてコメントすることなど、私にできるわけもないが、第4章のはじめに書いておられる、中世における唐物の日本文化への定着が、「モノ」の移動だけではなく、中国・日本の禅僧という「ヒト」の相互往来によって、行われ、広まったという当然の指摘を、今更ながら再認識させていただいた。近世においても禅僧の存在の意味は大きく、漢文学のみならず、散文を考える際にもポイントになるし、人的交流からみる文壇史にも欠かせない視点となる。それを思い起こさせてくれる。第7章の「富士山像の変遷」もまことに勉強になる。石川丈山の著名な「白扇倒懸東海天」の句をもる「富士山」の詩も、五山で詠まれた富士山詩の流れに位置させることで、その独自性が際立つことになる。第14章の「『江湖風月集』注釈の展開」は、出版によって中世の「知」がひろく普及することのあることが指摘されている。
知の展開という視点でいえば、五山文学の重要さは看過できないことをあらためて知らされた一書である。
2024年07月17日
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