川平敏文『武士の道徳学ー徳川吉宗と室鳩巣『駿台雑話』』(角川選書、2024年6月)が刊行された。
本書によれば、儒者和文の名手である鳩巣の文章は、戦前まで旧制中学校の教科書で8割、高等女学校の教科書で5割に掲載されていた。しかし、戦後はほぼ掲載がなくなった。こういった例は他にも少なくないが、多くは忠孝を讃えるような「封建的」な思想ゆえに、戦後民主主義になじまないためである。著者はまた、古文教育が、「現代文」教育と対置されることで、「精選」されることになり、多くが中古中世の和歌・物語・随筆・説話となるとともに、「漢文」もあることから、漢文訓読体と擬古文体のまざった標準的な和文は中途半端で掲載されることがなくなったことも理由のひとつとして上げる。
皮肉なことに、このことが、生徒達の「古文嫌い」を増やしてしまったのだと私は考えている。思想的にも全く問題ない、詠みやすく面白い「古文」がたくさんあることは、「こんなによみやすい古文があるんですね」という、私の授業を受けた学生の感想に多く見られることでも明らかなのである。
その名文『駿台雑話』を中心に、徳川吉宗に仕えた室鳩巣の人と思想を、わかりやすく紹介したのが本書である。特に私自身の研究とリンクするところで面白かったのは、川平さんが『駿台雑話』を談義本、あるいは「奇談」書に類したものと指摘しているところである。享保期には、談話(講釈・問答・咄)をベースとした読み物がはやり、その一群を本屋は「奇談」と分類したのだが(拙稿「近世文学の一領域としての「奇談」、日本文学、2012年10月号)、川平さんは拙稿を引用してくださり、その位置づけをしてくれた。そして、享保期の教訓談義本の作者を代表する佚斎樗山らとその「社会的属性」が共通すること、すなわち幕府ないし幕府に近い家臣であることを指摘する。それが町人へと拡がって談義本の流行を見るようになるのである。
本書には、おもしろいトピックがいくつもあるが、私の興味を引いたのは、御前講釈のリアルな記録(57頁あたり)、『六諭衍義大意』をめぐる吉宗と鳩素の綱引き(87頁あたり)、武道人情論の主張(206頁あたり)あたりであった。
2024年07月20日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバック