2024年10月20日

賀茂社家古典籍セミナー

さて、長いこと投稿をしていなかったが、再開します。リハビリということで、印象の薄れていない昨日の研究会の話。
 国文学研究資料館主催・京都産業大学日本文化研究所共催・上賀茂・下鴨の両神社後援・京都市歴史資料館協力の「(第3回)賀茂社家古典籍セミナー」(於京都産業大学むすびわざ館)に、昨日参加してきた。「賀茂社家古典籍」のうち、とくに今回のセミナーの元になる共同研究は、主として賀茂季鷹とその子孫が集め、保存してきた古典籍を指す。現在は、京都市歴史資料館に寄託されている。賀茂季鷹を研究している妻の盛田帝子とともに寄託の際のリストを作成するお手伝いをした。縁あって、いったん九州大学文学部が一時期預かっていたが、京都歴史資料館への寄託が決まった。それから、国文研の調査が入り、長い年月をかけて調査が終わった。このセミナーの日に合わせて、京都市歴史資料館では、「賀茂季鷹と古典の「知」」という展覧会がはじまった。重要文化財の『清輔本片仮名古今和歌集』や古活字本『竹取物語』、その他興味深い典籍が展示されている。セミナー参加者には、その図録もプレゼントされた。
季鷹の姓は「山本」である。その山本家の今の当主義浩さんとは、彼が小学生以来のお付き合いとなる。義浩さんは今大学の先生(英文学)になっていて、香川在住だが、最初のご挨拶のため駆けつけて下さった。義浩さんとお話できたのもよかった。
 基調講演は盛田の「賀茂季鷹と近衛菫(のぶ)子」で、季鷹の公家・皇族との親しい交流のキーパースンとなっているのが、季鷹の叔母にあたる山本茂利とその娘菫子であることが示された。山本茂利は有栖川職仁親王の女房で菫子を産み、菫子は近衛経煕の公室となった。この関係で、季鷹は皇室や近衛家をはじめとする公家との交流がやりやすくなり、ひいでは蔵書形成に繋がったと。
 次の講演2本は、若手のお話。宮武衛氏の「国学者と漢詩文、注釈」は、季鷹関係典籍類『本朝文粋』の書き入れを精査した研究成果の発表で、わかりやすかった。渡辺悠里子氏の「賀茂季鷹による仮名遣い研究」は、秋成の国学との関係で私も関心のあるところだたが、契沖仮名遣いを継承しつつ、それを補正していく営みがよくわかってありがたかった。
 京産大の小林一彦氏と歴史資料館の松中博氏の掛け合いで、展示の見所解説が行われた。図録を見ながら聴けたので、ポイントがよくわかった。最後の小林氏の挨拶は、調査の長い経緯を、関係メールを紹介しながら語るもので、なかなか異例であったが、聴衆は聞き入っていた。
 私は関係者ではなかったが、私のような立場のその他の数人とともに懇親会に誘われていたので、図々しくも参加。実は国文研館長の渡部泰明さんと、久しぶりにお話したかったのが第一の理由だったのだが、これは十二分に満喫できた。
 懇親会の場で、講演した若手二人が訃報が伝えられたばかりの赤瀬信吾さんの教え子であること、「だから私は聞きに来たんです」という山本登朗さんのご発言もあり、しんみりとした。ふたりの心中はいかばかりであったか。
 
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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