2025年04月27日

『雨月物語』の刊記4ヶ月後の読者

一戸渉「儒医山本封山の読書と和歌と ー『読書室筆記』研究序説 」(『斯道文庫論集』59号、2025年3月)が、慶應義塾大学学術情報リポジトリ(KOARA)で公開されている。これは上田秋成および『雨月物語』研究にとって、画期的とも言ってよい発見を含んでいるので、ここで紹介しておく。この論文は、タイトル通り山本封山の日記である『読書室筆記』の内容ーとくに読書記録と国学の学びを中心に紹介・考察したものである。
 とりわけ(前期)読本研究にとって重要なのは、秋成の『雨月物語』と伊丹椿園の『両剣奇遇』の読書記録があることである。刊行とほぼ同時期に、どんな読者が前期読本を読んだかが明らかになるのであり、これは画期的と言える。
 『雨月物語』が刊行されたのは、刊記によれば安永五年四月。『読書室筆記』の安永五年八月二十二日に、封山は『雨月物語』を読んだことを記している。刊記からわずか四ヶ月である。残念ながら感想は記されていないが、これはこれまでわかっている限り、最も早い『雨月物語』読書記録である。また安永七年十一月二十四日には、伊丹椿園の『両剣奇遇』を読んだことが書かれている。これは安永八年の刊記を持つ同書よりも早いが、一戸さんのいうように、刊記より以前に売り広められることは珍しくないので(今でも雑誌などで五月号を四月には発売するってことはよくある)、怪しむには足りないが、これまた刊行直後に読んでいるわけである。一戸さんによると、封山は、『雨月物語』読書以後、中国小説類にも興味を示し、『夷堅志』などには「奇怪多々」と珍しく感想を記していることから、『雨月物語』から中国小説への関心の道筋を想定している。これは従来の多くの研究者の想定とは逆なのだが、封山の読書記録は、このような道筋をたどった読書人の存在を明らかにしたわけである。
 なお、安永七年五月に、人を介して秋成の歌文が封山に送られたことも、『読書室筆記』からわかるということも一戸さんは指摘している。他にも真淵学に関わる読書歴など、本論文に教えられることは多いが、今回は秋成と『雨月物語』との関わりについてのみ触れた。論文はかなりの長文だが、興味のあるかたは、リンクから閲覧して下さい。
 
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