2025年05月05日

演劇をめぐる八章

 近世演劇研究者の岩井眞實さんが、退休されたと聞いて「へえ!」と思った。まだまだお若いという印象が。とにかく彼の出すオーラは明るくポジティブ。そして軽快なのに、落ち着いている、独特の雰囲気だ。そんなに親しい付き合いをしているわけではない。岩井さんが福岡に着任されたころに、私も福岡に住んでいて、少しお付き合いがあった程度なのだが、実はとても(一方的に)私が好きな方なのだ。なぜ?と言われてもよくわからないのだが、同じような感覚になるような方が他にいないような気がする。岩井さんは、演劇をかなり本格的に演じる側の人でもある。イギリスにロンドンの演劇学校にも4週間ほど通ったこともあるようだ。一度、大阪で上演の機会があったときに、見に来ないかとお誘いを受けたのだが、何かの事情で行けなかったのは本当に残念であった。ただ、福岡女学院におつとめのころ、つかこうへい劇団の『熱海殺人事件』を大学で上演されたことがあって、私もこれ幸いと観劇したのだが、主役がまだ役者としてブレイクする前の阿部寛だった。今思えば貴重な機会で、感謝である。ある時は、岡山かどっかで、2日にわたる領域横断的な「時間」のシンポジウムをすることになって(大学ではなく財団の主催だったような)、なぜか私が登壇を頼まれたのか、それとも誰か紹介してくれと言われたのか、とにかく、日本文学研究者で登壇してくれる人を探さないといけない羽目になった。人選に悩みになやんで、はっと思いついたのが岩井さんだった。岩井さんは快諾してくれて、そのシンポジウムは本にもなったと思う。
 枕が長くなったが、岩井さんが最近出された『演劇をめぐる八章』(和泉書院、2025年3月)の第1章が、「時間」がテーマなのだ。やはり面白い。この本は「専門書でも、入門書・概説書でもない、その中間を走っている」というふれこみだが、とにかく本格的な演劇論なのに、軽く、しかし落ち着いている、岩井さんらしい本なのだ。コラムも面白い。コラム5の「エクステンドとアドバンス」。これはゲームだ。アドバンスは前に進める。エクステンドはいったん止めて説明をする。生徒A「私はサイクリングに出かけた」先生「アドバンス」生徒B「森の中を駆け抜けた」先生「森、エクステンド」生徒C[その森は東京ドームの十倍の広さがあるらしい」・・・・学術論文はアドバンスとエクステンドの繰り返し。叙事詩はアドバンス、叙情詩はエクステンド。ゲームによって、劇の構造を体感する。いや、この2頁のコラムだけでも、1000円払っていいと思った。さて、各章のテーマは、時間に続いて、自然、戦争、愛、旅、怪、金、笑い。個人的には6章の「怪」が勉強になった。コラムは7つ。全部面白い。岩井さんが演劇人だからなのか、とにかく読者に魅せる業を知っている。語りが巧いのだ。そして、読者は、岩井流演劇論の数々にうならされる。つまり演劇論としてもとても高度かつ、わかりやすいのである。
 
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