『季刊iichiko』166号(2025年4月)は「日本文学を編みなおす〈中世編〉」を特集し、鈴木貞美・兵藤裕己・荒木浩3氏が議論を交わす大型鼎談を巻頭に配している。この化物先生たちの、融通無碍・自由闊達な放談は、面白すぎで、読むのがもどかしいくらいで、先へ先へと読み進めていったのだが、あまりに内容が詰まっていて、かつ話題が広すぎて、よく理解できていないことに気づき、もう一度、少し頭を落ち着かせながら、はじめから読みなおした。
この特集は、総論篇・古代篇の続きである。メンバーは鈴木氏をのぞいて入れ替わる。今回は、荒木浩さんの報告をもとに、討論する形。とはいえ、話題は古代から近代まで、そして言語学から哲学・歴史学・民俗学まで拡がり、そして諸外国の研究にも目配りし、自在に展開・転換して目がまわるくらいだ。私など、ほとんどの内容が、教えられることばかりなのだが、驚くべきことに、この鼎談に集まった人たちは、どんなトピックでも、どんな本の話、どんな研究者の話でも、ちゃんとついていくばかりか、時に異論を投げかける。談論風発とはこのことだろう。私のような凡庸な読者は、脳をフル回転させねば(させても)ついて行けないのだ。
なにしろ、小さなポイントで70頁におよぶ長丁場。どこかで休憩をはさんでいるのか、2日にわたっているのか、また後日の補筆が半端ないのかはわからないが、国文系の雑誌なら、こんな長い鼎談はありえない。その中に、あまりにも多く詰め込まれた、独自の視点・定説への疑問・新たな展望・・・。それにしても「日本文学史を編みなおす」シリーズを統括して、全シリーズに参加しているらしい鈴木貞美氏の博引旁証には恐れ入谷の鬼子母神。正直言って、議論は、あっちこっちに飛ぶし、繰り返しもあるのだが、それだけ臨場感にあふれ、むしろそれが刺激的である。
いくつか個人的に面白かった点について個別に発言・トピックを挙げる。発言は勝手にこちらでまとめます。箇条書き的に挙げておき、誤読をおそれて、感想は最低限。敬称略します。
〇時代区分にからめて、「説話文学」というジャンル概念はそもそも成り立つのか。(兵藤)
〇いま日本文学研究で一番活気があるのは、近世文学研究(兵藤)→え、そう見えますか?
〇近代は国民国家形成と定義される。近代化=西洋化ではない。明治維新は一面復古革命(鈴木)
〇古代は、首長が祭祀を束ねて国家をまとめていた時代(鈴木)
〇中世の始まりは長明、終わりは信長。長明の定命観は人間六十年、信長は人間五十年。(荒木)
〇心敬が『方丈記』に関心を持ったのは、世の災厄は複合だという視点。方丈記がなかったら平家物語は違う時代観で書かれたか(荒木)
〇壇の浦は異国へ続く場所(荒木)
荒木さんの特に最近の研究は、その著書のタイトルの一部に「対外観」「地球儀」と入っていることからわかるように、日本の外への着目が特徴で、そこに日本文学史の組み替えのヒントを見ているのだと思う。長明は草庵にいながらにして、インドへの視界があったと。
〇源氏物語が内在的に持っている影響力(荒木)
〇中世に、紫式部という作者が実体化、『源氏』は「作者の死」の反対で「作者の誕生」(荒木)
〇一条兼良によって、源氏物語の時間が発見される。年立。これはパラダイムチェンジ。(荒木)
〇心が明鏡であれば、いろいろなものが映るはず、つまり雑念があればあるほど悟りである。これが『徒然草』の「心にうつりゆくよしなしごと」を書くという散文の論理。(荒木)
〇ラテン語言語圏では世俗語革命が起こったが、漢文文化圏では、それぞれの地域での文体様式が進行。日本は、漢文書き下し・和文・和漢混交文、口語文という4つの文体が、江戸時代には走っていた。(鈴木)→これを鈴木氏は何度も強調。
〇歌物語には縁語は用いない(鈴木)
〇無常は未来観であり、一日で都が焼ける日本と、古代建築の基礎が残るイタリアでは無常の捉え方がまったく違う。(荒木)
〇後鳥羽院には安徳の怨霊を怖れる十分な理由があった(兵藤)
〇網野善彦の『異形の王権』はダメ。それへの批判として『後醍醐天皇』を書いた。宋学の影響を考えるべき(兵藤)
〇今昔物語に「仏法」と「世俗」の二つの世界があるのは法相宗の教学によることを原田信之氏が説いている(鈴木)
どうも、キリがない。どなたの発言ということができないが、
〇近代国家の成立と言語・文体の問題。
〇『河海抄』の画期性と室町幕府。
〇日本近代文学における文体の問題。
〇言語のプライバシーの問題。ここで、アンダーソンの『想像の共同体』が邦訳された際に、原文では『ハイドリオフィア』という本が、なんと『平家物語』に置き換わっていたということを荒木さんが紹介。
〇私小説・心境小説という呼称。
〇自由間接話法。最初に使ったのは清水好子さん(兵藤)
以上、ほんの一部です。日本文学史の編みなおしにとって、文体・海外・ジャンル・区分といったあたりについて、さまざまな意見が出されていた。多分メンバーが代われば、それはそれでまた違った展開になったのであろう。雑然としたメモに終始したが、私の能力ではまとめられない。そして、この鼎談では、特に鈴木氏の発言のところに、ときたまジャンプがあって、私の頭ではついていけないんだが、そこが逆にすごいなあと思わせる、あれは何なのだろう。
2025年06月05日
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