『源氏物語』と『平家物語』という二大物語を取り上げ、その正本が制作される経緯と、そこに作用した政治力学について考察することで、「日本」という国の枠組を考えることという、とてつもない構想。しかし、序説を読んで、非常に説得力ある構想だと確信できた。
前近代の書かれたテクストが、その筆勢や書体から、書き手の身体性を表すということや、女手のテクストが、視覚的にも分節化されにくく、発話する声の呼吸と地続きの気分でつづられ読まれたという説に、膝を打った。写本の本文は、筆勢・書体・墨の色、文字の大きさ、紙質、装幀などなどを含めてこそ「テクスト」だというご主張にはもちろん賛成で、その立場から秋成自筆の作品を読む試みもやってきた。しかし、「身体性」という概念と結びつけたことがなかったので、驚きとともに、ストンと胸に落ちた。あたりまえのことだけど、言われてはじめて。さらには、その文字で書かれたテクストに、とくに仮名で書かれた女手には、書き手の「声の呼吸と地続きの気分」がつづられるというのだ。唸るしかない。
以上は、序文のみを読んでのコメントで、もちろん本書のもつインパクトや可能性はこんなものではないはずである。帯には、こう書かれている。「第一人者がひもとく、誰もみたことのない文学史にして、文学論」。大げさでなく、その通りだろう。

