2025年08月15日

日本古典書誌学論

 佐々木孝浩さんの『新訂版 日本古典書誌学論』(文学通信、2025年5月)は、「古典研究必携 名著の新訂版」と帯に謳っているが、本当に「必携」であり、「必読」である。私は、師の中野三敏先生から、江戸時代の版本を扱う際の「板本書誌学」を学んだが、写本の書誌学は体系的に学んだことはなく、耳学問や本で学ぶばかりで、師についたことはない。もちろん、いわゆる書誌学入門の本はたくさんあって、それは本書にも挙げられているところであるが、やはり本書こそ、現時点でもっとも参照すべき、かつわかりやすい入門書兼専門書と言える。おそらく佐々木さんの立場は、書誌学は「文学研究の補助」ではなく、「文学研究の前提」であるという考えである。つまり書誌学を無視・軽視して、本文研究や成立研究、作者(書写者)研究は成り立たない。それは、本書でいえば、大島本源氏物語の議論に当てはまる。誰も疑わなかった「優れた本文」の大島本に、書誌学的観点から異を唱えた佐々木さんの研究は、多くの源氏研究者にとって「困ったこと」だっただろう。それは、百人一首非定家撰者説と似たようなところがある。私は門外漢ではあるが、佐々木さんの研究を「あくまで書誌学だから、文学研究に立ち入るべきではない」という考え方で軽視することだけは間違っていると、主張したい。
 さて、この佐々木さんの本の、すくなくとも序編・第一編だけは、全ての日本古典研究者必読ではないだろうか。ここから私は一切具体的な内容に触れないけれど、読んで確かめて下さい。本書が本体3200円なんて信じられない安さなので、できれば買って確かめて下さい。 
 まず、すこぶる読みやすい、そしてわかりやすい。たとえば書物の定義。わかったようでいて、即答できないのではないか。今後は佐々木さんの定義を用いればよい。そして書誌学の本だからといって淡々と無機質に説明されていると思われる方もいるかもしれないが、叙述はスリリングで、読み物としても面白い。事柄の輪郭をしっかりと象るので、私のぼんやりとした知識が解像度を高めていく愉しみがある。そして圧倒的な知見に基づく、適切で豊富な例示が説得力を高める。いたるところで、新しい知識が得られるだろう。さらに研究書として重要なのは、先行研究への目配りが半端ないことだ。
 そういう意味で、叙述のお手本にもなる。もちろん、佐々木節というか佐々木張りというか、独特の言い回しもあって、それがまた味を出していると私は思う。斯道文庫に職を得たのは、文字通り「天職」だったのだろう。
 本書、ご紹介が遅れてしまった。遅れても、やはり紹介した方がいい本は、紹介していきます、今後とも。
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