2025年08月21日

理論と実証

 8月19日、ハイデルベルク大学のユディット・アロカイ先生のプロジェクト”Poetry as Political Ritual: The Role of Poetry and Poetic Institutions in the Restoration ofImperial Power”がの第2回ワークショップ”RitualText to Sound: Poetry and Performance”がハイブリッドで行われた。タイトルから想像つかないかもしれないが、江戸後期から明治(1780-1900)における、政治的儀礼としての詩歌:皇国復権における詩歌とその制度の役割を検討するもので、日本文学研究者が集まっている。私もこのプロジェクトに参加させていただいている。
 今回は、パフォーマンスがテーマということで、具体的なパフォーマンスの紹介や、理論的なアプローチによる発表・討議が計7本あり、なんと7時間30分にわたる長丁場だったが、面白くて時間を忘れるくらいだった。具体的なパフォーマンスとしては、歌会始・詩吟・席画・宮廷歌会・詩歌応答などが取り上げられた。個々の発表についても、実にスリリングな議論が展開されたが、最終討論が実に面白かった。
 そもそも「パフォーマンス」という切り口はどうなのか、さらには文学研究における理論的アプローチについて、またその派生的問題として近世文学研究では絶対的ともいえる「時代に即した文芸理解」の功罪についての議論である。
 この議論、2022年の春の近世文学会の70周年記念シンポジウムで、理論と実証をめぐって盛り上がった議論を髣髴とさせた。リンクをご参照いただきたい。その際の議論の主役のひとりでもある山本嘉孝さん(イェール大学)も今回参加されたものの、アメリカからのオンライン参加で、時差とご本人の重要用務のため、一部参加となり、討論の際にはおられなかった。ただ、その山本さんの「実証」重視の主張のことが話題になったが、「そもそも山本さんはハーバードでフランス文学を学んだ人であり、生半可な日本の理論家よりも理論は知っていますよ。その上での実証主義主張であることを知らねばならない」という合山林太郎さんの指摘があり、「そうだよなあ」と改めて認識したところである。「時代に即する表現理解」が、海外の研究者を疎外する可能性などの問題点、「理論(切り口)」を使ってはじめて見える側面という話も出た。なにより、議論が有機的に機能して、非常に勉強になるという素晴らしい展開になった。若い方も積極的に発言してくれたのがすばらしかった。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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