2017年01月07日

大阪大学国語国文学会

恒例の大阪大学国語国文学会が本日、豊中の大阪大学会館で行われました。
たいへん盛況でした。蜂矢先生もお見えになりました。
学生3名の発表ののち、山本嘉孝さんと出原隆俊先生の講演がありました。
山本さんの講演は、室鳩巣の辺塞詩が、『唐詩訓解』の学びから生成していることを、非常に丁寧に説き、その擬古的手法の中に、時勢への諷諌や感懐が実は込められているということを、訓解の注釈を重ねつつ読み解いて行き、さらにそれを『赤穂義人録』と関連づけるというスリリングな展開で、面白かったです。
出原先生の講演は、透谷・一葉・漱石・鷗外を通してご自身の研究を振り返りつつ、研究することの意味を自問する苦悩についても語るという、「自分語り」色の濃いご講演で、なかなか日頃はきけない貴重なお話でした。「〇〇論」というタイトルを論文に付けたことがないという話をきいて、そうだったのかと思いました。出原先生の論文は「論」のイメージがありましたが、そこには全体を論じなければ論ではないという先生の美意識があったようです。出原先生が阪大に着任されたのは平成元年のことだそうで、28年間の長きにわたっての阪大での教育研究であったわけです。
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2016年10月11日

いたずらコンビは最後は死んで誰も同情しない

 本日10:30分から、大阪大学豊中キャンパスで、ハイデルベルク大学教授ユディット・アロカイさんのご講演「明治時代における西洋文学受容―"Max und Morits"とローマ字訳『Wampaku monogatari』を例に―」がおこなわれた。西洋では誰でも知っている、ウィルヘルム・ブッシュ作の「マックス ウント モリッツ」をローマ字訳した『Wanpaku monogatari』を紹介し、その翻訳の戦略を明らかにしたご講演であった。
 原文はいたずらコンビの7つの話だが、ローマ字訳されたのは最初の4話だけ。実は7話でこのいたずらコンビは悪さがたたって殺されてしまうが、誰も同情をする人はいなかったという「えっ」という結末。この部分は日本的な土壌には合わないとみたのか、訳されることがなかった。
 いろいろと注目すべき点があって、原文がかなり韻律的であることを受けて、翻訳もほぼ七五調で韻律的。磐梯山の噴火なども強引に取り入れていたりして当代性もあり。教訓なのか、ファンタジーなのか、ユーモアなのか。誰をターゲットとしたものなのか。翻訳・文語・韻律・寓話・ローマ字普及・漢文訓読などなど、さまざまな問題が浮上する問題のテキストである。世界各国にものすごく訳されているこの本、まさしく国際シンポの題材にもうってつけではないか。小さな集まりではあったが、議論は高度で活発であった。
 さて、10月7日のエントリーで書いたように、13日午後2時からは、アロカイ先生が中心のプロジェクトチームが発表する「国際ワークショップ、デジタル文学地図の試み」が、大阪大学基礎工学部国際棟セミナー室で行われる。こちらも是非ご参集を。
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2016年08月31日

帰国

8月29日に無事帰国しました。
たいへんご無沙汰しました。
4ヶ月のハイデルベルク滞在と少しばかりの中欧の旅。
勉強になることばかりでした。
いろいろ考えさせられました。
追々、それを書く事があるかもしれません。
今は、旅の後始末と、諸々の締切と、新学期へ向けての準備などなどで、ちょっと余裕がありませんが。
お世話になった皆さまへ、心より御礼申し上げます。
また、留守中、多くの方にご迷惑をおかけいたしました。深くお詫び申し上げます。
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2016年05月07日

島津忠夫先生を悼む

 島津忠夫先生が亡くなられた。
 その訃報に接した時、にわかには信じられなかった。
 一人暮らしをされていた川西のご自宅から、ご家族のいらっしゃる関東(所沢)に移ることを決心されたのは、確かに先生のご体調が理由だとうかがっていたが、先生はお元気でいらっしゃると、幾人かの方に伺っていたからである。
 しかし、その時は来てしまった。
 先生ご自身は、それを覚悟されていた。
 この6月ごろ出る予定の『上方文藝研究』へのご投稿は、ご自身にもしものことがあっては、と去年の夏には入稿されていた。先生のご意向を汲み、校正も早く出してもらい、秋には校了していたのである。
 また、ご蔵書なども、生前から着々と整理しておられた。
 それでありながら、著作集完結のあとも、次々と論文・著書を公にされていた。最後までバリバリの現役研究者として第一線を走っておられたことを心から尊敬する。これは決して誇張ではない。このブログでもしばしば書いているように、学会での質疑応答、そしてとりわけ『上方文藝研究』合評会での、鋭いご指摘は、常にだれよりも深い示唆に富んでいた。先生が、『上方文藝研究』の合評会に、よくいらしてくださって、教えてくださった数々のことは、院生諸氏にとって、そして私たちにとっても、本当に貴重な財産となっている。私たちは、次号を、先生の追悼号とする。
 島津先生を知るすべての人が、言うだろう。島津先生のように、学問的にも人間的にも本当にすばらしい方は、めったにいない。島津先生から人の悪口はきいたことがないし、島津先生を悪く言う人もきいたことがない。そして、本当に気さくでいらっしゃった。先生は、どんな人に対しても気さくに接し、惜しみなく知識を授けてくださった。先生は現代歌人でもあり、先生を囲む短歌の会も行われていたときくし、連歌関係の研究会があったり、杭全神社での連歌興行などでも指導的立場におられ、源氏物語を読む読書会も長く続けられていたと聞いている。
 私がかかわった学術誌、「江戸時代文学誌」「雅俗」「上方文藝研究」の創刊号の巻頭論文はいずれも島津先生が書いてくださっている。
 そして私が大阪に来てどれだけ先生に教えられ、励まされ、助けられたか。私が、そして私の妻が大阪で曲がりなりにもやってこれたのは、島津先生のお力が本当に大きい。
 先生は、佐賀大学におられたことがあり、九州大学関係の先生とのご縁も深い。そこで私が阪大に赴任した時の歓迎会には、先生もいらっしゃってくださったが、それまでに、そんなに先生と深い御付き合いがあったわけではない。先生は、慣れない関西に来て戸惑っているであろう私たちを気遣ってくださり、居場所を作ってくださったのだと思う。大阪に来たころは、島津先生のお宅に押し掛けて、いろいろなお話を伺って、あまりの愉しさに時を忘れたこともしばしばあったことが思い出される。柿衛文庫で仕事をさせていただいるのも先生のお陰である。
 いまはこの喪失感を何とも言い表すことができない。
 心から哀悼の意を表する。
 先生、ありがとうございました。
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2015年10月26日

日本古典文学学術賞の選評

国文研ニューズ。第8回日本古典文学学術賞の受賞者(同僚の合山林太郎氏)の発表と、内田保廣氏の選評が載っている。
(以下引用)
「清新論的文学観」(中村幸彦)もしくは「性霊論」(揖斐高)が主流として高く評価されてきた江戸後期にあって、それに反するように、なお多くの古文辞を重用する漢詩人が存在した事、詠物詩や遊仙詩など知的、または技巧が重用される作品が多作されていたことなどへの疑問が、明治への長い射程の中で、個々の事例に即して実証的に説明されている。他方、「性霊論」以降の漢詩が徐々に平板に堕してゆく様相も照射され、両々相俟って幕末明治の漢詩文が抱えていた根深い問題点を剔抉している。政治や戦争漢詩など、旧幕時代には題材たりえなかった新時代の諸問題も含みつつ、〈古典から近代へ〉という転換期に漢詩文が有した「意味」が、繰り返し問われている。(引用以上)
この分野は今後急速に展開しそうな気配。合山さんには是非、その牽引者として頑張ってほしい。
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2015年10月22日

柿衞文庫の俳画展を見る。

蕪村の新出資料が新聞紙上を賑わわせているが、柿衞文庫でも「俳画の楽しみ」という展示が行われている。昨日午前ゼミの時間を利用して10人ほどで訪問、学芸員根来さんの解説つきで鑑賞した。蕪村の新出短冊「牡丹散りてうちかさなりぬ二三片」というのがあったが、「うちかさなりぬ」の部分を、実際に「うちかさねて」書いているという解説を聞いて、面白いと思った。他にも興味深い俳画が多数並んでいて、実に楽しい展示であった。柿もたわわになっているところで、それを背景に記念撮影も。
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2015年06月29日

秋成忌

6月28日(日)に、6回目の秋成忌が行われた。
今回は、朗読・講演・講談・筑前琵琶演奏と、バラエティに富んだ構成で、3時間という時間を感じさせなかった。
近衞典子さんの講演「秋成と河内」は、まるで一緒に文学散歩をしているかのような感覚になれるくらい、多くのスライドを使用、秋成の河内滞在をリアルに体験できるように仕組まれていた。
旭道南海さんの講談は、秋成と妻のやりとりを軸に、「見てきたような」物語を紡いで見せた。講釈で秋成を語るのは珍しいが、それはむずかしいからでもある。しかし、流石に面白く料理していた。有難いことに、拙著『上田秋成』を種本に使って下さっていた。これでわが拙著、以て瞑すべしである。ありがたや〜。
いつもの常連に加えて、近衞さんのスライド操作の「助手」として福田安典さん、そして京都に戻ってこられた山下久夫さんの姿も。私は3年ぶりに参加したが、秋成忌、すっかり定着していた。89歳のご住職はますますお元気で、だんだん秋成陶像に似てこられたというのが、皆の一致した感想である。
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2015年06月26日

日本語学会で「うた」のシンポジウムがありまして、その報告が面白い。

笠間書院の『リポート笠間』が学界時評を終える代わりに、学会シンポジウムレポートを始めるという。
その第1弾のひとつとして、日本語学会のシンポジウムリポートを、浅田徹さんが書いている。
大阪大学の矢田勉さんの発案で、日本文学研究者と美学研究者を呼んで、「うた」についての議論をやったという。これを聴き損ねたのは、まことに残念だった。レポートを読むだけで、面白さが伝わってくる。
こちら
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2015年06月23日

いま、大学で何が起こっているのか

 『いま、大学で何が起こっているのか』は、名古屋大学大学院文学研究科の日比嘉高氏が、ご自身のブログに書かれた記事を基に、1冊のブックレットとして刊行されたもの。ひつじ書房から5月29日に初版が刊行された。
 名古屋大学文学研究科といえば、塩村耕さんがコーディネートしたシンポジウムの記録として『文学部の逆襲』という本が刊行されたのも記憶に新しい。
 今回の日比氏の本は、文学部擁護論とはちょっと違って、も少し広い範囲で大学の役割や意味を論じたものである。ブログの記事がネット上で大きな反響を呼び、それがきっかけで出版にいたった経緯が「あとがき」にかかれている。私もいくつかの記事をブログで拝読した。
 日比氏のスタンスはどちらかといえばリベラルに見えるが、文科省や保守系メディアを、ヒステリックに批判するような、ありがちな言説・議論ではなく、バランス感覚に優れている。大学関係者はもちろん、一般の方にも読んでいただきたいところが多い。

 ところで、たとえば6月8日付の文科省の国立大学への通知の中で、
「特に教員養成系学部・大学院、人文社会科学系学部・大学院については、18歳人口の減少や人材需要、教育研究水準の確保、国立大学としての役割等を踏まえた組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう努めることとする。」
という文言があって、これを、文学部あるいは文系学部廃止論と見る観方も多いが、そうなのだろうか?
そもそも「社会的要請の高い分野」とはどういうものなのか?何をもって「社会的要請」というのかがわからない。国民に「大学に必要な学部とはどんな学部ですか?」というアンケートでもとったというのであろうか?「社会的要請の高い分野」とは、職業訓練的な実学の分野だという前提で議論がなされているようなのだが、教員養成系や人文社会系だって職業訓練的なことをいろいろやっている。それらは国立大学に必要であるという意見が結構多かったりしたら、どうなのだろうか。声の大きな人にそういう人は少ないのかもしれないが。地方の国立大学では、そのような社会の声を一度調査してみるといいのかもしれない。「社会的要請の高い分野」を単なる先入観で思い描くのは早計だろう。
 もちろん調査の結果がどうあれ、「社会的要請の低い分野」を「社会的要請の高い分野」に転換すべきであるという前提も、そもそも「大学」って何?という議論が欠けているのはまずかろう。
 と、私などもいろいろと考えさせられる、そういう切っ掛けになるブックレットである。
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2015年06月06日

仏像修理技師 西村公朝

 私の住んでいる豊中市のお隣の吹田市には、山手の方に公園があって、その中の一角に市立博物館がある。初代博物館長であった西村公朝氏の生誕百年記念の特別展が開催されている。明日までである。
 入場料200円という展示であるが、ものすごくいい展示であった。
 大阪出身で東京美術学校で学んだ西村公朝氏は、美術教師を経て、仏像の修俚の専門家となり、妙法院三十三間堂の千手観音をはじめとして、日本全国の多くの仏像・神像の修復を行った。自身も得度して天台宗の僧侶となった。また仏像制作も行い、画も書いた。戦争に従軍していたとき、行軍中にあまりの疲労で眠ってしまい、その時多くの壊れた仏像の夢を見た。その夢の絵も展示されていたが、どこか飄味があるのがかえってよくて、見入ってしまった。その夢が一種の啓示となって、仏像修理に専念するようになったということ。
 今回の展示では、西村氏の学生時代のノート、修俚のための記録、彼が修理した仏像、多くの写真・レプリカ、制作された仏像、仏の絵などが出品されている。釈迦とその弟子とのやりとりを描いた絵がよかった。
 西村氏が初代館長になったのは77歳の時で、88歳でなくなるまで、第一線で活躍、著書も多数のこし、多くの啓蒙を行った。
 仏像を修復する仕事がどういうものであるか、というこの展示に、私は自分でも想像できないくらいに感銘を受けた。研究者であり芸術家であり宗教家でもある西村公朝という人の、人の心を動かす力を否応なく感じたのである。その力はやはり毀れた仏像を修復することに専心した者の力である。、
 学生時代に、友人と京都奈良の仏像を見て回る旅をしたことがあった。その後、幾度となく仏像をみたし、仏像の展覧会もみたが、今回の展示は、仏像修理をコンセプトにしている点で、仏像の展示とはまったく違う人間の仏への思いを感じた。ともあれ期待以上のものがあった。もう少し早く紹介できればよかったのだが。
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2015年02月23日

先学を語る 日野龍夫博士

 やっと入手、読了。『東方学』129号(2015年1月)。故日野龍夫先生を偲ぶ座談会。司会が大谷雅夫氏。出席は木田章義・田中康二・長島弘明・藤原英城・山崎芙紗子・山本秀樹の各氏。
 日野先生の本来のご専門は漢詩文であろうが、日野先生の守備範囲はものすごく広かった。秋成・宣長・蕪村から団十郎まで、雅俗にわたって何でも論じて来られた。私が大学院生のころ、先生は秋成の論文を『文学』誌上に次々に発表しておられた。どれもこれも衝撃的な論文であって、ものすごく影響を受けた。
 個人的には、学会等で何回かお話をさせていただいたことがあるが、緊張のためいつもちゃんと話せなかった。最初は山崎芙紗子さんが紹介してくださったのだと思うが、その時はもう何も話せないままで。
 もう30年近くも前だろうが、はじめて拙論への感想を葉書でいただいた時(それは、先生が使い始めていたワープロで印字されていたものだった)には、もう嬉しくて。それまではご返事をいただいたことがなかったので。『佚斎樗山集』をお送りした時には、漢文の読み誤りをご指摘くださったのがありがたくて。私にとっては、先生は「輝く星」であった。私の恩師も先生を高く評価されていたし、日野先生も恩師を非常に評価しておられた。学風はもちろんかなり違うのであるが。「秋成と時代浄瑠璃」「読本前史」などを書かれていたろ、恩師は「日野君はいま、ノっているね」と言われていた。
 それからかなりの年月がたち、先生は『国文学』に『服部南郭伝攷』の書評というチャンスを私に下さった。16年前の話。これはもう、飛び上がらんばかりの話である。今読み返すと幼い文章だが、やはり先生の文体にこだわった拙評である。その文体をどこかで「日野調」と呼んだこともある。この本は角川賞を受賞し、書評の縁であろうが、私もそこに出席させていただいた。角川賞の授賞式に出席したのは日野先生の時と、大谷雅夫さんの時の2回だけ。大谷さんの時も、ご論文を時評で長々と取り上げたということがあったので。
 日野先生に関わる私の気になっていたいろいろな話が、この座談会ではことごとくトピックになっていたので、もう面白くてたまらなかった。教え子たちが、日野先生の学風の謎を解いてゆくくだりは、ちょっともう、その場にいたら、背中をバンバンたたきたくなるような感じだろう。先生の秋成へのこだわりについてもかなり言及されている。特に、長島さんの熱い発言がいいのだ。これは近世文学研究者必読でしょう。
 
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2015年02月20日

国際シンポジウムに関するツイートまとめの閲覧者数がすごいことに

前のエントリーで紹介いたしました、2月18日の国際シンポジウムの「ツイートのまとめ」の閲覧者が、なんと1日半で、3150を突破しています。これほど関心が高いとは!
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2015年01月28日

授業版「西鶴をどう読むか」

 「西鶴をどう読むか」というのは、2年ほど前に、京都で行ったワークショップのテーマだが、同じタイトルを授業(日本文学講義)に掲げて、この半期やってみた。本日で終了。受講者は20数名で、文学部以外の学生もいるし、文学部の中でも日本文学専修以外の学生が多くいる。学生の発表を中心に回す半ば演習的な授業なので、受講者は少なかったし、最初の説明で受講をやめた学生も少なくなかった。
 西鶴テキストの比較的有名な話を、いくつかリストアップし、簡単な概略を示して、どの話を取り上げたいかを学生に順位をつけて複数話選んでもらう。第一希望を優先して調整し、グループ分けを行う。グループで議論し、まとめてもらって、発表をする。全部で20数名だからグループといっても各2〜3名である。
 あらかじめ、参考になる論文も、PDFでダウンロードできるようにしておく。
 担当でない者は、テキストにあらかじめ目を通し、「質問したいこと」を決めておく。そして授業中に思いついた質問も書き付ける。この2つの質問をもって、議論に参加する。議論のあと、5点満点で採点もする。
 日本文学専修以外の人たちは、それぞれ自分の専門の関心からの切り口を見せたりして、日本文学演習とはちがった趣である。議論は毎回かなり活発だったが、質問者が偏る傾向というのはあった。
 大体、学生は、教員の言うことではなく、他の受講生の考えを知りたがっている。これはどんな授業においてもそうで、講読みたいなことをやって、教員が一生懸命準備をして話をするよりも、学生の関心をひきつけるには、受講者の意見をたくさん引き出した方がいい。しかし、それが「いい授業」かどうかは別である。
 まあ、概して教員というのはしゃべりたがりなので、それをいかにセーブするかは教員側の重要な課題であろう。自分が満足しているだけ、ということがないとは限らない。一方たとえ盛り上がっていたとしても明らかにポイントを外した議論というのをどう扱うかも難しい。 
 結局、こういう形式の授業がどうなのかというのは、簡単には判断がつかない。ただもう少し展開して、全体をひとつのプロジェクトのようにして、ある設定された目標を目指す形にするというのも一つの方法なのかもしれない。
 この授業を通じて認識したことは、西鶴はやはり面白いということだった。どういう角度から論じても、それなりに面白く読める。そして議論をすればするほど、複雑で巧妙に本文を仕掛けているように読める。
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2015年01月11日

世界の読者に伝えるということ

河野至恩氏の『世界の読者に伝えるということ』(講談社現代新書、2014年3月)を、研究会の隣席にいた、若い友人に勧められたので、早速購入して読んだ。
作者は、あの「高校生クイズ選手権」で優勝、アメリカのボードウィン大学で物理学・宗教学を学びつつ、人文学にも関心をもち、大学院は、プリンストン大学で比較文学を学んだ。そこで日本文学を学び、現在は上智大学准教授として、英語で日本文学を教えているという方である。
この本で、教えられたのは、現在世界で日本文学がどのように研究されているかということ、その状況を踏まえた時に、今後、我々はどのように日本文学研究を展開すべきかということ、である。もちろん、後者は簡単に答えの出る問題ではないものの、前者については、日本文学研究に携わる全ての研究者が、意識しておかなければならないことであろう。
我々が漠然と認識していることを、明快に整理してくれており、非常に有益であった。
海外の日本文学研究は、いま比較文学のレンズを通して学ばれるか、日本(地域)研究というレンズで学ばれるかのいずれかであるという。そうした場合、我々がよく学生などに言う「原本で読まなければ古典研究はできない」というような主張はあまり意味をなさない。

たとえば村上春樹のテキストは、英訳されたものから、各国訳がまたなされるという形で世界に広がっているが、比較文学の研究として対象となるのは、むしろ英訳テキストである。これは源氏物語や平家物語にも言えることになる。もちろん、この研究方法から(あるいは翻訳から)失われるもの(たとえば「原典のよさ」)は大きい。変体仮名読解能力や、文献学的な本文研究から生まれる、本文解釈の劇的な転回などは望むべくもない。
しかし、近年たとえば、江戸文学における源氏物語の影響を研究する際には、江戸時代によくよまれたテキストで読まなければならないというのは常識で、本文的価値は低くても、流通面で無視できないという点においては、村上春樹の英訳テキストもまったく同じ事情なのだ。すくなくとも、村上春樹のテキストが、文学や思想に与えた影響を世界的レベルで考えるには(というか、もはやそれを日本国内だけで考えるのはナンセンスだろう)、英文テキストの方が重視されてしかるべきである。

だからといって、これまでの日本文学研究方法が、今後廃れていくということではないし、そうなるべきでもない。ダブルスタンダードの意識が必要なのであるが、少なくとも、日本文学研究の成果は、世界にむけて伝えていくべきであるということについては誰も否定しないだろう。そのために何を知るべきか、何をするべきか、本書はほかにも多くのことを教えてくれるだろう。

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織田作之助の新聞小説

昨日(1月10日)、大阪大学国語国文学会が開催された。3本の研究発表と講演。
講演は、昨年4月、文学研究科に着任された斎藤理生さんである。
学生から、その「語りがすごい」と評される斎藤さんの、その「すごい語り」を堪能した。
前任校では、複数回、ベストティーチャー賞を受賞されたというのも頷ける。「斎藤信者」がこれは出てくるな、と思わせる「カリスマ的な語り」である。ある先生は、「マシンガントーク」とこれを評した。たしかにものすごい早口なのだが、混乱させることはないし、わかりにくいこともない。
手元にはハンドアウトを置いているだけのようで、引用を読み上げある時以外は、ずっと聴衆の方に視線をやり、時々左右に位置を変える。(これはロバート・キャンベルさんも同じだ)。適当なところできっちり笑いもとるし。本当に感心した。まあ、見習いたくても無理なので羨ましがるだけにしておこう。
もちろん、語りがすごいだけでなく、内容もとびきり面白い。戦時下から終戦直後において、新聞小説はどういう意味をもったかというところから説き起こし、『十五夜物語』の新聞小説の常識をやぶる「風刺的」で「荒唐無稽」な挑戦と、『夜光虫』の作者を前景化するメタフィクション的方法などを解説、もっともエキサイティングだったのは、新聞小説と新聞記事との連動の問題である。紙面にあふれる当時の世相が、小説にリアリティを与えたり、小説の中の言葉を新聞記事が使うとか、小説の新聞化、新聞の小説化という現象を指摘する。
私はお話をうかがって江戸戯作との共通点をいろいろと感じた。織田が江戸戯作を読んでいたかどうかはわからないし、直接の関係は多分ないのだろうが、江戸戯作の精神がこの時代までちゃんと生きているなと感じたのである。作家が作品中に出てきていろいろ語る趣向、マジメなものを茶化す精神。江戸戯作の精神と変わりない。だが、それを戦争批判とか権力批判に簡単に結び付けない方が多分いいのだろうなとも思った。斎藤さんもそこは強調していない。懇親会でもお話をうかがって、斎藤さんのバランス感覚はかなり信頼がおけるなと思った。
近代文学における「笑い」の研究はそんなに多くはないだろうし、太宰治の笑いに注目した斎藤さんの着眼点には大きな可能性を感じる。
もちろん、江戸戯作とは一線を画するところもあるだろう。今後の斎藤さんの研究に注目したい。
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2014年11月26日

学会雑感

今回の日本近世文学会では事務局代表倉員正江さんの「仕切」が凄いと評判だった。
私も事務局をしたことがあるからそれがわかる。
 委員会をスムースに運びつつも、重要な点はきちんとゆっくり説明し、笑いもちゃんと取る。
 それだけではない。私が特に感心したのは発表の司会者の選択である。これは事務局の仕事であるが、今回、おそらく誰もこれまで考えつかなかったはじめての試みがなされた。
  つまり、6つのブロックすべてを、ジェンダーに配慮してペアにしたということである。委員会でこの説明を受けた時に、いたく感心した人は少なくなかったはずである。
 また学会事務局がずっと保管し続けていた、学会誌バックナンバーの無料頒布に踏み切った。これも若い人にはとても助かる決断である。
 懇親会では、急逝された本来の開催校の世話人二村文人さんを偲ぶ意味もあって、倉員さん自ら試飲し(ここがまた倉員さんしかできないことだろう)厳選した富山の酒がふるまわれた。
 全体として、事務局・開催校として、参加者への細かい配慮が随所に見られた。もちろん、会場校責任者の佐藤至子さんの運営能力も恐ろしく高い。教室配置や、休憩室へのモニターの設置など、隅々までゆきわたった配慮を感じたのである。
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2014年11月24日

学会記(日本大学大会)

22・23日は日本大学文理学部で日本近世文学会が行われた。今回の学会は、本来富山大学で行われるはずだったが、会場校の世話人であった二村文人さんが急逝され、急遽事務局の日大が会場を引き受けてくださった。開始にあたって黙祷がささげられた。

きわめて短い準備期間と、事務局のお仕事も同時に行いながら、完璧に運営されたことは驚嘆に値するといってよく、そのご尽力には本当に頭が下がる。心から御礼申し上げる。

 12本の発表は、仮名草子・徒然草受容・源氏物語画帖をめぐる堂上文壇・俳諧短冊手鑑・歌学・国学者・碑文・漢詩・馬琴・落語資料・書肆吉田・書肆西村と、時代も対象も切り口も様々であった。近世文学専門でない方の発表も2本ほどあって、全体として本学会の可能性を感じさせるものであった。

 個人的には、加藤弓枝さんの吉田四郎右衛門についての詳細な調査に基づく考察、藤原英城さんのの二代目西村市郎右衛門と西村源六の書肆としての戦略を新資料を用いて提示した発表が面白かった。私の個人的な関心と重なるのことも事実だが、今回の発表の中で一二を争うものではなかったかと思う。後者は中嶋隆さんとの質疑応答も聞きごたえあるものであった。

 今回は展示がなかった分、休み時間がゆったりとして、発表会場のすぐ近くに店を出すことができた本屋さんにとってはよかったのではないかと思った次第。以上恒例の学会記でした。
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2014年11月17日

「書と生きる」展覧会所感

先週のことだが、慶応大學三田キャンパスにおいて開催されている展覧会「書と生きる」を家人とともに見る。新幹線の車中で、本展の企画者の一戸渉さんに連絡。大学にいらっしゃれば解説してもらおうというわけだが、わざわざ古典会会場から駆けつけてくれると返信があった。会場に到着すると、すでに一戸さんが待っておられた。

センチュリー文化財団寄託品の書の展示であるが、所蔵者であった旺文社社創業者の赤尾好夫氏のブレーンは小松茂美氏であったそうで、その小松氏の蔵書印の捺されたものもあった。もう10回以上しておられるということで、一戸さんの展示品解説は立て板に水。こちらの質問にも即時返答。まことに贅沢な観覧となった。

三十六歌仙の色紙帖、石川丈山の詩巻などため息の出るような素晴らしい書はもちろん、1点1点がいわくつきの展示品で、面白いことこの上ない。家人の研究している賀茂季鷹の書法の草稿など、家人のために展示したのではと思われるようなマニアックなものである。

他にも近世前期の著名人の短冊の、寛文から元禄ごろの相場が書いている「有題名乗短尺代付」、江戸後期から明治にかけての、ある道具商の売買記録である「書画骨董値付帖」、近衞流・定家流・光悦流を書きわけた『三家筆法消息』など興味深い。個人の書としては、南畝の「人間万事西行猫」(人間万事塞翁が馬のもじり)の迫力、津田休甫の達筆とはとてもいえないが、味のありすぎる飄逸。30点ほどの小さな展覧会だったが、記憶に残るものであった。一戸さんに感謝申し上げる。
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2014年11月04日

鹿倉秀典さんのこと

近世音曲研究者の鹿倉秀典さんの訃報が今朝届きました。長く闘病されていましたが、必ず快復し、教壇に立つという希望を捨てていませんでした。その強さに私たちが励まされることもありました。

鹿倉さんが私より少しだけ年上ですが、互いにタメ口で話してました。パソコン通信時代からの付き合いでした。その時は「□ら拝」。つまり「□(しかく)ら拝」と署名してました。その時はやっていたのかな、鹿倉さん作の回文で「浦和は田舎と家内は笑う」というのがあって、あんまり傑作なので今でも覚えています。
 
なぜかは忘れたのですが、根津の串カツ屋さんに連れて行ってくれて、そこからさらに2軒くらい行って、6時間くらい二人で飲んだことがあります。二人だけで飲んだのはもう一度あって、忍頂寺文庫に関する共同研究の最初に鹿倉さんにレクチャーをしてもらうことになり(それは国文研でやってもらった)、そのための下調査に阪大に来られた時です。国文研のレクチャーの時の懇親会では奥様もお見えになって、なんて素敵な奥様だろうと、みんなで言ってました。国文研公募研究の忍頂寺文庫プロジェクトは4年かかりましたが、その最初が鹿倉さんのレクチャーだったなあ、と改めて思い出します。合掌。
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2014年10月29日

近代文学研究者も「くずし字」は読めなければなりませんね

天理図書館で、開館84周年記念展の「手紙」が開催されている。
ありがたいことに観覧する前に図録を入手できた。
京博の秋成展で天理図書館に出品をお願いしたご縁などがありまして。
藤原定家、後花園天皇、伊達政宗、西鶴、芭蕉、蕪村、宣長、秋成、馬琴と、ほかにもまだまだ有名な人物の自筆の手紙が並ぶ。
近代も壮観で、鴎外、漱石、子規、一応、啄木、谷崎 熊楠、蘆花…。
これは見に行きたい。
見逃したら、来年の春に東京で多分やってくれるだろうけど。天理ギャラリーで。

で、この近代の人たちの手紙であるが、くずし字解読能力のある人でないと、ちょっと読みにくいだろう。
本物の研究をしたい近代文学研究者の方には、是非「くずし字」ぐらいは読めてほしい。

活字にすると抜け落ちてしまうニュアンスってのもある。筆勢とか字の大きさとか、書きぶりの丁寧さとか。
だから「くずし字」、読めなければなりませんね。
手紙に限らず、多分ある作家の自筆稿本やノートや日記がごそっと出てきた場合、昭和前期以前であれば、くずし字解読能力の有無によって、その資料の扱いが全然かわってくるでしょう。それを扱わない作家研究というのはありえないですよね。

今、有志で進めようとしていることのひとつに、外国の日本研究者や日本文学領域以外の方々が学びやすい、くずし字学習プログラムの開発というのがある。そういう方々を対象とするのは、彼らがくずし字解読に関心を持っているからである。まだまだアイデア段階ではあるが。
 近代文学研究の方にも、是非ご関心を持っていただきたいものである。
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