2008年06月22日

秩序への回帰

京都近世小説研究会では10周年記念として、京都安楽寺において浜田啓介先生の御講演が行われました。非常な盛会で、中野三敏先生はじめ、遠方からも多くの方が駆けつけました。

先生の講演題目は「秩序への回帰―近世小説様式試論」というものです。読本の様式のひとつとして「秩序への回帰」という団円を持つというものがある。その型として、許婚譚、若殿放蕩譚、讒言讒構譚など多くの読本の実例に基づき、詳細で緻密な解説が行われました。

そして「讒言譚の本場」として金平浄瑠璃に言及され、主題は読本の話型学から近世文藝様式史論へと展開、そのスケールの大きさに、あらためて浜田先生の間口の広さを感じました。

浜田先生によれば、今回の主張したいことのひとつに『本朝水滸伝』は叛乱・蜂起の物語というだけではなく、「秩序回帰」というこの様式に則るものなのだということがあったようです。『本朝水滸伝』論としても斬新な切り口ということになるでしょう。

研究会のあとの先斗町、祇園も実に楽しかったです。


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2008年05月31日

多義性

柳風子さんが最近のブログで「多義性」について発言しておられます(2008/05/31)。
(以下引用)
多義性を論じることは、
現在の研究に於いては、慎重でなければならないと思います。
方法としての多義性を試みる時代は終わった、ようにも思うので。

綿密に磨き上げたダイヤだからこそ、
深く神秘的な光を放つように、
まずは対象の考察を、職人的に徹底して試みる必要があります。

(別エントリ)
一つ前の「多義性」というエントリで述べたことは、
お前がいうな、と言われそうですが、
私にとって、文学研究なるものが果たされるとしたら、
それはこう読める、ああも読める、という可能性の提示ではなく、
その基盤を提示する楽しみです。
あとは読者がそれぞれ考えるのがよい、という場の提示というか。

この御発言は、もしかすると、私の柳風子さんの論文へのコメント(2008年5月27日)で「多義性」に触れた部分と少し関わるような気がしました(思いすごしも恋のうち)。柳風子さんのブログへのコメント欄で記せばよいかもしれませんが、いろいろ広がりを考えて、ここで発言します。触発されての愚考であり、反論ではないことを申し添えておきます。

研究者はこうも読める、ああも読めるという可能性の提示を行うのではなく、その基盤の提示を行うものであるというお考えについてですが、これはごもっともと思いますし、「可能性」ということばで、あいまいさを隠蔽したり、逃げ道を用意するということが実際に行われていることは確かだと思います。(私も拙著で使っているのですが)

ただ、多義的な読みの提示の仕方や状況にもいろいろあることも確かで、それは、従来、AかBかという読みの対立のある研究史を踏まえた時に、「AでもありBでもあり(Cでもある)」という読みの可能性を提示することは、無意味ではないでしょう。そこから議論をもう一度考え直す契機とすること、これは研究者のなすべきことのひとつではないでしょうか。

私は作品と同時代における多様な読みのひとつを掘り起こして提示するということを試みています。たとえば「近世的な読み」と金科玉条的にいいますが、近世だって多様な読みがあるはずで、「近世的な読み」というひとつの読みに収斂するのではなく、こういう読者はこう読んだのではないかという、可能性を提示するのは、これは研究者でなければ多分できないことでしょう。「正しい読み」とは全く違うレベルの話ですが。

ただし、作者がどう考えたかというレベルで、たとえば「準拠」自体が多義的であるということは、考えにくいと思います。多義性は読者が付与していくもののように思います。そういう意味では柳風子さんのご意見には賛成します。

しかし、注釈史・研究史が、いったい何のために読みを提示してきているのか、やはりそれぞれの宗教的立場、方法的立場があるわけなので、読みの基盤という意味では、その立場自体において根本的に基盤が違うということもありうるのではないかと思ったりします。


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2008年05月29日

黄表紙の歴史と表現

鈴木俊幸さんの標記の題の講演会が昨日大阪大学中之島センターで行われました。

黄表紙とはなにか、その特徴と、変遷をわかりやすく、面白く説いていただきました。

どうもありがとうございました。

草双紙はそもそも絵を主体にした絵解きであって、絵を読むべきものだというお言葉、わかっていたはずですが、やはり文字を先に読んだりしていたことにフカクハンセイ。
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2008年05月24日

森翁の西鶴論

小出昌洋編『森銑三西鶴論集1』(個人社、2006年)は雑誌「新文明」に連載された森翁の西鶴についてのエッセイ集ですが、ほぼ全編が『好色一代男』へのオマージュだと言ってよいものです。

森翁が西鶴自作は『好色一代男』のみとの説を持っていることは有名であり、またそれはほとんど学界で支持されてもいないのですが、そういうことを超えて、このエッセイは読み甲斐があります。
それは鑑賞者としての読みという立場を徹底し、そこから『一代男』が突出的に優れていることを説いているからです。

森氏のさまざまな指摘は学者の分析方法では気づかれないものが多いように思われます。やはり本当に好きな作品に向かうべきなのかな、深く。私自身、そういうことを反省しています。自分がいいとおもう作品は、なかなか学問的には論じにくい。敬遠する。しかし森翁はいうでしょう、「お前は作品を利用しようとしているだろう。謙虚ではないな」と。

 また、『一代男』だけが西鶴自作で他は西鶴作を騙るニセモノだという森翁は、実は西鶴以外の文献を広く見たという点ではどんな西鶴学者も及ばない豊富な知見を持っています。それを森翁は、自分の主張はその知見の上に立つ主張であって、近世の本の世界ではありうる話であり、自分の説は主観的な思いこみではないという意味のことを述べています。

そのように言われて、「いや私はあなたと同じくらい本を見ている」と反論できる西鶴学者は、多分いないでしょう。論というのは膨大な知見の前には時に空虚であるということを痛切に自覚しながら、私たちは論文を書いていかねばならないのでしょうね。
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森銑三『風俗往来』

森銑三著作集といえば、人物を調べる時にまっさきに参照する本のひとつですが、私の場合、それはまず人物情報のデータベースであったのだと思います。もちろん「物語塙保己一」のように読み物として楽しく面白い文章そのものも十分魅力的なのですが。また学生時代に『読書日記』を読んで、読書家の読書とはかかるものかと驚き嘆息したこともありますが。しかし私にとって森翁の著述の価値はなんといってもその質量ともに充実した情報としての価値でした。したがって、人物関係以外は、調べにひっかかるところだけ読むという態度でした。

 わが大学附属図書館に所蔵される小野文庫(忍頂寺務旧蔵)の中に、森翁の書簡(葉書を含む)若干があります。江戸時代風俗研究家である忍頂寺務氏宛のものです。小野文庫は福田安典氏らのご尽力によって阪大に入ったものです(その経緯については福田氏「上方文人、忍頂寺務」「文学」2000年9・10月号、忍頂寺文庫詳細については大阪大学国語国文学会「語文」70をご参照いただきたい)。この小野文庫目録が青田寿美氏らのご尽力によって国文学研究資料館の調査研究報告28号(2008年)に掲載されました。

 森翁に私淑され、『日本随筆大成』を編集されたことで知られる小出昌洋氏から、森翁の書簡のことで問い合わせがありました。書簡リストは阪大国語学研究室出身の内田宗一氏の献身的な努力によって作成され上記報告に付されているのですが、小出氏は、それをご覧になったある高名な国文学者から情報を入手されたようです。おたずねにお返事を差し上げたところ、小出氏から最新刊の『風俗往来』(中公文庫、2008年3月)そのほか、個人社(小出氏)から出されているいくつかの本が送られてきまして、甚だ恐縮至極に御座候という気持ちです。『風俗往来』は著作集続編の文章を抄出したものですが、これは風俗研究者としての森銑三というよりも、好古の人森銑三の人物像が浮かび上がってくる本で、編集の妙を感じました。日課として東大新聞研究所に通い、都新聞を抜き書きする森翁の楽しそうな日常。ああ、これが研究のあらまほしき姿。

 江戸や明治を研究するスタンスのひとつとして、研究する当人が江戸や明治につながっているというものがあります。三田村鳶魚であり、忍頂寺務であり、三村竹清であり、森翁でり、柴田宵曲であり、中村幸彦先生であり・・・・、もちろん明治生まれでなくとも、精神が江戸につながっているという人もふくまれます。水田紀久先生であり、中野三敏先生であり、と。私などは九州出身で九州で学び、山口で14年勤務して、江戸趣味や江戸へのあこがれも持たずにずっと来て、いまさらそういうスタンスをとれないのですが、江戸時代というのは、たしかに今につながっていて、モノとしてそれがいくらでも残っており、調べようと思えば、集めようと思えばいくらでも可能です。そこが他の時代とは違うところ。モノだけではなく、芸や咄もそうでしょうね。その血のつながった部分をこそ研究に生かす、つまり「血」を「知」に変換するインターフェイスが必要なのかもと、いろいろ考えさせられつつ、・・・・。インターフフェイスなどという言葉を使っているようでは江戸人の精神にはほど遠い?すみません。
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2008年05月01日

鈴木俊幸氏の方法

鈴木俊幸氏は「韜晦」という言葉の似合う人だった思いますが、このところ自らの研究方法について堂々と語り、いわゆる文学至上主義的研究を断罪するような発言が時どきあるような気がします。『江戸の読書熱』以来でしょうか。たとえば『東北文化研究室紀要』48(2007年3月)の「「普通」のこと―高橋章則報告の尻馬に乗って―」という文章を読む機会がありました。今の文学研究の主流的な方法では、現在の文学的価値観で江戸時代の文芸活動の大部分―普通の人の普通の営為―を切り捨てていると批判しています。「こんなんで時代に即して文芸活動をとらえることなんかできるはずはない」と叫んでいます。鈴木さんにしては、なかなか「我」を出した面白い文章で、戦略的に(わざと)一方的な論調をとっているところが、鈴木さん変わってきたなとニヤリとさせるのです。もちろん鈴木さんのように、ほとんど地方文書を調査するかのような歴史学者的なやり方を採る人はたしかに国文学者には少ないのですが、とはいえ「天才」文学者だけで文学を語る時代は、いまや終わっているという認識は良識ある人はみんな持っているでしょう。たとえば西鶴研究者や秋成研究者も、西鶴だけ、秋成だけ読んで研究している人は、まあ最前線にはいないわけで。どこかに鈴木さんの態度を持っていると思います。しかし、態度を持っているだけなのと本当にそれをやるのとでは大違いなわけです。それを20年、あるいはそれ以上もやってきた鈴木さんは、声を大にして叫ぶべきでしょう。これは情熱と才能と情報整理力の三拍子そろった人でなければできない仕事なのですから。
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2008年04月26日

春雨物語論の現状

以前紹介しました「国語と国文学」5月号の『春雨物語』特集には、12人の研究者が、『春雨物語』に迫っているわけです。ところが、同じ作品を論じているのだろうか?と思われても仕方ないほどに、てんでバラバラな問題意識・方法論になっています。このバラバラさは、多分『心』論なんかよりも甚だしいのではないかなどと勝手に思っているのですが、こういうアナーキーな状態、つまりあんまり議論が交差することなく、みんなが自分勝手に論じている状態というのは、当事者の私がみても、おやおやと思うくらいです。つまり『春雨物語』そのものを論じているのではなく、そこから論者が思いついたことを論じているわけですから。ある意味そういう挑発的なテキストなんですね。しかし、それでもこの企画は画期的です。このように現段階では、バラバラな問題意識になってしまうということが、明らかになったわけですから。作品論を志向するという点では共通しているとあとがきではおっしゃているのですが、そこもちょっと怪しい感じです。多分『雨月物語』ならもっと大人しいものになったでしょう。ただ執筆陣がやはり変わり映えしないというのは感じます。いっそ源氏物語の諸本論をやっている人とか、石川淳研究者とかがいると、面白かったのではないかと思います。まあ断られたのかもしれませんが。
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2008年04月21日

江戸文化再考

中野三敏先生の「江戸文化再考―そして近代の成熟―」(『成城国文学』2008年3月)を読みました。成城大学での講演を活字化したものです。そもそも「江戸文化再考」という演題、これをはじめてきいたのは、10年ほど前、先生のQ大最終講義の時であったでしょうか。以来、何度もこの演題で講演されているはずなのですが、次々と新しい考察を加えて行き、10年前にくらべて相当進んできています。そしてまだ進みそうです。今回読んだところでは「江戸モデル封建制」というものを提唱され、服部大方の『邦土考実』という誰も知らないような著述のなかにある、日本的封建制の独自性に触れた箇所をヒントに、西川如見『町人嚢』、新渡戸稲造『武士道』、そして『逝きし世の面影』所引の資料、さらには『梅暦』などを例に述べてゆきます。ここ十年、ヨーロッパ諸国を歴訪して、その封建領主のすさまじい蓄財・収奪ぶりを肌で感じ取ってきた経験が生かされているようなのです。そしてこの部分が、理論としてはまだ成長過程かなとも思わせることもたしかなのですが、むしろそこに進化しつづける中野学の若々しさを感じてしまいます。鈴屋学会での講演も全く新しいテーマでしたが、相変わらず学界の先頭を走っておられるというのが実感です。成城大学での講演録では、ジョークを次々に飛ばして、相当ノッていることが目に見えるような内容で、非常に面白いです。
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