2017年11月20日

学会記(鹿児島大学)

 久しぶりの鹿児島での日本近世文学会。以前の大会の時、山口大学に勤務していた私は、当時の私の愛車レビンで、同じ山口県の大学に勤めていた久保田啓一さん・高橋昌彦さんと鹿児島に向かい、帰りはロバート・キャンベルさんと宮崎修多さんも加え(もしかしたらキャンベルさんは行きも一緒だったかもしれない)、天草に寄って一泊という、楽しい小旅行をともにした思い出がある(ついでに言えば、天草では、スピード違反でつかまってしまった)。
 学会そのものも、故中山右尚先生の仕切る懇親会や二次会が強烈なもので、レジェンドになっている。懇親会の出し物では当時鹿児島大学にいた国語学の江口さん(現在岡山大学)が、ギターかなんかであまり上品とはいえない弾き語りしていた。そのころ、若い発表者がスピーチをする慣習があったのか、高橋明彦さんがたしか発表をして、登壇する際にわざと転けて笑いをとっていたという記憶もある。2次会はあまりに異例すぎてここには書けない。
 それは20数年前の話。今回は大阪から飛行機で。スタッフも当然変わって、丹羽謙治さんが実行委員長、亀井森さんが脇固め、後輩の内山弘さんも懐かしい顔を見せてくれた。
 さて、恒例の学会記。鈴木彰さんの講演を聴けなかったのは残念であったが、8本の発表はいずれも水準以上の粒ぞろい。とりわけ私自身が個人的に感銘を受けた3本について記す。
 閻小妹さん 『忠臣水滸伝』と『忠臣蔵演義』。『忠臣蔵演義』は『仮名手本忠臣蔵』の唐通事(通訳)による白話訳。その表現を京伝が『忠臣水滸伝』を創作するにあたって全面的に利用したということを見事に立証した、文句のつけようのない発表。では京伝はそれをなぜ利用しえたのか?閻さんは、背景に江戸文人の交流圏があるという。おっしゃる通りであろう。しかし、いよいよ明らかになる京伝の丸取り手法。一方で、奇想天外な発想を持つ戯作者でもある。この京伝の戯作者としての本質をどう説明すればよいのか?今後の京伝研究に期待大。そして、白話と近世文学というテーマもどんどん展開していく。
 田中則雄さん 姫路騒動実録の生成と展開。関係文献を博捜した堅固な発表だが、まず従来知られる「姫陽陰語」の、ストーリーとして判然としない部分を指摘し、それが増補によって解消していくありさまをわかりやすく説明された。実録の成長を「問題点への対応」として整理していく手腕が鮮やかである。一方でそれとは違う系統の『忠臣河合実記』を紹介。当時の姫路藩における実説を摂取勘案するという「姫陽陰語」とは違う方法によって出来たものだと解説。非常によくわかった。
 圧巻だったのは尾崎千佳さん。野間光辰先生や島津忠夫先生らが説いてきた、「宗因における連歌から俳諧へ」そして「宗因における出家」についての定説に対して、全く新しいイメージを提起した。大胆にして細心、パースペクティブもあり、読みの深さもあり、鋭さもあり。何よりも、宗因と、その交わる人との関係において、文芸をとらえるという、私としては、おこがましいのを承知でいえば、共感・連帯を強く感じるその視点での展開が、胸躍った。そして、口頭発表ならではの劇的な昂揚が会場を支配した。正味1時間はかかろうという中身の詰まった濃厚を、25分に圧縮して、猛烈な勢いで発表したが、そのためにわかりにくいところ、ついていけないところは全くなかった。そこにいるすべての者が集中する緊迫の時間が流れた。発表終了後に会場全体にどよめきが起こったのも宜なるかなである。このような発表の現場に居られて幸せである。鬼気迫るものがあり、尾崎さんの、学問というより、命をかけた発表で、近世文学会での名発表として歴史に残るだろう。
 その他の発表にも触れたいところだか、取り急いでの報告。
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2017年11月10日

竹田からくりの研究

 山田和人さんの、『竹田からくりの研究』(おうふう、2017年10月)。
 山田さんは、この研究を四半世紀続けておられ、文字通りの第一人者であろう。
このたび、竹田からくりに関わる論文を一書にまとめられたことは、近世演劇研究ひいては近世文化研究にとって、非常に慶賀すべきことだろう。
 山田さんのからくり研究が、学界に広く知られるようになったのは、日本近世文学会での発表ではなかっただろうか。学界HPで確認すると平成六年山形での大会であったようだ。私の記憶なのであてにならないが、動画を使われたと記憶する。だとすれば近世文学会史上初ではなかったか。私には強く記憶に残っている。
 このような体系的・総合的な論集としてまとまられた本を、通覧すると、「からくり」の研究が実に豊かな可能性(広がり)を持っているかを実感させられる。文献・絵画・そしてフィールドと、山田さんは精力的に、五体五感を使い、人と繋がって、研究という営みを超える活躍で、本書を作ったことがうかがえる。資料の少ない、非常に研究しにくい対象だが、これをやりぬいたのは、山田さんの、竹田からくりへの「愛」に他ならないだろう。
 じっくり拝読してから紹介するのが筋だが、現状では、読破するのにかなり時間を要するので、とりあえず、出版を寿ぎ、ここで簡単に紹介させていただいた次第である。
 山田さんのことを書くのは、もしかすると初めてかもしれないが、関西でしばらく学界事務局を引き受けた時に、山田さんから事務局を引き継いだ。事務局をやるように口説いてこられたのも山田さんである。その後、ご協力を惜しまれず、こちらの質問に何でも答えてくださった。とても感謝している。また某評議員会でもご一緒させていただいている。学会の委員会や研究会で同志社大にはお世話によくなっていて、ご縁は浅くない。来年度もちょっと山田さんに頼まれたことがあるし。私が言うのもなんだが、近世文学会の会員のなかでも、飛び抜けてダンディで、しかも明るく、好感度抜群の方で、ご一緒していて、いつも楽しい。研究のさらなる発展をお祈りしたい。
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2017年11月02日

淇園・漱石・至宝

風邪がまだ治っていないが、今日はチャンス(大学祭前日で休講)なので、行くことにした。
まずは、招待券をいただいていた、大和文華館の柳沢淇園展。非常によかった。淇園の画風形成に影響を及ぼしたと思われる画も参考に展示されている。大雅が学んだとされる淇園の書画をこのように多数見るのは初めてだが、書も画も実に巧みでバランスのよいこと。中でも墨竹画の構図の絶妙と、あまりにも趣向を凝らしすぎともいえる書簡の意匠に目を奪われた。とても満足。図録購入してしまう。
さて、ここまで来たら天理へ。というわけで天理図書館までやってきた。アンリ・ファーブル。至宝展は参考館だったのね。でも、こちらではなんと漱石展。これがまた漱石自筆の書画・原稿・書簡がずらりと。いやこれだけ一ぺんに漱石の筆跡がみられるとは。まあ、あちこちで漱石展やってるんでしょうけど、私としてはこんだけ自筆を一挙に見るのは初めてなので。あらためて、漱石はやはり、江戸文人の流れにあるなーという感想。手紙はもう完全に江戸のものと同じで、文書を読み慣れた人でないと読めないでしょうし、漱石山房の用箋に書かれた原稿も、変体仮名の勉強をちょっとしないと多分すらすらは読めないでしょう。それにしても、若い頃、正岡子規の『明治豪傑譚』を送られての感想というか滅多斬りの批評を記した書簡は、六千字超らしいが、圧巻。文学青年漱石が躍動している。迷わず図録。
ついで参考館。1期は逃した至宝展。芭蕉や蕪村はもちろん、やはり奈良絵本がすごいと思う。さすが至宝やなと、繰り返し見つつ、満腹に。図録は・・・・。
え、正倉院展までは無理です。午後からは大学でやることがあったので。
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2017年10月31日

国立国語研究所の変体仮名シンポジウムでKuLAのことを話します

国立国語研究所で、11月25日、シンポジウム「変体仮名のこれまでとこれから」が開催されます。
人間文化研究機構 広領域連携基幹研究プロジェクト 「異分野融合による総合書物学の構築」の国立国語研究所ユニット 「表記情報と書誌形態情報を加えた日本語歴史コーパスの精緻化」主催で、共催は情報処理推進機構国際標準推進センター
と国文学研究資料館古典籍共同研究事業センター。私も、くずし字学習支援アプリのことを話します。参加は事前申し込みが必要、参加費は不要です。
それにしても、KuLAのことを国立国語研究所のシンポで取り上げてくれるとは、まことにありがたい。これも応援してくださったKuLAユーザーの皆様のおかげで〜す。

開催期日
平成29年11月25日 (土) 10:30〜18:00
開催場所
国立国語研究所 講堂 (東京都立川市緑町10-2)
プログラム

10:30〜12:00
セッション1 「変体仮名のこれまで」
 司会 : 小助川 貞次 (富山大学)
平仮名の成り立ちと変体仮名
 矢田 勉 (東京大学)
いろは仮名といまの平仮名 ―近代における仮名の体系化―
 岡田 一祐 (国文学研究資料館)
『秋萩帖』と近代活字
 銭谷 真人 (国立国語研究所)

13:00〜14:30
セッション2 「変体仮名の文字コード標準化」
司会 : 田代 秀一 (情報処理推進機構)
ISO/IEC 10646の変体仮名セット
 高田 智和 (国立国語研究所)
IPA変体仮名のデザインが確立するまで
 増田 浩之 (株式会社モリサワ)
変体仮名はどのようにして国際標準になったか ―戦略と戦術―
 小林 龍生 (情報処理推進機構)

14:45〜16:15
セッション3 「変体仮名・くずし字学習」
司会 : 矢田 勉 (東京大学)
くずし字学習支援アプリの可能性
 飯倉 洋一 (大阪大学)
変体仮名文字情報基盤を利用した学習システム開発
 橋本 雄太 (国立歴史民俗博物館)
大学における古典解読基礎知識としての変体仮名教育
 斎藤 達哉 (専修大学)

16:30〜18:00
セッション4 「字形データベースとOCR」
司会 : 小木曽 智信 (国立国語研究所)
歴史的典籍NW事業と字形データセット ―なぜ国文研が字形データなのか―
 山本 和明 (国文学研究資料館)
くずし字OCR技術の現在と課題
 大澤 留次郎 (凸版印刷株式会社)
表記情報研究のこれからとOCR
 當山 日出夫 (花園大学)
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2017年10月30日

江戸の出版統制

佐藤至子さんの『江戸の出版統制』(吉川弘文館、2017年11月)が刊行された。歴史文化ライブラリーの1冊。
江戸之出版統制の諸相を、主として戯作の統制の面から解説する。
同時に、洒落本・黄表紙・人情本・合巻などの戯作の様式についての入門書でもありうる。
非常に読みやすい。隅々まで一般読者に配慮されているのがよくわかる。
このように、わかりやすく書くためには、文書をはじめとして、資料をきちんと読みこまなければならないはずだが、それをさらりとやっている感じがする。
また、いつもながら先行研究をきちんと踏まえており、後学の者にとっても重宝である。
個人的には、読本『絵本太閤記』周辺の話が面白かった。
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2017年10月29日

出版文化のなかの浮世絵

前エントリーの『浮世絵細見』で、浅野氏自身が「長い間疑問であった」のが、「絵草紙屋の店頭で買った浮世絵は、どうやって渡されたのだろうか」ということ。浅野氏はこれについて、鈴木俊幸氏が、「くるくると筒状に丸めて掛紙に包み、その上に細長い紙片を廻して合せ目を捻って留めて客に渡される」としていたことに驚いたと、終章で書かれている。本文の160ページあたりに、鈴木氏の説が紹介されている。
その鈴木俊幸氏編の、『出版文化のなかの浮世絵』(勉誠出版、2017年10月)が刊行された。英国ノリッチのセインズベリー日本藝術研究所でおこなわれたワークショップを基にした本である。中国絵入本の翻案についての研究、都名所図会の書誌的研究、錦絵の成立についての再検討、春信の座鋪八景の考察、巨匠浮世絵師を江戸時代に即して評価しなおす試み、浮世絵の流通に関する考察と資料紹介などであり、いずれも実に興味深い。以上、浮世絵繋がりで3連続投稿しました。
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浮世絵細見

 前エントリーの北斎展を企画したのは、大英博物館のティモシー・クラーク氏と、あべのハルカス美術館の浅野秀剛氏。クラーク氏とは、20数年前、中野三敏先生をはじめとする10人ほどのグループで訪英したさいにお世話になり、同窓のロバート・キャンベル氏と、大学時代にツーショットで写ったMENSCLUBだったかの男性ファッション雑誌を見せていただいたこともある(二人とも超イケメンで。クラークさんは最近ぐっと貫禄が)。山口県立美術館で催された大英博物館展の際にもお会いした。クラーク氏の研究方法が、きわめて緻密な実証的方法だったのに驚かされた。そのクラーク氏と、浮世絵研究のエースともいえる浅野氏がタッグを組んでの北斎展だったから、これほどのインパクトをもたらしたのだろう。
 さて、その浅野秀剛氏の『浮世絵細見』(講談社選書メチエ、2017年8月)は、浮世絵研究の面白さを伝えようとする、これまでになかった一般書である。浮世絵の料紙や大きさ、浮世絵版画の包紙、異版の先後、絵半切・絵入折手本など、興味深いトピックが満載で、「浮世絵を研究したくなる」(終章は「浮世絵研究をしたくなった方へ」と題される)。と、同時に、近世小説と呼ばれる分野の研究は、絵を無視しては成り立たないな、と改めて反省させられる。それは同時に、浮世絵の対象である演劇も合わせ考えねばならないことも胸に刻まされる。
 そういう反省は自分の胸にしまうとして、本書はマニアックでレベルの高い内容ながら、スリリングで楽しく読める本でありました。
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晩年の北斎

少し前に北斎展を見に行った。約40分待ちだった。今頃はもっと長くなっているだろう。
これは何時間まっても見る価値がありますね。
肉筆が多く、これまで見たことのないものがいくつもあって、実によかった。
特に最晩年の、神がかった絵は、不思議な感覚が襲ってくるようだ。
「流水に鴨図」は特に感服。自身の中の未知の感覚が呼び覚まされるような、画との交信が可能。
あべのハルカスのみに出ているという「胡蝶の夢図」の構図と表情の玄妙。
圧倒的な滝の質感が迫る「李白観瀑図」。
そして、これまで感じたことのない、安楽な死のような超絶不可思議な世界を体現する「雪中虎図」。
見れば見るほど、「宇宙の奥」に吸い込まれるような、板絵の「濤図」。
まさに心技一体の芸術である。とてもいいものを見せていただいた。いまだに昂揚が冷めないくらいの。
世界で評価されているのも宜なるかな。
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2017年10月27日

庭鐘読本の男と女

『国語と国文学』2017年11月号、「近世文人の文学」には丸井貴史「庭鐘読本の男と女−白話小説との比較を通して−」も掲載されている。
 丸井氏は学生時代に1年間中国に留学、その後も研鑽を積まれ、いい仕事を次々にされている。特に、白話小説をきちんと読み込んだ上での、文献的・作品論的研究に成果を上げている。
 本論文もそのひとつである。都賀庭鐘の読本が白話小説の影響を受けているのは周知のことであるが、これまでの研究は、典拠論が中心だった。しかし、この論文は庭鐘の白話小説体験を総合的に検討した上で、「男と女」の問題に迫っている。中村幸彦先生以来、都賀庭鐘は「女性に厳しい書き方をする」というイメージが出来上がっている感があるが、庭鐘が読んだに違いない複数の白話小説を丁寧に分析し、その問題をジェンダー論なども意識しつつ、考察している。
 結果として、中村幸彦説を相対化することに成功している。庭鐘研究史の上でも重要な位置を占める論文になるだろう。庭鐘研究が盛り上がるのは非常に嬉しい。なにしろ庭鐘は「奇談」作者なので(笑)
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2017年10月25日

春雨物語について触れた秋成の書翰

『国語と国文学』11月号特集号は、「近世文人の文学」を特集。若手ベテラン中堅のバランス絶妙に9本の論考を載せる。いずれも必読と思うが、まず私にとっては長島弘明「『春雨物語』の書写と出版」である。待ちに待った新資料紹介である。
誰宛かはわからないながら、紛れもない秋成自筆書状。これが現れたのは、何年前の東京古典会だったか。大阪から見に行きました。何しろ、春雨物語について秋成自身が書いた書状が初めて出てきたのである。ちょうど会場に新進のTさんが居合わせ、興奮気味に自分も入札したと話していた。その時の金額も覚えているが・・・。しかし、モノは長島弘明さんの手に落ちた。予想通りである。なんとなく、そのことは知っていたので、長島さんにお会いする度に、「是非、紹介してください。学界で共有を」と訴えていたのだが、もとより長島さんもそのおつもりであったので、今回周到きわまる解題と論考を付して、解き放ったのである。喜ばしからずや。
長島さんの考証の結果、次のことが明らかにされた。
この秋成書状は、文化五年六月二十二日に書かれたもの。
宛先は、「本来なら会って話すべきなのだがと行っているようなので」近隣の人物。松本柳斎が第一候補だが確証はない。

内容からわかることは、
伊勢人が春雨物語をほしがっている。
今回いったん大阪の人に書写させた。(その書写した人物は斉収か、巻子本の形である可能性が高い)。
それをあなた(宛先の人物)の方でいったん見てほしい。
その上で私(秋成)が筆写する。
それを差し上げ、所望の人が満足するような書家に清書させてはどうか。松阪には韓天寿のような書家の流れを汲む人がいるのではないか。
ある本屋が春雨物語を出版したいと言ってきている。(これも不明だが京都の吉田四郎右衛門がもっともふさわしい。)

長島さんの考察では、この伊勢人の元に結果的に送られたのは、秋成自筆の巻子本で、現在の桜山本の底本になったものである。
「いせ人」は誰か。伊勢松阪の長谷川氏一族(が蓋然性が高い)をはじめとする好学の町人の誰かである。

さてこのあとの長島さんの論の展開では、富岡本と文化五年本の文章の違いは、伊勢人への配慮によるものではなく、秋成の内発的な欲求によって生じたものであるとする。長島さんは富岡本がほんの少し先に成ったという説である。これを長島さんが強調するのは、たぶんというか、明記されているように、このごろ私や高松亮太氏が、本文の違いは想定する読者の違いによるものとする考え方(この考え方には鈴木淳氏や稲田篤信氏も立っている、あるいは否定していないと思う)があり、それを否定するためであろう。かなり強い調子で否定している(これは結構批判される側としては嬉しいのですが)。この点に関しては、いくつか弁論があるが、拙速にこの場ですることではない。
もう1点、長島さんは、この手紙で、春雨物語の出版を秋成は拒否していなかったことが明らかになったことを受けて、『春雨物語』はその内在的論理から版本になることを拒否したと考えるのはロマンチックな俗説であったろう、と切り捨てている(こちらは佐藤深雪さんの説を意識か)。この点に私も異論はない。むしろ、秋成自身が最初から出版を想定して春雨物語を書いたわけではないということがわかったという側面を重視したい。

ともあれ、今後の春雨物語論は本論文そして本論文で紹介された書翰抜きには語れない。この論文で拙論を批判していただいたのは幾重にもありがたく、御礼申しあげたい。

私としては、「伊勢人の所望があった」ことが明らかにされたことは、むしろ拙論にとってはありがたいことだった。
もちろん、私が「想像」しているような「一方で富岡本が羽倉家のために書かれた」という根拠は依然としてなにもない。
しかし、「学問廃棄後に物語に自由を見出した」とか「誰かに贈るために、あるいは誰かに依頼されて、物語の文章を初めて書くなどということはあり得ない」と言い切られると、そこはもう少し待ってほしいと言いたくなる。
「和文や随筆の場合はあり得る」ともおっしゃっているが、「春雨物語」を読本の物語性と同一上に置くのはちょっとためらわれる。和文や随筆とは違うが、「物語」とは、春雨「物語」の場合、序文もふくめて「漫語」「独語」に近いのではないか。和文や随筆に近い物語ではないか。

いずれにせよ、久々に目の覚めるような春雨の論文に接し、まことにありがたかった。
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2017年10月11日

浮世草子大事典

『浮世草子大事典』(笠間書院、2017年10月)が刊行された。快挙と言わずしてなんと言おう。
江戸時代の他のジャンルでは、このような作品網羅的な事典は出ていない。棚橋正博氏の『黄表紙総覧』がそれに近いか。『読本事典』『人情本事典』は網羅的ではない。仮名草子・談義本・洒落本・・・・、なかなか簡単にできるものではないだろう。

本書は「事項編」「人名編」「作品編」「資料編」「索引編」から成る。
「事項編」は19のトッピクについて、それを得意とする執筆者が、最新の成果を踏まえて書いている。概説はもちろん長谷川強先生。浮世草子を専門とする人以外でも、好色本関係を石上阿希さん、役者評判記や演劇との関係を河合真澄さん、貸本を長友千代治先生、そして国語学者も文法・表記・語彙・文体などの解説で参加している。私も「奇談」との関係を書かせていただいた。たったそれだけで執筆者の一人に入れていただいたのは申し訳ない次第である。
「人名編」には絵師も取り上げられているのが嬉しい。
もちろん圧巻は「作品編」で、「梗概」「特色」「諸本」「翻刻・影印」「参考文献」と、各項目至れり尽くせりである。ここが執筆者の皆さん本当に苦労されたところだろう。多くの作品において、その挿絵も紹介されている。
「資料編」は挿絵画像補遺と浮世草子年表。事項・関連作品・戯曲も載せているので、時代の中の浮世草子が見えてくる。
「索引編」は、五十音順とカテゴリー別の両方で引ける挿絵索引。これが当時の風俗を知るのに貴重である。
それにしても、浮世草子研究者軍団は、かつて『八文字屋本全集』を出し、『西鶴と浮世草子研究』を5号刊行し、今またこの大事典を出す。その団結力は敬服に値する。これはやはり、長谷川強先生の牽引力・求心力が大きいのだろう。
 その長谷川先生の序には、「八文字屋本は才覚の模倣・剽窃に過ぎぬというような愚蒙の説が長く通用していたのである」と従来の評価を斬り、浮世草子の文学史上における真の意義を説いておられる。
 従来のこの種の事典になかった「挿絵の重視」も大きな特徴になっている。これがあるので、社会史・風俗史の研究にとっても必備の事典となっている。何より、引く事典というよりは、読む事典としての魅力がある。
 事典の編集に携わった方々には特に御礼を申し上げたい。
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2017年09月21日

真山青果の『好色五人女』解釈

丹羽みさとさんの論文「真山青果の『好色五人女』解釈ー八百屋お七の「匂い」ー」(『立教大学日本文学』118号、2017年7月)。
国文学研究資料館の文献資料調査で、国際学園で真山青果旧蔵書の調査を過去5年行い、古典籍の方は今年度調査終了となった。色々な奇縁で、このプロジェクトは、展示やシンポジウムへと展開してきた。さらなる展開もありそうだ。
丹羽さんは、この調査チームの仲間であり、シンポジウムにもご登壇頂いた。
この論文も、この調査と無縁であるはずがなく、現に、国際学園の青果旧蔵書が論文中に使われている。
青果は『五人女』の現代語訳に何度も挑戦しているが、ちょうどそれは厳しい性愛表現の検閲の時期と重なっていた。青果は、西鶴の「匂い」表現に好色性との関連を見出し、それを基に、「匂い」を取り込んだ現代語訳を行ったという、説得力のある論が展開されている。
真山青果旧蔵書調査団メンバーの成果なので、備忘としてここに記す次第である。
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啓蒙の江戸

西田耕三『啓蒙の江戸』(ぺりかん社、2017年9月)が刊行された。
快作!というべき、江戸思想論である。西田耕三らしい、深くて鋭くて華麗な、いいところが満開した論文集である。
「啓蒙」という言葉は、ヨーロッパを連想させるが、江戸時代から使われていた言葉である。類似の語に「訓蒙」もある。これを江戸思想論のキーワードとする。ヨーロッパの啓蒙のあり方からこぼれおちるようなあり方に注目して、江戸思想に切り込む。「格物の喜び」「甚解を求めず」「他を欺かんや」「事もと無心」というような、江戸時代によく見える言説の意味を、啓蒙の観点から掘り下げていく。相変わらずの多読博識を生かして、自在に論は進んでいく。西田耕三以外の誰が、貝原益軒とスピノザを結びつけられようか。皆川淇園と李卓吾とベーコンに共通点を見いだせようか。
 「他を欺かんや」の章は、秋成の虚偽論が扱われ、拙論も引用していただいているところから、特に興味を持った。実は、本章の初出時に、このブログに感想を書いた。その初出の姿は跡形もない、というくらいに、改稿・加筆されている。そして初出時の、漱石「心」の議論はバッサリと切られ、わずか1・2行に圧縮されている。物語や歴史叙述の欺きという主題を考えたことのあるものなら、西田のこの考察の徹底ぶりに驚嘆するだろう。
 高山大毅の論に影響されていることも隠さない潔さ。これは高山の論文に「断章取義」を取り上げたものがあり、そこから自身の方法を「断章取義」と規定したのではないかという私の推測。「あとがき」でそれを告白したも同然(もちろん告白というスタイルではない。私の勝手な読みだ)。だがこの「断章取義」が、西田の論をメジャーにしえない原因であることも確かなのだ。西鶴でも秋成でも宣長でも徂徠でも羅山でもいいから、じっくり論じていただいたら、という気がしないでもないが、やはり「断章取義」が西田の真骨頂なのであろう。
閑山子さんのブログで、日本思想史の方での反響は如何にということが書いているが、日本思想史側では西田先生の本はあまり関心を持たれていないだろう。切り口があまり「歴史的」には見えないということ、そしてテーマがあまりに独自で、問題を共有するレセプターがないということである。繋ぐとしたら高山大毅のような仕事だろうか。あー、その高山大毅の本についても、書いてないままだった。慚愧慚愧。

以下は、私が近畿大学文芸学部の紀要に2008年に書いた西田耕三論である。ご興味のある向きはご笑覧いただきたい。あんまり抜き刷りを配ってないんで。
あれから西田先生は3冊の論文集を刊行した。まだ未収録の論文も結構あるから、今後も勢いは止まらないはずだ。

生涯・万物の霊・主人公
         ―西田耕三の「起源」―
はじめに

 西田耕三の研究の特質は、文芸の主題の成り立つ所以を発見し、その所以から文芸を説明してみせるところにある。その所以は、「起源」とも「条件」とも呼ばれる。そして文芸を説明することは西田にとって人間を説明すること、世界を説明することと同義である。文芸はそのための通路にすぎない。なぜ文芸を通路に選ぶのか。文芸は現実に基づき、現実を描き、現実に存在するにもかかわらず、それ自体は人間によって創造された虚構である。だがそれは夢と同じように、確実に我々の現実に浸透し、我々を翻弄し、感動させる。精神分析学者が夢から人の無意識を探るように、西田は文芸から世界の成り立つ根拠を求める。それは常人のなしうるわざではない。
 しかし、それが抽象的、観念的になることを西田は極力忌避する。たとえば「起源」や「条件」を自らの作った記号によって説明することは絶対にしない。西田によれば、文芸の主題の成り立つ「条件」、つまり文芸の「起源」は、物語において「生涯」であり、日本近世文学においては「人は万物の霊」である。この聞きなれたことばを根幹にすえて、西田は文芸の闇に光を当ててゆく。

生涯

「生涯としての人間」は、「物語の条件」であると西田は『生涯という物語世界 説経節』(世界思想社、一九九三年)で言う。「生涯としての人間」とは何か。
 説経とは、神仏が「ひとたびは人間にておはします」時の物語である。そこにはきわめて人間的な物語が展開されるにもかかわらず、それはあくまで、「神仏がかつて人間であったときの物語」である。〈神仏になるための受苦〉という貴種流離譚の型も思い出されるのだが、説経の物語は、人間が神仏になる物語ではない。あくまでも人間の物語として自立しているのである。
 そういう、説経を説経たらしめている形式とは、「神仏の因位(神仏になるための修行期間)の物語」という構造から、「神仏の」の部分を剥離させたものである。それが「生涯としての人間の物語」の謂いなのだ。
 「生涯」とは、人間の一生を意味する言葉ではない。存在ではなく、存在の形式のことであるという。西田はその考え方として、「世界の起源としての神仏」、「神仏の起源としての人間」、「人間の起源としてのX」を提示して、このXこそが「生涯」なのだという。「生涯とは、世界にも神仏にも根拠をもたず、しかもそれらに匹敵しうるもの、人間がみずからのうちにのみ根拠をもち、この世において何かの起源としてあるそのあり方のことである」。生涯とは自らの生を、生の外から見つめる意識である。「生涯の恥」「生涯の恋」というような言葉がある。その心情的感情的側面を表現するのが和歌であるとすれば、「生涯」に構造を見出し、「ひとたびは人間にておはします」と限定することで、胸を打つ物語を現出する語りが説経節なのである。つまり「「生涯」とは人間の条件であるとともに、物語の条件でもあった」。
 西田は本書で、「Aの起源としてのB」という言い方をした。「起源」とは、AをAたらしめているものであり、それがなければAではないものである。つまり「条件」と置き換えられる。本書の最後に西田は「物語の条件」という見出しをたてた文章を載せる。もともと西田は説経というより物語そのものを問うているのである。本書の「あとがき」に西田はかつての自らの論文を挙げ、このようにいう。
  説経正本に残された物語を申し子譚と欠親譚に分け、申し子や親のない子を、現実に
  十全な根拠をもっていないという意味で幻想の存在と名づけ、幻想の存在が現実に定
  着するために恋愛があった、と考えた。
これを読んで私は身震いした。説経のみならず、すべての物語がこの定義で説明されてしまう。折口信夫の「貴種流離譚」と同じくらいに明晰であり、「貴種流離譚」以上に普遍的ではないだろうか。しかし「幻想の存在」とはいわば記号である。西田はそれが自己完結することをどこかで気づいていたのではないか。驚くべきことに西田はそれを捨てる。記号論的思考との別れだろう。
 だから、西田はさらに物語の起源を問うた。それは人間の起源を問うことと同義であった。「生涯」は、「幻想の存在」のようにわかりやすくはない。それは自明なものとして存在するにもかかわらず、物語を読むという行為をいくら積み重ねても決して西田のようには、発見できないのである。なぜならそれは一見不可解であり、いったん西田の思考回路をたどらないと把捉できないものだからである。そこに西田の国文学者としての特異性がある。西田の論を読み進めていくと、きわめて唐突に、カントの『純粋理性批判』を読んだ時に近い感覚がよみがえってくる。自明なものの根拠を徹底的に問い、従来見えなかったものを取り出して見せる西田の論は、記号を決して作り出さない説明をすることにおいて、きわめて禁欲的であり、奇跡的なのである。
 本書の最後に西田は言う。
  時代はゆっくりと転回する。幕藩体制の強化と儒教運動の浸透によって、「人間」は
  「生涯」の懐から離脱し始める。「人間の起源としての生涯」は古層に沈み、新たに
  「生涯」の起源が探し求められる。そのようにして「万物の霊」としての人間が登場
  してくるのである・

人は万物の霊

 この結びはこれから見る西田の主著『人は万物の霊』(森話社、二〇〇七年)の内容を予告するものでもあった。『人は万物の霊』の副題は「日本近世文学の条件」である。西田の考察が中世的なものから近世的なものへ向かうこと、それは「生涯」の起源を探し求め、それを表現した近世文学を近世文学たらしめたもの、すなわち「人は万物の霊」の認識が、いかに文芸に広がっているかを見定めることに他ならなかった。「生涯」に次ぐ、人間の根拠、物語の根拠の発見である。
 「万物の霊」とは何か。「霊」とは「上澄み」というほどの意で、「万物にすぐれてたうと」(『和俗童子訓』)きことである。人は「万物の霊」であるがゆえに貴い。その根底は人が社会性を持ち、倫理を認識しているところにある。そうでなければ人は「万物の霊」たりえない。「万物の霊」であることによって人間は、天地の目に見える徳(日月の運行のごとき)と同じように、目にみえぬ徳を、この世に実現しなければならない。天地と万物を媒介する位置に人間は立っている。しかし「万物の霊」はそれだけで立派なのではない。
 「万物の霊」の根拠である、知や心というものは、常に転落の危機に瀕している。なぜなら「人は動物(うごくもの)であり、善に動かざる時は不善にうご」き、「種々転変して止ざる者は人の心」(佚斎樗山『天狗芸術論』)であり、「心は善悪二つの入物」(西鶴『懐硯』)だからなのだ。人は知あるがゆえに貴いが知あるがゆえにあさましい(西川如見『町人嚢』)。それゆえ常に知を正しく明らかに保ち、心を修めなければならない。つまり人が「万物の霊」であることと教化の問題は切り離せない。
 人が「万物の霊」であるという前提のために、教化が必要となり、教化の道具として文芸が用いられる。私なりに贅言すれば、これが載道主義的文学観であり、日本近世における文学観の基盤である。そのスローガンの中心に勧善懲悪がある。しかし教化の意識が剥落すれば「万物の霊」はたとえば悪の根拠づけにもなる。文芸がそれを描けばどうなるのか。
  文学史の領域において言えば、「万物の霊」であるという人間像をめぐる教化の意識の 
  剥落は、仮名草子と総称される近世前初期の文芸が、西鶴をはじめとする浮世草子に
  転換していく重要なモメントであったと考えられる。
 諧謔・滑稽が「人は万物の霊」にまつわる教化意識を剥落させていく。「人は万物の霊」といって自慢している人間は滑稽ではないか。そう『町人嚢』が言うのを西田は見逃さない。もともと「人は万物の霊」と言ったのは人間である。そういう自意識から現実に返った時、人間は滑稽な存在に映る。西田はそこに近世文学のいまひとつの特徴である滑稽を見出す。つまり「万物の霊」の揺れの両端に教訓と滑稽があるというわけだ。「教訓」と「滑稽」を近世文学の特徴というのは中野三敏である。西田の論は、意識的か否か、中野の見取り図の上に重なっている。
 「人は万物の霊」の前提によって、人間は滑稽・諧謔に堕する可能性がある。伊藤仁斎はそれを克服するために、「人は万物の霊」を人間の目的とした。荻生徂徠は、人と天地(聖人)を切り離し、ついに「人は万物の霊」を無化した。これで人は楽になり個性を伸ばせばよくなる。賀茂真淵は、「知」を乱用した人間の堕落を説き、人間が万物とともに生きた古代を理想とした。つまり「万物の霊」の否定である。だが、それにもかかわらず、彼が近世的な認識者であるのは、人間を万物の中において捉えようとするからである。西田の解説は明快だ。
 もうひとつ、西田が文芸を捉えようとする切り口に死活の説がある。死活の説とは、常に先行する思想を死(悪)、自説を活(善)とする。「死活に本当の意味を与えるのは、新しい活の場の発見」である。言葉というものはそれ自体は活物ではないが、その使い方によって活き活きとする。浄瑠璃の人形と同じである。たとえば伊藤仁斎は、心を活物だとし、宋学・老荘・禅のような心の死物化を批判する。仁斎は、心は活物だといい、心を現実の人倫の「場」に解き放った。人倫という場が、仁斎によって発見された場だということになる。三浦梅園は、天地万物の生成の場を発見した。これは原子のような「中の一点」の設定に基づく。こうして時間的空間的に限定された世界観が、生々してやまない世界観へと変貌する。こういう仁斎や梅園の現実認識(場の発見)が、近世文学の作者たちにもある。そのように西田は述べて、西鶴の例をあげる。たしかに西鶴は、死物を活物にする天才である。それは解釈可能な日常世界が、いつ不可解な非日常に反転するかわからないということを我々に教えるという点で、戦慄的である。本書の第五章はそのような西鶴の技法に迫るものだ。
 「透視の欲望」。「透視」とは「見通す」こと。つまり占いなどの見なぞらえ(作意)によって、潜在的なものを顕在化することである。潜在的なものとは何か。それは好色や金銭や人の心という普遍的なものであるが、それが個別特殊な具体例を通してしか透視できないため、その普遍の確認のために透視は繰り返される。透視とは表現者においては言葉であり、透視行為とは創作である。潜在的なものが欲望であり、それを顕在化するために言葉によって次々と作意するところに西鶴の特質がある―そういう西田の西鶴観は、潜在的な欲望のあらわれとして夢を解釈し、それを大量の個別特殊な具体例によって示すフロイトの『夢判断』に、西鶴文芸を「見なぞらえ」ることではないのか。もちろんそれは西田自身の西鶴透視の欲望でもある。言い換えれば西鶴の欲望の透視だ。「見なぞらえ」ることによってなんでもないこと(死物)が動き出す。これを可能にするのが虚構力、つまり文芸の力である。そこに西鶴の面白さがあると西田は言う。それは西鶴と同化した西田の言葉である。
 ここで細かく述べる余裕はないが、以下「狂乱」「演技」「細工」「人形」「物真似」らが西鶴文学のキーワードとして取り上げれらている。西鶴を透視するために西田が用いる占いの道具(言葉)は、すべて死活と関係がある。それらは文芸とほぼ同義である。死物を活物にすることで、西鶴は現実の人間が読んで飽きないバーチャル・リアリティの世界を創造するのである。
 個別特殊の具体例は芭蕉にも及ぶ。芭蕉はどういう常識やスケールを持っていて、そこからどう工夫したかのか。西田はそのように問う。工夫そのものに関心があるのではなく、常識やスケールに関心があるのだ。この場合スケールとは世界がどのように作られているかという見方のことであり、「鳥啼き魚の眼は泪」の句はそのスケールを転化したものだという。中峰など禅僧の語録に探し当てられたスケールとは、要するに世界を活物として見る見方のことである。芭蕉の創作以前に、芭蕉の脳裏に浮かんでるはずのそのような風景を西田は想像する。芭蕉の句や言説を読みこみ、その背後に芭蕉の常識とスケールを探し当てようとする志向。これもまた、透視の欲望に他ならない。

主人公

 ところで、本書第四章「創作の条件」の第一節に「仮名草子の主人公」という論文がある。一九八七年初出のこの論文こそ、言うまでもなく、西田の第三の単著である『主人公の誕生―中世禅から近世小説へ』(二〇〇七年、ぺりかん社)へ向けた胎動だったのである。
 『主人公の誕生』の「あとがき」に西田は書いている。
  二十年前、本書の発想のもとになる文章を書いた時、稲田篤信氏(首都大学東京)が興   
  味を示してくれたことが記憶にあり、数年前、もっと敷衍してみたいと思い立った。
 「仮名草子の主人公」で西田は、『為愚痴物語』に出る、「万法とだって侶たらざるもの、是何人ぞ」と質され、答えて「本来の面目」「金剛の正体」「仏心仏性」「真如の月」とも名付けられる「主人公」に注目し、仮名草子はこの「主人公」を可視化したものであるという。「主人公」とは本来は見えないものだが、その人の個的存在を根底から規定しているものである。それは世界の中で生きつつ、世界の中で孤立している存在であって、現実的存在ではないが、文芸的には可視化される。つまり、一休・竹斎・楽阿弥・浮世坊らがそうなのである。『主人公の誕生』によれば、苦沙弥先生の前に現われた「吾輩」という猫もまた「主人公」である。西田がこれを抽出したことによって、私たちは近世文学の中に、飄然として滑稽と転変の境地を生き続ける「彼ら」が頻繁に登場することを認識できるのである。それらが「万物と侶だつ」以上、万物との触れ合いの中においてのみ「主人公」のあり方は決まる。「人は万物の霊」との関わりがここにある。
 『主人公の誕生』において「主人公」は、より徹底して、その概念の淵源である禅の語録から探索される。印象的な瑞厳の自問自答。現実にとっては虚構であり、虚構にしては現実的である「主人公」の存在は、「岩鼻やここにもひとり月の客」の去来句における「ここにもひとり」の存在のようなものである。それは天に則る存在でありながらも我そのもの、あるいは我を映すものなのである。結果として、リアリティでもなく、教訓でもない、近世文学のとらえ方を西田は提唱しているのだろう。
 そのようにとらえた時に私が想起したのは、秋成が七十歳の記念にと高橋道八から贈られた自らの陶像である(現西福寺所蔵)。この陶像、贈られたたときに「にくさげなるもの」と秋成は感じ、「あはれ破れくだけよかし、土にかへらむを」と思いながらも「えこぼたぬ心きたなさよ」と述懐する。「ああいっそ死んでしまいたいのに、その勇気もなく在りわびている」という含意があるが、その像は土で作られ、いずれは土にかえるものという認識、つまり天地とともにあり、それでいて秋成自身であるところが、あたかも「主人公」が可視化した姿に映る。そして、秋成が随筆などで描く自像は、どこか操作されていて、秋成というよりも秋成の「主人公」を描写していると言うべきだろう(そういえば、西田耕三じしんが、西田耕三の「主人公」を生きているように見える。その特殊的個別事例は枚挙に暇のないところだが、ここはそれを述べる場所ではないだろう)。

西田耕三の「起源」

 このような西田の近世文学論が、際立って思想的色彩を帯び、ラディカルであることを誰も否定はしないだろう。一方でその文体は非常に禁欲的であるようにも見える。それはなぜか。「その由来を尋ぬるに」、私たちは、「日本文学」一九七九年二月号の西田耕三「松田修の存在」に行き着くのである。当時西田はまだ三十代、『平家物語』や説経・近松を論じていたころだ。この松田修論は、鮮烈なロマン希求者としての松田がそれゆえに「何でもない日常にひろがる現実的な自己矛盾、平凡な現実な人々を待ちかまえる大小の陥穽」への興味が希薄であることを指摘する。その記号論的発想は実体から遊離し、現実を断片化せざるを得ない。それでも、松田の記号論的発想は、外在的なものではなく、たとえば吉野系と熊野系という対比は、「記号論的発想から出てそれをこえる確かさを持っている」という。そしてこのように結ぶ。
  国文学界の貴種である松田修が開拓した豊饒な世界を、単なる断片ではなく全体とし
  て現実につなぎとめるためには、やはり〈感性的実体〉というものを想定し、そこに
  くみこんでいかなければならないだろう。そういう領域を私はひそかに感性起源論と
  名づけている。
ここに西田のその後の歩みが予告されていたと見ることができるのではないか。あくまで実体にとどまるために、浮遊した概念を用いず、人間の中身から構築していく西田の文学論・文学史論。それがいかに困難であるにも関わらず意識的に選ばれた方法であるかということを、私は今回西田の著書を通読して痛感したのである。
 「死活の説」。西田の方法にあてはめれば、記号論的発想は〈死〉であり、人間を現実の中の存在として、動くものとしてとらえることが〈活〉である。もちろん〈活〉とは、〈死〉を〈活〉かすのである。仁斎と朱子学の関係がそこにある。しかし、そうであれば、なぜ超克すべき存在が松田修だったのだろうか。松田修は朱子のような正統ではなく異端なのではなかったか。
 そこで私はひそかに物語を妄想する。それは次のような物語だ。西田耕三は実はポストモダンの感性の人だった。あるいは西田自身が気づかない西田の「主人公」がそうだったのかもしれない。松田修の中に西田は自らを発見した。たとえば「申し子」を「幻想の存在」と名付けるような自らの感性をである。西田はそれが実体から遊離していると確信する。そこから西田独自の近世文学の起源探しが始まった。それが「感性起源論」の領域だ。西田が「起源」や「条件」という言葉を用いるのは必然である。そして起源の物語である説経節から「感性起源論」を始めたのもまた必然である。生涯・万物の霊・主人公は、日常的なことばであるとともに、歴史的なことばであり、また文芸的なことばである。それを探し当てた西田耕三が、物語研究の申し子であるのなら、彼が書くことによってしか現実に定着できないのもまた必然であったのである。
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2017年09月20日

関ヶ原

読書の秋とか、芸術の秋とか言うけれど、読みたい本やら、見たい展示やら、映画やら、演劇やらが目白押し。なのに・・・、とあとは言うまい。
ともあれ、短くとも、一つずつコメントしていこう。
まず、映画「関ヶ原」の封切のタイミングで刊行された、勉誠出版のアジア遊学シリーズの1冊、井上泰至編『関ヶ原はいかに語られたか いくさをめぐる記憶と言説』(2017年8月)。
井上さんの編で、秀吉の虚像と実像に、史学・文学双方から迫った本が少し前に出たが、本書は、関ヶ原合戦に関わりの深い武士たちの、実像よりも「イメージ」形成、あるいは彼らの語られ方(歴史叙述)に焦点を当てたもの。
各論者に共有されたという、(近刊が予告されている)『慶長軍記』が各論考を横断し、重要な役割を果たしている。
冒頭の井上さんの論。中野等さんの『石田三成伝』の第9章批判で、どちらかといえば中野さんの良心的措置で、これも不十分ながら書いておかねばなるまいとして付した、三成イメージ形成史の章への、異義申し立てのスタイルを敢えてとる。三成評価は、19世紀ではなく、17世紀から始まるのだという点を特に強調している。中野さんとしても、不十分なところは自認しつつ書かれたものなので、「テキスト批判」としての論述は、中野さんにちょっと気の毒な気がするが、歴史的事実とイメージ形成の両方に目配りするという点では、中野さんの著書とあわせて、「石田三成の虚像と実像」が浮かび上がると言うことだろう。
 歴史叙述が宿命的に偽りを内包するというテーマは秋成の晩年の執筆倫理の問題と関わり、これがまた、西田耕三氏の新著に論じられるところだが、この話題は別エントリーとしよう。
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2017年09月08日

男色を描く

染谷智幸・畑中千晶編『男色を描く 西鶴のBLコミカライズとアジアの〈性〉』(勉誠出版、2017)。
わが誕生日に刊行してくださってありがとうございます(笑)。
BLの世界が盛り上がっているのはなんとなく存じ上げておりましたが、西鶴の男色大鑑のコミカライズが大いに注目を集めて、本も売れているというところにタイミングを合わせて、非常に面白い本が出ましたね。
これは、学術的成果をわかりやすく一般に伝える、というようなスタンスではなく、むしろBLあるいはLGBTの盛り上がりをそのまま紹介するというスタンス。そこに学術的な視点もあるが、執筆のありようは自由である。結果として、従来の学術的方法への批判にも、警鐘にもなっているが、あまりそういうことを考えずに、面白くどんどん読めてしまう。
本の工夫のひとつとしては、「です」「ます」体での統一。これは効果を上げている。そして染谷さんや畑中さんらの繋がり繋がりで執筆者が選ばれているが、その繋がり具合が、2つの座談会を求心点として、なにかの枠を突破するような世界を出現させている。
坂東実子さんの「鳥の文学」というテーマにかなりドキリとした。まさか最近飛行機でヒッチコックの「鳥」をみたからでもあるまいが。古典のコミカライズの問題は、日本古典文学研究とジャパノロジーを繋ぐ問題であること、外国の日本研究をしている学生と話したりすると痛感するが、次世代研究者世界には大きな分野になる予感がする。
いずれにせよ、この男色の問題は、いろいろな入口から入れるし、深めることも広げることもつながることも、いままでとは違うやり方でできそうだ。できそうだというのは、自分には出来ないのでやや羨望の混じった展望なのだけど。
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2017年08月13日

『江戸人、唐詩選に遊ぶ』

久留米大学の大庭卓也さんが、いい仕事をしている。
昨年、久留米大学御井図書館で行われた、「江戸人、唐詩選に遊ぶ」の展示図録。
中に収まる大庭さんの論考と合わせ、江戸時代における『唐詩選』受容研究の、現時点での決定版と言える。
江戸時代における80種類以上の「唐詩選」を確認するなど、長年の『唐詩選』受容研究の成果が遺憾なく発揮されている。特論「和刻『唐詩選』出版の盛況」は圧巻である。また『唐詩選画本』初編の存在が重要という指摘を踏まえ、その影印と翻字を掲載、中身の濃い展示図録である。
関連業績として、「補説・『唐詩選画本』成立の背景」(「久留米大学文学部紀要 国際文化学科編 32.33、2016年)




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2017年08月08日

真山青果旧蔵書

5年前に始まった真山青果旧蔵書調査、古典籍の方は終了した。
膨大な自筆稿本・研究ノートを含む近代資料は、まだまだ。
今回、私は古典籍(というより古文書)27点調査したが、ほとんどがある幕臣の写した幕末の幕府関係資料。戯曲創作の資料なのかどうなのか。
去年冬の国文研での展示・一橋会館でのシンポジウムを踏まえて、真山青果の業績を再検討する機運も高まって来ているようである。
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2017年08月06日

騎士団長殺し

村上春樹の『騎士団長殺し』。下巻途中まで読み、長いこと中断していたが、ふと再開して読了した。『海辺のカフカ』や『1Q84』に比べると、やや地味ではあるが、スピリチュアルな志向性は、少し強まったかという印象である。展開される深刻ぶりながらも諦観性の濃い議論や思考には辟易の感が否めず、放棄してしまいたくなったが、秋成の『春雨物語』の一編である「二世の縁」が重要なモチーフとなっていて、単なる趣向に止まらない。最後まで読んでみると、私の勝手な読み方に過ぎないが、春樹の「二世の縁」解釈としての小説、あるいは、春樹の秋成テクスト(特に雨月・春雨)解釈としての小説として読むことができそうである。芸術論としては「夢応の鯉魚」にも関わるだろう。ネタバレになってはいけないので、これくらいにしておくが。

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2017年07月30日

雅俗16号

『雅俗』16号が届きました。九州大学の川平敏文さんが事務局を担当している雅俗の会が刊行している。第1期はやや縦長の唐本を意識した書型で10号で完結した。その後、デザイン・書型を一新して第2期を、年1回で刊行中である。
 この私的ブログでは、私の知っている方の原稿を中心に取り上げることになり恐縮だが、何度も言うように、このブログは、あくまで研究に関しても私的な感想を書いているのであるから、お許しいただきたい。
 今号は、前号の合山林太郎氏に続いて、山本嘉孝氏が袁中郎受容の一つとして樫田北岸の挿花論を取り上げている。近世漢文学研究は、世代交代の波が来ていて目が離せないところだ。それに比べて、和歌の方では、若手があまり出てこない印象である。しかし、中山成一さん(この方が若手なのかどうか実はよく知らないのだが)と言う方は、佐賀の文芸と中央の文芸、堂上と地下、和学と史学など、様々な意味で越境的な考察を意識しておられるようで頼もしい。ほぼ毎号投稿される西田耕三先生、少しも衰えを見せていない。園田豊さんの復活も嬉しい。村上義明さんは、和本リテラシー回復のための実践報告。そういえば近世文学会の和本リテラシーニューズも第3号で、様々な実践報告が載っているが、そろそろ、このような実践を1冊にまとめるか、WEBサイトにまとめるような企画があってもいいかもしれない。学ぶ側ではなく、教える側のための本である。
 そして、今号のハイライトは、中野三敏先生の文化勲章受章パーティでの挨拶の文字起こしである。福岡で行われたものだが、私は行けなかったので、とてもありがたい。先生は和本リテラシーに触れて『アプリで学ぶくずし字』を配り本に使ってくださったようで大変名誉なことだと思う。挨拶の終わりの方では、奥様との出会いにも触れられている。
 さらにさらに、入口敦志の壮大な学問エッセイ第3弾に、揖斐高先生のご研究ふりかえりのご文章も、読み応えがある。揖斐先生の卒論は、まさかの浄瑠璃、そして附論が広末保論とは。
 川平さんも、今号は特に自信満々の出来のようで、編集後記でも胸を張っている。いや、本当に。お見事。

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2017年07月29日

日本語の歴史的典籍国際研究集会

7月も終わりますな。昨日と今日、立川の国文学研究資料館で行われた「第3回日本語の歴史的典籍国際研究集会」に参加した。これは「みんなで翻刻」の24時間放送企画と完全バッティングであった。「みんなで翻刻」にもちょっと誘われかけていたのだが、残念。昨日、寝る前にちょっとニコニコ放送を覗いてみると、加納先生と古地震研究会のメンバーが、資料を翻刻しているところだった。(夜中の1時半頃か)マズイ、これは見入ってしまう。「あー、そこは・・・」と思っていると、コメント機能に気づき、しばらくコメント民となって、いくつか口出しをしてしまいました。と、寝ないといけないと思って、○時○分に目覚ましをかけて寝たところ、○時○分後でかけてしまったようで、大変なお寝坊をしてしまったのは申し訳ない。
国文研のNW事業の研究成果発表の場でもある。NW事業の中の、「観光文献資源学」のプロジェクトに関わっているので、その研究打ち合わせも兼ねている。2日間の発表。初日は文字認識の研究の進み方の速さに驚いた。研究とスピードというのは、文系では馴染まない、むしろ相反するものと思っていたが、この事業ではいたるところ文理融合がキーワードになっている。どうしても置いていかれる感が否めない。観光文献資源学では、私も去年から立ち会っているアロカイ先生の「デジタル文学地図」構想の発表と、椙山先生の石碑調査の発表があった。無縁墓となった墓の碑面をタブレットで撮影するというのは「アッ、なるほど」と思った。文学地図と石碑分布はコラボすると面白い。そういう話もすることができた。
2日目、佐藤悟さんの「絵本としての草双紙」は、草双紙の基礎知識から説き、エキサイティングな説に至る展開で面白かった。あとは折本についてのセッションは、佐々木孝浩さんと、ハイエク先生・ビアンキ先生のこれも基礎的なところから、最先端のご研究の披露まで明快な展開で素晴らしかった。他のご発表も興味深いものであった。



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