2017年10月11日

浮世草子大事典

『浮世草子大事典』(笠間書院、2017年10月)が刊行された。快挙と言わずしてなんと言おう。
江戸時代の他のジャンルでは、このような作品網羅的な事典は出ていない。棚橋正博氏の『黄表紙総覧』がそれに近いか。『読本事典』『人情本事典』は網羅的ではない。仮名草子・談義本・洒落本・・・・、なかなか簡単にできるものではないだろう。

本書は「事項編」「人名編」「作品編」「資料編」「索引編」から成る。
「事項編」は19のトッピクについて、それを得意とする執筆者が、最新の成果を踏まえて書いている。概説はもちろん長谷川強先生。浮世草子を専門とする人以外でも、好色本関係を石上阿希さん、役者評判記や演劇との関係を河合真澄さん、貸本を長友千代治先生、そして国語学者も文法・表記・語彙・文体などの解説で参加している。私も「奇談」との関係を書かせていただいた。たったそれだけで執筆者の一人に入れていただいたのは申し訳ない次第である。
「人名編」には絵師も取り上げられているのが嬉しい。
もちろん圧巻は「作品編」で、「梗概」「特色」「諸本」「翻刻・影印」「参考文献」と、各項目至れり尽くせりである。ここが執筆者の皆さん本当に苦労されたところだろう。多くの作品において、その挿絵も紹介されている。
「資料編」は挿絵画像補遺と浮世草子年表。事項・関連作品・戯曲も載せているので、時代の中の浮世草子が見えてくる。
「索引編」は、五十音順とカテゴリー別の両方で引ける挿絵索引。これが当時の風俗を知るのに貴重である。
それにしても、浮世草子研究者軍団は、かつて『八文字屋本全集』を出し、『西鶴と浮世草子研究』を5号刊行し、今またこの大事典を出す。その団結力は敬服に値する。これはやはり、長谷川強先生の牽引力・求心力が大きいのだろう。
 その長谷川先生の序には、「八文字屋本は才覚の模倣・剽窃に過ぎぬというような愚蒙の説が長く通用していたのである」と従来の評価を斬り、浮世草子の文学史上における真の意義を説いておられる。
 従来のこの種の事典になかった「挿絵の重視」も大きな特徴になっている。これがあるので、社会史・風俗史の研究にとっても必備の事典となっている。何より、引く事典というよりは、読む事典としての魅力がある。
 事典の編集に携わった方々には特に御礼を申し上げたい。
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2017年09月21日

真山青果の『好色五人女』解釈

丹羽みさとさんの論文「真山青果の『好色五人女』解釈ー八百屋お七の「匂い」ー」(『立教大学日本文学』118号、2017年7月)。
国文学研究資料館の文献資料調査で、国際学園で真山青果旧蔵書の調査を過去5年行い、古典籍の方は今年度調査終了となった。色々な奇縁で、このプロジェクトは、展示やシンポジウムへと展開してきた。さらなる展開もありそうだ。
丹羽さんは、この調査チームの仲間であり、シンポジウムにもご登壇頂いた。
この論文も、この調査と無縁であるはずがなく、現に、国際学園の青果旧蔵書が論文中に使われている。
青果は『五人女』の現代語訳に何度も挑戦しているが、ちょうどそれは厳しい性愛表現の検閲の時期と重なっていた。青果は、西鶴の「匂い」表現に好色性との関連を見出し、それを基に、「匂い」を取り込んだ現代語訳を行ったという、説得力のある論が展開されている。
真山青果旧蔵書調査団メンバーの成果なので、備忘としてここに記す次第である。
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啓蒙の江戸

西田耕三『啓蒙の江戸』(ぺりかん社、2017年9月)が刊行された。
快作!というべき、江戸思想論である。西田耕三らしい、深くて鋭くて華麗な、いいところが満開した論文集である。
「啓蒙」という言葉は、ヨーロッパを連想させるが、江戸時代から使われていた言葉である。類似の語に「訓蒙」もある。これを江戸思想論のキーワードとする。ヨーロッパの啓蒙のあり方からこぼれおちるようなあり方に注目して、江戸思想に切り込む。「格物の喜び」「甚解を求めず」「他を欺かんや」「事もと無心」というような、江戸時代によく見える言説の意味を、啓蒙の観点から掘り下げていく。相変わらずの多読博識を生かして、自在に論は進んでいく。西田耕三以外の誰が、貝原益軒とスピノザを結びつけられようか。皆川淇園と李卓吾とベーコンに共通点を見いだせようか。
 「他を欺かんや」の章は、秋成の虚偽論が扱われ、拙論も引用していただいているところから、特に興味を持った。実は、本章の初出時に、このブログに感想を書いた。その初出の姿は跡形もない、というくらいに、改稿・加筆されている。そして初出時の、漱石「心」の議論はバッサリと切られ、わずか1・2行に圧縮されている。物語や歴史叙述の欺きという主題を考えたことのあるものなら、西田のこの考察の徹底ぶりに驚嘆するだろう。
 高山大毅の論に影響されていることも隠さない潔さ。これは高山の論文に「断章取義」を取り上げたものがあり、そこから自身の方法を「断章取義」と規定したのではないかという私の推測。「あとがき」でそれを告白したも同然(もちろん告白というスタイルではない。私の勝手な読みだ)。だがこの「断章取義」が、西田の論をメジャーにしえない原因であることも確かなのだ。西鶴でも秋成でも宣長でも徂徠でも羅山でもいいから、じっくり論じていただいたら、という気がしないでもないが、やはり「断章取義」が西田の真骨頂なのであろう。
閑山子さんのブログで、日本思想史の方での反響は如何にということが書いているが、日本思想史側では西田先生の本はあまり関心を持たれていないだろう。切り口があまり「歴史的」には見えないということ、そしてテーマがあまりに独自で、問題を共有するレセプターがないということである。繋ぐとしたら高山大毅のような仕事だろうか。あー、その高山大毅の本についても、書いてないままだった。慚愧慚愧。

以下は、私が近畿大学文芸学部の紀要に2008年に書いた西田耕三論である。ご興味のある向きはご笑覧いただきたい。あんまり抜き刷りを配ってないんで。
あれから西田先生は3冊の論文集を刊行した。まだ未収録の論文も結構あるから、今後も勢いは止まらないはずだ。

生涯・万物の霊・主人公
         ―西田耕三の「起源」―
はじめに

 西田耕三の研究の特質は、文芸の主題の成り立つ所以を発見し、その所以から文芸を説明してみせるところにある。その所以は、「起源」とも「条件」とも呼ばれる。そして文芸を説明することは西田にとって人間を説明すること、世界を説明することと同義である。文芸はそのための通路にすぎない。なぜ文芸を通路に選ぶのか。文芸は現実に基づき、現実を描き、現実に存在するにもかかわらず、それ自体は人間によって創造された虚構である。だがそれは夢と同じように、確実に我々の現実に浸透し、我々を翻弄し、感動させる。精神分析学者が夢から人の無意識を探るように、西田は文芸から世界の成り立つ根拠を求める。それは常人のなしうるわざではない。
 しかし、それが抽象的、観念的になることを西田は極力忌避する。たとえば「起源」や「条件」を自らの作った記号によって説明することは絶対にしない。西田によれば、文芸の主題の成り立つ「条件」、つまり文芸の「起源」は、物語において「生涯」であり、日本近世文学においては「人は万物の霊」である。この聞きなれたことばを根幹にすえて、西田は文芸の闇に光を当ててゆく。

生涯

「生涯としての人間」は、「物語の条件」であると西田は『生涯という物語世界 説経節』(世界思想社、一九九三年)で言う。「生涯としての人間」とは何か。
 説経とは、神仏が「ひとたびは人間にておはします」時の物語である。そこにはきわめて人間的な物語が展開されるにもかかわらず、それはあくまで、「神仏がかつて人間であったときの物語」である。〈神仏になるための受苦〉という貴種流離譚の型も思い出されるのだが、説経の物語は、人間が神仏になる物語ではない。あくまでも人間の物語として自立しているのである。
 そういう、説経を説経たらしめている形式とは、「神仏の因位(神仏になるための修行期間)の物語」という構造から、「神仏の」の部分を剥離させたものである。それが「生涯としての人間の物語」の謂いなのだ。
 「生涯」とは、人間の一生を意味する言葉ではない。存在ではなく、存在の形式のことであるという。西田はその考え方として、「世界の起源としての神仏」、「神仏の起源としての人間」、「人間の起源としてのX」を提示して、このXこそが「生涯」なのだという。「生涯とは、世界にも神仏にも根拠をもたず、しかもそれらに匹敵しうるもの、人間がみずからのうちにのみ根拠をもち、この世において何かの起源としてあるそのあり方のことである」。生涯とは自らの生を、生の外から見つめる意識である。「生涯の恥」「生涯の恋」というような言葉がある。その心情的感情的側面を表現するのが和歌であるとすれば、「生涯」に構造を見出し、「ひとたびは人間にておはします」と限定することで、胸を打つ物語を現出する語りが説経節なのである。つまり「「生涯」とは人間の条件であるとともに、物語の条件でもあった」。
 西田は本書で、「Aの起源としてのB」という言い方をした。「起源」とは、AをAたらしめているものであり、それがなければAではないものである。つまり「条件」と置き換えられる。本書の最後に西田は「物語の条件」という見出しをたてた文章を載せる。もともと西田は説経というより物語そのものを問うているのである。本書の「あとがき」に西田はかつての自らの論文を挙げ、このようにいう。
  説経正本に残された物語を申し子譚と欠親譚に分け、申し子や親のない子を、現実に
  十全な根拠をもっていないという意味で幻想の存在と名づけ、幻想の存在が現実に定
  着するために恋愛があった、と考えた。
これを読んで私は身震いした。説経のみならず、すべての物語がこの定義で説明されてしまう。折口信夫の「貴種流離譚」と同じくらいに明晰であり、「貴種流離譚」以上に普遍的ではないだろうか。しかし「幻想の存在」とはいわば記号である。西田はそれが自己完結することをどこかで気づいていたのではないか。驚くべきことに西田はそれを捨てる。記号論的思考との別れだろう。
 だから、西田はさらに物語の起源を問うた。それは人間の起源を問うことと同義であった。「生涯」は、「幻想の存在」のようにわかりやすくはない。それは自明なものとして存在するにもかかわらず、物語を読むという行為をいくら積み重ねても決して西田のようには、発見できないのである。なぜならそれは一見不可解であり、いったん西田の思考回路をたどらないと把捉できないものだからである。そこに西田の国文学者としての特異性がある。西田の論を読み進めていくと、きわめて唐突に、カントの『純粋理性批判』を読んだ時に近い感覚がよみがえってくる。自明なものの根拠を徹底的に問い、従来見えなかったものを取り出して見せる西田の論は、記号を決して作り出さない説明をすることにおいて、きわめて禁欲的であり、奇跡的なのである。
 本書の最後に西田は言う。
  時代はゆっくりと転回する。幕藩体制の強化と儒教運動の浸透によって、「人間」は
  「生涯」の懐から離脱し始める。「人間の起源としての生涯」は古層に沈み、新たに
  「生涯」の起源が探し求められる。そのようにして「万物の霊」としての人間が登場
  してくるのである・

人は万物の霊

 この結びはこれから見る西田の主著『人は万物の霊』(森話社、二〇〇七年)の内容を予告するものでもあった。『人は万物の霊』の副題は「日本近世文学の条件」である。西田の考察が中世的なものから近世的なものへ向かうこと、それは「生涯」の起源を探し求め、それを表現した近世文学を近世文学たらしめたもの、すなわち「人は万物の霊」の認識が、いかに文芸に広がっているかを見定めることに他ならなかった。「生涯」に次ぐ、人間の根拠、物語の根拠の発見である。
 「万物の霊」とは何か。「霊」とは「上澄み」というほどの意で、「万物にすぐれてたうと」(『和俗童子訓』)きことである。人は「万物の霊」であるがゆえに貴い。その根底は人が社会性を持ち、倫理を認識しているところにある。そうでなければ人は「万物の霊」たりえない。「万物の霊」であることによって人間は、天地の目に見える徳(日月の運行のごとき)と同じように、目にみえぬ徳を、この世に実現しなければならない。天地と万物を媒介する位置に人間は立っている。しかし「万物の霊」はそれだけで立派なのではない。
 「万物の霊」の根拠である、知や心というものは、常に転落の危機に瀕している。なぜなら「人は動物(うごくもの)であり、善に動かざる時は不善にうご」き、「種々転変して止ざる者は人の心」(佚斎樗山『天狗芸術論』)であり、「心は善悪二つの入物」(西鶴『懐硯』)だからなのだ。人は知あるがゆえに貴いが知あるがゆえにあさましい(西川如見『町人嚢』)。それゆえ常に知を正しく明らかに保ち、心を修めなければならない。つまり人が「万物の霊」であることと教化の問題は切り離せない。
 人が「万物の霊」であるという前提のために、教化が必要となり、教化の道具として文芸が用いられる。私なりに贅言すれば、これが載道主義的文学観であり、日本近世における文学観の基盤である。そのスローガンの中心に勧善懲悪がある。しかし教化の意識が剥落すれば「万物の霊」はたとえば悪の根拠づけにもなる。文芸がそれを描けばどうなるのか。
  文学史の領域において言えば、「万物の霊」であるという人間像をめぐる教化の意識の 
  剥落は、仮名草子と総称される近世前初期の文芸が、西鶴をはじめとする浮世草子に
  転換していく重要なモメントであったと考えられる。
 諧謔・滑稽が「人は万物の霊」にまつわる教化意識を剥落させていく。「人は万物の霊」といって自慢している人間は滑稽ではないか。そう『町人嚢』が言うのを西田は見逃さない。もともと「人は万物の霊」と言ったのは人間である。そういう自意識から現実に返った時、人間は滑稽な存在に映る。西田はそこに近世文学のいまひとつの特徴である滑稽を見出す。つまり「万物の霊」の揺れの両端に教訓と滑稽があるというわけだ。「教訓」と「滑稽」を近世文学の特徴というのは中野三敏である。西田の論は、意識的か否か、中野の見取り図の上に重なっている。
 「人は万物の霊」の前提によって、人間は滑稽・諧謔に堕する可能性がある。伊藤仁斎はそれを克服するために、「人は万物の霊」を人間の目的とした。荻生徂徠は、人と天地(聖人)を切り離し、ついに「人は万物の霊」を無化した。これで人は楽になり個性を伸ばせばよくなる。賀茂真淵は、「知」を乱用した人間の堕落を説き、人間が万物とともに生きた古代を理想とした。つまり「万物の霊」の否定である。だが、それにもかかわらず、彼が近世的な認識者であるのは、人間を万物の中において捉えようとするからである。西田の解説は明快だ。
 もうひとつ、西田が文芸を捉えようとする切り口に死活の説がある。死活の説とは、常に先行する思想を死(悪)、自説を活(善)とする。「死活に本当の意味を与えるのは、新しい活の場の発見」である。言葉というものはそれ自体は活物ではないが、その使い方によって活き活きとする。浄瑠璃の人形と同じである。たとえば伊藤仁斎は、心を活物だとし、宋学・老荘・禅のような心の死物化を批判する。仁斎は、心は活物だといい、心を現実の人倫の「場」に解き放った。人倫という場が、仁斎によって発見された場だということになる。三浦梅園は、天地万物の生成の場を発見した。これは原子のような「中の一点」の設定に基づく。こうして時間的空間的に限定された世界観が、生々してやまない世界観へと変貌する。こういう仁斎や梅園の現実認識(場の発見)が、近世文学の作者たちにもある。そのように西田は述べて、西鶴の例をあげる。たしかに西鶴は、死物を活物にする天才である。それは解釈可能な日常世界が、いつ不可解な非日常に反転するかわからないということを我々に教えるという点で、戦慄的である。本書の第五章はそのような西鶴の技法に迫るものだ。
 「透視の欲望」。「透視」とは「見通す」こと。つまり占いなどの見なぞらえ(作意)によって、潜在的なものを顕在化することである。潜在的なものとは何か。それは好色や金銭や人の心という普遍的なものであるが、それが個別特殊な具体例を通してしか透視できないため、その普遍の確認のために透視は繰り返される。透視とは表現者においては言葉であり、透視行為とは創作である。潜在的なものが欲望であり、それを顕在化するために言葉によって次々と作意するところに西鶴の特質がある―そういう西田の西鶴観は、潜在的な欲望のあらわれとして夢を解釈し、それを大量の個別特殊な具体例によって示すフロイトの『夢判断』に、西鶴文芸を「見なぞらえ」ることではないのか。もちろんそれは西田自身の西鶴透視の欲望でもある。言い換えれば西鶴の欲望の透視だ。「見なぞらえ」ることによってなんでもないこと(死物)が動き出す。これを可能にするのが虚構力、つまり文芸の力である。そこに西鶴の面白さがあると西田は言う。それは西鶴と同化した西田の言葉である。
 ここで細かく述べる余裕はないが、以下「狂乱」「演技」「細工」「人形」「物真似」らが西鶴文学のキーワードとして取り上げれらている。西鶴を透視するために西田が用いる占いの道具(言葉)は、すべて死活と関係がある。それらは文芸とほぼ同義である。死物を活物にすることで、西鶴は現実の人間が読んで飽きないバーチャル・リアリティの世界を創造するのである。
 個別特殊の具体例は芭蕉にも及ぶ。芭蕉はどういう常識やスケールを持っていて、そこからどう工夫したかのか。西田はそのように問う。工夫そのものに関心があるのではなく、常識やスケールに関心があるのだ。この場合スケールとは世界がどのように作られているかという見方のことであり、「鳥啼き魚の眼は泪」の句はそのスケールを転化したものだという。中峰など禅僧の語録に探し当てられたスケールとは、要するに世界を活物として見る見方のことである。芭蕉の創作以前に、芭蕉の脳裏に浮かんでるはずのそのような風景を西田は想像する。芭蕉の句や言説を読みこみ、その背後に芭蕉の常識とスケールを探し当てようとする志向。これもまた、透視の欲望に他ならない。

主人公

 ところで、本書第四章「創作の条件」の第一節に「仮名草子の主人公」という論文がある。一九八七年初出のこの論文こそ、言うまでもなく、西田の第三の単著である『主人公の誕生―中世禅から近世小説へ』(二〇〇七年、ぺりかん社)へ向けた胎動だったのである。
 『主人公の誕生』の「あとがき」に西田は書いている。
  二十年前、本書の発想のもとになる文章を書いた時、稲田篤信氏(首都大学東京)が興   
  味を示してくれたことが記憶にあり、数年前、もっと敷衍してみたいと思い立った。
 「仮名草子の主人公」で西田は、『為愚痴物語』に出る、「万法とだって侶たらざるもの、是何人ぞ」と質され、答えて「本来の面目」「金剛の正体」「仏心仏性」「真如の月」とも名付けられる「主人公」に注目し、仮名草子はこの「主人公」を可視化したものであるという。「主人公」とは本来は見えないものだが、その人の個的存在を根底から規定しているものである。それは世界の中で生きつつ、世界の中で孤立している存在であって、現実的存在ではないが、文芸的には可視化される。つまり、一休・竹斎・楽阿弥・浮世坊らがそうなのである。『主人公の誕生』によれば、苦沙弥先生の前に現われた「吾輩」という猫もまた「主人公」である。西田がこれを抽出したことによって、私たちは近世文学の中に、飄然として滑稽と転変の境地を生き続ける「彼ら」が頻繁に登場することを認識できるのである。それらが「万物と侶だつ」以上、万物との触れ合いの中においてのみ「主人公」のあり方は決まる。「人は万物の霊」との関わりがここにある。
 『主人公の誕生』において「主人公」は、より徹底して、その概念の淵源である禅の語録から探索される。印象的な瑞厳の自問自答。現実にとっては虚構であり、虚構にしては現実的である「主人公」の存在は、「岩鼻やここにもひとり月の客」の去来句における「ここにもひとり」の存在のようなものである。それは天に則る存在でありながらも我そのもの、あるいは我を映すものなのである。結果として、リアリティでもなく、教訓でもない、近世文学のとらえ方を西田は提唱しているのだろう。
 そのようにとらえた時に私が想起したのは、秋成が七十歳の記念にと高橋道八から贈られた自らの陶像である(現西福寺所蔵)。この陶像、贈られたたときに「にくさげなるもの」と秋成は感じ、「あはれ破れくだけよかし、土にかへらむを」と思いながらも「えこぼたぬ心きたなさよ」と述懐する。「ああいっそ死んでしまいたいのに、その勇気もなく在りわびている」という含意があるが、その像は土で作られ、いずれは土にかえるものという認識、つまり天地とともにあり、それでいて秋成自身であるところが、あたかも「主人公」が可視化した姿に映る。そして、秋成が随筆などで描く自像は、どこか操作されていて、秋成というよりも秋成の「主人公」を描写していると言うべきだろう(そういえば、西田耕三じしんが、西田耕三の「主人公」を生きているように見える。その特殊的個別事例は枚挙に暇のないところだが、ここはそれを述べる場所ではないだろう)。

西田耕三の「起源」

 このような西田の近世文学論が、際立って思想的色彩を帯び、ラディカルであることを誰も否定はしないだろう。一方でその文体は非常に禁欲的であるようにも見える。それはなぜか。「その由来を尋ぬるに」、私たちは、「日本文学」一九七九年二月号の西田耕三「松田修の存在」に行き着くのである。当時西田はまだ三十代、『平家物語』や説経・近松を論じていたころだ。この松田修論は、鮮烈なロマン希求者としての松田がそれゆえに「何でもない日常にひろがる現実的な自己矛盾、平凡な現実な人々を待ちかまえる大小の陥穽」への興味が希薄であることを指摘する。その記号論的発想は実体から遊離し、現実を断片化せざるを得ない。それでも、松田の記号論的発想は、外在的なものではなく、たとえば吉野系と熊野系という対比は、「記号論的発想から出てそれをこえる確かさを持っている」という。そしてこのように結ぶ。
  国文学界の貴種である松田修が開拓した豊饒な世界を、単なる断片ではなく全体とし
  て現実につなぎとめるためには、やはり〈感性的実体〉というものを想定し、そこに
  くみこんでいかなければならないだろう。そういう領域を私はひそかに感性起源論と
  名づけている。
ここに西田のその後の歩みが予告されていたと見ることができるのではないか。あくまで実体にとどまるために、浮遊した概念を用いず、人間の中身から構築していく西田の文学論・文学史論。それがいかに困難であるにも関わらず意識的に選ばれた方法であるかということを、私は今回西田の著書を通読して痛感したのである。
 「死活の説」。西田の方法にあてはめれば、記号論的発想は〈死〉であり、人間を現実の中の存在として、動くものとしてとらえることが〈活〉である。もちろん〈活〉とは、〈死〉を〈活〉かすのである。仁斎と朱子学の関係がそこにある。しかし、そうであれば、なぜ超克すべき存在が松田修だったのだろうか。松田修は朱子のような正統ではなく異端なのではなかったか。
 そこで私はひそかに物語を妄想する。それは次のような物語だ。西田耕三は実はポストモダンの感性の人だった。あるいは西田自身が気づかない西田の「主人公」がそうだったのかもしれない。松田修の中に西田は自らを発見した。たとえば「申し子」を「幻想の存在」と名付けるような自らの感性をである。西田はそれが実体から遊離していると確信する。そこから西田独自の近世文学の起源探しが始まった。それが「感性起源論」の領域だ。西田が「起源」や「条件」という言葉を用いるのは必然である。そして起源の物語である説経節から「感性起源論」を始めたのもまた必然である。生涯・万物の霊・主人公は、日常的なことばであるとともに、歴史的なことばであり、また文芸的なことばである。それを探し当てた西田耕三が、物語研究の申し子であるのなら、彼が書くことによってしか現実に定着できないのもまた必然であったのである。
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2017年09月20日

関ヶ原

読書の秋とか、芸術の秋とか言うけれど、読みたい本やら、見たい展示やら、映画やら、演劇やらが目白押し。なのに・・・、とあとは言うまい。
ともあれ、短くとも、一つずつコメントしていこう。
まず、映画「関ヶ原」の封切のタイミングで刊行された、勉誠出版のアジア遊学シリーズの1冊、井上泰至編『関ヶ原はいかに語られたか いくさをめぐる記憶と言説』(2017年8月)。
井上さんの編で、秀吉の虚像と実像に、史学・文学双方から迫った本が少し前に出たが、本書は、関ヶ原合戦に関わりの深い武士たちの、実像よりも「イメージ」形成、あるいは彼らの語られ方(歴史叙述)に焦点を当てたもの。
各論者に共有されたという、(近刊が予告されている)『慶長軍記』が各論考を横断し、重要な役割を果たしている。
冒頭の井上さんの論。中野等さんの『石田三成伝』の第9章批判で、どちらかといえば中野さんの良心的措置で、これも不十分ながら書いておかねばなるまいとして付した、三成イメージ形成史の章への、異義申し立てのスタイルを敢えてとる。三成評価は、19世紀ではなく、17世紀から始まるのだという点を特に強調している。中野さんとしても、不十分なところは自認しつつ書かれたものなので、「テキスト批判」としての論述は、中野さんにちょっと気の毒な気がするが、歴史的事実とイメージ形成の両方に目配りするという点では、中野さんの著書とあわせて、「石田三成の虚像と実像」が浮かび上がると言うことだろう。
 歴史叙述が宿命的に偽りを内包するというテーマは秋成の晩年の執筆倫理の問題と関わり、これがまた、西田耕三氏の新著に論じられるところだが、この話題は別エントリーとしよう。
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2017年09月08日

男色を描く

染谷智幸・畑中千晶編『男色を描く 西鶴のBLコミカライズとアジアの〈性〉』(勉誠出版、2017)。
わが誕生日に刊行してくださってありがとうございます(笑)。
BLの世界が盛り上がっているのはなんとなく存じ上げておりましたが、西鶴の男色大鑑のコミカライズが大いに注目を集めて、本も売れているというところにタイミングを合わせて、非常に面白い本が出ましたね。
これは、学術的成果をわかりやすく一般に伝える、というようなスタンスではなく、むしろBLあるいはLGBTの盛り上がりをそのまま紹介するというスタンス。そこに学術的な視点もあるが、執筆のありようは自由である。結果として、従来の学術的方法への批判にも、警鐘にもなっているが、あまりそういうことを考えずに、面白くどんどん読めてしまう。
本の工夫のひとつとしては、「です」「ます」体での統一。これは効果を上げている。そして染谷さんや畑中さんらの繋がり繋がりで執筆者が選ばれているが、その繋がり具合が、2つの座談会を求心点として、なにかの枠を突破するような世界を出現させている。
坂東実子さんの「鳥の文学」というテーマにかなりドキリとした。まさか最近飛行機でヒッチコックの「鳥」をみたからでもあるまいが。古典のコミカライズの問題は、日本古典文学研究とジャパノロジーを繋ぐ問題であること、外国の日本研究をしている学生と話したりすると痛感するが、次世代研究者世界には大きな分野になる予感がする。
いずれにせよ、この男色の問題は、いろいろな入口から入れるし、深めることも広げることもつながることも、いままでとは違うやり方でできそうだ。できそうだというのは、自分には出来ないのでやや羨望の混じった展望なのだけど。
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2017年08月13日

『江戸人、唐詩選に遊ぶ』

久留米大学の大庭卓也さんが、いい仕事をしている。
昨年、久留米大学御井図書館で行われた、「江戸人、唐詩選に遊ぶ」の展示図録。
中に収まる大庭さんの論考と合わせ、江戸時代における『唐詩選』受容研究の、現時点での決定版と言える。
江戸時代における80種類以上の「唐詩選」を確認するなど、長年の『唐詩選』受容研究の成果が遺憾なく発揮されている。特論「和刻『唐詩選』出版の盛況」は圧巻である。また『唐詩選画本』初編の存在が重要という指摘を踏まえ、その影印と翻字を掲載、中身の濃い展示図録である。
関連業績として、「補説・『唐詩選画本』成立の背景」(「久留米大学文学部紀要 国際文化学科編 32.33、2016年)




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2017年08月08日

真山青果旧蔵書

5年前に始まった真山青果旧蔵書調査、古典籍の方は終了した。
膨大な自筆稿本・研究ノートを含む近代資料は、まだまだ。
今回、私は古典籍(というより古文書)27点調査したが、ほとんどがある幕臣の写した幕末の幕府関係資料。戯曲創作の資料なのかどうなのか。
去年冬の国文研での展示・一橋会館でのシンポジウムを踏まえて、真山青果の業績を再検討する機運も高まって来ているようである。
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2017年08月06日

騎士団長殺し

村上春樹の『騎士団長殺し』。下巻途中まで読み、長いこと中断していたが、ふと再開して読了した。『海辺のカフカ』や『1Q84』に比べると、やや地味ではあるが、スピリチュアルな志向性は、少し強まったかという印象である。展開される深刻ぶりながらも諦観性の濃い議論や思考には辟易の感が否めず、放棄してしまいたくなったが、秋成の『春雨物語』の一編である「二世の縁」が重要なモチーフとなっていて、単なる趣向に止まらない。最後まで読んでみると、私の勝手な読み方に過ぎないが、春樹の「二世の縁」解釈としての小説、あるいは、春樹の秋成テクスト(特に雨月・春雨)解釈としての小説として読むことができそうである。芸術論としては「夢応の鯉魚」にも関わるだろう。ネタバレになってはいけないので、これくらいにしておくが。

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2017年07月30日

雅俗16号

『雅俗』16号が届きました。九州大学の川平敏文さんが事務局を担当している雅俗の会が刊行している。第1期はやや縦長の唐本を意識した書型で10号で完結した。その後、デザイン・書型を一新して第2期を、年1回で刊行中である。
 この私的ブログでは、私の知っている方の原稿を中心に取り上げることになり恐縮だが、何度も言うように、このブログは、あくまで研究に関しても私的な感想を書いているのであるから、お許しいただきたい。
 今号は、前号の合山林太郎氏に続いて、山本嘉孝氏が袁中郎受容の一つとして樫田北岸の挿花論を取り上げている。近世漢文学研究は、世代交代の波が来ていて目が離せないところだ。それに比べて、和歌の方では、若手があまり出てこない印象である。しかし、中山成一さん(この方が若手なのかどうか実はよく知らないのだが)と言う方は、佐賀の文芸と中央の文芸、堂上と地下、和学と史学など、様々な意味で越境的な考察を意識しておられるようで頼もしい。ほぼ毎号投稿される西田耕三先生、少しも衰えを見せていない。園田豊さんの復活も嬉しい。村上義明さんは、和本リテラシー回復のための実践報告。そういえば近世文学会の和本リテラシーニューズも第3号で、様々な実践報告が載っているが、そろそろ、このような実践を1冊にまとめるか、WEBサイトにまとめるような企画があってもいいかもしれない。学ぶ側ではなく、教える側のための本である。
 そして、今号のハイライトは、中野三敏先生の文化勲章受章パーティでの挨拶の文字起こしである。福岡で行われたものだが、私は行けなかったので、とてもありがたい。先生は和本リテラシーに触れて『アプリで学ぶくずし字』を配り本に使ってくださったようで大変名誉なことだと思う。挨拶の終わりの方では、奥様との出会いにも触れられている。
 さらにさらに、入口敦志の壮大な学問エッセイ第3弾に、揖斐高先生のご研究ふりかえりのご文章も、読み応えがある。揖斐先生の卒論は、まさかの浄瑠璃、そして附論が広末保論とは。
 川平さんも、今号は特に自信満々の出来のようで、編集後記でも胸を張っている。いや、本当に。お見事。

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2017年07月29日

日本語の歴史的典籍国際研究集会

7月も終わりますな。昨日と今日、立川の国文学研究資料館で行われた「第3回日本語の歴史的典籍国際研究集会」に参加した。これは「みんなで翻刻」の24時間放送企画と完全バッティングであった。「みんなで翻刻」にもちょっと誘われかけていたのだが、残念。昨日、寝る前にちょっとニコニコ放送を覗いてみると、加納先生と古地震研究会のメンバーが、資料を翻刻しているところだった。(夜中の1時半頃か)マズイ、これは見入ってしまう。「あー、そこは・・・」と思っていると、コメント機能に気づき、しばらくコメント民となって、いくつか口出しをしてしまいました。と、寝ないといけないと思って、○時○分に目覚ましをかけて寝たところ、○時○分後でかけてしまったようで、大変なお寝坊をしてしまったのは申し訳ない。
国文研のNW事業の研究成果発表の場でもある。NW事業の中の、「観光文献資源学」のプロジェクトに関わっているので、その研究打ち合わせも兼ねている。2日間の発表。初日は文字認識の研究の進み方の速さに驚いた。研究とスピードというのは、文系では馴染まない、むしろ相反するものと思っていたが、この事業ではいたるところ文理融合がキーワードになっている。どうしても置いていかれる感が否めない。観光文献資源学では、私も去年から立ち会っているアロカイ先生の「デジタル文学地図」構想の発表と、椙山先生の石碑調査の発表があった。無縁墓となった墓の碑面をタブレットで撮影するというのは「アッ、なるほど」と思った。文学地図と石碑分布はコラボすると面白い。そういう話もすることができた。
2日目、佐藤悟さんの「絵本としての草双紙」は、草双紙の基礎知識から説き、エキサイティングな説に至る展開で面白かった。あとは折本についてのセッションは、佐々木孝浩さんと、ハイエク先生・ビアンキ先生のこれも基礎的なところから、最先端のご研究の披露まで明快な展開で素晴らしかった。他のご発表も興味深いものであった。



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2017年07月16日

『柏木如亭詩集2』に思う

 今から40年以上も前、大学入学後の教養部の英語の授業の一つは、チョムスキーの生成文法の解説書か何かを読むものだった。無知で凡庸な私だけではなく、周囲もあまり面白いと思っていなかった。それが伝わったようで、その英語の先生は、生成文法のテキストを継続して読むのを諦め、英詩をテキストとした。文学部のクラスだから、これはまあ面白い。予習するときに、ちょいと韻文風に訳していたものを、授業中に披露すると、「おおおー」と声が上がって、それから、皆が、意訳もかまわず韻文調で訳すようになった。
・・・という昔話を思い出したのは(といっても私のことだから、正しい記憶かどうかわからない)、揖斐高先生の『柏木如亭詩集2』(東洋文庫、2017年7月)のあとがきに、漢詩の韻文体風現代語訳を採用しなかった理由について、記しているからであった。井伏鱒二の名人芸を挙げながらも、それは絶句だけであったのに対し、今回は、律詩や古詩もあること、さらに典故を織り込む必要、さらには如亭自身が、『訳注聯珠詩格』で散文訳をしていることなどから、散文訳を採用したというのである。
 研究者として誠実な方法だと思う。漢詩の英訳などの場合はどうなのだろうか。ふと思った。情けないことに、そういうものを読んだことがないのである。俳句は3行詩にすることがあるが・・・・。
 ともあれ、事実上の如亭全詩集(訳注つき)の完成である。慶賀慶賀。


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江戸遊里の記憶

 渡辺憲司先生の新著『江戸遊里の記憶―苦界残影考』(ゆまに書房、2017年6月)が刊行された。
 立教大学の出身である渡辺先生は、かつて山口県の梅光女学院大学で教鞭をとっておられ、私が大学院に入ったころ、九大の研究会にいらっしゃっていた。ちょうど渡辺先生の師匠である白石悌三先生が、福岡に戻って来られたころで、それもあったのかもしれない。研究会には早稲田大学ご出身の藤江峰夫先生(当時福岡教育大学)も来ておられ、お二人の掛け合いが実に面白かったという思い出がある。やがて立教大学に戻られるわけだが、その後のご活躍は、誰しもが知る通りである。『時に海を見よ』の名文は、多くの人に刻まれたことだろう。
 下関のご自宅にも、たしかまだ単身赴任でいらっしゃったころの東京のご自宅にも、なぜか寄せていただいたことがあるのだが、その時、新古典文学大系の仮名草子集のために集積されていた単語カードを見せていただいた記憶がある(以前にも書いていたか)。今思えば、あの膨大な近世文学カードをとられた松崎仁先生のお弟子さんだなあと思うわけである。
 本書は、渡辺先生が、全国各地の遊里を訪ねあるき、人々と触れ合った中での聞書を重ね、心は遊女によりそい、廓の光と影を感得し、優しいことばで綴られた研究エッセイである。講談社新書『江戸遊里盛衰記』をベースにしているが、改稿し、新稿を加えている。『放蕩虚涎伝』にいう「言葉やはらかに、苦界勤めの、辛からん事を人情深くはなすべし」という言葉を胸に刻んで書き残そうとしたという。
 言うは易し、行うは・・・と思う。しかし、これが出来るという点において、私の知る限り、渡辺先生の右に出る人はいないだろう。取材とか、フィールドワークとかではなく、廓の人との虚心の触れ合いの中でえた感覚が、本書を貫いているのである。剽軽で、ノリがよく、ロマンチストの渡辺先生には、遊女ならずとも、心ひかれた人は少なくないはずなのだ。
 

 
 

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2017年06月30日

河村瑛子さんの「かたち」考

国語国文つながりで、同じ『国語国文』(2017年5月)に、河村瑛子さんの「「かたち」考」が載る。
河村さんは名古屋大学の塩村耕さんの門下だが、現在京大助教。非常に優秀な方で、人柄も温和。
塩村さんから受け継いだ『類船集』を用いての語彙考は、今やお家芸と言うべきで、これがまた京大の学風と親和性が高いのである。今回の論考は、芭蕉の用いる「かたち」の意味を、明晰に論じたものだが、やはり『類船集』から入り、「かたち」という語彙の豊かさに気づかせてくれる。そう、「かたち」という語彙は、文学の普遍的な問題を考えるのにつながるので、単なる語彙考に終わらないのである。
ただ、願わくば、冒頭の『笈の小文』に戻って、その読解を見せていただきたかったが、それは読者への宿題だろうか。
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藤原英城さんの論文2編

優秀な日野龍夫門下の中でも、田中則雄・藤原英城・山本秀樹の三人は、大体同世代で、勝手に「日野門下三羽烏」と呼んでいる。それなりに交わりがあって、田中さんとは読本の研究会でご一緒したし、山本秀樹さんとは、秋成研究で議論を交わしてきた中である。そして藤原英城さんだが、京都の小説研究会で時々ご一緒するくらい・・・、ではなく、思わぬところでご一緒したことがあった。一つは私がK賞を頂いた時に、同じ賞を前年に取られた藤原さんも来てくださって、福田安典さんとともに2次会まで付き合ってくださったことがある。また、詳細な経緯は忘れたが、京都府立大学が韓国の研究者を多く招いて、寓言に関する研究会を催したことがあり、ロバート・キャンベルさんと、私が誘われて、参加したことがあった。その懇親会で話が展開して、今度は韓国の学会で「寓言」を特集するからということで、中国・韓国・日本の研究者が集まったのだが、日本からは藤原さんと私が招かれて、確か2泊3日した。向こうが用意したホテルの部屋がなんとツインだったので、かなり濃い記憶がある。初日は外に飲みに行き、2日目は部屋飲みした。そして帰りの仁川空港で、荷物を預けようとした藤原さんに、「その荷物だったら機内持ち込みできますよ」と要らぬ助言をしたために、藤原さんが手荷物検査口にその荷物を置き忘れて、探し回ったというアクシデントまで起こってしまった。また藤原さんの愛弟子の中村綾さんも研究仲間で、阪大で開催している読本の読書会に来てくださっている。この頃、おめでたいことがあったようである。
 と、前置きが長すぎたが、藤原さんの「恋文のゆくえー『好色一代男』巻1−2をめぐって」(国語国文 2017年5月)は、挿絵の「下げ髪の女」に注目し、同話に『薄雪物語』挿絵が示唆され、議論のあった「下げ髪の女」が世之介のターゲット「おさか」であると論証する。周到で説得力のある論である。
 同じく藤原さんの「二代目西村市郎右衛門の出版活動−その登場から享保年間までの動向−」(京都府立大学学術報告 人文68 2016年12月)は、私にとっては有難い報告。京の西村市郎右衛門の江戸出店西村源六は、佚斎樗山や常盤潭北の著作の出版をプロデュースしたと見なされるセンスのいい本屋で、私の奇談研究の原点になるキーパーソンの一人なのである。その源六の登場を、20数年前の私の調査では、享保11年か12年としていた記憶があるが、享保4年9月にすでにでていることが、藤原さんの調査で判明している。この源六についても、また別稿を用意されるということで大変楽しみである。
(前置きの方が結局長かったっす)

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2017年06月29日

『上方文藝研究』第14号

『上方文藝研究』14号が刊行されました(2017年6月)。
購読の皆様には、そろそろお手元に届くことと存じます。

今号のラインナップは、(副題等を省略)
【論文】
勢田道生「賀茂清茂の書物収集」
盛田帝子「光格天皇勅点高松公祐詠草」
近衞典子「秋成資料紹介―『鳴鶴園記』の世界・続―」
岡部祐佳「『万の文反古』「代筆は浮世の闇」考」
有澤知世「京伝『籠釣瓶丹前八橋』における〈絵馬の怪異〉」
服部仁「刊本『天竺徳平往来噺』について」
【特別掲載】
丸井貴史「都賀庭鐘『英草紙』の研究史と展望」
【連載】
上方文藝への招待(6)
山本嘉孝「第二回日本漢文学総合討論報告」

このうち、丸井稿は、金永昊氏との共著として韓国で出版された、『英草紙』の韓国語訳(注釈付)の解説部分を、日本語で掲載するものである。韓国で出版されたものであるが、最新の『英草紙』の研究成果が踏まえられており、大いに参考になるため、韓国語訳される前の日本語原稿をそのまま掲載した。韓国語版と対応するように、査読対象外としている。今号の論文6本は、3本ずつと雅俗のバランスがよく、図版も豊富である。合評会は7月に行われる。
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2017年06月25日

日韓怪異論

清泉女子大学「日本文学と怪異」研究会編の『日韓怪異論ー死と救済の物語を読む』(笠間書院、2017年5月)も、前の投稿と同じく、佐伯孝弘さんが関わっている。
清泉女子大学と高麗大学の研究交流で、彼方と此方で催されたシンポジウムを元に作った本だという。怪異文学を対象とし、テーマは「死と救済」である。それぞれの考察を通して、日韓の比較文化論の試みになっている。日韓それぞれ5編の論考が並ぶ。韓国側の論考は、日本語訳という手間もかかっているようで、その意味でも労作。韓国語版も刊行されたのだろうか?
シンポジウムではどういう議論があったのか、というのが気になる。シンポジウムでの議論というのは、活字化が難しいということは、十分承知しているが、どこかでそれが読めればありがたいことである。
ちなみに佐伯さんの論は、『万の文反古』の巻3の3の、佐伯さんのいわゆる「死なせぬ復讐譚」を取り上げている。



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2017年06月23日

古典文学の常識を疑う

自宅のPCをマックにした。日本文学関係のソフトはmacに対応していないものもあるからWindowsの方がいいという都市伝説を漠然と信じてン十年。しかし、昨年の、Windows7の機種使用者は、早くWindows10に乗り換えよ、という執拗でお節介な告知でさすがに切れた。ソフトや辞書類も、webに移行しつつある今、ストレスとともにWindowsに付き合う必要はないだろう。肝心な時に限って「ただいまプログラムの更新中です」とかなんとか言って仕事ができないとか、ずっとがまんしてきたけれど、もうダメ。私の残された仕事人生も短いのだしね。きっかけはアンドロイドのスマホの不具合で、iphoneに変えたこと。アンドロイドに比べると非常に快適でストレスがない。そんじゃPCも。ちょうどノートPCも、色々と不具合が出てきて、だましだまし使っていたところなので。
今のところ、マックなかなかいいと思います。PCに向かって罵声を浴びせるということがなくなった。
 さて、本題は、勉誠出版(ちなみにこの出版社名も辞書に入っていた)から出た、『古典文学の常識を疑う』で、奥付は今年の5月末。あちこちの学会で売れているというが、さもありなんだ。この本の緒言にも書かれているが、かつて、学燈社や至文堂から出ていた、国文学の月刊雑誌。その別冊などで企画されていた『古典文学の謎』とか、『古典文学のキーワード』とか、現在の研究の最前線を教えてくれるトピックについて、第一線の研究者が、4ページくらいの解説を書いてくれるやつ。それが久しぶりに出たという感じなのである。
 編者(4名)は上代・古代・中世・近世をそれぞれ担当しているようであるが、選ばれたトピックが、かなりよく考えられていて、現在の古典研究の状況がよくわかる1冊になっている。
 『万葉集』が「天皇から庶民まで」の歌集というのは本当か、とか中世が無常の時代というのは本当か、など、文字どおり常識を疑うところを正面からテーマとしてものもあるが、全体としては、それぞれの専門における現在の論点をトピックとしていて、「ここが知りたかったんだよね」というところをよくカバーしていると思う。
 私の専門でない時代で言えば、平安時代は一夫一妻制であるという工藤重矩先生の説のあと、この問題はどう展開しているのかということを知りたかったのだが、それもちゃんとある。『源氏』の人物論て今はどうよ、とか、
 もちろん、近世は私の興味もあってどれもこれもテーマが面白くてたまらない。執筆者もまた、定説に挑戦し、新しい研究世界を拓いてきた人ばかりであるので。佐伯孝弘さんのテーマ設定と人選がいいのだ。少なくとも古典研究者は、研究の今を知るのに必読でしょう。


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2017年06月20日

八犬伝錦絵大全

服部仁氏の監修・著による『八犬伝錦絵大全―国芳 三代豊国 芳年描く江戸のヒーロー』(芸艸堂、2017年6月)が刊行された。
文字通り錦絵でたどる八犬伝であるが、非常に構成がよく練られていて、八犬伝入門・錦絵入門にもなっている。
まずは、『錦絵 八犬伝へのいざない』という最初の文章で、読本の『八犬伝』絵師と、錦絵での「八犬伝」絵師は重ならないということを紹介する。なぜなのかを教えていただきたいところである。
ついで、読本八犬伝のあらすじが、錦絵とともに紹介される。次に、八犬伝人物相関図が、これまた錦絵「八犬伝犬の草紙」の絵を使って一覧できる。次に版本八犬伝の紹介。そして二次作品というべき錦絵・合巻・暖簾・双六・カルタなどの存在を明らかにし、その中のひとつである『雪梅芳譚 犬の草紙』の紹介。馬琴の生涯。国芳と国周の描く八犬士の肖像。そして絵師別名場面集。八犬伝の錦絵の中ではやはり芳流閣の決闘の場面を描くものが圧倒的に多いと言うことだ。さもありなんだが、600枚もの八犬伝錦絵を所蔵する服部氏が言うと重みが違う。絵師別に見較べるのは愉しい。さらに芝居絵八犬伝、刺青下絵師の描く八犬伝、3枚続きを中心に見ていく錦絵八犬伝ストーリー、パロディ八犬伝、双六八犬伝、見立八犬伝と、まさしく絢爛豪華な展開。本当に楽しく学べること請け合いである。
 ところで著者から伝言がある。ご本人は関わっていないということであるが、「岡崎市美術館で、〜7/17、「家康の肖像と東照宮信仰」展を開催しております。いけどもいけども家康ですが(終わりの方に、秀忠、家光etc.もありますが)、江戸時代の研究者は見ておくべきかと存じます」との事である。残念ながら行けそうにないが。
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2017年06月14日

御伽百物語

怪談好きは百も承知の「百物語」。江戸時代にはこの語を書名に含む本が数多く出た。太刀川清氏の正続の『百物語怪談集成』(国書刊行会、叢書江戸文庫)は、その代表的なものを通覧できる至便の書だが、注釈などはまだまだ進んでいない。青木鷺水の『御伽百物語』の、わかりやすい校訂本文、注、各話の丁寧なあらすじ、さらに典拠のあらすじを載せた本が刊行された。三弥井古典文庫の1冊で藤川雅恵編著『御伽百物語』(2017年5月)である。百物語研究を志している留学生がいて、私にとってもタイムリーな本である。それにしても、この本を廉価なソフトカバーで出すとは、素晴らしい企画。長年の研究を形にしてくださった藤川さんをはじめ、出版に尽力された関係者に深謝。
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2017年06月07日

中世和歌史の研究

小川剛生さんの『中世和歌史の研究―撰歌と歌人社会』(塙書房、2017年5月)が刊行された。
すでにネット上ではちらほらレビューも見られる。
予想に違わず、ずっしりとした重みと、鋭い切れ味を兼ね備えた、魅力的な研究書である。

小川さんの学風はみずから「歴史的・実証的」というように、和歌と政治の絡みを意識した史的展望に基づく厳密な実証なのだが、読んでいて、興奮を禁じ得ない。「膝を打つ」「目から鱗」の叙述が次々に展開する。
やはり、それは、問題の所在の指摘の鮮やかさである。

中世和歌史の研究は、傍目から見ても、いわゆる院政期から新古今時代が盛んに見える。しかし小川さんは、鎌倉後期から室町中期に切り込む。「形骸化したはずの和歌と官職によって辛うじて統一性が保たれていたとさえ思える」この時代の「撰集」という営為に着目し、骨太の和歌史構想を打ち出してくる。

誰も問題視しなかったことを論点とし、そこを起点に、最も適切な資料を材料に、緻密に、しかしスリリングに、知られざる事実を明らかにし、「撰歌」の持つ重大な政治性をも考察する。研究史への目配りは勿論、関連資料の博捜に基づく立論であることで、説得力が半端ではない。

 たとえば、撰集の中での四季部とそれ以外の意味など、事実の提示によって重要な指摘が裏付けられていく。それらから立ち上がる、小川さんならではの和歌史の新鮮さ。研究書として、あまりにレベルが高くて、絶句してしまうほど。

 本当に素晴らしいの一言。まだまだ筆に尽くせないが、とりあえずここまで。

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