2018年02月23日

Facts & Files 歴史研究をする会社

デジタルアーカイブ学会技術部会と人文情報学研究所の主催で、ヨーロッパのクラウドソーシングと日本のクラウドソーシングの現況についての情報交換などを目的とする懇談会が、本日、東京大学情報学環で行われました。まず、私が、くずし字学習支援アプリと、古地震研究会のクラウド翻刻.みんなで翻刻を紹介、そのあとFacts and FIlesのFrank Drauschke さんが、ヨーロピアーナという歴史史料デジタルアーカイブポータルサイトの活動について紹介しました。基本的にはEuが基金を出して運営しているようです。とても興味深いもので、特に第一次世界大戦のさまざまな記録や遺品を集め、公開しているeuropeana1914-1918(今年が終戦100年)、大戦の記憶をみんなで共有しようという壮大なプロジェクトの可能性に大いなる刺激と示唆を受けました。写真・遺品・日記・手紙などのデジタルアーカイブスが公開されています。そのうち特に日記や手紙は、当然ながら筆記体で書かれている「歴史的文書」であり、これを読める人が翻刻して呼びかけているのです。日本の「みんなで翻刻」プロジェクトに似ていますね。
このようなクラウド翻刻プロジェクトは、テーマを決めるとか、イベント性を付与するとか、ゲーム的要素を入れるとか、いろいろ工夫をすることで盛り上がるのではないかという意見が出ましたが、その通りだと思いました。たとえば国文研がクラウド翻刻に参加するのであれば、その豊富なコンテンツを生かした面白いテーマを考えることが重要ではないかと思います。その国文研館長のロバート・キャンベルさんも飛び入り参加して、核心を突いた質疑を行い、実に面白い懇談会となりました。フランクさんとは、英語で少し会話をしましたが、こちらの超へたくそな英語を忖度して理解してくれて、いろいろとコミュニケーションがとれたのは嬉しかったです。赤門前で記念撮影しよう!と言ってくださいました。
 食事しながら、さらなる情報交換を行いました。しかし新幹線の時間が・・・・。しかしフランクさんはドイツの方なので、再会を約して途中退席は残念でした!
 それにしても、Facts & FIles は、歴史研究をする会社なのですね。信じられませんね。

 こちらに紹介されていました。

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2018年02月20日

「みんなで翻刻」のすごい現況

 おはようございます。本日国会図書館関西館で、「司書と研究者のための日本関係資料研修」の一環として「くずし字学習支援アプリKuLAの挑戦」と題する特別講義を行います(一般公開、ただしすでに締め切っていますが)。その準備で、久しぶりに、クラウドソーシングとして注目を浴びている「みんなで翻刻」のサイトに行ってみました。登録だけしていましたが、はじめて翻刻も1文字だけやりました。(いままで古地震研究会が翻刻して見本として掲載していたものの1頁めの1字を修正)。これにKuLAの開発者橋本さんが「あっぱれ」をくれました。
  さて、「みんなで翻刻」はKuLAと完全連携していますが、「みんなで翻刻」に組み込まれたKuLAは「くずし字学習の基本」と「テスト機能」が、地震史料翻刻用にバージョンアップされています。前者は3部構成になって内容も歴史資料向けに増補、後者は続け字のテストもあり、パワーアップしています。実は私も昨日気づいたんですが(笑)。これはいずれスマホ版にも反映されるでしょう。そして、みんなで翻刻の現在を、コピペしますと、
現在の進捗(日次更新)
総入力文字数 3816851文字
(+14932文字)
翻刻完了画像 5198/6919枚
(75%, +32枚)
翻刻完了史料 410/470点(+1点)
参加登録者数 3836人

です。なんと400万字になろうとする翻字。ひとりで何十万字も翻刻している方もいます。400万字って原稿用紙1万枚ですよ!。1冊の厚めの本でいえば、50冊分です。こんなことは全く予想されていなかった。みんなで翻刻が公開されてまだ1年少し。みんなの力はすごいですね。古地震研ではもう出す史料がないという嬉しい悲鳴。ここは国文研などのオープンデータで翻刻のないのをここにアップしていけばいいのではないでしょうかね。仕組みをつくるのがむずかしいかもしれませんが、是非やっていただきたい。
 そして、みなさんも、是非「みんなで翻刻」をのぞいてみてください。
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2018年02月19日

江戸の学問と文藝世界

鈴木健一・杉田昌彦・田中康二・西田正宏・山下久夫編『江戸の学問と文藝世界』(森話社、2018年2月)。編者の5名が行っていた共同プロジェクトの流れからできあがった本。気になる論考が多いので、この投稿、あとで書き足す予定。新システムの初適用なり。
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備後俳諧人名録

田坂英俊さんの『備後俳諧人名録』(私家版、2018年2月)が刊行された。原則江戸期の俳人を集録。田坂さんは、秋成の歌文集の版下を作成した昇道の研究で、大きな成果を上げている方。私も昇道について調べたことがあって、それ以来、いろいろとご教示にあずかったり、ご本を送っていただいたりしている。ご住職であるが、地方文人のことを熱心に研究しておられる。このブログでも何度か登場されている方である。
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小津久足の書簡に『春雨物語』『雨月物語』のことが。

『鈴屋学会報』34(2017年12月)は、高倉一紀氏の追悼特集である。
それにちなみ、菱岡憲司氏が、資料紹介を寄稿している。
小津新蔵が川喜田久太夫宛に出した書簡。石水文庫所蔵。
ちょっと待って!
その書簡に、小津から川喜田に「さし上す」書目が列なるが、そこになんと『春雨物語』と『雨月物語』の名が。
伊勢商人たちの中で、『春雨物語』は往き来していた。備忘にこれだけは記しておこうと。
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岩波文庫版『雨月物語』

 近々ブログ開設10周年を迎えるが、当初は月に10回以上投稿、プライベートな出来事も書いたりしていたが、やはりここ数年は、投稿頻度が下がってきた。
 これは書かねばと思っていたことを、書きそびれることも少なくない。
 そこで、これからは、1行だけでも、タイトルだけでも書いておいて、時間が出来た時に、補記できればする、というスタイルにしたい。
 もともと、ご恵贈いただいた本を中心に、自分の関心に偏った情報・感想の提供が多いので、パブリックな性格はないことはあらためてお断りしておきたい。これは今後も同じ。しかし、できるだけ書きそびれることのないようにしたいから、その本を手にしたら、なるべくはやく書名だけはあげることにする。
 論文に関しては、特に私の関心を引くものについては書くことがある。

 というわけで、ここでは、長島弘明さん校注の岩波文庫『雨月物語』(2018年2月)をあげておきたい。長島さんといい、岩波文庫といい、まずは文庫版のベーシックである。角川文庫のように現代語訳はないが、丁寧なあらすじや解説を、過不足なく記し、最新の研究成果を取り込んだ無駄のない正確な脚注を付して、『雨月物語』を楽しみたい読書人にとっては、文句のない文庫版である。角川文庫とともに、大いに売れていただきたい。

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2018年02月09日

諸職名寄

 鈴木俊幸さんが、またまた貴重なデータを提供してくださった。
「諸職名寄」というもので、書籍・摺物の制作に関わった下職、すなわち、彫工(彫師)・摺工(摺師)・本仕立職(製本師)等のリストで、地域ごとに五十音にまとめている。もちろん単に名前と説明に終わるのではなく、根拠となるデータを示している。鈴木さんが現物や図版で実見したものである。丸山季夫の名著『刻師名寄』や『原色浮世絵大百科事典』の情報も取り込んだ、現時点で最も詳細な名寄ということになる。鈴木さんの5年にわたる科研研究成果報告である。
 作者や絵師などは採られていないが、本文検索ができるので、どういう彫師と相性がいいかなどがわかってくるまことに有益なものである。ちょっと今気になる絵師がいるのだが、どういう彫師と組んでいるかがよくわかった。
 媒体はCDROMで、PDFファイルだが、検索もできるし、図版のファイルもある。teXファイルもついているのできれいに印刷することも可能だ。
以下は鈴木さんの「例言」から引用。 
銅版師のほか、印刷・製本に関わる職である経師屋や摺物所、さら に摺物所の機能も併せ持つことを標榜している団扇問屋や草紙問屋、また版 木彫刻も行うことを表明している印判師についても極力拾い上げた。小さな 町、都市部から離れた所で、地域の需要に応じて印判を制作する職人は少な からず存在しており、彼らは版木の制作も行いえたのである。すなわち、本 名寄は、地域に備わる書籍・摺物の制作能力、その証跡を浮き彫りにしよう という試みである。
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『秋成 小説史の研究』書評カット部分

このごろ、2010年の秋成没後200年展について思い出すことがあった。高田衛先生がやろうと言い始めたのであるが、それについて少し書いたことがあった。しかしそれは字数制限のためカットした。ただあるところにそのことを載せたことがあった。すっかり忘れていたんだが、出てきたのでメモ代わりに載せておく。ここに載せておけばあとで拾えるので。
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高田衛先生の『秋成 小説史の研究』書評。9枚を6枚半に縮めた結果、最初の饒舌な部分をバッサリカット。

秋成没後200年を記念する展覧会を京都国立博物館でやろうという高田衛の掛け声で、秋成展実行委員会が発足し、私は関西在住ということで事務局を仰せつかった。その準備のため何度も京博と打ち合わせをし、委員会を開いた。京博との折衝は厳しいもので、2009年開催を2010年に延期することや、特別展覧会規模の展示は無理で、館の半分を使った特集陳列になることが決まりかけていたころ、東京での実行委員会で、高田は一枚のカラーコピーを我々に提示した。少し前に渡していた京博の全館見取り図のコピー。そのすべてを秋成の文事で満たした壮大な展示計画がそこにはあった。私は思わず息を飲んだが、それを実現することは、もう不可能だった。
 京博の半分のスペースを使って行われた秋成展だが、京博の情宣協力もあって、真夏の開催にもかかわらず二万人の来場者を集め、大成功だと言われた。しかし、高田の中では、自らの構想が実現できないとわかった時、自身が書くことでしか、秋成没後二〇〇年に決着をつけられないと思ったという。表現者としての高田の性(さが)。それが『春雨物語論』(二〇〇九年、岩波書店)であった。
 それから五年。高田は再び秋成研究書を刊行する。あとがきには「八十余斎」を名乗って。この号は秋成の号を借用したものである。養父の嘆願により六十八の寿命を加島稲荷に授けられたと信じていた秋成は、その年に六十八首の歌を奉納する。そこから後の秋成の人生は、余計な歳月=余歳(号余斎)だった。しかし、六十八歳以後の八年間に、いかに優れた文業が達成されたかを、秋成を知る人は知っている。「八十余斎」にこめられた高田の自負を思い遣るべきだろう。

この書評本体については、こちらに書いておいた。3年前である。

 
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2018年02月04日

日本文学・国語学の学生のためのデジタル・ヒューマニティーズ勉強会

大阪大学日本文学・国語学研究室は、国文学研究資料館古典籍共同事業研究センターとの共同主催で、標記の勉強会を開催いたします。新日本古典籍総合データベースの使い方とIIIFの使い方。

日時 2月14日(水)14:00 〜17:30
場所 大阪大学文学研究科本館2F大会議室

とくに歴史的典籍(古典籍)のデジタルアーカイブスを利用する人は、聞いておいて絶対損はありません。いや必須でしょう。貴重な情報とノウハウを得ることができるはずです。
勉強会には、USBメモリが接続可能のPCが必要です。それに加えてWiFiルーターをご持参いただくか、大阪大学またはeduroamのIDをお持ちの方がアクティブに参加できます。
国文学研究資料館共同事業研究センター特任教授の山本和明さんと、人文情報学研究所所主席研究員の永崎研宣さんに、レクチャーをお願いしております。かなり密度の濃い有用な時間になるはずです。
詳細は、チラシを御覧ください。
また、参加される方は、下記から登録をお願いいたします。

https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSekTmYJnT63cILSkPo9XiKmAJWaAcf-9Bi2VVOj6E3teiAr1A/viewform
ポスター案.jpg
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2018年02月02日

「近世小説を批評する」を批評する

風間誠史氏の『近世小説を批評する』(森話社)は2018年1月に刊行された。この書名は、馬琴の『本朝水滸伝を読む並に批評』を踏まえていつつも、研究ではなく批評なんだぞという強い自負が込められている。

風間氏は、近世文学研究のシステム化・情報化を一貫して批判する立場である。

端的に言えば、文学研究は「研究」であって「文学」ではなくなったのである。「文学研究」とは文献調査、書誌調査と注釈(語釈)作業の謂になり、あつての自己表現のための方便ではなくなった。

西鶴研究もまたそうであり、その結果「西鶴は私たちから遠ざかってしまった」。

のっけから近世文学研究の現状への批判である。風間氏はそれらの調査・注釈が、作品理解に貢献することなく、研究者間の自閉的な議論になっているという。そしてたとえば、冒頭の論では『武家義理物語』の一話を取り上げ、従来の注釈が、本文解釈に何ら関わらない注釈であって、謎の解明に貢献していない事例をあげ、「「研究」と読みの乖離」だという。
 その上で、風間氏自身の、阿部謹也(なぜかすべて「勤也」になっているが)氏の「世間」論の視座からの作品論を展開していく。この作品論は阿部「世間」概念を使わなくとも、オーソドックスでうなずけるところがあるが、風間氏は、この作品を、現代の問題に通じる主題を含むものとして読むべきだと主張しているように思える。それゆえ、阿部の概念が必要なのだろう。

 このような風間氏の論の進め方は戦略的で、注釈や書誌調査がくだらないもので、鋭利な問題意識に基づく読みこそ読みの醍醐味だという主張が、その実践とともに読者に効果的に伝わるように書かれている。しかし、注釈とは、もともと古典の世界に疎い現代人が、これを理解できるようにするインターフェイスであり、古典を現代的な問題意識で読むときにも、不可欠のものである。書誌調査も、実はその延長にある。風間氏が批判するのは読みに関わらない、過剰で無駄な注釈、注釈のための注釈、書誌調査のための書誌調査であろう。しかし、それとて、本当に過剰で無駄であるのかは、断言できない。
 また、これまでの注釈が納得いかないとするときに、それを覆すのは、新たな「読み」であるかもしれないが、新たな「読み」が根拠を持つためには、新たな注釈が必要であることは、一般的に言って認められるだろう。用例や典拠によって、その読みが説得力を増す。論文とはそういうものであろう。「読み」に結びつかない注釈はたしかにあるが、多くのすぐれた作品論は、新たな「読み」を提示するために、血のにじむような注釈作業を怠っていない。

 以上は別に風間氏の批判ではない。風間氏の真意(読みに繋がらない注釈はつまらない)が誤解されかねないという危惧からの発言である。もっとも、この本そのものは注釈的な部分をあえてあまり表には出していない。そして、この本に収められている各編は、批評として文句なしに面白いし、刺激的である。風間氏自身の感覚から出発しているだけに、たしかに論文というよりも「批評」なのである。批評ができる人はそうそういない。風間氏の文体はユニークだが、私には誰かの文体にどこか似ているという思いがあった。「白峰」を論じているところで、風間氏自身が『江戸を歩く−近世紀行文の世界』を「名著(だと私は思っている)」と断じているところであっと思ったが、それは板坂耀子さんであった。もちろんこれは私の感想にすぎないが、板坂さんも、作品を論じる際に、「えっ!」というような視点から書いていくことがあるのだが、それはもう板坂さんの読みの感覚からはじめているのである。

 そんなことを思いつつ、本書を読んでみた。とても批評とはいえないけれども、タイトルは洒落のつもりである。


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2018年01月22日

六人注『文選』

『文選』の岩波文庫版が刊行開始された。訳注者は川合康三氏をはじめとする6名。私の研究室のお隣におられる浅見洋二さんもそのお一人である。浅見さんは「勤勉」を自認されているような方だが、隣に住む私はその勤勉さをよく存じ上げている。毎日遅くまで研究室で仕事をしておられる。六人注『文選』と異称されるという岩波文庫版の『文選』注釈に関わっておられることは存じ上げなかった。
第1巻には川合氏による総合的な解説が付されている。『文選』の文庫化は初めてではないかと思うが、我々にとっては大変ありがたい。
解説のごく一部を引用したい。『文選』の収める「文学」の範囲について。
顕著なのは、公的な言語、実用的な文書のたぐいが多いことである。皇帝や皇族が下す命令書、臣下が上呈する意見書などが、それぞれの文体とともに文学作品として収められている。それは中国では実用的な用途をもった文章にも文彩を凝らすものであったからであり、また文学を担う人びとが政治の場でも枢要な地位あったこととも関わる。

さて、解説の最後に書かれているが、この訳注は六人が分担したのではなく、毎月1回集まることを数年重ねて、討議・修正を繰り返して成った訳注なのだという。したがって信頼度は非常に高いと思う。
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2018年01月09日

第4回わかりやすい文楽の入門教室(池田市)

近松研究所の水田かや乃さんからのご案内がありました。
1月27日、池田市の池田市立くれは音楽堂で標記の無料講座が行われます。14:00-15:00.
先着240名。要申し込み。

詳しくはこちら

以下案内から抜き書きします。
◆イベントの冒頭では、文楽を演じる技芸員(太夫(たゆう)・三味線・人形遣い)がわかりやすい解説をしますので、初心者や馴染みの少ない方でも楽しんいただけます。
◆文楽の体験コーナーも実施し、実際に人形をさわり、その重さや質感を体感します。時間に余裕があれば、太夫(たゆう)の語りや三味線の演奏にも挑戦していただき、悠久の時代を流れる浄瑠璃(義太夫節)の力強さと優美さを味わっていただきます。
◆教室の最後には、清姫が川を渡る「日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)渡し場の段(わたしばのだん)」の場を上演します。
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2018年01月08日

山本秀樹さんの「菊花の約」古意

毎年、新年に去年1年の業績を送ってくださる山本秀樹さん。そのひとつが「「菊花の約」の古意」(『岡大国文論稿』45号、2017年3月)。見落としていたのでありがたかった。
賀茂真淵の著作のようなタイトルだが、その立ち位置はまさにタイトル通りである。実は私も同じ立ち位置、つまり江戸時代に読まれたであろう読み方の提示なのだが、読みそのものは違う。といって対立しているわけではない。共感するところが多い。
 山本氏はいう。従来の読みとして取り上げるべきなのは木越治氏による、左門=「世間知らずの小児中坊的学者」という読みだが、実はそれは「読み」ではなく、「われわれ現代人はそれを肯定するわけには行かない、われわれはそれに付いていけない、という倫理「批評」だったと言わざるを得ない」と。そこまで私は言わない。浮世草子的な誇張された人物という読み方をされているのだと思う。ある意味、木越さんも「古意」なのだ。ただ、それを読んだ研究者の多くが、山本さんの言われる通りに、左門を批評しはじめたことは確かである。
 さて、その上で、義兄弟となった左門と宗右衛門が再会の日を定める場面を、「今まで一度も(従来の菊花の約論がしてこ)なかった」「テクストの論理に即して解説」してみせる。宗右衛門はなぜ再会を数ヶ月の後に設定しなければならなかったのかという問題は、これまで確かに論点とされてはいなかった。そしてその日をある一日に決めてしまうという要因に、身分差を考えるべきだというのも従来なかった視点である。身分差を超える要因に学問があるというモチーフは、「繋がる文芸」を考えている私としても興味深い。これらの解析は、批評的観点ではなく、「古意」を明らかにすると趣旨に基づいているという点で一貫している。この立ち位置での議論を深めることが、「テクスト理解の成熟」だと私も思う。
 文体は「山本秀樹節」というべきもので、そこはまた楽しめる要素のひとつである。
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2018年01月05日

『国語元年』解説を読む

あけましておめでとうございます。
本年の初更新です。

平成30年1月1日の日付で出た、新潮文庫、井上ひさしの『(新版)国語元年』。
解説を担当したのが、我が同僚でもあり、畏敬する後輩でもある岡島昭浩さん。
ネットの世界では、著作権の切れた書物のPDF画像を公開する「うわづら文庫」を主宰。その元になる青空文庫にも深く関わり、「国語学備忘録」などのWEBサイトなどでも知られる。
この解説を依頼したのが、新潮文庫編集担当のSさんらしいが、素晴らしい人選である。
この本には感想めいた解説ではなく、国語学の知識をきちんと踏まえた解説が絶対に必要だと思うからだが、実際岡島さんの解説は圧巻というべき蘊蓄に満ちていて、しかもこの作品をより深く味わえる情報を多く提供しているのである。
この解説にちょっとした既視感があった。井上ひさし作品のモデルや出典の詮索を楽しそうにしていくスタイル。ヒントはこの解説の終わりの方にある。井上ひさしは中野三敏先生と「国文学」誌でかつて対談をしていることを岡島さんは書いている(私も読んだが、「井上ひさし特集」の号であったその雑誌の対談では、中野先生が喋りまくって井上ひさしがほぼ聴き役という形になってしまった・・・。井上ひさしが希望して指名したということだったが)。中野先生は、井上ひさし『戯作者銘々伝』の文庫本の解説を書いた。原稿用紙30枚分くらいあったようだが、1日で書いたとおっしゃっていた。その解説は、それぞれのモデル・出典を次々に明らかにしていくというスタイルだった。岡島さんが解説を書くときに、この中野先生の解説が脳裏にあったのではないか?
なんていう憶測はともかく、この本は、本編と解説を両方楽しめる贅沢な本なのである。これは確かである。ちなみに岡島さんを起用したSさんも、岡島さんの(つまり私の)後輩に当たるのである。

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2017年12月22日

近世読者とそのゆくえ

鈴木俊幸さんの『近世読者とそのゆくえ』(平凡社 2017年12月)が刊行された。
講義や、講演などでよく出る質問として、「当時の人たちは、◯◯だったのですか」という類がある。
特別の才能を持つ作者たちの作品を連ねた「文学史」では、普通の町人や農民の教養、読書、勉強の仕方なんて、さっぱりわからない。これは、近世に限らないことだろう。
近年、しかし日本史・日本文学では、「読書」という行為に対する関心が高まっている。鈴木さんがその研究の牽引者であることは誰もが認めるだろう。その「よく出る質問」に、具体的事例を以って答えることができるのは、鈴木さんの研究成果を待って初めて可能となったと言えるのではないか。
日本文学の研究とは、まず作品、テクストを読むことであり、その注釈をすることであるというのが、常識的な見解だろう。鈴木さんは、それもきちんとできる方である。しかし、彼の真骨頂は、当時の人が勉強のために当たり前に読んでいた
本を正面から取り上げて分析するところ、あるいは、それをどのように読んでいたかを普通の人の日記から追跡するところである。
 また、そういう読書生活を明らかにするだけではなく、書籍の流通を極めて具体的に明らかにする。そのために使う史料は、思いもよらない、しかし普通のものだ。例えば葉書や営業文書などなど。そういうやり方が面白いということがわかって、初めてそれに追随する研究もたくさん出てきたのである。
 あえて言えば、鈴木さん以前でそういうやり方をしていたのは、浜田啓介先生ぐらいではないか。ともあれ、そのやりかたは徹底している。普通の作詩の勉強本である『詩語砕金』や『幼学詩韻』を1冊や2冊、私なんかも持ってはいるが、諸本をこれだけ徹底的に集めて書誌的に検討するというのは、及びもつかない。
 鈴木さんが明らかにしたのは、江戸後期から明治にかけての、普通の庶民たちの勉強への熱意、そして生業を務めることとのバランスの取り方である。特に後者に目をつけるのは、本当に当時に立脚した視点であり、なおかつ現代的な問題でもある。
 この本はこれまでとは全く違う方法で綴られた思想史であり、生活史であり、近代論でもある。まだ未読の部分もたくさんあるが、取り急ぎの感想を述べた。何せ600ページの大冊。しかし値段はリーズナブルである。またまたありがとうと言わなければならない。
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2017年12月18日

面接授業2017

この週末はH大学面接授業(いわゆるスクーリング)。1日4コマ(各85分)×2日。
申し込みが定員80名オーバーというありがたさ。受講生は10代から80代まで、全世代。
去年は秋成をやった。
今年は受講者が多分一度も読んだことのない、タイトルを聞いたこともないような本ばかりを紹介し、
彼らの人生に何の関わりもない文学史の話をする。

でも江戸時代にはこういう本が読まれていたんですよ、面白がられていたんですよ、なぜでしょうねと問いかける。
受講者が戸惑うような、受講者の期待を裏切るような、「妥協をしない」授業を心がけた。

予想以上の反応で、質問が続出。しかもポイントを突いてくるし、こっちの勘違いまで指摘してくる。
喉が枯れるくらいに、しゃべりまくったが、優しいご婦人たちが、「先生、これ、どうぞ」と飴をくださった。涙。

終わってみると、こちらが元気をもらいました。グッとやる気が。
感謝感謝。
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2017年12月17日

ありがとう『書籍文化史』

これが、ニュースなら、
『書籍文化史』休刊へ。鈴木俊幸氏19年にわたる献身的偉業。
という感じだろうか。21世紀とともに歩んできた、鈴木俊幸さん個人刊行の書籍文化研究誌が、一応終わるようだ。近年では、高木浩明さんの古活字版悉皆調査目録稿の巨弾連載が続いていた。
これも連載の、鈴木さんの書籍研究文献目録は、どんどん目配りが広くなって、こんな雑誌まで!と驚かされることが多かった。奥付は1月1日で、本当に元日に届くこともあったが、この頃は結構早く届く。「正月の草双紙売り」なんていう鈴木さんの論文も思い出されるところで、正月恒例のお年玉と言って良い刊行物だった。
かなり寂しい思いだが、本誌の兄弟とも言える『書物学』もどんどん成長していることだし、一区切りは、いいご判断かもしれない。ただただご学恩に深謝するのみである。
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2017年12月12日

兼好法師

小川剛生さんの『兼好法師 徒然草に記されなかった真実』(中公新書、2017年11月)
この本、中公新書で好調な中世本ベストセラーズの一冊になりそうな勢いで、好調なようである。
現在広く流通している兼好の出自や経歴は兼好没後に吉田兼倶が捏造したものだったという衝撃的な小川説は、すでに少し前から、国文学研究者の間では知られていた。角川文庫の小川さん校訳の『徒然草』で、それは一般の古典愛好家にまで広がったが、今回のこの本で、さらに数万以上の人々に知られることになるだろう。それが10万となり、もっと広がることが望ましい。そして、日本文学研究者・学生そして国語科の教員は、必読の書である。
この小川説については、かつてこのブログで触れたので詳細は繰り返さない。
だが、この本のすごいところは、それだけではない。兼好の正体を明らかにしたのは、小川さんの広大深甚な学問の氷山の一角で、たまたま表に出てきたものに過ぎない。
この本には、驚くべき博学博捜に裏打ちされた知見が、その一行一行に散りばめられているのである。もちろん、私自身が無知なこともあるが、のけぞったり、膝を叩いたり、電車の中で冷静な顔を装って読むのが辛いくらいの衝撃の連続であった。このブログを読むような人は、おそらくこの本も読むような人が多いだろうから、具体的にいちいち記すことはしないが、例えば兼好がみた「内裏」はいわゆる「大内裏」ではなく、洛中の廷臣の邸を借り受けた里内裏であったとか、古典和歌がほとんど題詠であり、本意を重んじ、個人の感動を詠まないのは、前近代は異なる地域階層の人とコミュニケーションを取れなかったことに答えがあるとか、さらりと書かれている。
 うなるポイントは人によって違うような気がする。私などがうなるところは、小川さんにとっては多分当たり前のことだろう。しかし中世文学の専門家でもうなるところはきっと多くあるのではないか。残念ながら、そこのところは門外漢にはわからない。もちろんこの本は一般書であるから、それでいいのだが。
この本は、学問というものが、どれだけ厳密なものかということも教えてくれる。それなのに、わかりやすく、面白い。
この本が売れているとしたら、日本の学問的良心は捨てたものではない。



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2017年12月11日

絵入本ワークショップX参加記

 12月9日・10日、実践女子大学渋谷キャンパスで、絵入本ワークショップXが行われました。私は、2回目の研究会参加、初めての発表。初めての懇親会参加でしたが、ものすごく楽しかったし、有益でした。
 実践女子大の渋谷キャンパスってすごく立派で綺麗ですね。打ち合わせの際に、主催の佐藤悟さんから、大英図書館での海外研修の際に、中谷伸生さん(関西大学)と出会って、毎日のように昼食を一緒して、文学と美術の話をしていたことから始まり、会費ゼロの学会運営を続けて今日に至る歴史を伺い、感銘を受けました。
 私は、秋成の風変わりな画賛をとりあげ(ひとつは履軒との合賛)、それについて美術史の専門家からご意見を賜るという目論見でしたが、その通りに、専門家の皆様のレベルの高い議論を伺うことが出来、発表後も貴重なご指摘を数々いただき、本当に感謝しております。佐藤さんからこの研究会は、学会ではなく、ワークショップであって、発表よりも議論が大事なんだと伺っていたのですが、その通りに「発表よりも議論が面白い」ことになって、その点では大満足。
 私は「イメージ」力がない人間で、絵について論じるということにこれまで臆していたのですが、やはり近世の文芸は、イメージ抜きには語れないですよね。そもそも同時代に即して考えようとすれば、テキストの文字そのものが図像的な意味をすでに持っています。また、作品の中に出てくる様々なモノのイメージをつかめてないと、テキストを読めるはずもないわけですよね。当たり前のことですが、無意識に避けてきたような気がします。このごろ秋成の晩年の文事を考えるには、それ抜きにはあり得ないと、そういう方向で考えはじめたのはやはり没後200年の秋成展がきっかけでした。それでも、実際の画のことになると、苦手意識を免れません。しかし今回のワークショップ発表で、本当にイメージは面白い!と心から実感できたので、自分の中でひとつハードルを超えられたかなと、思いました。まあ意識レベルの問題で、無知には変わりありませんが。
 初日は、佐藤悟さんの画題についての基調報告が、これまでの画題研究の整理をされると同時に展望を示されました。他に高倉永佳さんの高倉流衣紋道の貴重なお話。正田夏子さんの能装束の意匠と画題の話があり、余りにも知らないことばかりでしたので、驚きの連続でした。
 2日めも各発表・質疑が白熱しすぎて、大幅な時間オーバー。最後の中谷先生のご発表の質疑途中で失礼しました。どれもこれも、面白い発表でした。午前中は近代小説と挿絵のお話。お昼を挟んで大津絵の発表が2本。当時の普及の割には研究が進んでいないということですが、第一人者(横谷さん、マルケさん)のお二人の発表が聴けて有り難かったです。圧巻だったのは、江戸の幟のコレクター北村さんの発表。IBMを退かれた後に露天商をしつつ、幟を集めたという異色の経歴。79歳とは思えない溌溂さで、全く私たちの知らない幟の世界のお話を聞かせてくださいました。そして、実物の幟を次々に「展示」していき、会場はどよめき、ついに隣の教室で、臨時展示会が開かれました。このあたり佐藤悟さんの臨機応変な運営には脱帽です。岩切さんの武者絵における画題図像の要素というのは、武者絵の画題に必須のアイテムはこれこれと、具体的な事例を示されて、勉強になりました。紀州徳川家の菓子の意匠の話も珍しく、最後の中谷さんの「蘭亭曲水図」のお話は、数多くの蘭亭曲水図を見てこられた方ならではの、素晴らしい発表でした。2日間とても楽しく、勉強になることばかりでした。佐藤悟さんはじめ、運営に関わった実践女子大の皆様、運営委員の皆様に感謝申し上げます。この学会に参加している人はみんなが楽しそうで、これがとても気持ちよかったです。
 懇親会のことは具体的には書きませんが、これがまた素晴らしい!さて会場は8階でしたが、男子トイレ近くの窓から、東京タワーとスカイツリーが同じに見えることを、山田和人さんから教えてもらい感激。ただ、立つ場所によるのですが、スマホで写真を撮ると、カメラの目が私の視線と微妙にずれていて、スカイツリーが半分しか映っていなかったので、写真を挙げられないのが残念無念。(「さん」づけで失礼ですが、私のブログではそう書くことが多いのです、非礼をお許しください)
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2017年12月04日

絵入本ワークショップX

佐藤悟さんの献身的な運営で、ついに第10回を迎える絵入本ワークショップXが、12月9日と10日に、実践女子大学で開催されます。今回の御題は「画題」。私の発表はご愛敬でお許し願うとして、興味津々たる発表が連なります。
http://kasamashoin.jp/2017/11/201712910804.html

絵入本ワークショップ]
画題 ―描かれたもの―
日時 2017年12月9日(土)・10日(日)
場所 実践女子大学(渋谷キャンパス804教室)

土曜日(14:00〜17:00)
◆開会の辞(14:00〜14:05)   中谷伸生(関西大学教授)
◆コメンテーター 奥平俊六(大阪大学)・司会 韓京子(慶煕大学校)
@14:05〜14:35
物語としての画題・叙景としての画題 ―画題についての基調報告― 佐藤悟(実践女子大学):
A14:35〜15:05
画賛のありかた 飯倉洋一(大阪大学)
質疑応答(15:05〜15:25)
◆休憩(15分)
◆コメンテーター 横井孝(実践女子大学)・司会 松原哲子(実践女子大学・非)
B15:40〜16:10
装束の文様における画題 高倉永佳(衣紋道高倉流)
C16:10〜16:40
能装束の意匠表現と画題 正田夏子(武蔵大学)
質疑応答(16:40〜17:00)
◆懇親会(17:15〜19:30)

日曜日(10:00〜16:50)
◆コメンテーター 栗原敦(実践女子大学名誉教授)・司会 高瓊(北京外国語大学日本学研究センター・院)
D10:00〜10:30
谷崎潤一郎と装幀・挿絵 佐藤淳一(和洋女子大学)
E10:30〜11:00
挿絵の中の故郷―佐藤春夫の新宮― 河野龍也(実践女子大学)
質疑応答(11:00〜11:20)
◆休憩(10分)
◆コメンテーター 中谷伸生(関西大学教授)・司会 神林尚子(鶴見大学)
F11:30〜12:00
大津絵の画題 横谷賢一郎(大津歴史博物館)
G12:00〜12:30
大津絵画題の再考のための新出資料―蔀関月の大津絵模写冊子、村上是信の新大津絵十集を中心に― クリストフ・マルケ(フランス国立極東学院教授)
質疑応答(12:30〜12:50)

◆昼食・総会(60分)
◆コメンテーター 浅野秀綱(大和文華館・あべのハルカス美術館)・司会 金美眞(「韓国外国語大学校・非)
H13:50〜14:20
江戸期の幟旗 北村勝史
I14:20〜14:50
武者絵における画題図像の要素 岩切友里子
質疑応答(14:50〜15:10)

◆休憩(10分)
◆コメンテーター 佐藤悟(実践女子大学)・司会 洪晟準(檀国大学校)
J15:20〜15:55
菓子に用いられる意匠の題材について―紀州徳川家の菓子資料を中心に― 鈴木愛乃(一般社団法人 調布市武者小路実篤記念館)
K15:55〜16:25
「蘭亭曲水図」の画題 中谷伸生(関西大学)
質疑応答(16:25〜16:45)

◆閉会の挨拶(16:45〜16:50)  横井孝(実践女子大学)

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