2018年07月22日

上方文藝研究15号

『上方文藝研究』15号(上方文藝研究の会、2018年6月)が出ています。
今回は、知る人ぞ知る、深沢眞二・了子(のりこ)ご夫妻の宗因独吟注釈シリーズが登場しました。
今回は「花で候」巻。
これまでの掲載誌が休刊となったらしく、こちらにいただくことになった次第です。40頁超の大作。
この、対談式注釈、時々かなり弾けます。それも夫婦ならではのネタ、というか男女の観点の違いなんかがあって、楽しく読めて為になるのです。
だけど、きちんと学術的。
今回はあんまりはじけてないんですけど、それでも「有村架純」「スチャラカ」「そだねー」などがあります。
「スチャラカ」って何?と言う方は、了子さんと同じく「若い」です。
しかし、いつも思うのですがが、この原稿どうやってつくっているのでしょうか?
本当に対談していて、いったんそれを録音してそれをベースにしてるのか。
それともメール対談みたいなのを繋いでいる?
臨場感があるので、前者のような気もしますが。

ほかに仲沙織さんの『新可笑記』1の4論
有澤知世さんの京伝合巻と古画の論
浅田徹さんの萩原朗「花がたみ」翻刻と考察。いつもながら大きな問題につなげる。堂上派地下のシステムという問題。
上方文藝への招待のコーナーでは、日本女子大留学生のジョエル・ソーンさん(英文)とそれをまとめた福田安典さんの日本語要旨。アメリカのタカラヅカについて。

この研究会では合評会をやります。8月11日。

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2018年07月08日

博多演劇史

狩野啓子・岩井眞實編『武田政子の博多演劇史 芝居小屋から』(海鳥社、2018年6月)が上梓された。
帯文をそのまま挙げる。「芝居小屋からみた博多演劇史。3代続いた芝居どこ(芝居小屋)との関わりを通し、明治・大正・昭和の博多の演劇を綴る。芝居小屋の空気、興行の仕方、劇場の変遷、芝居の面白さ……。時代と芝居を切り結ぶ貴重な証言」。
狩野さんは、九州大学の先輩で近代文学専攻。岩井さんは早稲田ご出身で演劇専攻。狩野さんは久留米大学教授。岩井さんは少し前まで福岡女学院で教鞭をとっておられた。狩野さんとは学海日録の編集チームメンバーとしてご一緒し、岩井さんには一方的にいろいろなことをお願いしてきたという関係。本書は、博多の演劇興行に深く関わった祖父と父、そして自身の体験を元に、芝居への愛と、客観的で冷静な分析力を併せ持つ武田政子氏の研究ノートを元に編まれた魅力的な一書である。

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2018年07月02日

秋成ゆかりの地、日下を歩く

 河内の旧河澄家で「上田秋成展」が開催されると伺い、以前からずっと行ってみたかった秋成ゆかりの地を訪ねることにした。たまたま日下におすまいで、生駒山人の研究をしていらっしゃる放送大学の受講生山路孝司さんに、そのことを伝えると、そういうことなら河澄家はじめ、唯心尼の墓・鳴鶴園跡など、秋成ゆかりの地をはじめとして日下を案内してくださるというありがたいお申し出を受けた。
学会後のちょいのみでご一緒だった近衞典子・福田安典ご夫妻も参加してくださることとなった。福田氏は河内のご出身だし、近衞氏は秋成の日下滞在の文事について、精力的に研究をしていらっしゃる。私のところのゼミ学生4名を加え、総勢7名でのご訪問となった。7月の最初の1日、気温はぐんぐんあがって猛暑。河澄家とならんで日下の大きな庄屋であった森家(ここにも秋成はお世話になっている)の森さんご夫妻、日下古文書研究会の浜田昭子さん、長谷川治さんもいらしてくださり、にぎやかな文学散歩となった。
 山路さんが案内用の地図と、詳細な資料をご用意くださった。コースは、日下のヒトモトススキ、太宰治のパンドラの匣の舞台となった健康道場、御所ケ池跡、日下村領主であった曽我丹波守を祀る丹波神社、秋成仮寓の地正法寺跡、秋成の心の友ともいえる唯心尼のお墓、生駒散人をはじめとする森家の墓所、生駒散人書と伝えらえる「常夜燈」の文字が彫り込まれる大きな石灯籠、森屋敷の問跡、鳴鶴園跡を経て、本日のメインである河澄家へ。現在は東大阪市が管理し、河澄家にあった秋成の遺墨などは大阪歴史博物館に寄託されているということである。今回はパネル展示で、学芸員の方に丁寧な説明をいただいた。旧河澄家は実に立派な建物で、枯山水の庭、大きな蔵を有する。
 やはり、実際に現地に来てみて、わかることが多い。秋成がこの地のことを「山霧記」にしるしているが、「山霧」がどんな感じで発生するのかも十分想像できる。またあべのハルカスをはじめ、眼下に見渡す大阪市内の模様は絶景であった。
 日下では、先述の浜田さんを会長とする古文書研究会が16年も続いており、今年5月には会報「くさか史風」が創刊された。「森家庄屋日記」からうかがえる江戸期日下のくらしをはじめ、52頁に、江戸時代の日下の情報が満載である。素晴らしい会報!
 
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2018年06月23日

『文化史のなかの光格天皇』各論文概観

飯倉洋一・盛田帝子編『文化史のなかの光格天皇 朝儀再興を支えた文芸ネットワーク』(勉誠出版、2018年6月)を刊行した。
和歌・漢詩文・思想史・近世文学史など、各分野の専門家に、それぞれの立場、切り口から、光格天皇を中心とする近世天皇文化に迫っていただいたもので、非常に問題提起にとむ論集となったと自負している。全体は3部構成。今回、私なりに、論文の概要をメモしたものを元に、各論文を紹介してみよう。
 まず緒論を藤田覚氏にお願いした。題して「光格天皇をどうとらえるか」。言うまでもなく、藤田氏は光格天皇研究の第一人者。今回は特に文化史的側面に光を当てて書いていただいた。『禁中并公家中諸法度』第一条とその元となった『禁秘抄』を踏まえて天皇の芸能・政務が行われていたことを前提に光格天皇を見る必要があるとし、光格天皇の学問・和歌・音楽・朝廷政務について概要を示した。

第一部は近世歌壇史における天皇そして堂上歌壇を検討した。大谷俊太氏の後水尾院から青山英正氏の孝明天皇まで、近世前期から幕末に至る近世和歌史の中心線が引かれたのではないか。
 大谷俊太氏の「後水尾院と趣向」は、花を愛でるあまり花と雲を見紛うという古今集和歌序以来の詠み方に対して、それをさらに一捻りした和歌の趣向を様々に論じる後水尾院の言説を検討したもので、和歌の趣向を模索しつつ宮廷歌壇をリードしていく後水尾院の歌論の一隅を照らし出した。大谷さんらしい論文である。
海野圭介氏の「霊元院の古今和歌集講釈とその聞書」は、正徳四(一七一四)年における霊元院の武者小路実陰への古今伝授に関わる諸資料を検討し、堂上の学問としての講釈活動が、個人的営みであるとともに、歌壇的な営みでもあったことを示した。海野氏らしい文献実証主義的考察。
久保田啓一氏の「冷泉為村と桜町院」は、後桜町院の死後に冷泉為村によって編まれた『桜町院御集』に付された奥書を、『冷泉家展』図録に一部掲載された自筆本も含めて細かく読み込み、近臣から見る天皇歌壇の実態を浮かび上がらせた。人間関係を描くのが得意の久保田氏手練れの文章。 
青山英正氏の「孝明天皇と古今伝受」は、江戸時代最後の天皇である孝明天皇が、歌道の未熟の自覚のため古今伝受相伝を遠慮しているうちに、伝受が断絶し、遂に途絶える過程をつぶさに追い、当時の政治情勢と宮廷歌壇の状況を織り込みながら、古今伝受がなお思い意味を持っていたことを明らかにした。これまでほとんど和歌史で扱われなかった孝明天皇を、ここまで緻密にしかもドラマチックに描き出した力量はすごい。本論集の目玉と言ってよい。
浅田徹氏の「武者小路実陰家集の二系統について ― 堂上〈内部〉の集と〈外部〉の集」は、堂上歌人の私家集形成には、家の内部資料による編纂と、外部流出資料による編纂の二つのあり方があり、特に後者は堂上歌壇の影響の具体相を知る重要資料だとし、武者小路実陰家集を例に分析する。浅田は地下歌人らの堂上歌壇重視の低下が、一八世紀中頃からの堂上歌人私家集類伝存量の減少に現れていることも指摘している。浅田氏の着眼は相変わらず冴えている。
神作研一氏の「香川黄中の位置」は、二条家流の和歌をよくし、堂上にも出入りした近世中後期の地下歌人香川黄中の歌業を、詳細な年譜作成を通して辿り、とくに堂上歌壇での活動や二条家流の歌学に基づく歌論などを中心に明らかにした。本格的な黄中論の始発といえよう。

第二部は、朝廷をめぐる学問・出版をテーマとした。
加藤弓枝氏の「『二十一代集』の開板― 書肆吉田四郎右衛門による歌書刊行事業の背景」は、院雑色の地下官人吉田四郎右衛門が、正保四(一六四七)年に出版し、後水尾院にも献上された『二十一代集』について、吉田四郎右衛門の家系的・財政的背景を探り、その家系が角倉家周辺にあり、財政的・技術的な面もそこから得た可能性を追求している。吉田四郎衛門の後裔は蘆庵の門人であることもあり、この書肆は加藤さんがずっと追いかけている。
勢田道生氏の「『大日本史』論賛における歴史の展開と天皇」は、安積澹泊の『大日本史』論纂の歴史区分が四期に分かれていることを指摘し、その叙述において天皇がどのように関連づけられているかを明らかにし、とくに武家政権との関わりについて注目している。勢田氏の「歴史叙述」研究の一つの成果として読める。
山本嘉孝氏の「中村蘭林と和歌−学問吟味の提言と平安朝の讃仰」は、近世中期の奥懦者者で室生鳩巣門の朱子学者蘭林が、幕臣の学問吟味をを提案したが、その際平安朝の公家の師弟の教育を参照し、古人の和歌を教戒に活用しながら儒学の地位向上をもくろんだことを明らかにした。儒学・漢詩文と朝廷・公家の関係は今後の課題であろう。
鍛冶宏介氏の「江戸手習所における七夕祭の広がりと書物文化」は、江戸の手習所では七夕の短冊に歌を書いて歌の上達を願うことが七夕祭として行われており、それらの歌が、天皇や公家の和歌アンソロジーの歌を出拠とし、直接的には日用教養書に掲載している和歌が選ばれていたことを明らかにした。歴史研究者の鍛冶氏だが、往来物や節用集を用いてこんな文化研究ができるんだということを次々に発表しておられ、文学研究者の学ぶべき方法論として、彼の研究は見逃せない。
一戸渉氏の「書道大師流と近世朝廷」は、十八世紀末から十九世紀前半ころにかけて、近世朝廷で書道大師流入木道が重用されるようになる契機が、近衛家煕の大師流尊重に見出し、その後岡本保考が妙法院宮真仁法親王に寵用された影響で大いに盛んになり、光格天皇も熱心に学んだことを指摘した。別論、一戸渉 「大師流と入木道書―架蔵岡本保考宛妙法院宮真仁法親王書状小考―」(斯道文庫論集52)の姉妹編。力作。
合山林太郎氏の「梅辻春樵−妙法院宮に仕えた漢詩人」は、日吉社神官をつとめた家の出身である漢詩人梅辻春樵の生涯を追い、妙法院宮での諸活動を通して、近世後期の公家門跡の世界の漢詩文化の詳細の情報を明らかにした。これ、コラムだったっけ。論文でよかったね。

第三部は光格天皇と妙法院宮真仁法親王にスポットを当てる。
編者のひとり盛田帝子の「寛政新造内裏における南殿の桜−光格天皇と皇后欣子内親王」は、天明大火後に新造された内裏が、天徳大火後の村上朝の内裏再建に倣ったもので南殿の桜は復興の象徴であるとし、その桜とともに天皇在位を寿いだ皇后欣子が、宮中歌会で優遇されたことに注目し、その意味を問うたもの。皇后のみならず、この時代になると女性が宮廷歌会に進出してくるという。ちなみにいまの皇室では、美智子妃が図抜けてお上手のようで。
菊池庸介氏の「実録「中山大納言物」の諸特徴−諸本系統・人物造型を中心に」は、光格天皇在位中に、実父閑院宮に太上天皇位を授けるべく幕府と交渉を試みたが実現できなかったいわゆる尊号事件をストーリー化した実録と言われる写本群について、その諸本系統を整理し、人物造型について考察したもの。最初お願いしたときは、「えーっ?」と一瞬言われたという記憶があるが、その後写本をテーマとするシンポジウムでもこのトピックで登壇するなど、今や持ちネタのひとつですね。というかこのごろは歌麿まで持ちネタにしているし。
岸本香織氏の「冷泉家における光格天皇拝領品」は、光格天皇から冷泉家へ下賜された九点について概説し、七点が和歌および和歌に関わる宸翰で、その中でも上皇時代に冷泉為則が拝領したものが六点を占めることを指摘したもの。
拙論「妙法院宮真仁法親王の文芸交流−『妙法院宮日次記』を手がかりに、和歌を中心に」は、『妙法院宮日次記』を主資料として、真仁の宮廷御会への態度、自邸での詩歌会の催しについてのべ、従来小沢蘆庵とされてきた和歌の師について、正式の師は父典仁・兄美仁であったことを指摘した。蘆庵のことは確かにリスペクトしていたが、宮廷歌会に生きる真仁にとって、正式な師はやはり古今伝受を受けた人でなければならない。
鈴木淳氏の「小沢蘆庵と妙法院宮真仁法親王」は、蘆庵の家集『六帖詠草』に見られる真仁の歌三十七首を通じて、蘆庵と真仁の歌を通した交遊を浮かびあがらせたもの。太秦の蘆庵隠居を枉駕した時のこと、蘆庵が遅桜を賜った時のこと、岡崎庵居時の贈答などが取り上げられた。今後は、自筆『六帖詠藻』を通しての文芸交流を見ていく必要があろう。
山本和明氏の「千蔭と妙法院宮」は、真仁が江戸の歌人加藤千蔭について、非常に高く評価し、詠進を乞い、書家としても一目置いていたことを諸資料から明らかにし、堂上人の千蔭評価にも影響を与えていたことを指摘する。千蔭の活躍は、堂上と地下の不動の上下関係を揺さぶるひとつの要素であったわけである。
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2018年06月17日

武家義理物語

三弥井書店の「古典文庫」シリーズで、新しく『武家義理物語』が刊行された。2018年6月。
井上泰至・木越俊介・浜田泰彦の三氏の編。
企画は井上さん。西鶴研究会などを舞台とする『武家義理物語』論争が動機でしょう。
西鶴は軍書を読んでいたのか、どうなのか?
ところでなぜ、木越俊介氏と浜田泰彦氏なのか?
2012年10月号の『日本文学』。福田安典氏が仕掛けた特集「領域の横断と展開」で、木越俊介氏は「西鶴に束になってかかるには」を発表。
そこで話題になった、西鶴研究のキーワードは「カムフラージュ」と「ぬけ」である。
これが、社会批判・権力批判の主題を読もうとする西鶴研究の主流(と、傍からは見えていた)が使う言葉であった。
木越氏の論は、そのような流れに対して、別の方法を模索するものに見えた。篠原進氏がネット上で反論。
一方、軍書研究の立場から、井上氏は『武家義理物語』の読みを一新するような論を発表。これまた西鶴研究の主流からすれば異色の論であった。
2013年9月、木越氏と浜田氏、南陽子氏、廣瀬千紗子氏を発表者として、「西鶴をどう読むか」というワークショップを京都近世小説研究会が開催。ものすごい関心を集めて、60名もの参加者が集結。会場は熱気に溢れたが、その時に浜田氏が取り上げたのが、『武家義理物語』「死なば同じ波枕とや」。この話に、若殿への批判の眼差しはありやなきや。
浜田啓介先生の「講評」と称するご発表はのちに「外濠を埋めてかかれ」の論文となった。
そして、あらためて2015年12月に京都の研究会で西鶴特集が行われた。井上泰至氏と木越治氏をお招きして。井上氏が取り上げたのは『武家義理物語』。
このように、京都での研究会が弾みになった出版企画であったと思う。私も京都の研究会の企画に関わったので、この出版は感慨深いものがある。内容には触れず、思い出ばなしばかりで申し訳ないが、これが私の正直な今の感想である。





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2018年06月16日

芭蕉の正統を継ぎしもの(完) 

中森康之さんの『芭蕉の正統を継ぎしもの 支考と美濃派の研究』(ぺりかん社、2018年2月)が上梓された。
中森さんと、この本については少し書きたいことがあるのだが、いま余裕がないので、後日書き足したい。
昨年私の編集で出した『近世文学史研究 十八世紀の文学』(ぺりかん社)にお願いした原稿も収められた。
ともあれ、めでたし。(この項つづく)
と、書いてから3ヶ月。6月の学会ではご本人にお会いしてしまい、平身低頭の体。
さて、本書、「支考と美濃派の研究」と副題にある通り、支考という、俳諧史上の難物に取り組んだものである。「人間性と俳論は信用できない」と言われ続けた俳人の言説を、俳諧の論理ではなく、哲学的に読み解くのが、中森さんのスタイルである。
私じしんも、秋成の思想的言説から研究に入ったこともあり、また常盤潭北という「社会と繋がる俳諧師」のことを調べたこともあって、中森さんの論文を親しみを持って読んでいた。竹田青嗣氏らと編んだ一般向けの哲学入門書をいただいたこともある。
一般的な俳諧研究とどこが違うのかといえば、やはり着眼点、つまり問いの質がちがうというべきであろう。そういう研究を学界の中で続けていくのは、特に若いうちは非常に孤独で厳しい営為となる。
その思いは、『近世文藝』100号の「思い出の論文」特集で、中森さんが寄せた「フーリッシュでハングリーだったころ」というエッセイに尽くされている。実証中心の近世文学会に、あえて理論で臨む発表を行い、投稿が採用されたこと、「採用されなければ、日本近世文学会を退会しようと考えていた」ことが書かれている。
私はその発表をよく覚えている。非常に問題提起に満ちているところがいいと思ったが、もちろん支考のことも俳諧のこともわかっていない若造だったので、U先生に感想を聞いてみた。U先生の評価は高かったので、自分のことのように安心した。そいて、この論文が『近世文藝』に掲載されたことで、『近世文藝』は健全だと、私も思えたのである。
中森さんはそのエッセイでこういっている。
 「仮説」が「近世文藝」に掲載されたら、多くの学会員によって、「近世文藝」誌上で公に検証されてほしい。
つまり、中森さんはいまも戦っている。その軌跡が本書だとも言えるのだ。
 


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2018年06月13日

映画「北斎」

 あべのハルカスでの衝撃的な北斎展。最晩年の数作だけでも、十分すぎる見応えで記憶に新しい。
大英博物館プレゼンツ「北斎」という映画、チャンスがあれば見たいと思っていたが、幸運にも、塚口で上映されていると知り、見に行った。
塚口さんさん劇場。初めて行ったが、シネマコンプレックスではあるのだが、ちょっと昭和の香りがして好ましい。やはり昭和っぽい、モータープール塚口に車を止めると、映画を見た人は3時間無料。こりゃ、ありがたい。
 映画館には、「あれ!まあ」という方も来ていて、「北斎ですか?」と互いに挨拶。それしかないですよね。

 私としては期待以上の内容で、北斎の凄さ、北斎研究、北斎マニアの凄さが胸に迫った。もちろん北斎展を見てないと、ここまでは迫らない。北斎展を観る前に、この映画を観ておけば、また違っただろう。
 大英図書館のクラークさんをはじめ、美術史家、アーチストらが、北斎を語る語る。松葉涼子さんもちょっと出ていましたね。老北斎研究家の「赤富士の初刷りはピンク富士だった」というエピソードは、真の北斎評価とは何かという問題を突きつける。

 もう20数年前、キャンベルさんをツアーガイドとして、10人くらいで大英博物館詣でをしたことがある(これは純粋な企画で、中野三敏先生の還暦をお祝いするものだった)。日本研究室で数日資料を見せていただくという、いま考えると夢のような経験をさせていただいた。初日に迎えてくれたティム・クラークさんは、我々をご自宅に招いてくれたのであった。
 それから何年かして、なんと山口で大英博物館展が行われたことがあり、雪の積もる湯田温泉で、ゆっくりお話ししたこともあった。その後、クラークさんは世界的な日本美術史研究者として知られていくようになるのだが・・・。
 そういう思い出も脳裏を過ぎり、私としては感慨もより深い映画だった。塚口でもう少し上映されるようである。
 
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2018年06月04日

学会記(白百合女子大学)

 日本近世文学会の春季大会が6月2日・3日、東京の白百合女子大学で開催された。
学会会場史上、屈指の上品で洗練された印象の会場、なんともすがすがしい二日間を過ごさせていただいた。
目玉のサービスとして、二つの茶道サークルによる呈茶が行われたが、こちらはギリギリでいつも動いていたため、それにあずかることができずに、残念であった。
 発表は10本。異例なことに、閉会の挨拶で、かなり具体的な講評があったが、ほぼ同感で、若手から大家まで、それぞれ新しいことを拓くという意味で、意欲的な発表が相次ぎ、また質疑応答もシビアに行われていたように思う。
日曜午前の神谷勝広さんの発表。多田南嶺が漢学者とのつながりを持っていたこと、具体的にはおそらく伊藤東涯の門人であり、新たな入門者を紹介もしていた可能性が大きいことを指摘した上で、浮世草子に彼らの周辺をモデルとして描いた事例をいくつか上げておられた。これについて、いくつかの質疑があったわけだが、私も一つ質問したいことがあって、「南嶺浮世草子の読者として、漢学者周辺も想定できるのではないか」という神谷さんの見通し、なのだが、もちろん漢学者が浮世草子を読まないとは思わないのだが、むしろ漢学者というのは、歌舞伎役者ほどでなくとも、「評判記」が出るくらいの連中で、とくに京都あたりでは、結構今の学者タレント並みに関心を持たれていたという見方もできるかな、と思った次第である。上方の奇談でもそういうのがよくありますしね。それをちょっと伺うのを忘れていたが。
 秋里籬島研究の第一人者である藤川さんの、図会ものについての総合的研究ともいうべき発表は、さまざまな問題系を提示するもので興味深かった。我々のゼミでも現在『摂津名所図会』に取り組んでいるが、どこを取り上げても実に面白い問題が出てきている。籬島は堂上にも関わっており、有職学との関係も無視できないかもしれない。これも近世中期の上方文芸を考えるときに避けて通れない人物である。
 とりあえず、ふたつだけではあるが、感想をば。
 それにしても、会場を引き受けられた日置さんの采配、お若いのに見事でしたね。大体、会場校の世話人はいつも走り回って、「わー大変そう」と思うことが多いけれど、あのポーカーフェイス、落ち着き、これはもう賞賛に値する。それも印象に残った大会でありました。
 また、今回は東京ということで、長老クラスの先生方のお姿を結構拝見できたことも嬉しかった。今回はこれくらいで。
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2018年05月29日

文化史のなかの光格天皇

飯倉洋一・盛田帝子編『文化史のなかの光格天皇−朝儀復興をささえた文芸ネットワーク』(勉誠出版、2018年6月)の見本刷が出来てきた。
すでに、先週末の歴史学研究会(早稲田大学)でお披露目され、反応もよいみたいで、ありがたい。

ラインナップは以下の通りである。


序言 盛田帝子

緒論
光格天皇をどうとらえるか 藤田覚

第一部 近世歌壇における天皇公家
後水尾院と趣向 大谷俊太
霊元院の古今和歌集講釈とその聞書―正徳四年の相伝を中心に 海野圭介
冷泉為村と桜町院 久保田啓一
孝明天皇と古今伝受―附・幕末古今伝受関係年表 青山英正
武者小路実陰家集の二系統について―堂上〈内部〉の集と〈外部〉の集 浅田徹
香川黄中の位置 神作研一

第二部 朝廷をめぐる学芸・出版
『二十一代集』の開板―書肆吉田四郎右衛門による歌書刊行事業の背景 加藤弓枝
『大日本史』論賛における歴史の展開と天皇 勢田道生
中村蘭林と和歌―学問吟味の提言と平安朝の讃仰 山本嘉孝
江戸時代手習所における七夕祭の広がりと書物文化 鍛治宏介
書道大師流と近世朝廷 一戸 渉
梅辻春樵―妙法院宮に仕えた漢詩人 合山林太郎

第三部 光格天皇・妙法院宮の文芸交流
寛政期新造内裏における南殿の桜―光格天皇と皇后欣子内親王 盛田帝子
実録「中山大納言物」の諸特徴―諸本系統・人物造型を中心に 菊池庸介
冷泉家における光格天皇拝領品 岸本香織
妙法院宮真仁法親王の文芸交流―『妙法院日次記』を手がかりとして、和歌を中心に 飯倉洋一
小沢蘆庵と妙法院宮真仁法親王 鈴木淳
千蔭と妙法院宮 山本和明

あとがき 飯倉洋一

このところ、歴史学でも近世における朝廷あるいは朝幕関係の研究がかなりさかんになってきているように思う。文化史的側面についても、「天皇の美術史」などで、クローズアップされている。天皇文化・公家文化は、近世においても大きな意義を持っている。しかし、とりわけ文学的な面においては、天皇周辺については、後水尾院などごくわずかな文事に光が当たっていたにすぎない。近世後期における光格天皇の存在は非常に大きいが、その文芸面的な実態は明らかではない。本書においては、光格天皇とその兄妙法院宮の作った文化圏を中心とし、近世初期以来の「天皇文化」の縦の流れと、「天皇文化」の重要性およびその波及について、さまざまな角度から光を当てるものである。論者も錚々たるメンバーが集結した。ぜひご一読を乞う次第である。
なお、おのおのの論文については、改めてまた紹介していくことにする。

光格論集.jpg
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2018年05月27日

歌麿の狂歌絵本

5月ももう終わろうとしている。あたふたあたふた。しかし、仕事をちゃんとやっている人はいつもちゃんとやっている。
菊池庸介編『歌麿 『画本虫撰』『百千鳥狂歌合』『潮干のつと』』(講談社選書メチエ、2018年5月)。
選書という大きさで、江戸らしさがつたわる本を影印するというミッションで、歌麿の狂歌絵本が選ばれた。
この選択、Good Job!といいたい。
昭和60年度の日本近世文学会の裏方担当だったときのことを思い出した。展示品のひとつが、『画本虫撰』だったなと。
近世中期の雅俗融和の雰囲気を見事に表している歌麿の上品な彩色がよく再現されている。
もう一度、菊池さん、Good Job!
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『好色文伝受』

『浮世草子大事典』のような事典の刊行は、浮世草子研究を盛んにする。この事典によって浮世草子の全体が見通せるようになったということが一つだが、そもそも各項目を担当した方が、一定字数では書けない調査成果を論文として続々と発表する、ということが起こるのである。そのひとつが、大木京子氏の「『好色文伝受』伝本と本文批判(付用語集)」(『青山語文』48、2018年3月)である。
『万の文反古』を受ける書簡文学という点で注目される本書だが、調査によって新たに2つの伝本が見つかり、それを含めて本文批判を行い、伝本の成立順序を明らかにするという基礎的考察が本論によってなされた。付録の用語集も興味深い。
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2018年05月23日

全文を読み切る『奥の細道』の豊かな世界

 大垣市に「奥の細道むすびの地記念館」という名のミュージアムがある。私はここに呼んでいただいて、講演をしたことがある。とても感じのいい学芸員さんらに大変お世話になった。また大垣の町が好きになった。
 記念館の総合監修者である佐藤勝明さんは、このところ、芭蕉の本をよく出されているが、このたび、NHKラジオ講座での講義を基にした『全文を読み切る『奥の細道』の豊かな世界』という本を大垣市・大垣市教育委員会から出された。2018年3月。その経緯については、あとがきで触れられている。
 講演をした縁であろうか、わざわざこの本をお送りいただいたことに、この場をお借りして深謝申し上げる。
 それにしても、佐藤さんの読みは、とても丁寧で、ポイントを外さず、わかりやすく説いている。全頁に美しいカラー写真が掲載されているので、まさに臥遊を楽しむこともできるが、本書をガイドブックにして、奥の細道をたどることもできるだろう。たしかにこれを1冊持っていれば『奥の細道』の豊かな世界を味わうのに十分である。
 タイトルが面白い。これも結びの地から発刊されるからこそ、「全文を読み切る」必要があるわけである。大垣に着いてはじめて、「奥の細道」は「奥の細道」たりうるのである。さて、お値段のついていないこの本、ここで紹介したものの、求めることはできるのだろうか?多くの人に読んでいただきたい本なのだが。

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2018年05月19日

居行子と児戯笑談

『文献探究』は九州大学の国語学国文学研究室の院生が中心になって出している学術同人誌。かつては年2回、今は年1回刊行されている。我々の少し上の先輩たちが創刊し、今回2018年3月に出たのが56号。これも40年ばかりの歴史を持つ。当初は手書き。先生方のご寄稿を手書きして、確認すると、文字通りの朱が入り、それを上から貼ってまた書き直すという、超アナログな雑誌だった。東京学芸大の『叢』が同じ感じで親しみを持っていた。さて、56号は近世が多い。中でも吉田宰さんの『居行子』翻刻の連載と、脇山真衣氏の『児戯笑談』の翻刻(こちらは完結)は、とてもありがたいもの。近世中期のこのような通俗教訓的な本、「奇談」領域と重なるものもあるわけだが、当時の「知と教訓」がどういうレベルでいかに融合するかが見えてくる。私が編集に関わっていたのはまだ一桁の号のころだった。よくここまで継続していただいた。そしてこれからも、がんばってほしい。
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『東国名勝志』の意義

 真島望氏が『国語国文』2018年4月号に書かれた「再生される地誌−『東国名勝志』とその依拠資料をめぐって−」は、様々な意味で非常に示唆に富む論文である。
 この論文に私はかなり興味を持ったが、その理由は第1に、宝暦に出た『東国名勝志』が、「奇談」書を刊行しかつ自身も作者であった大阪吉文字屋市兵衛(鳥飼酔雅)の作・刊行であること。「奇談」書研究の周辺として押さえておかねばならない本である。第2に本書が、安永以後輩出する「名所図会」の先駆的な地理書であることだ。デジタル文学地図のプロジェクトに関わっている身としては関心をもたざるを得ない。
 まず、本論は、『東国名勝志』の絵が西鶴の『一目玉鉾』および遠近道印の『東海道分間地図』という元禄の地誌に依拠していること。本文は『一目玉鉾』『国花万葉記』に依拠しているということと、その東国認識の継承について触れるとともに、捨象した要素にも着目し、その情報整理について分析している。
 そして吉文字屋が『一目玉鉾』の版木を入手していたこと、『分間地図』もその可能性があること、さらには西鶴本の復興機運との関わり、後代の名所図会に繋がる位置づけなどを指摘、吉文字屋の書肆としての手腕の評価を行っている。
 「再生される地誌」のタイトルにはおそらく重層的な意味が込められているが、もっとストレートでもよかったかもしれない。いい論文だった。
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大阪で「江戸の戯画」展、京都で「池大雅」展

5月になって、更新をサボり続けていた。ひとつの記事が短くなるが、すこしずつ書いてゆく。
大阪市立美術館の「江戸の戯画」展は、北斎・国芳・暁斎というビッグネームを「売り」にしているが、私としては耳鳥斎を楽しみにしていた。期待を裏切らないとぼけた味!嬉しかった。
 そして京博では池大雅展。85年ぶりとか謳っているけど、南画の大成者といわれながら、確かに大規模な大雅展というのはこれまで見たことがない。秋成が『胆大小心録』で大雅のことを回顧し、「いまでは超有名な画家でちょこっと字を書いただけのもめっさ高価。でも昔は座る場所もないような家に書き損じを山と積み、あんたは堂島やて?と言いつつ黒舟忠右衛門を描いてくれた」と懐かしんだが、それをそのまま絵にしたかと思える「池大雅家譜」の初丁の絵は、妻玉瀾も描かれているが、物にかかわらない飄々たる芸術家夫妻をよく写している資料である(鉄斎美術館蔵)。
 遺影を福原五岳が描いていたり、木村蒹葭堂が弟子だったりと、大坂の人に愛されたなという印象。一方で和歌は冷泉為村門。書や篆刻にも才を発揮し、間違いなく教養人。指墨図という指で描く画にも長じていた。語り尽くせるものではない大雅の魅力が満載の展示でありました。
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2018年04月30日

超みんなで翻刻してみた参加記

幕張メッセで開かれるニコニコ超会議というイベント。4月28日・29日の2日で16万人の人出だったそうです。
初音ミクと歌舞伎のコラボ「超歌舞伎」が行われることでも有名です。

今年も京都大学古地震研究会を中心とする「みんなで翻刻」チームがブース出展。6台のpcを用意して、その場で通りがかりの人に座ってもらい、スタッフが手ほどきして、地震史料をひたすら翻刻してもらうという、非常にシンプルなイベントですが、その間にいろいろなレクチャーやトークがあるという形です。

私は2日目に参加して、くずし字レクチャーと、ロバート・キャンベルさんとのトークセッションを行いました。

笠間書院の西内さんも去年に引き続き来て下さいました。そして慶應大学の合山林太郎さんがまさかのスタッフ参加(「みんなで翻刻」作成者の橋本雄太さんを慶応に招いて講演していただいたのがきっかけとか)。

さすがにキャンベルさんの人気は高く、トークの時には人だかりが出来ました。キャンベルさんどんどん仕切って、オーディエンスに「翻刻は例えればどういうこと?」と振ったり、持参してきた江の島クラスタ的な和本を持参して、そこにいた和服の教え子をトークの場に手招きして、変体仮名をすらすら読ませたり、本を懐に入れさせてみたりと、江戸時代の江の島詣でを再現し、書物の身体性をアピールするという、まあよくその場で思いつくなという。この書物の身体性、つまりモノとしての和本の重要性を巧みに説いていました。

今年は、このブースでの「みんなで翻刻」の結果が2日で1万字を超えるという、去年の数倍という大成果もあり、トーク後の質疑のレベルが高くてマジで勉強になりました。K府立大学で近世文学を学び東京に就職した方も参加してくれていました。ニコニコで生放送もありました。シフト放送は1週間限りだそうです。お見逃しの方は連休中に!キャンベルさんトークは放送開始後4時間半くらいです。

なお、こちらのブログに、トークセッションのあとの質疑応答が書き起こされています。

また当日の模様は、こちらのサイトに写真入りで報告されています。ここから、シフト視聴にもリンクが張られています。

翻字に参加してくださった皆様、見に来て下さった皆様、動画を視聴してくださった皆様(コメント下さった方々)、スタッフの皆様、どうもありがとうございました。
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2018年04月29日

本日午後、幕張メッセで、くずし字のレクチャーとトーク

大阪伊丹空港ターミナルビルはリニューアルで綺麗になりました。朝はバタバタしてあまり観察できませんでしたが、時間のあるときにゆっくり探検したいものです。飛行機は案外に混んでいません。やはり連休に東京に行く人ってあまり多くないのでしょうね。

さて、今日は、幕張メッセで行われているニコニコ超会議の「超みんなで翻刻してみた」2日目のワークショップに出演します。みんなで翻刻してみたのブースはホール9の超まるなげ広場(だったっけ)にあります。

私は、
14時から「読める!読める!アプリでくずし字!」のレクチャー。
15時から、ロバート・キャンベルさん(国文学研究資料館館長)らとのトークセッションに出演いたします。

トークセッションはどんな展開になるのか、まったく事前打ち合わせなし。

ニコニコ動画で生放送もありますし、シフト視聴もできます。よろしければ是非。

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2018年04月19日

伊藤松宇旧蔵書がここにもあった。

京都府立大学武学部日本・中国文学科編『京都府立京都学・歴彩館所蔵 新免安喜子氏寄贈連歌俳諧書目録』(2018年3月)が刊行された。新免安喜子氏は潁原退蔵晩年の弟子で、寄贈されたものは、昭和19年に新免氏が購求し、松江市に疎開させていた伊藤松宇旧蔵の連歌俳諧書。これまでまったく存在が知られていなかった。松宇旧蔵といえば講談社所蔵の伊藤松宇文庫が知られるが、その方の状態は悪く、国文研の紙焼きでないと閲覧できない状況、しかしこちらの方が保存状態は良好なのだという。
ところで、この目録の面白いのは、「あとがき」である。目録作成のための調査に関わった人たちが、それぞれこの文庫の中で特に思い入れのある本について記している。教員も学生もそれぞれの立場で書いているというところがユニークである。
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幕張メッセで今年もやります!

昨年に引き続き、幕張メッセで行われるニコニコ超会議2018で「みんなで翻刻」(京大古地震研究会)がまたまたブースを出します。4月28日(土)と29日(日)。
29日は、14:00から私が「読める!読める!アプリでくずし字!(仮題)」のミニ講義、そして、15:00からは、ロバート・キャンベルさんとわたし、加納靖之さん・橋本雄太さんがトークセッションを行う。こちら
KuLAは10万ダウンロード数を突破。みんなで翻刻は参加者4000人突破、翻刻460万文字突破というのが現況。この勢いを受けて、ふたたび幕張でやります。当日はニコニコ動画で中継します。ご興味のある方、御覧下さい。
今年はなにやら、新しいキャラクターの描かれたステッカーも、アクティブな参加者には配布されるという情報も入ってきている。そう、その場で「くずし字翻刻」体験をしたい方はぜひおいでください。スタッフがきっと親切丁寧に教えてくれますよ。未経験者大歓迎!
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2018年04月18日

潁原退蔵文庫選集

自分の研究生活も第4コーナーを回った感があり、新たに本を購入することに、かなり慎重になっている(これ、置き場がない、購入資金がやがてなくなる、積ん読で終わりそうなどいろんな理由がある)。
しかし、『京都大学蔵潁原文庫選集』は、定期購読しているシリーズ。第六巻は待望の談義本・読本・軍書で、解題陣も、山本秀樹・田中則雄・高橋圭一と来て、思わず食いついてしまう。臨川書店から2018年3月刊行。
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