2018年04月08日

江戸末期伊勢商人の「読みたい本」目録

石水博物館が近世期伊勢商人の書物交流や読書意識を明らかにする資料の宝庫であることは、これまでの調査報告からすでに明らかであるが、またまた好資料が紹介された。
早川由美さんの「資料紹介 川喜田石水「みたき本」目録−近世期地方知識人の書物意識」(「叙説」第45号、2018年3月)である。
幕末から明治を生きた伊勢商人の川喜田家の当主、石水文庫の「石水」の由来でもある石水の教養の基盤のようなものが窺える。蔵書目録ではなく「見たい本目録」というのも珍しいが、むしろ、こちらの方が、彼の描く「あるべき教養」を明らかにするという意味で重要ではないだろうか。実際に手元にあるかないかを別にして、「読むべきだ」と彼が考えたリストだとみてよい。仏書や茶書は格別で、歴史・軍記・歌学・国学なども重視していることがわかる。往来物などは卒業している段階なのだろう、出てこないし、娯楽的な本も少ない。「南朝学」のような一項をたてているのも興味深い。
そして、ここにも『春雨物語』が出てくる。小津桂窓(久足)から石水の父である川喜田遠里宛書簡に、『春雨物語』のことが出てくるという青山英正さんの指摘については既報した通りである。まだまだお宝が眠っているのだろうな。次は何が出てくるのか、楽しみである。
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2018年04月07日

清涼井蘇来集

 亡くなった木越治さんの責任編集で刊行中の國書刊行会、江戸怪談文芸名作選第三巻は『清涼井蘇来集』(2018年4月)。この作者の名前は、日本文学研究者でも近世が専門でなければほとんどの人が知らないかもしれない。作品の活字化もこれまでないはずである。そんな作者に目を付けて1冊作ろうとするとは。
 この作者についてはかつて樫沢葉子さんが、基礎的な研究を行ったが、それはもう20年以上前の話で、それ以来とりたてて研究が出ていないようである。木越秀子さんをはじめとする四名の方の翻刻と井上泰至さんの解題。井上さんらしい達者な文章で、蘇来の魅力を語るが、この謎の作者はどこから来たのだろうの思いはさらに強まる。
 校訂者の一人、郷津正さんの『今昔雑冥談』解題が詳細である一方、他の作品はほぼ書誌のみ。こういうやり方もあるのかと思ったが、ちょっと理由を書いておいてほしかった。
 いずれにせよ、私にとって蘇来は「奇談」作者なので、ありがたい1冊なり。
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2018年04月06日

佐賀城下にあった幻の大庭園−観頤荘

 佐賀学といえば井上敏幸先生というのが長らく私のイメージだったが、いま中尾友香梨さんが頭角を現し、佐賀学を担う主要研究者となっているのではないか。
 それを思わせる本が『佐賀城下にあった幻の大庭園−観頤荘』(佐賀学ブックレット6、海鳥社、2018年3月)。
 日本三名園に劣らない広大な庭園が佐賀城下にあったなんて、地元の人でもほとんど知らないだろう。しかし、三名園が整備されるずっと前の近世前期、なんと元禄期に造営が始まった10万平米以上の巨大庭園が佐賀城下に存在したというのだ。なぜ知られていないか。江戸時代に解体されてしまったからである。
 この幻の大庭園、観頤荘を、資料に基づき復元、園遊し、その歴史と機能と意義を、一般の読者向けにわかりやすく書いたのがこの本である。
 庭園学・佐賀学・漢文学・・・と総合的な学問力に加えて、確かな文章力がないと出来ないお仕事だが、お見事!というべきだろう。観頤荘という難しい庭の呼称についての解説ももちろんある。この庭園、藩主の理想を表現したものだったようであるが、理想は理想、残念ながら維持できなかったようである。財政難が原因だろうと指摘する。その期間は本当に短かったようである。「幻」というゆえんである。
 ちなみにまったく同時期に、中尾さんと高橋研一氏・中尾健一郎氏による『鹿島文学−甦る地域の文化遺産』(佐賀大学地域学歴史文化研究センター)も刊行されている。こちらは肥前鹿島藩の藩主・黄檗僧・懦者・藩士らの漢詩文文化を体現する詩文集で、平成28年に原本が見つかったというから、仕事はやっ!
 佐賀は江戸時代文化度がめっちゃ高い。これは若い頃、井上先生に連れられて、祐徳稲荷などの本を調査させていただいたり、大学の漢詩文の演習で、佐賀がらみの文人がえらく多いなと思い知らされたりしての実感。この文化、まだ生きていますね。

 
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2018年04月03日

昔の論文での予見が当たっていた話

 杉本和寛さんの「禁談義から禁短気へ−『風流三国志』と『傾城禁短気』構想の背景としての宝永の宗論騒動」(『東京藝術大学音楽学部紀要』43集、2018年3月)が刊行された。
 副題の通り、「禁談義」(浄土宗の日蓮宗批判)の盛り上がりを背景とする浮世草子の動向について、非常に精緻に調査をされたもので、宗論騒動と出版との関わりがよくわかる論文。「談義」と「咄」を「奇談」書の〈語り〉の原型と見る私にとっては、非常に参考になる。
 と、同時に、私がかつて「「奇談」の場」(『語文』78、2002)で、予見していたことが事実であったことを立証してくださったという、まことにありがたーい論文なのである。
 簡単に言うと、私はこういうことを述べていた。
 江戸時代の書籍目録の「奇談」書リストに載る「平がな談義帖」という本は伝本がないが、禁談義を本の形にした『増上縁談義咄』の中で「談義帳」という語が出てくるのと関係がありそうだと。ちなみに「平がな談義帖」は「新撰禁談義」の改題本であるということはわかっているが、「新撰禁談義」という本がまたわからなかったのだ。
 ところが杉本さんの今回の論文で、杉本さんが『新撰禁談義』を入手されていたことがわかった。さりげなく書かれているが、私からすれば、大発見だ。しかもこれは、『増上縁談義咄』三巻五冊を三巻三冊に改装し、内題等を改める形で刊行しているというのである。その改題本が『平がな談義帖』であるわけだからば、私の想像が当たっていたということになるのであります。
 この論文を書いたのが16年前。16年後に、こういう形で仮説が証明されるとは、あーうれし。杉本さん、ありがとう。
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くずし字学習支援アプリKuLAが10万ダウンロード数達成

4月になりました。
春にふさわしい明るいニュースをお知らせしましょう。
2016年2月にリリースしたくずし字学習支援アプリKuLAが遂に10万ダウンロード数を達成していることがわかりました。
開発者の橋本雄太さんの報告です。
わずか2年あまりで10万ダウンロード数とは、開発者サイドの人間も誰一人予想していませんでした。
「目標は1万ダウンロード!」とか言うと笑われていました。
しかし、現在でもダウンロードの勢いは衰えていません。
大学で前近代の資料を扱う学生たちは、くずし字を学ぶ機会があるはずですが、そういう層にかなり定着し、毎年一定数のダウンロードがあるのかもしれません。もともと国文系の各出版社だ出している「変体仮名の手引き」のような本は、地味ながらロングセラーが多いのです。それと同じ現象か。そして刀剣乱舞クラスタの方々に使われているらしいのが、やはり大きいでしょうか。
ちなみに本も出しているのでよろしく。マニュアルだけではなく、くずし字解読の世界をちょっと学問的に知ることができます。

さて、実際にくずし字を読んでみよう!という呼びかけをしているのが、京大の古地震研究会が主宰するサイト「みんなで翻刻」です。いろんな地震に関する江戸時代の資料を、みんなが参加して読んでいくというもので、こちらも数百万字が既に翻刻されるという驚異的な成果を上げています。これをオフラインで楽しくやろうというイベントが、去年に引き続き4月28日・29日に幕張メッセの「ニコニコ超会議」に出店するブースで行われます。超豪華ゲストのトークショーもあるらしいですぞ。私もKuLAのマスコット、しみまるのキャップを被って二年連続参加となりそうです。この模様は、ニコニコ動画で配信されるとか。詳細がわかったら、またお知らせいたしましょう。
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2018年04月01日

芭蕉は忍者か

 中部大学ブックシリーズ・アクタ29 『芭蕉忍者説再考』は岡本聡さんの著。風媒社、2018年3月。
このところ、国際忍者学会が話題になることが多いが、芭蕉忍者説は恰好のトピックであろう。
芭蕉が忍者だったのかどうかというのは、「忍者」って何?という問題と大いに関わるようであるが、江戸時代の文献に「忍者」という言葉がなかなか見いだされないらしいとなると、芭蕉が忍者だったかどうかという問題は、結構問題設定そのものが難しいのかもしれないと思うが、岡本さんはそこをどうさばくのか。前著『おくのほそ道と綱吉サロン』からのさらなる展開があるようだ。
 
 
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2018年03月29日

役人附雑考

「役人附」。つまりお役人のリスト。たとえば『日光御参詣供奉御行列附』。その出版状況、偽版などについての、例によってのモノに即したマニアックな考察。もちろん著者は鈴木俊幸。「役人附雑考」(中央大学文学部「紀要」121、2018年3月)。
 役人附の出版は幕府の保護をうけた暦屋によって行われていた。そのことをモノによって立証。そして偽版についてへと考証は進む。武鑑研究のスペシャリスト藤實久美子によれば、天保14年の日光参詣供奉役人附は出雲寺が3万部刷りたてたらしい。のことも偽版のリスクを冒す理由として引かれている。これぞ出版文化研究の大ヒントだろうが、こんなことを知っている文学研究者がどれだけいるだろう。それらは触れ売りもされていた。
 その他、出版文化史研究に資する知見多数。図版豊富。たぶん鈴木さんのモノでしょうね。
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2018年03月28日

ブログ開設10周年

本日、ブログ開設10周年を迎えました。
記事数は1185で、おおむね3日に1回ペースで書いたということになります。
2008年以降、私の中で大きかった出来事を10あげるとすれば(順不同)

1 京都国立博物館での上田秋成展実行委員会の事務局をつとめる。
2 日本近世文学会事務局をつとめ韓国の高麗大学校で初の海外学会を開催する。
3 懐徳堂記念会100周年記念誌を編集する。
4 忍頂寺文庫目録を作成刊行する。 
5 共同研究成果報告書『近世風俗文化学の形成』(忍頂寺務の学問の顕彰)を刊行する。
6 阪大リーブルの1冊として『上田秋成−絆としての文芸』を刊行する。
7 「奇談」に関する科研研究成果報告書を刊行する。
8 くずし字アプリKuLAの開発。
9 ハイデルベルク大学で1セメスター客員教員を務める。
10 蘆庵文庫研究会の一員として『目録と資料』『自筆本六帖詠藻』を出版する。

あたりだろうか。いずれも大阪に来なければしなかっただろう仕事ばかりである。そして、すべて自分一人ではなしえない仕事。共同研究がいかに多いかを痛感させられる。阪大OB、同僚、秋成研究のお仲間、蘆庵文庫研究会のお仲間、デジタルヒューマニティー関係で知り合った方々などなど、心から感謝申し上げる。
ドイツに3年連続行くとか、くずし字アプリ関連の発表講演を何度もやるとか、10年前には全く想像もしなかったことをやっている。
そして、阪大での教員生活も残りそう長くはない。思わぬ共同研究は楽しく有益だったが、自身の秋成や奇談の研究成果はちょっと乏しいと反省している。あと10年ブログが続けられるかどうかはわからないが、ここでもう少し自身の研究のことを報告できるように頑張りたい。

というわけでブログ10周年を自分で祝っておこう(笑)

【追記】柿衞文庫での「神医と秋成」展のプロデュースというのも10大ニュースに入れていいことでした。
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2018年03月24日

大師流と入木道書

 一戸渉さんの「大師流と入木道書−架蔵岡本保考宛妙法院宮真仁法親王書状小考−」(『斯道文庫論集』52,2018年2月)を拝受。妙法院宮周辺を私も微力ながら追っておりますので、興味津々によませていただきました。
 岡本保考は寛政頃大師流が宮中に用いられた功績者でその推挽者は妙法院宮真仁法親王であることを指摘し、二人の入木道に関する具体的かつ詳細なやりとりが明らかになる書簡を紹介・解説したもの。
 論文中にも出てくる金沢市立玉川図書館近世史料館収蔵の岡本家文書。これはちょっと見逃せないものですな。一度見に行こう。それにしても妙法院日次記があと1巻でいったん終了すると聞いているが無念です。せめて真仁が亡くなるまで、いや寛政期まででもお願いしたいのだが・・・。
 それにしても真仁さん(京都の人はこう呼ぶようですね)、画にも熱心だが、書にも熱心なのね。この人の文事ないし文事サポートを全面的に明らかにすべき。それではじめて十八世紀後半の京都雅文壇が見えてきます。
 さて注に私の関係する論集が近刊として出てきます。遅れています。一戸さんはじめ関係者の皆様ご迷惑をおかけして申し訳ありません。6月の学会までになんとかと思っていますが・・・。
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立圃自筆書入『十帖源氏』

 白石良夫・中尾友梨香編、小城鍋島文庫研究会校訂『佐賀大学附属図書館小城鍋島文庫蔵 十帖源氏 立圃自筆書入本【翻刻と解説】』(笠間書院、2018年3月)。
 タイトルを挙げただけで、本の中身をかなり紹介できたように思う(笑)が、立圃は近世初期の俳諧師であり、『十帖源氏』は一般には源氏のダイジェストと言われる。しかし「あとがき」によれば、「俗訳・要約して広く普及させる」ものではなく、「本文は源氏物語の原文をほぼそのまま用いており」「ただ、所々を大幅に省略して、分量を十冊に縮小させただけ」。立圃が『十帖源氏』に求めたのは、「原語」の魅力であるということ、想定読者はむしろ源氏読みの玄人だという。和歌は全く省略されていない。「基本的には俳諧を嗜む人のために提供された参考書またはテキストであったと見なすべき」なのだという。書き入れを検討すると立圃一門の源氏理解は『紹巴抄』と『河海抄』に基づいている。白石良夫さんの解説は相変わらず歯切れがよく、従来の版本理解を一歩進める。また中尾さんの「あとがき」は「あとがき」を超えた概説という趣だが、山本春正の『絵入源氏物語』に対抗して作られたという吉田幸一説をその逆かもしれないという重要な見解が述べられている。この本は鍋島直能の需めに応じた書き入れ本であり、その関係でその成立年は再考すべきであるというのである。
 ちなみに、この本のことは近く私の所属する某学会で、中尾さんが発表することになっている。
 ところで、白石さんの「まえがき」を読んで、九州の研究会の雰囲気がどどーっと蘇ってきて懐かしかった。こんな感じ、こんな感じと一人でニヤニヤしていた。
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2018年03月22日

「迦具都遅能阿良毗(かぐつちのあらび)」考

長島弘明氏の「「迦具都遅能阿良毗」考」(『日本学研究』53、檀国大学校日本研究所、2018年1月)。
 井上泰至さんのご厚意で入手。檀国大でのシンポ発表が元になっているが、井上さんもそこで発表されていた。そちらの方の原稿化もいただいたが、これは別途また。
 さて、これは「かぐつちのあらび」と読む。「かぐつち」は火の神である。天明八年の京都大火のことを指している。これについて上田秋成がルポルタージュを和文で書いた。それについての考察。
伴蒿蹊の同題の文章との比較。蒿蹊の文章は俗受けするもので、事実、『花紅葉都噺』という読み物に丸取りされている部分もある。その点、秋成のものは和文である。とはいえ和文特有の修辞的部分はなく、たんたんと書いている。
秋成が災害の記述に和文を用いたらどうだろうというひとつの実験だという。

我々が編んだ『蘆庵文庫 目録と資料』がお役にたったようで、何よりであった。




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2018年03月20日

伊勢における『春雨物語』の流通

 このところ、伊勢における秋成著作の流通が次々に明らかになっている。本ブログでも紹介してきたが、長島弘明さんが、新出の秋成書簡(宛名不明)に『春雨物語』の書写とその出版(これは結局実現しなかったようだが)の可能性について触れていることを紹介(「『春雨物語』の書写と出版」『国語と国文学』2017年11月)し、菱岡憲司さんが、小津桂窓から川喜田遠里に『春雨物語』の一本が渡ったことを、小津の手紙によって明らかにし(『鈴屋学会報』2017年12月)たのに続き、青山英正さんが、石水博物館蔵の川喜田遠里宛竹内弥左衛門書簡に、春雨物語ほか秋成の著作を返却するという記事が見えていることを紹介した(『明星大学研究紀要』2018年3月)。そこでは、その書簡の年月日も天保14年12月23日と確定された。竹内弥左衛門は現在知られる文化五年本『春雨物語』の三つの転写本のひとつ漆山本の書写者として知られる。その書写終了日は奥書によって天保14年12月17日とわかる。書写終了の6日後に返却したのである。
 では川喜田遠里が持っていた『春雨物語』とは?それは漆山本の底本と目される正住弘美が写したという桜山本であろう。ということは小津桂窓から川喜田遠里に渡った『春雨物語』もまた桜山本だったのであろう。西荘文庫本は、その桜山本の写しである(という説が有力だが、私の授業(演習)での学生たちの調査によれば、そう言い切れない部分もある)。文化五年に秋成が自ら書いた自筆本『春雨物語』は巻子本と思われ、現在もまだ出現していない。しかし、それを写したと思われる桜山本の伊勢における流通の様相はかなり生々しくわかってきている。新資料というのは出てくるときには不思議と次々に出てくるものである(実はもうひとつ超重要なブツが最近現れたのだが、アレは今どこに?)。かつて『春雨物語』文化五年本が出現したときもそうだった。今春雨物語研究の新たな潮流として、その流通の新事実が次々に明らかになっているが、それは、書物研究・人的交流研究という近年盛んになってきた研究状況と無縁ではない。
 青山さんの研究内容は、これも報告したが、我々の科研研究会(近世中後期上方文壇における人的交流と〈場〉)で発表していただいたものなのである。
 それにしても竹内は、『春雨物語』の中でも「捨石丸」「樊噲」を写さなかった。「放埒」「にくさげ」「みるにうるさく」と否定的に評し去った。一方で、『春雨物語』よりも先に『癇癖談』『諸道聴耳世間狙』のようなモデル小説に興味を示していたようである(別の書簡からそれが明らかにされる)。このようなモデル小説の書いた作品だからという流れで『春雨物語』なども読んでみたくなったようなのである。こういった秋成著作をめぐる伊勢の人々の関心のあり方や本の貸借から、当時の文化が見えてくる。それを解き明かす資料の宝庫が川喜田家ゆかりの石水博物館であることは間違いない。今後の展開に注目である。
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2018年03月16日

みんなでデータベース?

 本日、上智大学でdigital humanities and databases (デジタルヒューマニティーズとデータベース)という国際シンポジウムが行われました。私も発表者の一人です。7名の発表のうち英語4名、日本語3名。会場では英語が飛び交い、聞き取れないので緊張します。しかし、フランクフルト大学のキンスキー先生がいらっしゃいました。ドイツで大変お世話になった先生ですが、優しい先生なので何か安心します。
 参加者は30名くらいだったでしょうか。10:00から開始。
 デビット・スレイター比較文化研究所長の開会の挨拶に続いて、コーディネータのオカ先生の趣旨説明。in English. DHに対する人文研究者の認識の現状と研究会の意義を説いている模様。その後、橋本雄太さんが日本語で趣旨説明をはじめました。「日本語をきいてほっとしている方もいらっしゃるようで」とおっしゃったが、もちろん私のことであります。
 最初の発表は、スレイター先生の「東北からの声 災害と復興のオーラルナラティヴ・アーカイブ」。面白かったです。オーラルナラティヴアーカイブの難しさ。コミュニティ支援をしながらの実践的研究。本音を引き出し、それを理解するために、同じところに4回通う。最低25時間のインタビュー。支援もプロジェクトの目的だから、そこは徹底している。話を何度も繰り返し聞くことで、わかるのだということ、確かに経験上、1度きいたぐらいでは本音はしゃべってくれないというのはありますね。だから4回!。たしかに学術成果を急ごうと、インタビューに気持ちがなければ、相手は本音をしゃべってはくれません。コミュニティウェブサイトの名は「東北からの声」。この試みは、2月23日に講演を聴いたヨーロピアーナを思い出します。ヨーロピアーナは第一次世界時の文書や聞き書き、物の総合的アーカイブスであります。
 
 次に急遽予定が変わって国文研の岡田一祐さん。見事な英語ですね。原稿をプリントアウトして配布されていました。職場の新日本古典籍総合データベースと、ご自身の『和翰名苑』仮名字体データベースのお話でした。岡田さんは英語質疑も見事にこなし、感嘆いたしました。
 
 ここで昼休み。上の階の食堂でサンドイッチ。まわりは英語ばかりで会話ですが、幸いキンスキー先生とご一緒できましたので、日本語でいろいろ情報交換いたしました。
 午後の部は橋本雄太さんから。英語プレゼン。非常に慣れている感じですね。原稿もないようですが、笑いをとりながら、聴衆を引きつけています。あとできいたら原稿を作る暇もなく、半分アドリブだったということです。発表は日本の主要な人文学のデータベースの考え方や構築方法などに触れつつ、現在進行中の「みんなで翻刻」について紹介しました。次いで私が、普通のおじさん日本文学研究者(つまり私)のデータベース活用の仕方と、くずし字学習支援アプリKuLAの紹介をしました。反応はまあまあよかったような気がします(自賛 笑)。
 続いて史料編纂所の山田太造先生。史料編纂所のデータベースについて説明されました。文字にして6億文字くらい集積しているらしいです。作成された史料冊は117875冊。約130年の事業だということ。

 続いてレオ・ボーンさん・浅野友輔さんの「日本の人名データベース 歴史的ソーシャルネットワーク可視化とその利活用」in English 今日の目玉ですね。2200の人名と7000の出来事が現在入力されています。場所もデータとして採られています。これは私らの「人的交流と〈場〉」科研と重なるものがあるなーと思いました。頼春水を中心にデータをとっているようです。China Biographical Databese をモデルにしているらしいです。試行的なウェブサイトにもアクセス可能である。→https://network-studies.org/ 人的関係を図式的に可視化するのはエキサイティングでした。
 と同時に、データベースも「みんなで翻刻」同様、クラウドソーシングするのもひとつの手かなと思いました。
 トリは佐久間勤氏のラウレスキリシタン文庫データベースの紹介。ヨハネス・ラウレス神父の設立した文庫。きりしたん版ほか貴重なキリシタン関係の文献。詳細な書誌情報とともにデジタル画像を一般公開しています。ラウレスには『キリシタン文庫』という編著があります。
 さて発表が終わって、上智大学13号棟内の「紀尾井亭」でレセプション。ぜいたく・・・、というわけで大変刺激的で有益な会でした。
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2018年03月13日

歌舞伎評判記集成 第三期

『歌舞伎評判記集成』第三期の刊行が開始された。第一巻は2018年2月である。
 歌舞伎研究は言うもさらなり、近世文学研究に携わるもので、この第一期・第二期を利用したことのない者はいないだろう。
 役者評判記を集成して年代順に配列した歌舞伎研究必須の翻刻叢書である。また評判記という江戸特有の批評スタイルの型の原型が役者評判記である。ここに歌舞伎以外でも思わぬ情報が潜んでいることがあることは、浮世絵研究の第一人者である浅野秀剛氏が、明和七年の評判記に、浮世絵師鈴木春信の没年月日が記されていることを知って目を疑った経験を「推薦のことば」で書かれている。
 第二期が完結して何年になるのか、第三期が出ることがあるのか、などと時々思うことがあったが、関係者の方々は、第三期刊行をめざして、死にものぐるいの努力を続けておられたようである。
 和泉書院が岩波書店の判型や組版をほぼ引き継いで、ついに第三期がはじまった。安永から享和にかけての評判記が全十巻きの予定で刊行される。上田秋成の後半生とほぼ重なるこの時期の評判記の刊行は、ありがたいと何回言っても足りないくらいである。年1回刊行予定ということだが、果たして完結まで見届けられるかどうか。
 厳密な翻刻方針は引き継がれる。この叢書に深く関わった松崎仁先生が、かつて今井源衛先生から応援を頼まれて『学海日録』(依田学海の日記)の翻刻作業グループに入られた。その翻刻方針の議論で、この評判記集成の翻刻凡例が参照されたことがあり、あまりの厳密さに唖然とした記憶がある。その「翻刻覚書」をかつて書かれた原道生先生が、月報で、松崎仁先生とゲラの手渡しをされていたころのことを記されている。武井協三先生が松崎先生に翻刻を褒められて涙があふれた思い出を書かれている。歌舞伎研究者の先達たちの深い思いがこの叢書には込められている。
 そして、新しい世代(といっても既にベテランの域に達した方々ばかりだが)を中心に、第三期が刊行されるのである。題字はもちろん故郡司正勝先生。しかし、第三期の「三」の字はどうしたのだろうか。ある会議でHさんが、評判記刊行会のMさんにたずねたところ、「それは「第三巻」の「三」の字を使いました」と。なるほどお!
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2018年03月10日

『鯉城往来』20号

 広島とその近辺の近世文学者を主なメンバーとする広島近世文学研究会の刊行する研究同人誌『鯉城往来』が20号に到達した。近世文学の研究同人誌は、主として、大学を拠点にするものと、地域の研究会を拠点とするものと、ジャンルを中心にするものがある。大学拠点は『叢』(東京学芸大学、ジャンルも草双紙に特化)、『渋谷近世』(國學院大學)などであり、地域でまとまっているのは『雅俗』(九州)、『混沌』(大阪、漢詩文が多い)、『東海近世』(名古屋)などがあり、ジャンルでは『俳文学報・会報』(大阪俳文学研究会)、『読本研究』(読本研究の会)、『江戸風雅』(江戸風雅の会)などがある。他にもいろいろあろうが、思いつくままなので、許されたい。我らが『上方文藝研究』は、その三つの要素がゆるやかにあるような雑誌であるかな。創刊からしばらくは全面的に阪大OBの方々の助けを得た。深謝している。
 『鯉城往来』は着実に年1回のペースを守っている。広島の地以外のメンバーも寄稿することがあるが、「往来」の誌名には、そのような開かれた場という意味合いもある。私も山口大学時代に研究会に2,3回参加した記憶がある。
 広島といえば横山邦治先生が『読本研究』を出していた地でもある。その横山先生が亡くなられたことに編集後記が触れている。横山先生の後任となった藤沢毅さんの文章である。横山先生と下垣内和人先生を両巨頭ととし、杉本好伸氏・久保田啓一氏を中堅として、その下の世代の藤沢さん・島田大助さんが会を引っ張ってきたという印象である。そういう中で、若手を育ててきた。本会の意義は大きい。
 なお、地域に根ざす研究会といえば、近世文学に限定するものではないが、北陸古典研究会を逸することはできない。たしか今日がその研究会の日ではないか。木越治さんを中心とし、非常にラディカルに、つまり根源的に文学と問い続けてきた研究会として特筆される。
 山本綏子氏が本号で問題とした「樊噲」の場面は、私も考察したことがある(『秋成 絆としての文芸』)ので、興味深い。「目おこせて」か「目おこせで」かという話で、私の趣旨からしても、この論は援護射撃になるのだが、賛否についてはもすこし保留したい。
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2018年03月09日

一九世紀文学研究会

高木元さんから、一九世紀文学研究会のご案内を受けた。
一九世紀は江戸から明治を跨いだ「幕末明治」の時代に相当する。

第9回 一九世紀文学研究会のご案内

下記の要領にしたがって第9回十九世紀文学研究会を催します。
ふるってご参加ください。

時 :2018年3月31日(土)14:00〜
場所:法政大学市ヶ谷校舎 ボアソナードタワー6階 601教室
発表:多田蔵人「森鴎外『舞姫』の文体」
:ロバート・キャンベル「煉瓦街の文学」

*会場はボアソナードタワーの6階です。一番目立つ高い建物です。
*懇親会はボアソナードタワーの25階のC会議室です
*第10回は2018年9月29日、第11回は2019年3月末を予
定しています。発表者を募集中です。ふるってご応募ください。
テーマは広く文学に関わることとして、お考えください。
hokkinin_19c@fumikura.net
宛に簡単な要旨でかまいませんので、添えてお申し込みください。

校舎配置図(富士見校地の吹き出しの中を参照)
http://www.hosei.ac.jp/access/ichigaya.html
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2018年03月08日

高田宏『言葉の海へ』解説を読む

 岡島昭浩さんの『国語元年』解説に引き続き、同僚で大阪大学文学研究科長の金水敏さんが、高田宏『言葉の海へ』(改版)の解説を書いておられる。この本は大槻文彦が『言海』というはじめての近代国語辞書を独力で完成した苦闘を描く名作である。巻末には元々の解説の大岡信氏の解説も載っている、贅沢なダブル解説だが、金水さんの解説は、大槻文彦の仕事が近代国家としてありうべき国語を構築するための「国語改革」という大きなプロジェクトに果たした役割を、具体的に示している。とくに、『言海』の「語法指南」にまとめられた実用的な、それまでにない日本語で書かれた本格的で網羅的な文法解説が重要だということを指摘している。
 以上、「解説を読む」シリーズでした。
 ちなみに同僚といえば、斎藤理生さん(近代文学専攻)が、坂口安吾の幻の小説「復員」を発掘したことも話題になっている。。7日発売の『新潮』に作品と解説が載るということである。あ、新潮社シリーズでもありましたな。
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2018年03月07日

仮名草子集成 第59巻 ひ

 『仮名草子集成第59巻 ひ』(東京堂出版、2018年2月)が刊行された。
「ひ」って何?と思う方がいるかもしれない。
 『仮名草子集成』とは、仮名草子という江戸文学初期の散文ジャンルの諸作品を、「あ」から順番に五十音順に刊行してゆくという壮大な事業である。それが「ひ」まで来たということだ。
第1巻の刊行は1980年だから、実に39年目に入った事業。責任編集者も何度か代わり、今は花田富二夫氏と柳沢昌紀氏。今回は「ひそめ草」下と「比売鑑」を翻刻。翻刻担当は、花田・柳沢両氏に加え湯浅佳子氏である。
 学問的に厳密な校訂を施した、仮名草子研究の基本中の基本となる叢書である。このような息の長い刊行事業には本当に頭が下がる。近く紹介するつもりの『歌舞伎評判記集成』もまたしかりであるが、「義気」のある人たちがいないと継承していけない事業なのである。終結まで私が見届けられるかどうかはわからないが、完成を心からお祈りしている。
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国際シンポジウム「デジタル人文学とデータベース」

2018年3月16日(金)、上智大学の比較文化研究所が主催する、国際シンポジウム「デジタル人文学とデータベース」で発表します。

私は日本語で発表しますが、ウェブサイトに置かれている案内は英語であることからもわかるように、英語での発表が多いです。文字通りふつうの小学生なみ英語力の自分がどれくらい理解できるかどうかわかりませんが、たぶんほとんどスライドプレゼンでしょうから、少しはわかるかな。英語リスニングの勉強と思って、行って参ります。
内容は以下の通りです。

International Symposium sponsored by:
SOPHIA UNIVERSITY INSTITUTE OF COMPARATIVE CULTURE

DIGITAL HUMANITIES AND DATABASES

09:30– Reception Desk
10:00–10:10 Bettina Gramlich-Oka : Welcome Address
10:15–11:00 David H. Slater: Voices from Tohoku: Oral Narrative Archive of Disaster and Recovery
11:15–12:00 Hashimoto Yūta: Participatory Text Database for Premodern Japanese Texts
12:00–13:00  Lunch Break
13:00–13:45 Okada Kazuhiro: Japanese Philology: The Database of Premodern Japanese Works and the “Wakan meien” Hiragana Grapheme Database
13:45–14:30  Iikura Yōichi: Kuzushi ji Learning Application and the Utilization of Image Databases in Japanese Literature Research
14:45–15:30 Yamada Taizō: Flow and Utilization of Japanese Historical Data in the Historiographical Institute〇
15:30–16:15 Leo Born: Japanese Biographical Database: Application in Historical Social Network Visualization
16:15–16:30 Sakuma Tsutomu: Laures Kirishitan Bunko Database〇
16:30–17:00 Closing Remarks & Discussion
17:00–19:00 Reception

〇がついているのが日本語発表です。
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2018年03月06日

京大のお家芸

京大の和漢聯句研究会から『和漢聯句作品集成』(臨川書店、2018年2月)。和漢聯句とは、「漢詩を連ねる聯句と、連歌とが融合して成立した文芸形式」(日本古典文学大事典、深沢眞二氏執筆「和漢聯句」)である。
下記に示すように和句・漢句の順に始まる物を和漢聯句、その逆を漢和聯句という。
本書の最初に載せる慶長二年の冒頭の四句を挙げると、

待人の心ふるすな春の花
暖些宮柳濃
随風軽舞燕
霞たゑだゑあくる遠近

こんな感じである。和漢聯句の研究は京都大学のお家芸とも言える。長く研究会を続けていて、室町時代の和漢聯句作品を紹介してきたが、今回江戸時代初期のものを集成して刊行された。大谷雅夫さんをはじめとする一三名のメンバーによる信頼できる翻刻テキストの提供である。

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