2018年03月05日

木越治さんのこと

 木越治さんの突然の訃報に接して1週間経つ。私だけではないと思うが「木越ファミリー」という言葉を使うことがある。木越さん自身が大家族の中で育ったこと、木越さんも双子の息子さん(そのうちのお一人が近世文学研究者の俊介さん)をはじめとするにぎやかなご家庭をつくったこと(愛妻の秀子さんも日本近世文学の研究者)、金沢大学出身の教え子たち、そして北陸古典研究の会や和太鼓のグループ、東京に移られてからつくられた秋成研究会。おそらくそれらすべては、木越ファミリーと呼ぶべきものだっただろう。他にも源氏物語を読む会などをずっと続けられていたとうかがっている。木越さんは、そのように中心にいていただくとほっとする、希有な存在である。
 何を、何から語ればいいのか。あまりにも語るべきことがありすぎる。ただ、私は、自分自身の秋成研究との関わりで、木越治という存在の意味をここでは語るべきだと思う。そのつきあいは私がはじめて論文を書いた38年前にさかのぼる。
 私は修士課程1年の時に初めて論文を書いた。そして数名の方に論文を送った。お会いしたこともないような方ばかりだったが、皆さん本当に丁寧にご返事を下さったのに驚いた。その当時木越治さんは32歳だったか。富山大学におられたころだった。返書は便箋6枚に及ぶものだった。九大本『玉すだれ』の書誌を教えてほしいという依頼を含んではいたが、正味5枚は拙論への批評だった。このお手紙にどれだけ励ましを受けただろう。
 次の論文の時も便箋4枚に及ぶものだった。褒めて下さりつつ、足りないところを、きっちりと指摘されるのは前回と同じだった。
 第3論文では、秋成の学芸研究をいくらやっても作品論には繋がらないという批判を受けた。私はこの批判を受けたことが、現在の私の研究を形成するのに大きな意味を持ったと思う。私は、ここで作品を意識するようになった。
 第4論文も相変わらず学問的著作を扱ったが、私のやり方を「独自の世界を構築しつつある」とお認めくださった。「以前の妄言」は気にしないようにと。
 しかし、第6論文にあたる「春雨物語序文考」は、第三論文の返書にあった「いつか貴君の春雨論を読みたい」という木越さんの言葉にお答えしたつもりの論文だった。これを木越さんは評価して下さった。私はやっと秋成研究者の中に入れたような気がした。
 木越さんの研究は、真正面から、作品と対峙する作品論(秋成だけではなく西鶴も)がある一方で、春雨物語の諸本論や字母論のような文献的・統計的研究があり、怪談系浮世草子の翻刻・研究もある。落語や講談にも詳しく、その方面のお仕事もあり、本朝水滸伝の注釈もある。近年は藤岡作太郎の仕事を手がかりとして、「文学史」の再検討を行っていた。つまり、木越さんは方法的にもマルチな人であり、どんな研究であってもその意味を認めることのできる間口の広さを持っていた。パソコンにも強く、研究上のツールを自分で作るほどの力もあった。近年は、秋成忌の運営に積極的に関わっておられた。
 木越さんは、裏がなく、真っ直ぐな方で、言うべきことをはっきり言うから、厚い信頼があった。私も学会発表で、『秋成考』の書評で、中野先生の西鶴戯作者説をめぐって、「菊花の約」論で、私の説の批判を受けたが、それらは私にとって、自説に向き合う機会を与えていただくありがたいものであった。「菊花の約」論争は「リポート笠間」誌上で交わしたのだが、私の反論に対する木越さんの再反論「飯倉洋一氏へ」で一応終わった形になった。私はこの文章を、木越さんの私への遺誡と受けとめている。これらについては、また機会があれば改めて書いてみたいと思う。
 木越さんとご一緒した仕事もいろいろある。頼まれたこと、お願いしたこと。同じメンバーとしてやったこと、などなど。お願いしたことは、まず阪大で私が広域文化表現論という講座を担当していた時に、「テクストの生成と変容」という研究プロジェクトの一環として、「秋成文学の生成と変容」というシンポジウムを開催した。その時の基調報告を木越さんにお願いした。このシンポジウムを基にして、『秋成文学の生成』という本を作ったが、共編者として参加していただき、冒頭に木越さんとのメール対談を配した。このメール対談をしたころは本当に楽しかった。この本の出版は、秋成没後200年記念行事の先陣を切るものだったが、その後本格的に学会の援助を受けて上田秋成200年展を京都国立博物館で開催することになり、実行委員となった稲田篤信さん、長島弘明さん、木越さんとで、一生懸命準備をしたことも忘れられない(高田衛先生・中野三敏先生も実行委員だったが実働部隊はこの4人だった)。京都での打ち合わせの時、待ち合わせの駅前で帽子を被った木越さんが、なにかの本を読んでいらっしゃった姿がなぜか脳裏に焼き付いている。その流れもあって、『文学』誌上で実行委員4名が座談会をした。座談会は暑い夏に行われたが、ネクタイを持参してきた木越さんが、「あれ、みんな(ネクタイ)しないの?」とおっしゃったのが可愛かった。それでその座談会では木越さんだけがネクタイを締めている。また、これは私が依頼したわけではないのだが、『国語と国文学』には拙著の書評を書いて下さった。学会で長島さんと木越さんに酷評された「血かたびら」論を、訂正もせずに載せているのは「天晴れ」だと妙な褒め方?をされている。
木越さんは、大阪大学で行われている上方読本を読む会にも1度参加して下さったことがある。確かあの時は「木越ファミリー」が勢揃いしたはずである。また、京都近世小説研究会で、2回目の西鶴特集をやったときに井上泰至さんと木越さんを呼んで西鶴を論じてもらった。
 木越さんからも、『上田秋成研究事典』の一項目や『前期読本怪談集』の校訂(のための人集め)を頼まれている。後者はなんとか木越さんのお目にかけることができてよかった。前者は、私の「菊花の約」論を強く批判されたこともあり、笠間書院(当時)の岡田さんに、煽られて、反論を書いたところ、それにもきっちりと再反論していただいたのは、有り難かった。講義でもこの論争を取り上げると受講生の反応がいいのである。中野三敏先生の西鶴戯作説をめぐってもお互いのブログを舞台に論争、こちらも笠間書院のウェブサイトに転載された。
 こうしてみると、私の研究生活の中に、木越治という存在がいかに大きいかをあらためて思う。まだまだ書き残したことがあると思う。
 秀子さんや俊介さんの悲しみ、そしていろんな意味での木越ファミリーのみなさんの「木越治ロス」の大きさが思い遣られる。
 木越さんの古稀を記念して、論文集が編集されているという。どうやらそれは刊行されるようだ。木越さんも楽しみにしておられるだろう。
 本当に、まだ実感が湧かないのであるが、木越さん、これまで本当にありがとうございます。これからも、何度も何度もあなたの論文を読み返すことでしょう。
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2018年03月04日

科研研究会覚書

 先に告知していた、科研基盤研究(B)「近世中後期上方文壇における人的交流と文芸生成の〈場〉」(代表者・飯倉)の公開研究会が2018年3月3日(土)大阪大学豊中キャンパス(文学研究科本館・中庭会議室)で行われました。
15〜20名くらいを想定していたのですが、27名もの方が参加、東京や福岡からもご参加いただきました。
発表は次の4本。いずれもエキサイティングなもので、かつ質疑応答も議論沸騰し、刺激的で、充実した会になりました。
1 勢田道生 高橋図南の有職故実研究
2 盛田帝子 寛政新造内裏における南殿の桜−光格天皇と皇后欣子内親王
3 菱岡憲司 小津久足と本居大平――大平添削への反駁
4 青山英正 伊勢の文化的ネットワークと『春雨物語』
―石水博物館所蔵川喜多遠里宛竹内弥左衛門・正住弘美書簡をめぐって
 勢田氏は高橋図南という有職家の出自や著作、思想について基礎的な検討を行いました。有職研究という営みの意味について考えさせられました。特に東涯の門人であるということについて、人的ネットワークと思想形成の面で注目すべきだという議論がありました。儒学における礼楽や法制研究との関わりを考えるべきなのかと思いました。
 盛田氏は、光格天皇の中宮である皇后欣子内親王に注目。宮中歌壇で異例な待遇をされていることを指摘、そして光格が天皇在位中に、「南殿の桜」にこだわったこととその意味について論じました。欣子の異例な待遇についてはその出自とと関わらせての議論が交わされました。
 菱岡氏は、本居大平にうけた歌の添削について、徹底的に小津久足が反駁する資料を紹介し、その反駁の徹底ぶりに会場が沸いた。そして久足の添削観を足がかりに添削とは何かとか、大平否定的評価の広がりなどについて質疑が交わされました。馬琴研究がイメージする久足とは全く違って驚いたという感想もありました。
 青山氏は、石水文庫で調査中の川喜多遠里宛の膨大な書簡を読み込み、伊勢商人の書物交流を浮き彫りにする中で、秋成の著作、特に春雨物語文化五年本の貸借・書写の流れについて、見事に明らかにされました。いくつか問題は残るものの、桜山本・西荘文庫本・漆山本の関係が非常にすっきりと跡づけられました。秋成研究にとってこれは画期的な業績となります。
 これほど充実した研究会はそうそうないでしょう。参加された方全員が出てよかったと思っただろうと確信できる会でした。
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2018年02月27日

柳枝軒と古梅園

松尾譲兒氏『書肆柳枝軒と古梅園』(『名古屋大学国語国文学』110、2017年11月)。
古梅園とは、言わずと知れた奈良の製墨の老舗。そこにある資料調査については、2009年から2011年の科研事業(代表者は大谷俊太さん)で、悉皆調査が行われ、報告書が刊行されたことはこのブログでも既報した。
その後も、文化庁の「文化遺産を活かした地域活性化事業」として研究が進められていたようである。その成果は、『近世奈良墨資料T・U』として公刊されている。関連資料の影印・翻刻・現代語訳という丁寧な仕事である。そのプロジェクトに従事しつつ、研究論文をものしたのが、松尾氏である。どうも幼少期を長崎で過ごされたことがあるらしく、私も長崎人だけに、なんだか懐かしい。この論文では古梅園と柳枝軒との間に縁戚関係があり、柳枝軒は古梅園の販売代理店をしていたことなどが明らかにされている。また成嶋道筑や野呂元丈宛の書簡も紹介・解説されている(全文は、上記『近世奈良墨資資料』にあり)。古梅園・柳子軒の研究をしている人は必読。
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2018年02月26日

近世中後期上方文壇の人的交流と文芸生成の〈場〉

科研研究会を開催いたします。

科研基盤研究(B)
「近世中後期上方文壇における人的交流と文芸生成の〈場〉」公開研究会

日時 3月3日(土) 14:00-17:30
会場 大阪大学豊中キャンパス 文法経本館 中庭会議室
プログラム
1 勢田道生 高橋図南の有職故実研究
2 盛田帝子 光格天皇と皇后欣子内親王
3 菱岡憲司 小津久足と本居大平――大平添削への反駁
4 青山英正 伊勢の文化的ネットワークと『春雨物語』
―石水博物館所蔵川喜多遠里宛竹内弥左衛門・正住弘美書簡をめぐって

菱岡憲司さんと青山英正さんをゲストにお迎えしての開催です。
公開ですので、興味のある方はご参加ください。とくに事前連絡は要りません。
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2018年02月23日

Facts & Files 歴史研究をする会社

デジタルアーカイブ学会技術部会と人文情報学研究所の主催で、ヨーロッパのクラウドソーシングと日本のクラウドソーシングの現況についての情報交換などを目的とする懇談会が、本日、東京大学情報学環で行われました。まず、私が、くずし字学習支援アプリと、古地震研究会のクラウド翻刻.みんなで翻刻を紹介、そのあとFacts and FIlesのFrank Drauschke さんが、ヨーロピアーナという歴史史料デジタルアーカイブポータルサイトの活動について紹介しました。基本的にはEuが基金を出して運営しているようです。とても興味深いもので、特に第一次世界大戦のさまざまな記録や遺品を集め、公開しているeuropeana1914-1918(今年が終戦100年)、大戦の記憶をみんなで共有しようという壮大なプロジェクトの可能性に大いなる刺激と示唆を受けました。写真・遺品・日記・手紙などのデジタルアーカイブスが公開されています。そのうち特に日記や手紙は、当然ながら筆記体で書かれている「歴史的文書」であり、これを読める人が翻刻して呼びかけているのです。日本の「みんなで翻刻」プロジェクトに似ていますね。
このようなクラウド翻刻プロジェクトは、テーマを決めるとか、イベント性を付与するとか、ゲーム的要素を入れるとか、いろいろ工夫をすることで盛り上がるのではないかという意見が出ましたが、その通りだと思いました。たとえば国文研がクラウド翻刻に参加するのであれば、その豊富なコンテンツを生かした面白いテーマを考えることが重要ではないかと思います。その国文研館長のロバート・キャンベルさんも飛び入り参加して、核心を突いた質疑を行い、実に面白い懇談会となりました。フランクさんとは、英語で少し会話をしましたが、こちらの超へたくそな英語を忖度して理解してくれて、いろいろとコミュニケーションがとれたのは嬉しかったです。赤門前で記念撮影しよう!と言ってくださいました。
 食事しながら、さらなる情報交換を行いました。しかし新幹線の時間が・・・・。しかしフランクさんはドイツの方なので、再会を約して途中退席は残念でした!
 それにしても、Facts & FIles は、歴史研究をする会社なのですね。信じられませんね。

 こちらに紹介されていました。

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2018年02月20日

「みんなで翻刻」のすごい現況

 おはようございます。本日国会図書館関西館で、「司書と研究者のための日本関係資料研修」の一環として「くずし字学習支援アプリKuLAの挑戦」と題する特別講義を行います(一般公開、ただしすでに締め切っていますが)。その準備で、久しぶりに、クラウドソーシングとして注目を浴びている「みんなで翻刻」のサイトに行ってみました。登録だけしていましたが、はじめて翻刻も1文字だけやりました。(いままで古地震研究会が翻刻して見本として掲載していたものの1頁めの1字を修正)。これにKuLAの開発者橋本さんが「あっぱれ」をくれました。
  さて、「みんなで翻刻」はKuLAと完全連携していますが、「みんなで翻刻」に組み込まれたKuLAは「くずし字学習の基本」と「テスト機能」が、地震史料翻刻用にバージョンアップされています。前者は3部構成になって内容も歴史資料向けに増補、後者は続け字のテストもあり、パワーアップしています。実は私も昨日気づいたんですが(笑)。これはいずれスマホ版にも反映されるでしょう。そして、みんなで翻刻の現在を、コピペしますと、
現在の進捗(日次更新)
総入力文字数 3816851文字
(+14932文字)
翻刻完了画像 5198/6919枚
(75%, +32枚)
翻刻完了史料 410/470点(+1点)
参加登録者数 3836人

です。なんと400万字になろうとする翻字。ひとりで何十万字も翻刻している方もいます。400万字って原稿用紙1万枚ですよ!。1冊の厚めの本でいえば、50冊分です。こんなことは全く予想されていなかった。みんなで翻刻が公開されてまだ1年少し。みんなの力はすごいですね。古地震研ではもう出す史料がないという嬉しい悲鳴。ここは国文研などのオープンデータで翻刻のないのをここにアップしていけばいいのではないでしょうかね。仕組みをつくるのがむずかしいかもしれませんが、是非やっていただきたい。
 そして、みなさんも、是非「みんなで翻刻」をのぞいてみてください。
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2018年02月19日

江戸の学問と文藝世界

鈴木健一・杉田昌彦・田中康二・西田正宏・山下久夫編『江戸の学問と文藝世界』(森話社、2018年2月)。編者の5名が行っていた共同プロジェクトの流れからできあがった本。気になる論考が多いので、この投稿、あとで書き足す予定。新システムの初適用なり。
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備後俳諧人名録

田坂英俊さんの『備後俳諧人名録』(私家版、2018年2月)が刊行された。原則江戸期の俳人を集録。田坂さんは、秋成の歌文集の版下を作成した昇道の研究で、大きな成果を上げている方。私も昇道について調べたことがあって、それ以来、いろいろとご教示にあずかったり、ご本を送っていただいたりしている。ご住職であるが、地方文人のことを熱心に研究しておられる。このブログでも何度か登場されている方である。
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小津久足の書簡に『春雨物語』『雨月物語』のことが。

『鈴屋学会報』34(2017年12月)は、高倉一紀氏の追悼特集である。
それにちなみ、菱岡憲司氏が、資料紹介を寄稿している。
小津新蔵が川喜田久太夫宛に出した書簡。石水文庫所蔵。
ちょっと待って!
その書簡に、小津から川喜田に「さし上す」書目が列なるが、そこになんと『春雨物語』と『雨月物語』の名が。
伊勢商人たちの中で、『春雨物語』は往き来していた。備忘にこれだけは記しておこうと。
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岩波文庫版『雨月物語』

 近々ブログ開設10周年を迎えるが、当初は月に10回以上投稿、プライベートな出来事も書いたりしていたが、やはりここ数年は、投稿頻度が下がってきた。
 これは書かねばと思っていたことを、書きそびれることも少なくない。
 そこで、これからは、1行だけでも、タイトルだけでも書いておいて、時間が出来た時に、補記できればする、というスタイルにしたい。
 もともと、ご恵贈いただいた本を中心に、自分の関心に偏った情報・感想の提供が多いので、パブリックな性格はないことはあらためてお断りしておきたい。これは今後も同じ。しかし、できるだけ書きそびれることのないようにしたいから、その本を手にしたら、なるべくはやく書名だけはあげることにする。
 論文に関しては、特に私の関心を引くものについては書くことがある。

 というわけで、ここでは、長島弘明さん校注の岩波文庫『雨月物語』(2018年2月)をあげておきたい。長島さんといい、岩波文庫といい、まずは文庫版のベーシックである。角川文庫のように現代語訳はないが、丁寧なあらすじや解説を、過不足なく記し、最新の研究成果を取り込んだ無駄のない正確な脚注を付して、『雨月物語』を楽しみたい読書人にとっては、文句のない文庫版である。角川文庫とともに、大いに売れていただきたい。

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2018年02月09日

諸職名寄

 鈴木俊幸さんが、またまた貴重なデータを提供してくださった。
「諸職名寄」というもので、書籍・摺物の制作に関わった下職、すなわち、彫工(彫師)・摺工(摺師)・本仕立職(製本師)等のリストで、地域ごとに五十音にまとめている。もちろん単に名前と説明に終わるのではなく、根拠となるデータを示している。鈴木さんが現物や図版で実見したものである。丸山季夫の名著『刻師名寄』や『原色浮世絵大百科事典』の情報も取り込んだ、現時点で最も詳細な名寄ということになる。鈴木さんの5年にわたる科研研究成果報告である。
 作者や絵師などは採られていないが、本文検索ができるので、どういう彫師と相性がいいかなどがわかってくるまことに有益なものである。ちょっと今気になる絵師がいるのだが、どういう彫師と組んでいるかがよくわかった。
 媒体はCDROMで、PDFファイルだが、検索もできるし、図版のファイルもある。teXファイルもついているのできれいに印刷することも可能だ。
以下は鈴木さんの「例言」から引用。 
銅版師のほか、印刷・製本に関わる職である経師屋や摺物所、さら に摺物所の機能も併せ持つことを標榜している団扇問屋や草紙問屋、また版 木彫刻も行うことを表明している印判師についても極力拾い上げた。小さな 町、都市部から離れた所で、地域の需要に応じて印判を制作する職人は少な からず存在しており、彼らは版木の制作も行いえたのである。すなわち、本 名寄は、地域に備わる書籍・摺物の制作能力、その証跡を浮き彫りにしよう という試みである。
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『秋成 小説史の研究』書評カット部分

このごろ、2010年の秋成没後200年展について思い出すことがあった。高田衛先生がやろうと言い始めたのであるが、それについて少し書いたことがあった。しかしそれは字数制限のためカットした。ただあるところにそのことを載せたことがあった。すっかり忘れていたんだが、出てきたのでメモ代わりに載せておく。ここに載せておけばあとで拾えるので。
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高田衛先生の『秋成 小説史の研究』書評。9枚を6枚半に縮めた結果、最初の饒舌な部分をバッサリカット。

秋成没後200年を記念する展覧会を京都国立博物館でやろうという高田衛の掛け声で、秋成展実行委員会が発足し、私は関西在住ということで事務局を仰せつかった。その準備のため何度も京博と打ち合わせをし、委員会を開いた。京博との折衝は厳しいもので、2009年開催を2010年に延期することや、特別展覧会規模の展示は無理で、館の半分を使った特集陳列になることが決まりかけていたころ、東京での実行委員会で、高田は一枚のカラーコピーを我々に提示した。少し前に渡していた京博の全館見取り図のコピー。そのすべてを秋成の文事で満たした壮大な展示計画がそこにはあった。私は思わず息を飲んだが、それを実現することは、もう不可能だった。
 京博の半分のスペースを使って行われた秋成展だが、京博の情宣協力もあって、真夏の開催にもかかわらず二万人の来場者を集め、大成功だと言われた。しかし、高田の中では、自らの構想が実現できないとわかった時、自身が書くことでしか、秋成没後二〇〇年に決着をつけられないと思ったという。表現者としての高田の性(さが)。それが『春雨物語論』(二〇〇九年、岩波書店)であった。
 それから五年。高田は再び秋成研究書を刊行する。あとがきには「八十余斎」を名乗って。この号は秋成の号を借用したものである。養父の嘆願により六十八の寿命を加島稲荷に授けられたと信じていた秋成は、その年に六十八首の歌を奉納する。そこから後の秋成の人生は、余計な歳月=余歳(号余斎)だった。しかし、六十八歳以後の八年間に、いかに優れた文業が達成されたかを、秋成を知る人は知っている。「八十余斎」にこめられた高田の自負を思い遣るべきだろう。

この書評本体については、こちらに書いておいた。3年前である。

 
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2018年02月04日

日本文学・国語学の学生のためのデジタル・ヒューマニティーズ勉強会

大阪大学日本文学・国語学研究室は、国文学研究資料館古典籍共同事業研究センターとの共同主催で、標記の勉強会を開催いたします。新日本古典籍総合データベースの使い方とIIIFの使い方。

日時 2月14日(水)14:00 〜17:30
場所 大阪大学文学研究科本館2F大会議室

とくに歴史的典籍(古典籍)のデジタルアーカイブスを利用する人は、聞いておいて絶対損はありません。いや必須でしょう。貴重な情報とノウハウを得ることができるはずです。
勉強会には、USBメモリが接続可能のPCが必要です。それに加えてWiFiルーターをご持参いただくか、大阪大学またはeduroamのIDをお持ちの方がアクティブに参加できます。
国文学研究資料館共同事業研究センター特任教授の山本和明さんと、人文情報学研究所所主席研究員の永崎研宣さんに、レクチャーをお願いしております。かなり密度の濃い有用な時間になるはずです。
詳細は、チラシを御覧ください。
また、参加される方は、下記から登録をお願いいたします。

https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSekTmYJnT63cILSkPo9XiKmAJWaAcf-9Bi2VVOj6E3teiAr1A/viewform
ポスター案.jpg
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2018年02月02日

「近世小説を批評する」を批評する

風間誠史氏の『近世小説を批評する』(森話社)は2018年1月に刊行された。この書名は、馬琴の『本朝水滸伝を読む並に批評』を踏まえていつつも、研究ではなく批評なんだぞという強い自負が込められている。

風間氏は、近世文学研究のシステム化・情報化を一貫して批判する立場である。

端的に言えば、文学研究は「研究」であって「文学」ではなくなったのである。「文学研究」とは文献調査、書誌調査と注釈(語釈)作業の謂になり、あつての自己表現のための方便ではなくなった。

西鶴研究もまたそうであり、その結果「西鶴は私たちから遠ざかってしまった」。

のっけから近世文学研究の現状への批判である。風間氏はそれらの調査・注釈が、作品理解に貢献することなく、研究者間の自閉的な議論になっているという。そしてたとえば、冒頭の論では『武家義理物語』の一話を取り上げ、従来の注釈が、本文解釈に何ら関わらない注釈であって、謎の解明に貢献していない事例をあげ、「「研究」と読みの乖離」だという。
 その上で、風間氏自身の、阿部謹也(なぜかすべて「勤也」になっているが)氏の「世間」論の視座からの作品論を展開していく。この作品論は阿部「世間」概念を使わなくとも、オーソドックスでうなずけるところがあるが、風間氏は、この作品を、現代の問題に通じる主題を含むものとして読むべきだと主張しているように思える。それゆえ、阿部の概念が必要なのだろう。

 このような風間氏の論の進め方は戦略的で、注釈や書誌調査がくだらないもので、鋭利な問題意識に基づく読みこそ読みの醍醐味だという主張が、その実践とともに読者に効果的に伝わるように書かれている。しかし、注釈とは、もともと古典の世界に疎い現代人が、これを理解できるようにするインターフェイスであり、古典を現代的な問題意識で読むときにも、不可欠のものである。書誌調査も、実はその延長にある。風間氏が批判するのは読みに関わらない、過剰で無駄な注釈、注釈のための注釈、書誌調査のための書誌調査であろう。しかし、それとて、本当に過剰で無駄であるのかは、断言できない。
 また、これまでの注釈が納得いかないとするときに、それを覆すのは、新たな「読み」であるかもしれないが、新たな「読み」が根拠を持つためには、新たな注釈が必要であることは、一般的に言って認められるだろう。用例や典拠によって、その読みが説得力を増す。論文とはそういうものであろう。「読み」に結びつかない注釈はたしかにあるが、多くのすぐれた作品論は、新たな「読み」を提示するために、血のにじむような注釈作業を怠っていない。

 以上は別に風間氏の批判ではない。風間氏の真意(読みに繋がらない注釈はつまらない)が誤解されかねないという危惧からの発言である。もっとも、この本そのものは注釈的な部分をあえてあまり表には出していない。そして、この本に収められている各編は、批評として文句なしに面白いし、刺激的である。風間氏自身の感覚から出発しているだけに、たしかに論文というよりも「批評」なのである。批評ができる人はそうそういない。風間氏の文体はユニークだが、私には誰かの文体にどこか似ているという思いがあった。「白峰」を論じているところで、風間氏自身が『江戸を歩く−近世紀行文の世界』を「名著(だと私は思っている)」と断じているところであっと思ったが、それは板坂耀子さんであった。もちろんこれは私の感想にすぎないが、板坂さんも、作品を論じる際に、「えっ!」というような視点から書いていくことがあるのだが、それはもう板坂さんの読みの感覚からはじめているのである。

 そんなことを思いつつ、本書を読んでみた。とても批評とはいえないけれども、タイトルは洒落のつもりである。


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2018年01月22日

六人注『文選』

『文選』の岩波文庫版が刊行開始された。訳注者は川合康三氏をはじめとする6名。私の研究室のお隣におられる浅見洋二さんもそのお一人である。浅見さんは「勤勉」を自認されているような方だが、隣に住む私はその勤勉さをよく存じ上げている。毎日遅くまで研究室で仕事をしておられる。六人注『文選』と異称されるという岩波文庫版の『文選』注釈に関わっておられることは存じ上げなかった。
第1巻には川合氏による総合的な解説が付されている。『文選』の文庫化は初めてではないかと思うが、我々にとっては大変ありがたい。
解説のごく一部を引用したい。『文選』の収める「文学」の範囲について。
顕著なのは、公的な言語、実用的な文書のたぐいが多いことである。皇帝や皇族が下す命令書、臣下が上呈する意見書などが、それぞれの文体とともに文学作品として収められている。それは中国では実用的な用途をもった文章にも文彩を凝らすものであったからであり、また文学を担う人びとが政治の場でも枢要な地位あったこととも関わる。

さて、解説の最後に書かれているが、この訳注は六人が分担したのではなく、毎月1回集まることを数年重ねて、討議・修正を繰り返して成った訳注なのだという。したがって信頼度は非常に高いと思う。
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2018年01月09日

第4回わかりやすい文楽の入門教室(池田市)

近松研究所の水田かや乃さんからのご案内がありました。
1月27日、池田市の池田市立くれは音楽堂で標記の無料講座が行われます。14:00-15:00.
先着240名。要申し込み。

詳しくはこちら

以下案内から抜き書きします。
◆イベントの冒頭では、文楽を演じる技芸員(太夫(たゆう)・三味線・人形遣い)がわかりやすい解説をしますので、初心者や馴染みの少ない方でも楽しんいただけます。
◆文楽の体験コーナーも実施し、実際に人形をさわり、その重さや質感を体感します。時間に余裕があれば、太夫(たゆう)の語りや三味線の演奏にも挑戦していただき、悠久の時代を流れる浄瑠璃(義太夫節)の力強さと優美さを味わっていただきます。
◆教室の最後には、清姫が川を渡る「日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)渡し場の段(わたしばのだん)」の場を上演します。
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2018年01月08日

山本秀樹さんの「菊花の約」古意

毎年、新年に去年1年の業績を送ってくださる山本秀樹さん。そのひとつが「「菊花の約」の古意」(『岡大国文論稿』45号、2017年3月)。見落としていたのでありがたかった。
賀茂真淵の著作のようなタイトルだが、その立ち位置はまさにタイトル通りである。実は私も同じ立ち位置、つまり江戸時代に読まれたであろう読み方の提示なのだが、読みそのものは違う。といって対立しているわけではない。共感するところが多い。
 山本氏はいう。従来の読みとして取り上げるべきなのは木越治氏による、左門=「世間知らずの小児中坊的学者」という読みだが、実はそれは「読み」ではなく、「われわれ現代人はそれを肯定するわけには行かない、われわれはそれに付いていけない、という倫理「批評」だったと言わざるを得ない」と。そこまで私は言わない。浮世草子的な誇張された人物という読み方をされているのだと思う。ある意味、木越さんも「古意」なのだ。ただ、それを読んだ研究者の多くが、山本さんの言われる通りに、左門を批評しはじめたことは確かである。
 さて、その上で、義兄弟となった左門と宗右衛門が再会の日を定める場面を、「今まで一度も(従来の菊花の約論がしてこ)なかった」「テクストの論理に即して解説」してみせる。宗右衛門はなぜ再会を数ヶ月の後に設定しなければならなかったのかという問題は、これまで確かに論点とされてはいなかった。そしてその日をある一日に決めてしまうという要因に、身分差を考えるべきだというのも従来なかった視点である。身分差を超える要因に学問があるというモチーフは、「繋がる文芸」を考えている私としても興味深い。これらの解析は、批評的観点ではなく、「古意」を明らかにすると趣旨に基づいているという点で一貫している。この立ち位置での議論を深めることが、「テクスト理解の成熟」だと私も思う。
 文体は「山本秀樹節」というべきもので、そこはまた楽しめる要素のひとつである。
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2018年01月05日

『国語元年』解説を読む

あけましておめでとうございます。
本年の初更新です。

平成30年1月1日の日付で出た、新潮文庫、井上ひさしの『(新版)国語元年』。
解説を担当したのが、我が同僚でもあり、畏敬する後輩でもある岡島昭浩さん。
ネットの世界では、著作権の切れた書物のPDF画像を公開する「うわづら文庫」を主宰。その元になる青空文庫にも深く関わり、「国語学備忘録」などのWEBサイトなどでも知られる。
この解説を依頼したのが、新潮文庫編集担当のSさんらしいが、素晴らしい人選である。
この本には感想めいた解説ではなく、国語学の知識をきちんと踏まえた解説が絶対に必要だと思うからだが、実際岡島さんの解説は圧巻というべき蘊蓄に満ちていて、しかもこの作品をより深く味わえる情報を多く提供しているのである。
この解説にちょっとした既視感があった。井上ひさし作品のモデルや出典の詮索を楽しそうにしていくスタイル。ヒントはこの解説の終わりの方にある。井上ひさしは中野三敏先生と「国文学」誌でかつて対談をしていることを岡島さんは書いている(私も読んだが、「井上ひさし特集」の号であったその雑誌の対談では、中野先生が喋りまくって井上ひさしがほぼ聴き役という形になってしまった・・・。井上ひさしが希望して指名したということだったが)。中野先生は、井上ひさし『戯作者銘々伝』の文庫本の解説を書いた。原稿用紙30枚分くらいあったようだが、1日で書いたとおっしゃっていた。その解説は、それぞれのモデル・出典を次々に明らかにしていくというスタイルだった。岡島さんが解説を書くときに、この中野先生の解説が脳裏にあったのではないか?
なんていう憶測はともかく、この本は、本編と解説を両方楽しめる贅沢な本なのである。これは確かである。ちなみに岡島さんを起用したSさんも、岡島さんの(つまり私の)後輩に当たるのである。

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2017年12月22日

近世読者とそのゆくえ

鈴木俊幸さんの『近世読者とそのゆくえ』(平凡社 2017年12月)が刊行された。
講義や、講演などでよく出る質問として、「当時の人たちは、◯◯だったのですか」という類がある。
特別の才能を持つ作者たちの作品を連ねた「文学史」では、普通の町人や農民の教養、読書、勉強の仕方なんて、さっぱりわからない。これは、近世に限らないことだろう。
近年、しかし日本史・日本文学では、「読書」という行為に対する関心が高まっている。鈴木さんがその研究の牽引者であることは誰もが認めるだろう。その「よく出る質問」に、具体的事例を以って答えることができるのは、鈴木さんの研究成果を待って初めて可能となったと言えるのではないか。
日本文学の研究とは、まず作品、テクストを読むことであり、その注釈をすることであるというのが、常識的な見解だろう。鈴木さんは、それもきちんとできる方である。しかし、彼の真骨頂は、当時の人が勉強のために当たり前に読んでいた
本を正面から取り上げて分析するところ、あるいは、それをどのように読んでいたかを普通の人の日記から追跡するところである。
 また、そういう読書生活を明らかにするだけではなく、書籍の流通を極めて具体的に明らかにする。そのために使う史料は、思いもよらない、しかし普通のものだ。例えば葉書や営業文書などなど。そういうやり方が面白いということがわかって、初めてそれに追随する研究もたくさん出てきたのである。
 あえて言えば、鈴木さん以前でそういうやり方をしていたのは、浜田啓介先生ぐらいではないか。ともあれ、そのやりかたは徹底している。普通の作詩の勉強本である『詩語砕金』や『幼学詩韻』を1冊や2冊、私なんかも持ってはいるが、諸本をこれだけ徹底的に集めて書誌的に検討するというのは、及びもつかない。
 鈴木さんが明らかにしたのは、江戸後期から明治にかけての、普通の庶民たちの勉強への熱意、そして生業を務めることとのバランスの取り方である。特に後者に目をつけるのは、本当に当時に立脚した視点であり、なおかつ現代的な問題でもある。
 この本はこれまでとは全く違う方法で綴られた思想史であり、生活史であり、近代論でもある。まだ未読の部分もたくさんあるが、取り急ぎの感想を述べた。何せ600ページの大冊。しかし値段はリーズナブルである。またまたありがとうと言わなければならない。
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2017年12月18日

面接授業2017

この週末はH大学面接授業(いわゆるスクーリング)。1日4コマ(各85分)×2日。
申し込みが定員80名オーバーというありがたさ。受講生は10代から80代まで、全世代。
去年は秋成をやった。
今年は受講者が多分一度も読んだことのない、タイトルを聞いたこともないような本ばかりを紹介し、
彼らの人生に何の関わりもない文学史の話をする。

でも江戸時代にはこういう本が読まれていたんですよ、面白がられていたんですよ、なぜでしょうねと問いかける。
受講者が戸惑うような、受講者の期待を裏切るような、「妥協をしない」授業を心がけた。

予想以上の反応で、質問が続出。しかもポイントを突いてくるし、こっちの勘違いまで指摘してくる。
喉が枯れるくらいに、しゃべりまくったが、優しいご婦人たちが、「先生、これ、どうぞ」と飴をくださった。涙。

終わってみると、こちらが元気をもらいました。グッとやる気が。
感謝感謝。
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