2016年12月04日

日文研荒木班研究会で発表しました。

 真山青果シンポジウムの余韻に酔いすぎて、翌日の日文研の発表の準備を、当日朝、発表開始の1時間前までホテルでやるという綱渡りで、会場の慶応義塾大学に着いたのは、3分前。今日の発表は私だけだったのに、発表者がこんなに遅くなって本当に失礼いたしました。

 さてこの研究会「投企する古典性―視覚/大衆/現代」というテーマ。なかなか難解だが、どういう発表をすればいいのか?座長の荒木浩先生からは、「ハイデルベルク大学でのご経験を通しての、国際的なくずし字教育の現状について、KuLAの紹介を含めてお願いします」みたいな感じで依頼されていた。

 それならば、経験をお話すればよいわけなので、お引き受けした次第である。一応タイトルはえらそうに、

国際的くずし字教育の現状と展望 ―学習アプリKuLAの利用を中心に―

お集まりの、日文研ならでの学際的メンバー20名ほどに、「KuLAをダウンロードして下さっている方、どのくらいいらっしゃいますか?」と聞いたところ、10名弱の方が手を挙げてくださった。KuLAの紹介は、やはり関心を引いたが、古地震研究会が取り組んでいる、近く公開されるというクラウド参加型翻刻システム「みんなで翻刻」の紹介に、大きな反響があった。これは私もしゃべりながら、ものすごい可能性を感じた。このシステムの中にはKuLAも組み込まれていて、くずし字コミュニティの形成に大きな役割を果たしそうである。
 しかし、さすが日文研の研究会だけあって、議論は非常に多角的である。くずし字未翻刻文献が1パーセントという数字は、「くずし字」を学ばない人は日本研究をしてはならないという強圧になっていないか、という観点は意外ではあったが、重要な論点である。また日本の実証的研究が海外の理論的研究に資するというのは、裏を返せば、日本的実証主義が理論主義の補助的手段としてしか位置付けられないことにならないかとか。この点に関しては河野至恩氏のバランス感覚にすぐれたコメントがあった。やはり、双方が両方のやり方を理解してはじめて、国際的な共同研究は実のあるものとなるのだろう。日本研究における議論を、国際的に共有できる議論にするために、考えるべきことは多い。
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2016年11月17日

菱岡憲司『小津久足の文事』

 ぺりかん社から菱岡憲司さんの『小津久足の文事』(2016年11月)が刊行された。
 菱岡さんは、私の後輩だが、直接の接点はないのである。
 しかし彼が驚異的な読書家であり、研究者としてすぐれた資質の持ち主であることは、彼のブログを読んだり、彼と読書会をしていた木越俊介さんから話を聞いたりで知っている。なにより私は、読みやすくて志の高い彼の文章のファンである。人柄も素晴らしい。ブログにも一度書いたことがあったと思う。
 当初、馬琴を研究対象としていた菱岡さんは、近年小津久足の研究を精力的に行い、その文事の全貌を明らかにし、はじめて文学者としての久足の評価をきちんと本書で打ち出した。今後、近世文学史を久足抜きに語ることはできない、といっても過言ではないくらいに、見事にその文事の価値を明らかにした。この功績は大きい。
 久足といえば、「馬琴の友人」「伊勢の豪商」「西荘文庫」「小津安二郎の先祖」などのキーワードが浮かぶのだが、その文事については、全く知られていなかったし、知ろうともされていなかった。菱岡さんは、自身の馬琴研究と、師である板坂耀子さんの紀行文研究から、久足の紀行文を読みはじめ、そのレベルの高さに、研究の価値ありとみて、これを広げ深めていき、遂には久足の文事全体に及ぶのだが、久足と菱岡さんの出会いは、必然的なもの、約束されていたものだったんだと、本書を繙けば思わされるのである。二人はとても似ている。

 それにしても、なんと芳醇な文章であろうか。この文章は上手いというような評価では言い表せない。研究者には稀有な、爽やかでかつ豊穣な文章であり、良質な読書体験が醸成したとしか思えない教養を感じさせる文章である。そして何より文学への清らかな信頼がある。小津久足論としての素晴らしさはもちろん、ひとつの作品として、この本は、ある意味で奇跡の達成を示している。
 普通なら「饒舌」と言われかねない長い「あとがき」。ここにも彼の真骨頂が見える。「菱岡憲司の文事」を形作ったさまざまな人の「文事」へのオマージュ。そのあまりの素直さは、全く嫌みがない。私の知っている人がたくさん出てくるのだが、本当にそうだなあと思う。菱岡さんの前では、みな鎧を脱ぎ捨てて文学青年の本性を喜んで見せるんだ。そう思う。多くの人に読まれてほしい本だ。やはり一人の人が渾身の思いで書き下ろした本は素晴らしい。もちろん既出の論集だけれど、書き下ろしの味わいがある本なのである。
 
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2016年11月14日

木越治氏の反論について

 リポート笠間60号に掲載していただいた拙稿「木越治氏へ―「菊花の約」の尼子経久は論ずるに足らぬ作中人物か」に対する木越さんの反論、「飯倉洋一氏へ―作品論のために」が、リポート笠間61号に掲載されている。
 信州大学で開催された日本近世文学会で手にすることができたが、木越治さんとお話することもできた。
 木越さんとは「議論は建設的に」という約束であったので、その方向で、この文章には答えて行きたいと思う。
 反論するようなことは、そんなになく、いくつかの補足と、木越さんの議論を受けての、より大きな問題への展開となる。
 基本的には、近世「文学」における「読者」とテキストの「語り」、そして「作品論」、さらには文学史の問題を考える段階へと話を進めてゆきたいと思う。大体の腹案は出来ているが、当面他の仕事にかからねばならないため、公表は年末ぐらいになると思う。これ以上、リポート笠間の紙面を借り続けるのも、申し訳ないので、笠間のWEBサイトに載せてもらおうかと思っているところである。以上、簡略ではあるが、一応ご報告の必要があるかと思い記しておく。
 それにしても「飯倉洋一氏へ」の活字があまりにでかくてビビった。
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2016年11月04日

学術シンポジウム「真山青果の魅力」

真山青果―近代演劇界の巨人。その人物像と足跡を再検証する学術シンポジウムです。
素晴らしい登壇者が揃いました。
随時、このシンポジウムについて、このブログで発信してゆきます。

眞山青果学術シンポジウム
「真山青果の魅力―近世と近代をつなぐ存在」

日時:12月3日(土) 14:00〜18:00
会場:学術総合センター・一橋講堂(千代田区一ツ橋 学術総合センター2F)
主催:星槎グループ
協力:松竹・国文研

私たち日本人にとって、テレビなどでおなじみの「忠臣蔵」のスまトーリーに、大きく影響を与えた新歌舞伎『元禄忠臣蔵』の作者眞山青果。歌舞伎・新劇・新派に関わった巨大な劇作家であり、西鶴研究者としての足跡も忘れられません。近世から近代への断絶と継承を象徴する存在であった眞山青果の魅力に迫ります。

14:00 開会・主催者挨拶 井上 一 (星槎大学学長 星槎ラボラトリー)
   来賓ご挨拶 安孫子 正 (松竹株式会社 取締役副社長)他
14:25 趣旨説明 飯倉 洋一 (大阪大学教授)

14:30 基調講演「ジャンルを超えた劇作家としての青果 ―多彩な人物像―」
   神山 彰 (明治大学教授)
(休憩)
15:30 パネルディスカッション
「眞山青果の翻案作品について ―太宰治作品との比較から―」
丹羽 みさと(立教大学等非常勤講師)

「文壇と劇壇 ―青果の多彩なる人脈―」
青木 稔弥 (神戸松蔭女子学院大学教授)

「青果の西鶴研究」 広嶋 進 (神奈川大学教授)
コーディネーター 日置 貴之 (白百合女子大学講師)
(休憩)
16:50 全体ディスカッション 神山 彰、広嶋 進、青木 稔弥、丹羽 みさと
コーディネーター 日置 貴之

17:50 まとめ 眞山 蘭里 (劇団新制作座代表)
    鬼頭 秀一 (星槎大学副学長)
以上

ご期待ください!
関連企画として、国文研でも「真山青果旧蔵資料展、その人、その仕事」を開催!
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2016年10月28日

中野三敏先生の文化勲章ご受章


2016年10月28日、我が師、中野三敏先生(80歳)が、文化勲章を受章されたというニュースが飛び込んできた。おめでとうございます。弟子として、これほど嬉しいことはない。かなり興奮している。
昨年末、福岡市で、中野三敏先生の傘寿をお祝いする会が開かれた。川平敏文さん(彼も今年度の角川賞受賞!)の編集で、「雅俗小径」という記念文集がつくられ、この時先生に献呈された。私もその文集に拙文を寄せた。いま、祝意に代えてその文章をここに掲げる。

「時代の先をゆく中野先生/飯倉洋一」
中野先生と学生時代の私
 教養部一留を経て、私が九大の国文学研究室に進学したのは、一九七七年の秋。もともと西洋史(ドイツ史)志望で、苦手なドイツ語を勉強するために留年したはずが、親鸞の『教行信証』や梅原猛の諸著作に影響されて国文に転向、もっとも中世仏教文学研究を志していた私は、永積安明や西尾実などを読みこそすれ、近世文学への興味は全くなかった。「中野三敏」の名も当然知らなかったし、中野先生が講義されていた「洒落本史」にも当初全く興味が沸かなかった。しかしそのうちに、『陽台遺編』の書誌学的な講義を伺うと、その推理小説的な展開に感銘を受け、同じ下宿の住人である現九州大学教授の佐伯孝次さん(日本中世史)に、ノート片手にその興奮を語るなど、次第にその魅力に惹かれていった。気づいたら近世文学で卒論を書こうとしていた。それでもまだ「何か違うな」という感じは残っていた。
もちろん、私は何も分かっていなかった。卒論構想発表会では大言壮語して先生方の顰蹙を買った。自分なりに何か国文学的ではないやり方で論文を書こうという野心があったのだろう。そのように私はいわゆる「困った学生」だったが、中野先生は寛容であり、私をいわば泳がせていたのである。これは非常に忍耐力の要ることだが、自分が教員になってからの指針になっている。「僕は教育者としてはあまり・・・」と、中野先生が仰ることを一度ならず聞いたことがあるが、とんでもない。一流の研究者はやはり一流の教育者でもあるのだ。
大学院時代の私の研究は、秋成の文章から思想的言説を抄出して論じるというもので、およそ書誌学的なことに疎かった。しかし、そのような私に一つの大きな転機があった。
それは久留米市立図書館の和古書目録を作成するという作業で、私が皆さんの取ったカードを、清書する役目を仰せつかったのであった。修士課程の三年目のことではなかっただろうか。出来上がった原稿の最終チェックのため、現物照合を行う作業を三日連続で中野先生と二人だけで行ったのである。私が目録原稿を読み上げ、先生が原本を次々に確認していくという作業。もし、その時私がもう少し近世の本についてアンテナを張っていたら、この経験はものすごい成長を私にもたらしたことだろう。しかし、私の本に関する知識は相変わらず無に等しかった。なにせ、「飛毛鏡」を「ひげかがみ」などと読んで呆れられたくらいである。それでも、この経験は中野先生の本についての知識が尋常ではないことを私に知らしめるのに十分だった。
 昼食・夕食も二人だけで共にした。なんとも中野先生には物足りない相手であっただろう。その時もいろいろな事を教えていただいたはずだが、憶えているのは、「同じジャンルの本を百集めたら、そのジャンルについて物が言えるようになる。いま集めるとしたら、たとえば節用集だね」というお言葉である。「節用集」が何であるかもよくわかっていなかった私だが、そのお言葉に従っていたら、もう少しましな研究者になっていたかもしれない。
 ともあれ、大本とか半紙本とかの書型を感覚的にわかるようになったのは多分この時の経験があったからであり、あらゆるジャンルの本を網羅的に見ることがいかに大事かということを確信できるようになったことは、私にとって貴重な財産であった。

西鶴戯作者説
 江戸時代のあらゆる本に精通しているということがいかに強みであるか。それは、「陽明学左派の流行」や「ひとこぶラクダ説」や「江戸モデル封建制」や「近世的自我」という、これまでにない新しい考え方を提唱される時に、誰よりも江戸のことを知っている中野先生に対して、何人も「それはないでしょう」と簡単には言えないということだ。中野先生は、定説を覆すような、あるいは全く新しい概念を次々と打ち出している。そこには一本の筋が通っており、中野先生に言わせれば、当然の帰結なのである。『江戸文化再考』としてまとめられたそれらの大概は、中野先生が何度も何度もご講演(コーエン生活者と自ら称されていたが)したものの集大成で、今後の近世文学研究の指針たりうるものであることは、多くの人が認めるところだろう。それでも学界がなかなか理解せず、行き渡らない説もある。「西鶴戯作者説」がそれである。
 近年、「ぬけ」や「カムフラージュ」と称して、西鶴の作品に、政治批判、権力批判を読みとる傾向が、西鶴研究者の間に拡がってきていた。とりわけ武家物・雑話物を中心に、故谷脇理史氏、篠原進氏、広嶋進氏、杉本好伸氏、有働裕氏、長谷あゆす氏らが、そのような読みを展開していた。私は外側からこれに異論を唱えて、ブログなどで発信していたためか、大阪で開かれた2010年夏の西鶴研究会にはコメンテーターとして呼ばれ意見を述べたこともあった。2013年6月、中野先生が九州大学国語国文学会で、「西鶴戯作者説」の再論を講演され、『文学』に投稿されるとうかがったが、丁度同年9月には京都で西鶴ワークショップが開催され、錚々たるメンバーが集結、中野先生も参加された。そして翌年の3月、東京の西鶴研究会に中野先生が招待され、西鶴戯作者説を語るに至った。ちょうど、『文学』も刊行されたタイミングであった。このご講演で、これまで誤解されていた西鶴戯作者説が一部の方に理解された感触を私は得た。直接語って理解してもらうことの重要さを肌で感じた瞬間であった。それにしても中野先生の質疑応答の時のご発言は、相手を重んじ、自らの非は非として認める、おどろくほど謙虚なものであった。私はそこに胸を打たれ、師の度量の大きさを、改めて痛感したのであった。

社会に向けて
 この西鶴研究会は、笠間書院のご好意で設置されたサイト「西鶴リポジトリ」上で、前哨戦が行われていた。その中で木越治氏が、中野先生の『文学』誌上の論を、これは一般の読者には通じない閉じられた議論であると批判された。私に言わせれば、「作品」論がないという批判の方が「文学」研究を近代的にしか捉えないという意味で狭いのではないの?となるわけだが、木越さんの徹底した近代的スタンスはある意味尊敬できるもので、その立場からの批判はあった方がよい。木越さんへの私なりの批判は拙ブログ(2014年3月29日)に記したのでここでは繰り返さないが、中野先生の視線が、開かれていることは、〈文系基礎学〉〈和本リテラシー〉についてのご発言、その啓蒙活動からも明らかであろう。
 〈文系基礎学〉が重要だというご主張は、現在の文科省の国立大学文系再編成論に対する「文学部の逆襲」議論とも重なってくるところがあり、その先駆的な言説として、大きく評価されるべきものだろう。先生は岩波ブックレットに『読切講談大学改革 文系基礎学の運命や如何に』を書かれたが、単に書かれただけではない。実際に行動をされたのである。先生は、現在の学問をリードする理系のトップクラスの研究者にこそ、〈文系基礎学〉の重要性を分かってもらう必要があると考えられ、あらゆる伝手を利用した。当時山口大学にいた私には二件来た。そのころ私の同僚が結婚したが、その相手が西澤潤一氏の娘さんであった。その同僚とは親しくもあったので、私はブックレットを持って同僚宅に頼みに行き、西澤先生との対談実現を探ったが、これはうまくいかなかった。もうひとつは、山口大学学長の広中平祐先生との対談実現であった。一介の三十代教員であった私には、厳しいミッションであったが、これはなんとか実現したかった。公設秘書の他私設秘書も雇用していたという学長は多忙を極めていた。面会を申し入れて三週間ほど経ったころ、秘書から電話があり、三十分ほど会ってくれるという。私はブックレットを持って参上し、趣旨を説明した。学長は文系の重要性はよくわかっていると言い、機関銃のようにエマーソンの話をした。いささかの不安を感じたものの、対談の申し入れには「考えておく」というようなご返事であった。それからしばらくしてまた秘書から電話があり、学長が中野先生を食事にご招待してくださるということであった。九大から、ドイツ文学の池田先生とともに中野先生が山口大学に見えられ、私もお相伴し、山口でも一番美味しい料亭とされる双鳩庵水野というところで約二時間、対談が行われた。今思えば録音でもしておけばよかったのだが、正直内容はあまり憶えていない。最初は広中先生が機関銃のようにしゃべりまくり、後半中野先生が盛り返したというような感じだったか。ただ対談を終えた中野先生のご感想は、「やはり、さすがだね」というものであった。これは広中先生が、〈文系基礎学〉の重要性を理解しているという意味で、である。今、〈文系基礎学〉のみならず、文系全般の危機が訪れている。文理という枠組みそのものが壊れかねない事態に至っている。そういう時、京大の山極壽一総長のような、理系の一流研究者の文学部擁護発言はやはり心強い。中野先生の戦略の先見性を証する例といえよう。
 そしてここ十年余りの〈和本リテラシー〉啓蒙活動。これもなかなか浸透しなかったが、岩波新書の『和本のすすめ』や、角川書店のくずし字シリーズのご出版、そしてご講演活動を通じて、着実に拡がっている。日本近世文学会にこの活動をご提案された時には、冷ややかな声もなくはなかったが、今では『和本リテラシーニューズ』の刊行など、学会をあげて取り組んでいる印象があるほどだ。海外でも大きな関心を呼んでおり、私も及ばずながら「くずし字解読学習アプリ」の開発や、くずし字に関する国際シンポジウムの開催などに取り組んでいる。それらの記事をブログにあげると、拙ブログ史上かつてない大きな反響があり、驚いている。なかでも一〇〇万人いるといわれる、イケメンに擬人化された刀剣の養成ゲーム「刀剣乱舞」のユーザーが、大きな関心を持っているのだ。

まことに先生は学問においても、社会活動においても、常に、時代の先を走って来られた。私などその足跡を踏み歩いているだけのようなものである。中野先生の教え子であるというだけで、研究者にも、ある時は古書店にも、信頼されることがある。実にありがたいことで、感謝の気持ちは言葉では言い尽くせない。傘寿をめでたく迎えられたが、これからも、時代の先を行くお姿は変わらないのではないか。そのような気がしてならない。
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2016年10月21日

『歳をとってもドンドン伸びる英語力』ってホント?

 実は私はハウツー本が結構好きで、本屋で立ち読みしたり、買ったりするのである。影響されて真似したりすることもある。佐藤可士和氏の、空間の整理→情報の整理→思考の整理などは、真似できないけれど、リスペクトしている整理学である。野口悠紀雄氏の『超整理法』もかつて実践していたが、挫折。
 英語学習についてもそうで、英語の勉強をしないくせに、英語勉強法の本が結構好きなのである。私の真の英語力を知っている人は笑うに違いない。それにしても、ドイツの4ヶ月半の滞在生活は、「あー、せめて英語でスムースに会話ができれば!」「この先生の(英語の)発表の大体の概要がつかめるくらいに聞き取れれば!」「このメールを辞書なしに読めれば!」と、痛切に思う毎日であった。それでも勉強はしなかったんだが。
 そういう時に知ったのが、鳥越晧之氏の『歳をとってもドンドン伸びる英語力 ノウハウ力を活かす勉強のコツ』(新曜社、2016年10月)である。筆者は大学の学長さん。この年になると、どっかで、「これからやってもねえ」という諦めがあるのだが、そういう我々にも勇気を与えるタイトルではないか。でもさ、本当かしら。
 実際、この本によれば、著者は68歳から勉強しはじめて、英語で授業が出来るくらいになったと。もっともこの先生は、英語で授業が出来るくらいの、元々英語の地力がある先生なのだ。「おまえ、自分と一緒と思うなよ!」と、当然自分で突っ込んでいるのだが、まあまあそれはそれとして、一般的な英語勉強法としても、これまで読んだ本の中で一番説得力があると感じたもので、読み流さずにメモまでとってしまったのである。といっても、九州への飛行機の片道で読んでの話だが。
 たぶん英語の勉強本でブログに紹介するのは初めてである。このごろは「とにかく勇気を出して話そう」とか「大声で話そう」とか、「毎日続けて」とか、精神論のような世界になっている英語勉強本だが(立ち読みしたところそういうのが多いような気が)、この本はなんか感覚が合う。
 さて、この本だが、歳をとると生物学的記憶力は落ちるけれど、ノウハウ的記憶力は伸びるという力強い仮説に立ち、自らの経験に基づいて展開するのだが、その独特のカワイイ語り口がまたなんともいえず、いいのである。
 で、私が、非常に感心したのは、この先生のけっこう赤裸々に書かれている実践報告である。参考にした本がたくさんあげられていて(ということはあまり役にたたなかった本も結構読んでるなと)、かなり英語勉強本を漁ったということがわかるあたり、すごく共感を覚えるし(もっとも私は勉強を実践できてないんだが)、インターネットで文例を探したり、yahoo質問箱まで出てくるところが微笑ましいし、すごく親しみを感じるのである。何より上から目線ではないのが最高に素敵である。
 単語やフレーズを覚えても「ザルに水」のように、どんどん忘れるけど、忘れてもいいんだとか、気が向かないときにはやらなくていいかもとか(それでいてそこはちょっと自信なさげだとか)、なにか安心する。たしかにシニア向けである。いろいろな英語勉強法を試してみて、自分に効果のあったものを勧めるというのが基本である。そういう勉強本を具体的に教えてくれるし、リスニングにいい番組や映画、英語DVDをみながら学習するときにいいソフト、Youtubeの具体的活用法など、とにかくすぐ試したくなるようなものばかりである。
 でも、さすがに学者として一流だと思うのは、たくさんの英語勉強本から、箴言のような珠玉の言葉を引っ張ってくるその的確さ。たとえば外国語は、上手にならなくても、ちょっと学んだだけでも実践すると意味があるっていうのは、まさしくその通りで、モチベーションが高まる。わずか数十語しか運用できないドイツ語でも、それを使えばドイツの人は喜んでくれるし、実際、驚くばかりにコミュニケーションが出来るということを経験した人がここにいますので、此れは真理です。
 一番負担がなく効果は認められる方法、「やさしい英文を朗読するだけ」っていうのは、すぐにも実践してもよう。といってたぶん長続きしないんだけど、それに罪悪感を感じることはないんだって。安心するよね!
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2016年10月12日

懐徳堂の美と学問

大阪大学総合学術博物館で、「大阪のほこり 懐徳堂の美と学問」という展示が行われる。近代になって復活した懐徳堂=重建懐徳堂の誕生から100年を記念した行事でもある。以前紹介した、中井履軒・上田秋成合賛鶉図も展示される。懐徳堂の美と学問土曜日も開いているので、阪大で研究会がある時など、お寄りいただければ幸いである。
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2016年10月10日

幕末田安文化圏

柳川市史編集委員会が今年3月に刊行した、大部の歌合翻刻資料。
それが『柳川文化資料集成 第一集 井上文雄判 柳河藩歌合集』(柳川市、2016年3月)。
A4判2段組で370頁を超える。
幕末の大名・家臣が、あの緊迫した政治状況の中で、和歌の修行をし、歌合を行う意味とは何なのか。
福井藩の文事を調べた久保田啓一氏は、福井藩も柳川藩も、田安家と関係が深く、そこに田安文化圏と称すべきものを想定できるという、魅力的な構想を、月報で語っている。
そして、同じ月報で白石良夫氏は、小城鍋島藩で行われた明和九年の歌合を紹介している。明和九年というのは、ずいぶん早いのではないか?
歌合の復興は近世後期からと漠然と思っていたが、明和に地方大名の下で行われていたとは。私が知らないだけなのかな。寄贈を受けてたまっていた本のひとつだが、これもまた宝の山っぽい。解説編集は亀井森氏。
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2016年10月07日

国際ワークショップ「デジタル文学地図の試み」のご案内

国際ワークショップ「デジタル文学地図の試み」をきたる13日、大阪大学で開催いたします。

 「デジタル文学地図」は、日本の詩歌や紀行文・物語・名所図会などにおける歌枕・名所をデジタル地図の形で表示し、歌枕・名所にまつわる文化的、詩歌的な意味を記録して、日本の歌枕・名所とその意味合いをデジタル地図で辿るデータベースを作成する試みです。

 ハイデルベルク大学エクセレンス・イニシアチブの助成を得て、このプロジェクトを推進していらっしゃる、同大学日本学科教授ユディット・アロカイ先生のチームが、日本の皆さんのご意見を是非お聞きしたいということで、現在開発中のシステムを紹介し、意見交換をするワークショップを計画いたしました。
興味のある方は是非ご来聴ください。使用言語はすべて日本語です。

日時 10 月 13 日(木j) 14:00〜17:00
場所 大阪大学基礎工学部国際棟セミナー室
定員:70 名 事前申し込み:不要

登壇者と発表内容は下記の通りです。

発表1 文学地図プロジェクトの発想
Prof Dr. Judit Árokay ユディット・アロカイ(ハイデルベルク大学日本学科教授)

発表2 デジタルデータベースの紹介
Dominik Wallner ドミニク・ワルナー(ハイデルベルク大学日本学科講師)

発表3 デジタルプログラムのプレゼンテーション
Leo Born レオ・ボーン(ハイデルベルク大学情報言語学大学院生)

日時 10 月 13 日(木j) 14:00〜17:00
場所 大阪大学基礎工学部国際棟セミナー室
定員:70 名 事前申し込み:不要

主催:Heidelberg University ExIni II
大阪大学文学研究科国際古典籍学クラスター
連絡先:飯倉洋一研究室 iikura☆let.osaka-u.ac.jp(☆=アットマーク)
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2016年09月20日

海を渡る史書 東アジアの通鑑

 中国の『資治通鑑』、朝鮮の『東国通鑑』、そして日本の『本朝通鑑』。この3つの国の公的史書は、もちろん中国→朝鮮→日本という形で伝播し、『通鑑』文化圏と呼ぶべき歴史書の世界を形成していた。我々が近世の歴史観を考えるときに、このことは基礎的な知識でなければならない。
 しかし、東アジアの「通鑑」を総合的・多角的に、その淵源と流通、変化、影響までを含めた論集はこれまでなかったのではないか。
 日本はかつて『東国通鑑』の板木を略奪した。一方でその和刻本を作った。奇しくも20世紀はじめに和刻本の板木が朝鮮に寄贈された。500枚以上の『新刊東国通鑑』の板木である。近年、ソウル大学で金時徳氏によってこれが発見されたことを契機に、本書『海を渡る史書 東アジアの「通鑑」』(勉誠出版)が企画出版された。金氏と濱野靖一郎氏の共編である。まことに興味深い内容で、「通鑑」入門書でもあり、最新研究書でもある。
 「通鑑」(資治通鑑)の誕生と継承、『東国通鑑』の総合的検証、和刻本『東国通鑑』の流通と上記板木の現状、日本の通鑑『本朝通鑑』の内容、そして思想史的検討と、構成も見事で、素晴らしい執筆者を集めている。意をつくさない紹介であるが、取り急ぎ。
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2016年09月18日

『春雨物語』の「命録」

 書くべきことをかなり置いたままではあるが、17日の『上方文藝研究』の合評会に参加された高松亮太氏から抜刷をいただき、拙稿も多く引用していただいているので、触れておきたい。
 『国語と国文学』2016年8月号。標題がタイトルで、「「目ひとつの神」を論じて主題と稿本の問題に及ぶ」が副題。
 主題は「命録」について。私も「憤り」との関わりで、かなり昔(大学院のころ)からこのことを考えていたが、長島弘明氏、稲田篤信氏らが、『春雨物語』の主題として考察され、各編の分析もいくつか備わっている。高松氏は「目ひとつの神」を分析。「帰郷」という行為を「命録」と結び付けて創作モチーフとする秋成の意識を抉りだした。肯ける。また、稿本間の異同は、それぞれの対読者の問題ではないかとする。これは鈴木淳氏や私と同じ立場となる。私としてはこの問題に関しては、孤立無援ではなくなってきたと大いに心強く感じる。
 蘆庵社中(富岡本系)と伊勢豪商連(文化五年本系)の二つの読者層を具体的に想定しているのだが。それに関係する情報も、合評会で知ることができた。
 滞独中に送っていたただいた御本についても、書きたいのはやまやまですが。
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2016年07月23日

「古都としての京都」についてのワークショップ

7月22日。ハイデルベルク大学のヤスパースセンターで行なわれた「京都」についてのシンポジウム。10時45分から19時30分まで。発表・質疑応答は、基本的に英語で行われた(一部、コーディネーターのTrede先生のご配慮で、日本語での質疑応答や通訳付の質疑応答もあった)。

ハンドアウトは、基調講演者(keynote speaker)京大の高木博志先生だけが、読み上げ原稿を配布した以外は、なし。大体、日本のようにハンドアウトは配らない。ハンドアウトを配ると、親切・丁寧・助かると評価されるから、いいことのようですけどね。だから、発表前は要旨のみを送り、発表10分前まで、内容をいじることができるわけですな。

そういうわけで、発表内容を私が理解するのは当然不可能であった。ただ、きのうも述べた3つの発表について印象を述べるのと、一日中英語の発表を聞くと言う初体験についての感想を述べる。
SOASのスクリーチさんの天明大火論。スライドもなかったので、断片的な単語を繋ぎ合わせて想像するしかなかったのだが、これは『定信お通し 寛政視覚革命の治政学』の中の論を元にしているということだったので、一度は読んでいる話である。帰国後確認したい。質疑応答でアロカイ先生が盛田の著書のことを紹介してくれた。私はさすがに内容がわからなかったから休憩時間に。「藤島宗順」の言説も紹介していたので、宗順日記や蘆庵文庫の資料のことなどをお伝えしたら、ご興味をもたれたようであった。

 ブリティッシュコロンビア大学のモストウさんの都名所図会論は、スライドたっぷりだったのでついていけた。しかも実際の絵と詩歌句を取り上げての解説・解釈である。質疑応答もそこに集中した。流石に藤川玲満さんの本は踏まえておられた。コーディネーターのトレーデ先生(ハイデルベルク大)が、私に気を遣って、このセッションを日本語での質疑応答としてくださった。名所図会の序文(公家や地下官人がいつもかく)のことや、想定されている読者のイメージについて質問した。

 高木博志さんの、京都イメージ形成論はハンドアウトがあるので、かなり理解できた。なかなか面白かった。私は天皇(公家もだが)が不在となって「みやこ」(天皇のいる場所という意味)の根拠を失った都市が、「古都」イメージを創造する必要があったという理解でいいかという質問をした。

 発表は原稿を読み上げるスタイルと、メモだけ用意して臨機応変に語るタイプの両方。おおむねベテランは後者。笑いもしっかりとりつつ。1時間の枠組みの中で30分ほどが発表で、質疑応答の時間をたっぷりとる。これはこちらで参加したワークショップのすべてがそうであった。そして質疑応答について、日本の学会のように「それについては今回は調査が及んでおりませんので、これから検討させていただきます」というような答えをする人はいない。わからないときは「わからない」と答えるだけである。ここで重要なのは、コーディネートの仕事だが、ワークショップのテーマの立て方である。日本に限らないことだと思うが、枠組みのしっかりしていないテーマだと、異ジャンルの人たちが集まっても、自分の専門の話だけをして、結局かみ合わないということがある。集まるだけではだめで、絡まないと面白くない。それを発表者も質疑者もよく理解していることが、肝要である。このワークショップの主体は、クラスターと呼ばれる学内プロジェクト組織で、さまざまな分野から、日本に関わる研究者が集まって出来ている。この運営は非常にうまく行っているという印象である。ここでもポイントは「人」だと思う。

 ところで、英語ワークショップの個人的な感想を最後に。スライドがあれば、ついていける発表もあるが、それは自分の関心のある分野であるということと、スライドがきめ細かくつくられていれば、ということだ。基本的にはやはり、最下層の英語力ではついていけないのである。今回は、自分の関心のある発表が多かったことと、トレーデ先生のご配慮による日本語討論があったから、予想以上に参戦できて有り難かった。ただ、ずっと聞いていると、あー、コメントとか質問とかは、こういう風に言うのか、とか、勉強になって面白かった。だが、読み上げ原稿を起こしたものを見ながらでも、完全にはついていけない(単語力と文法力の問題)のだから、これはもう自分の力のなさを反省するしかないね。しかし、高い日本語能力と、基本的な英語のリーディング・リスニング・スピーキング能力は、これからの人には必須ですね。自分もまだこれからが、少しはあると思っていますので、勉強はしたい。

 ただ、ドイツ語のワークショップよりはさすがにすこしだけ理解ができる。ドイツの方の英語と、ネイティブの方の英語の違いはそれほど感じなかったが、それは、ネイティブの方が気をつかってわかりやすく発音していたからだと、あとで教えてもらった。
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2016年07月21日

フランクフルトの奈良絵本

フランクフルト大学で開催されているくずし字ワークショップ3日目は特別メニューで、フランクフルト大学日本学科所蔵江戸文庫を用いたワークショップと、フランクフルト工芸美術館の見学。これを逃す手はないと、またまた便乗参加。電車の遅れと、例によっての迷子で30分遅刻したが、教室に入って驚いた。江戸文庫約100点のすべてが、所狭しと拡げられていたのである@。しかも、私が閲覧希望を出していた20点ほどのリストが共有されていて、あっという間に私の手元にそれらが集まったのである。いや感激。

この江戸文庫の詳細な索引付解題目録が出版されている。ハードカバーの分厚いもので、きちんと書誌が記されているものすごく詳しいものだ。クラフト氏の在ドイツ日本古典籍目録(全5冊)がお手本のように思われる。ジャンルや著者についての解説も完備している。この目録、ハイデルベルク大学のヤパノロギーの図書室にあったわけだが、あまりの充実ぶりに欲しくなった。図書室のKさんに相談したところ、古書店を通じて購入してくれた。31ユーロでゲットできた。今日の閲覧、全部見るには少し時間が足りなかったが、8月にもう一度お世話になることになった。その時にいろいろと便宜もはかってもらえそうで、いや感激。

午後からは、奈良絵本のコレクションで有名なフランクフルト工芸美術館にみんなで向かう。マイン川を渡って
AすぐB。ここには29点の奈良絵本がある。ここに所蔵される「熊野の本地」を中心に奈良絵本研究で博士論文を書いた、Jesse先生が、わざわざ、我々のためだけに講演をしてくださり、そのあと、伯爵でもあるこちらの東洋部長のシューレンブルク博士とJesse先生による、含蓄深い、実物を前にしての解説。まことに勉強になる。特筆すべきは、奈良絵本『文正草子』が7点もあるということだ。奈良絵本にもピンからキリまであるんだということが一目瞭然。それを全部見比べることのできる幸運。ここはちょっと写真だせないんだけどね。いや感激。

このあと、工芸美術館の古い方の建物で、展示品をみながらCの解説をきき、館内のカフェでビールを飲み、Jesse先生と、フランクフルト大のキンスキー先生にお願いして写真を撮らせてもらったD.中央がJesse先生。そして駅近くのインド料理屋で、夕食を共にして充実した一日が終わった。キンスキー先生にナスターシャ・キンスキーとの関係を聞いたところ、「あっちは本名はキンスキーではないので親戚ではない」というなかなか衝撃的なお答えでした。
実は工芸美術館で、少し前に奈良絵本の展示が行われ、ものすごく立派な図録が作成されている。購入できませんかと聞いたら、なんと東洋部長さんにプレゼントされてしまいましいた。いやもうこれは、超感激。
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2016年07月19日

フランクフルト大学でくずし字ワークショップ

東北大学の荒武賢一朗先生(日本史)による、くずし字ワークショップが今日からフランクフルト大学日本学科で始まった。初日の4限目に参加させていただく。受講生は大学の教員を含めて10名ほど。荒武先生ご自身も「挑戦だ」とおっしゃていたが、日本史の研究者が海外で古文書の読み方の基礎を教えるという試みは珍しい。いただいた資料によると、明治期の往来物で、士農工商の説明をしたものから入ったようである。私が参加した時間からは、本格的な文書を、いきなり読ませるのである。

東北大学狩野文庫にある大阪の富裕商人の法事に関する覚え。これは急にレベルが上がり過ぎではないかという質問(クレームにも聞こえる)もあったが、荒武先生は、過去3回ほど同様のセミナーを経験しており、ブレはない。「とにかく読みましょう」と。文書の用語の意味や、背景を丁寧に説明し、仮にわからないところがあっても先に進むというやり方。これは非常に実践的な方法である。わからなくても、次に同じ言葉が出てきたら、前後の文脈でわかることがある。そうして進みながら、手持ちの駒(読める字・理解できる言葉)を少しずつ増やしていけば、興味もわいてくる。受講生には相当むずかしいレベルだと思われるが、歴史文書は基本的に漢字ばかり。まず「かな」からという日本文学的発想では対応できないわけだ。

荒武先生は過去の授業経験から、この方法に自信を持っておられる。膨大な字数の漢字を一字一字覚えていくのではなく、文書のパターンを覚えさせるという方法である。これは江戸時代の「寺子屋」方式だともいえるだろう。実際、我々も「手紙を読む会」などでそのようなやり方によって文書を読む訓練をしてきたわけだ。この方法には学ぶべき点が多々あると思われる。しかし日本文学の、まず「かな」方式がよくないということもまたない。ただ、互いに情報交換が必要で、これはいまのところ、このような海外においてこそ実現しやすいのである。

明日は自分の授業があるので参加できないが、明後日はフランクフルト大学所蔵の江戸文庫というコレクションを用いたワークショップ。午後からはフランクフルト工芸大学の奈良絵本を見に行くことになっている。これにはまた参加させてもらう予定だ。
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2016年07月12日

慶応大学斯道文庫の無料オンライン講座

英国のオンライン教育配信事業体であるFuture Learnで、斯道文庫の佐々木孝浩さんと一戸渉さんによる講義「Japanese Culture Through Rare Books」が、7月18日より公開、配信される。全3回(3週間)で、斯道文庫所蔵資料のほか、慶應義塾図書館所蔵資料の画像を多く取り上げるという。現在受講登録受付中。言語は日本語(英語字幕)で、受講者同士でのディスカッションは英語で行われるとのこと。受講料は無料。この講義のページでは、佐々木さんの英語による授業紹介を動画でみることができる。世界の(もちろん日本をふくむ)日本古典文学研究者にお勧めする。講義ページ、登録申請はこちら
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2016年06月15日

KuLA書籍化。刀剣愛好家のオンライン座談会参加者募集。

 くずし字学習支援ソフトKuLAとくずし字教育についての書籍を企画しています。刀剣愛好者で、かつkuLAでくずし字を勉強している方々のオンライン座談会のコーナーへの参加者を募集します。詳細はこちら「くずし字教育プロジェクト」での募集をご覧下さい。書籍版KuLAは今年中の刊行を目指しています。一種のマニュアルも掲載しますが、これは夏にリリース予定されているバージョンアップ版に基づく予定です。
 また、世界のくずし字教育についても関係者の原稿をいただくとともに、KuLAユーザーの声を掲載します。刀剣愛好者の座談会はその一つです。
 アプリユーザーが、アプリを卒業後も、更なる勉強ができるような案内もしたいと考えています。

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2016年06月13日

とうらぶクラスタとKuLA

 刀剣ブームである。それを担っている人たちの中で、「刀剣乱舞」という、擬人化した刀剣を育成するゲームを楽しんでいる、「とうらぶクラスタ」の存在が大きい。「とうらぶ」は「刀剣乱舞」の略愛称(?)、クラスタは同好の士(?)ということのようである。クラスターはこのごろ研究の方でも使うし、私自身がクラスターの代表者でもあるので、ゲームの世界でも使うということを最近知って軽い驚きがあった。不勉強ですみません。さて、「とうらぶクラスタ」の多くは若い女性であるため、マスコミが「刀剣女子」と呼ぶことが多い。しかし、必ずしもゲームをやっているわけではない刀剣愛好者もいるし、ゲームプレイヤーであったとしても「刀剣女子」とひとくくりにされるのは嫌だという人が結構いることは、知っておいてもよいだろう。これは私自身が最近指摘されて気づいたことである。「歴女」や「腐女子」も同じで、逆に「スイーツ男子」というのも、そう呼ばれたくない人がきっといるだろう。もちろん嫌じゃない人もいるが、すくなくとも無意識に公の場では使わない方がいいだろう。
 それはともかく、刀剣愛好家の中には、くずし字解読をしたいという希望を持っている人が多いようである。刀剣にまつわる古文書・古書を読みたいということだろう。我々が、くずし字学習支援アプリ”KuLA”を開発している時に、彼らの関心があることがわかり、コンテンツに刀剣書を加えたという経緯がある。そのあたりに注目して、私に取材申し込みがあった。在独であるため、メールでの取材となった。記事は以下の通りである。「刀剣女子」という言葉を使っているというのはあるが、概ね私の述べたことを、要領よく、ポイントを押さえた記事にしてくれている。産経WESTに掲載されている。
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2016年05月21日

江戸の医学書は「文学」だった

 福田安典さんの『医学書のなかの「文学」』(笠間書院、2016年5月)を拝受した。
 医学的な立場から文学作品を分析したり、病気の面からある文学者の本質に迫ろうとしたり、そういった研究やエッセイはこれまでもあった。しかし。文学研究の立場から、医学書の中に「文学性」を見るとか、文学書が医学書の擬態をとるとかいう視点で、1冊にまとめられた本というのは、本書がはじめてであろう。一般向けにも十分面白い。そういう装丁と価格設定でもある。文章は軽快なあの福田節である。
 国文学研究資料館の、歴史的典籍30万点画像データベース公開という大型プロジェクトでも、医書が注目され、医学史研究と文学研究のコラボも試みられているようであるので、時宜を得た企画である、と思うのは早計で、福田さんは、もう30年ちかく前から、文学研究者として、江戸時代の医学書を漁っていたのである。つまり、時代をずっと先取りしていた。時代が追いついて、福田さんの研究の意味がわかるようになってきたと言った方が、正しい捉え方であろう。実際、本書所収論文の初出は、みな平成ひとケタ代である。
 前のエントリーで書いたように、ここドイツで新刊を読むことは諦めていたのだが、たまたま寄稿したリポート笠間の刊行と、福田さんの本の出版に時期が重なり、笠間書院のご好意により、まとめて送っていただくこと
ができたわけである。あの『白い巨塔』にも出てくるように、ハイデルベルク大学は医学の伝統もあるので、なにか縁を感じたりもする。
 私など、福田さんの、医学書絡みの論文について、その重要性がわからないままであったが、秋成が医者であったこととか、談義本の中に、医学書風のものがあるとか、どうやら自分の中にいつのまにか受け皿も自然に出来ていたようで、本書を面白く読む事ができた。秋成といえば、その眼科医である谷川家には、医学関係の秘伝っぽい資料があったが、その文章は、「文学」といってもいいレトリックに満ちていたと記憶する。そもそも江戸時代の本というのは、実用書であれ、指南書であれ、文学的意匠を纏っている。医学書がそうでないわけがない。
 福田さんは、最初に『医者談義』という本を論じる。従来文学研究側からは談義本として、医学史研究側からは医書として読まれてきた本。見立絵本的な挿絵の戯作性や、西鶴の『武道伝来記』への言及の意味などを読み解きくことで、読み物としての医学書、医学書のなかの「文学」が立ち上がってくる。他にも医書の知識を前提とする初期洒落本の方法や、医学(史)の背景なしには語ることのできない『竹斎』関係の諸論など。
 あるいは『武道伝来記』を、他人が読む事を意識した江戸の医案(カルテ)の意味という視点から読み解いた論は、やはり西鶴は「戯作者」だなあという感想を私にもたらした。こういう論を積み重ねて(浜田啓介先生のいう「外濠」を埋めて)、西鶴論は有効な議論がはじめて出来るのだと改めて思う。
 末尾のコラムも興味深く読んだ。福田さんの論文を生んだ方法とツールの公開である。こういうものを研究者が公開するのは、すこし勇気が要るものである。しかし、研究成果だけでなく、研究方法やツールも共有することで、今後の研究が豊かになることは間違いない。参考資料や索引やツール類が、単体で紹介されても、利用者はそれをどう利用すればいいのかということはなかなか理解できないものである。日本文学の学生はそういうものを、演習という授業で学んでいくわけだが、それを読者は本書とコラムを合わせ読む事で学ぶことが出来る。これを研究書でここまで丁寧にやるというのは珍しい。非常に貴重だと思った。
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2016年05月05日

ヤパノロギーへの通学路

ある日の出勤。午前8時。ゲストハウスを出ました。外観はこんな感じです。ふりかえって撮りました。自転車で行くこともあり、歩くこともあり。今日は徒歩です。
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すぐにネッカー河に出ます。
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こんな道を歩きます。
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朝はまだ寒いんですよね。温度ひとケタです。
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橋の下。ここはスケボーの練習場ですな。s_DSC00395.JPG

サカツラガンの家族がいます。
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このあたりお昼間は日光浴の人で一杯になります。s_DSC00397.JPG

二つめの橋の上に出ました。こんな景色が橋の上からは見えます。
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旧市街。トラムが見えます。
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ハウプト通りにはいってきた。もうすぐです。
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ヤパノロギーがみえてきました。
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到着。ここが日本学研究所。所要時間40分。
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おまけ。帰りの橋から。光の関係でお城がよく見えます。
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これで夜の8時ですから。
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2016年04月30日

ハイデルベルク滞在2週間

 1週めは、とても長く感じられたが、2週目は、あっというまであった。
 まだハイデルベルクから1歩も外に出ていない状況であるが、今日(30日)の夜は外へ出るし、来週もその予定である。
 23日ごろからめっきり寒くなり、山が雪化粧する日もあった。早朝は0度に近く、日中も10度以上にはならない。日本なら2月終わりくらいの感じである。着いた日の温度が17度であったことを考えると、その戻り方は半端ない。これがハイデルベルクの4月だそうである。
 長期の滞在許可証も役所からもらい、晴れて「住民」となった。相変わらず毎日が新しいことの連続である。
 環境政策を重視するこの国では、市内の交通機関であるトラム(市電)に、週末(平日19時以降)乗るときは、4人まで無料で同乗させることができる。休日のマイカー抑制政策であり、休日の家族お出かけ推奨政策でもある。これには感心した。前のエントリーで書いた、ペットボトル回収システムと並ぶ、日本にはないアイデアである。
 こちらの今の季節の食べ物であるホワイトアスパラガスや、ラクレットという珍しい料理もいただいた。私がお世話になっている大学の哲学部の日本学科には、日本人のスタッフもいるし、そうでなくても日本語がわかる人が沢山いるので、わからないことは何でも日本語できけるのがありがたい。ラクレットも日本学科の図書室のスタッフのKさんのお招きに与かったものだ。またソウル大のS先生はサバティカルで、前半の半年はトルコ、後半の半年はここで過ごしている。私と同年齢で奥様もご一緒。日本と韓国の古代史が専門で、フィールドはお手の物というか、アクティヴな方である。ビールを誘われて、燻製ビールというのを初めて飲んだが、日本ではなかなか味わえない味。これにドイツ風ピザのクラムクーヘンが合いすぎ。
 さて、肝心の授業は2週目を終えた。秋成の作品を読むゼミナールと、くずし字学習を中心にしながら、江戸時代の書籍を取り上げていくゼミナールで、どちらも少人数ながら意欲のある学生が集まっている。必ずしも日本古典文学専攻ではない。むしろそれ以外の専門の人ばかり。教える方も試行錯誤であるが、幸いに、こちらの日本文学の先生であるA先生も同席されているので、私のむずかしすぎる話や、学生の質問の補足説明をしてくれる。時々は私の説明に対して、異見を述べたりもする。これがとても勉強になる。
 秋成のゼミナールでは、細かい注釈や語釈に重きを置かず、作品を読むとはどういうことか、感想と批評と研究とはどう違うか、などの問題が議論となった。これがなかなか面白いので、今後は議論中心の授業にしようと思っている。
 くずし字の授業も、レベル設定が難しい。とりあえず、彼らは初めてこれに接するので、そう簡単には読めないし、それ以前に、仮名遣いが異なり、句読点がなく、踊り字などの現代文ではない記号があることを認識し、古語を理解するという難業もあるわけで、しかも日本の古典を読んだことのある人はほとんどいないという状況だから、本当に大丈夫かという気持ちがよぎらないわけでもない。
 しかし、幸いなことに、くずし字アプリKuLAがある。これをダウンロードしてもらい、毎週、アプリのテストで、ひとつずつ全問正解をしてもらう。「全問正解」のスタンプがあるので、すぐにチェックできる。どうだろうか。来週彼らはスタンプをもらえてくるだろうか。不安と期待が交る。また、くずし字で書かれた文章を来週読む予告をした。はたして1週間でどれくらい上達してくるだろう。
 こちらではWさん(ドイツ人)という方が、かつてくずし字の授業をかなりやっていたこともあって、数冊の参考書もあるのだ。学生がこのセメスターでどれだけ伸びるか、本当に楽しみである。
 さて、今晩は、ここにきて初めてハイデルベルクを出て、オペラを聞きに行くことになっている。ハイデルベルクにも音楽堂のようなところがあって、昨日の夕方その前を通りかかったら、開演前らしく、大勢の人が集まっていた。ビールを飲みながら談笑している人らもいて、楽しそうだ。恰好は結構カジュアルである。今日のオペラもドレスコードはなさそうで、安心した。
 なにしろこちらは昼が長く、昨日など、夜9時近くまでまだ明るかった。なんだかその点は得した気分である。8時ごろでも川辺で遊んでいる人がたくさんいた。
 昨日は郵便局にも行った。速達で大きさとか条件によってお値段も変わってくると聞いたので、ドイツ語のわかる日本語教師のM先生に同行していただいたのだが、日本に2日で到着するという特別速達便は、、67ユーロだったか、まあ8000円ですな。さすがにそれはちょっとやめた。普通の国際速達便を定型(A4を三つ折りで入れるくらいの)で出しましたが、6ユーロちょいでした。750円くらいでしょうか。
 とりとめもないが、今回はこのへんで。
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