2024年11月10日

大和文華館の呉春展

数日前、大和文華館で行われている呉春展を観に行った。ここ数年、諸処で呉春の展示を見たが、この展示が、呉春の全体像を映し出すという意味では、もっとも見応えのあるものだった。
呉春は、秋成との交友もあり、ふたりによる画賛も少なくない。そして妙法院宮真仁法親王の厚い信頼を得て、同所に頻繁に出入りし、即興画を描くこともよくある。なんといっても、真仁法親王の肖像を描いている。この肖像画も今回展示されていた。随分前に行われた京博での「妙法院と三十三間堂」以来、お目にかかった。秋成と真仁法親王を研究対象としている私としては、小澤蘆庵と並ぶ重要人物である。
呉春は妙法院の推挙によって宮廷絵師ともなった。同時代には間違いなく高い人気を誇ったが、図録解説にもあるように、師である蕪村、そして呉春のすこし前に京都で圧倒的な存在感を示した円山応挙の陰に隠れて、あまり大々的に取り上げられることがない。しかし、今回は、量的にはそれほどでもないが、その渇を癒やすに十分な充実ぶりであった。
呉春は洒脱で、人づきあいが巧く、とんがった性格ではないように思う。それが、とんがった人に好かれた理由ではないかと思う。呉春の絵を見ていると、なにか安心する。品のよさと、バランスのよさ、落ち着きといったものを感じさせる。
 蕪村には絵だけでなく俳諧も学んでいて、文学的だと思わせる絵もある。TPOを弁えた、融通無碍な画風は、個性的とはいえないが、人的交流を大切にする江戸時代には重宝がられたと思う。謡好きや食通ぶりを示す資料も展示されていて、呉春の人柄を感じさせる、私にとっては非常にありがたい展示だった。
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2024年11月05日

日本人にとって教養とはなにか

 ブログを再開して1ヶ月ちょっと。さぼっている間に、本ブログで紹介したいと思っていた本がたまっていたが、順不同で紹介していきたい。タイムラグがかなりある本もありますが、お許しを。
 まず、鈴木健一さんの『日本人にとって教養とはなにか 〈和〉〈漢〉〈洋〉の文化史』(勉誠社、2024年10月)。
〈教養〉にずっとこだわりつづけた、鈴木さんならではの一書で、これまでの研究の蓄積を感じさせる好著である。序章に書かれているように、私達の子供のころ、百科事典ブームというのが確かにあった。我が家にはなかったが、友達の家に置いていることが多かった。世界文学全集みたいなのもブームだった。あのころはまだ教養の時代であった。平成のはじめごろから、大学から教養部が次々になくなってしまった。
 本書は、日本における「教養」もしくは「教養書」の歴史を平易に説いたものである。江戸時代に頁を多く割かれていること、和漢のみならず〈洋〉を重視して、和漢と並行する教養基盤と見立てている点に特徴がある。〈洋〉を〈和〉〈漢〉と同等に扱うのは、古典研究者の著書にはあまり見られない。しかし、いうまでもなく、今日の我々の教養は、和漢洋に基づいており、とくに〈洋〉は欠かせないものである。今日への繋がりを考えれば、〈洋〉は無視できないのは当然なのだ。
 本書は教養(書)の歴史を平易に説きつつも、この本を読むことで、教養が身につくという仕組みになっているように思う。時代時代における教養とは南アのか、教養がどういう本によって普及浸透していくのかを読み進めていくうちに、和漢洋の基礎的な教養も身についていくのである。教養について、ずっと考えてこられた鈴木健一さんだから書ける本と言えるだろう。〈和〉〈漢〉〈洋〉の展開の見取り図も説得力あるものである。以上、散漫な感想である。
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2024年11月03日

仮名読物史の十八世紀

 拙著『仮名読物史の十八世紀』(ぺりかん社 2024年11月)が発売されました。
「近世小説史」をたどると、十八世紀、とくに享保から宝暦・明和あたりは、前期から後期への移行期で、混沌・未分化な状況です。そこをなんとか新たな枠組で把握できないかと試行錯誤してみた既発表の諸論を元に、削るべき削り、加筆すべきは加筆して、一書の体裁に整えてみました。
 「仮名読物」という枠組と、書籍目録の分類項目である「奇談」そして、私の造語である「学説寓言」をキーワードに構成しました。一番古いものは1988年初出、ちと時間がかかりすぎの論文集ですが、なにかで縁があってご一読たまわれば幸いです。
ちなみに、「仮名読物」とは、ひらがなまたはカタカナ(交じり)で書かれ、読者によって楽しく、あるいは真面目に読まれた(江戸時代における)全ての散文の読物を指します。

目次を以下に挙げておきます。

序論 十八世紀の仮名読物

第一部 江戸産仮名読物の誕生
 第一章 佚斎樗山の登場
 第二章 常盤潭北と教訓書
 第三章 『作者評判千石篩』考

第二部 奇談という領域
 第一章 近世文学の一領域としての「奇談」
 第二章 奇談から読本へ ―― 『英草紙』の位置
 第三章 浮世草子と読本のあいだ
 第四章 「奇談」の場
 第五章 「奇談」史の一齣

第三部 <学説寓言>の時代
 第一章 怪異と寓言 ―― 浮世草子・談義本・初期読本
 第二章 前期読本における和歌・物語談義
 第三章 大江文坡と源氏物語秘伝 ―― <学説寓言>としての『怪談とのゐ袋』冒頭話
 第四章 『垣根草』第四話の<学説寓言>
 第五章 『新斎夜話』第一話の<学説寓言> ―― 王昭君詩と大石良雄

第四部 仮名読物の諸相
 第一章 怪異語り序説
 第二章 「菊花の約」の読解
 第三章 尼子経久物語としての「菊花の約」
 第四章 濫觴期絵本読本における公家・地下官人の序文
 第五章 『絵本太閤記』「淀君行状」と『唐土の吉野』
 第六章 『摂津名所図会』は何を描いたか

初出一覧
あとがき
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2024年10月27日

懐徳堂300年シンポジウムに登壇して

 10月26日(土)、大阪大学中之島センターで、懐徳堂創立300周年記念シンポジウム「大阪文化の過去・現在・未来―懐徳堂から大阪大学へ」が行われた。会場は満室で、別室で画面をみる来聴者も少なくなかった。
基調講演はロバート・キャンベルさん。「災禍見聞の文芸と思考―大塩平八郎の乱をきっかけとした都市観察の記録と「証言文学」の可能性をめぐる考察−」という長いタイトル。『戦争語彙集』(岩波書店)で、ウクライナの普通に人々の戦争体験を表現した「戦争語彙集」を翻訳し、ウクライナにも取材に出かけたキャンベルさんは、その仕事を発展させて、災厄・動乱の証言の記録がどのように表現され、流通し、さらに物語化していくかということを考えているという。そのひとつの試みが、「大塩平八郎の乱」の文学である。乱は一日で制圧されたが、多くの人を巻き込み、「大塩焼け」という大規模な火災も起こった。乱に関わった人、その噂を聞いた人、いくつかの資料を集めて物語にした人・・・など様々なレベルの表現を緻密に分析し、その意味を問うていくスリリングなお話である。そもそも懐徳堂も大阪の3分の2を焼き尽くすような「妙知焼け」という災害をきっかけに創建されている。大塩の乱は、懐徳堂閉校の引き金にもなった。大塩の乱は直接に懐徳堂に関わるものではないが、いろいろな「フック」(ひっかっかり)がある。
この講演の構想を私は、一月ほどまえのオンライン打ち合わせで聞いた。そして直前の打ち合わせでも聞いた。かなりブラッシュアップされていたようだったか、本番では一層磨きがかかっていた。原稿を用意することもなく、優しく、ユーモアを忘れない、臨機応変な講演が展開された。
とはいえ、そのあとの鼎談は、講演を受けて、大阪文化に繋げるトークにしなければならない。もともと話芸の名手である鷲田清一先生、そして引き出しをたくさん持っているキャンベルさんは、自在に話を盛り上げることができるが、「先生には大阪の学芸・文化のお話を」と要請されている私としては、その自在な展開にどうついていけばいいのか、最初から不安、いや諦めムードではあった。とはいえ、こう振られたらこういう話題でも・・・とメモは作っていた。使わないだろうけど。
案の定、二人のテキパキとしたトークが炸裂、これは横でニコニコしながら聴いておくだけでもいいかも、などと横着を決め込もうとすると、司会ではなく、キャンベルさんや鷲田先生から、急に話を振られるということがおこって、まさに「汗!」。鷲田先生から振られたのは秋成の話だったので助かった(ただ、少しだけまちがい。秋成は中井履軒のことを「ふところ子」と呼んでいたのではなく「ふところ親父」と呼んでいました・・・。
木村蒹葭堂の話を最後にちょっとすることができたのだが、あっという間に一時間が経ってしまったのであった。
 鷲田先生は大阪の民間の力の底力、寄付の文化の伝統、そして社学連携の経験の中でも天神祭における阪大船の実現の裏話など、興味深い話題を次々になさっていた。
 私は大坂が町人の町であり、武士の町江戸や、天皇のいる京都と違って、求心力のある江戸城や御所のような求心的なものがないこと、海に開け水路が張り巡らされた水の町であることから、思想や文芸も「流動性」「越境性」が特徴であり、鷲田先生の哲学も大坂ならではの停滞とは無縁のよい意味での流動姓が魅力だということを申し上げた(つもり)であるが、実はその先のことも言いたかった。打ち合わせではちょっと申し上げたが、近世大阪文化における武士(あるいは幕府)の意味についてである。大塩の乱もその視点が必要だと思っていたからでもあるが、藪田貫先生の『武士の町大坂』(中公新書→講談社学術文庫)にも述べられているように、大坂町人は町奉行などの幕臣(武士)を非常に意識している。竹山も『草茅危言』を定信に献上し、『逸史』という徳川家康の一代記を書いたり、懐徳堂の官許化を受けたりと、幕府との関係つくりに力を注いでいた。秋成の国学の師は大番与力の宇万伎だし、尊敬する文学上の友人も幕臣の大田南畝だった。大坂の学者を象徴するような木村蒹葭堂は、城番加役で伊勢長島侯の増山雪斎と深い付き合いをしている。中村幸彦先生の「「天下の町人」考」の「天下」は幕府の意味だという論文もある。江戸幕府に背を向けるどころか、きちんと礼を尽くし、じっくり観察して、したたかに付き合う。そういう面も見逃せないということを言おうとしていた。しかし、これは言わなくてよかったかもしれない。議論が複雑になってしまったかもしれないからだ。
 ともあれ、多分問題なく鼎談終了。久しぶりに加地伸行先生にもご挨拶が出来た。先生は「レセプションの乾杯の挨拶で、飯倉さんの発言を引用させてもらう」という、もったいないお言葉をいただいたが。ご挨拶を聞くと、懐徳堂の学内幹事をしていたころの企業回りの話で、ご自身のご経験を思い出されたとの事であった。
 とまれ、こんなビッグネームお二人と鼎談できるとは。最初は吃驚・困惑したいろいろ勉強することになって、大変私にとってもよかった。大変だったはずの司会の門脇むつみさんも、同様なご感想であった。とりあえず(のわりには少し長い)レポートでした。
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2024年10月22日

懐徳堂創立300周年記念展覧会

享保9年(1724)は、「大坂の学校」と呼ばれた懐徳堂が開かれた年である。今年300周年を迎え、記念の展覧会が開かれる。題して「懐徳堂って知ってはる?」懐徳堂に興味のある方は必見です。

以下、大阪大学総合学術博物館のウェブサイト
https://www.museum.osaka-u.ac.jp/2024-08-22-19282/
から引用。

大阪大学の精神的源流の一つである懐徳堂が開かれたのは、今から300年前の享保9(1724)年の秋でした。町人たちが資金を拠出して実現し、享保11(1726)年、幕府の官許を得て「学問所」となりました。
明治となり閉学した学問所を、大阪の街に再興しようと大阪の財界が動き、明治43(1910)年に懐徳堂記念会が作られ、大正5(1916)年に「重建懐徳堂」が建てられました。専属の研究者も置き、京都などから講師を招くなどして、講座も開かれて、大阪の文化的活動を担うこととなりました。
昭和20(1945)年3月の空襲で重建懐徳堂は焼失しました。耐火書庫に収めてあったので焼けずに済んだ書籍が、文科系学部が作られて大阪の文化を担うことが期待される大阪大学に寄贈されることとなり、懐徳堂の精神が大阪大学に受け継がれたのです。
 本展覧会では大学所蔵の懐徳堂資料から、懐徳堂の歴史や学問の系譜を示すものを、草創期・繁栄期・終焉期・重建期に分け展観します。各時期の重要な数点をピックアップし、関係資料をあわせて展示することで、懐徳堂の学問所としての空間、その授業の実態、そこに集った人たちの交流、そこに生まれた文化などを具体的にご覧いただけるものと思います。
 展示を通じて、懐徳堂の学問の精神が現在の大阪大学へと継承されていること、大阪の地における学問の命脈を感じ取っていただけければ幸いです。

豊中会場

・会場:大阪大学総合学術博物館 待兼山修学館 3F多目的室
・会期:令和6年(2024)10月12日(土)〜12月7日(土)
※日曜・祝日は休館日。ただし、11月3日(祝)、4日(振替休日)は開館。
・開館時間:10:30〜17:00(16:30最終入館)
・入館料:無料

中之島会場

・会場:大阪大学中之島芸術センター展示室(大阪大学中之島センター4階)
・会期:令和6年(2024)10月24日(木)〜10月30日(水)
    ※10月28日(月)は休館。
・開館時間:10:30〜17:00(16:30最終入館)
・入館料:無料

中之島会場は、10月26日(土)に行われる記念シンポジウムに合わせて、短期開催である。シンポジウムにいらっしゃる方は是非。あ、自分も見よう!

シンポジウムの方は満員御礼で、既に締めきっているそうですが一応載せておきます。

懐徳堂創立300周年記念シンポジウム
「大阪文化の過去・現在・未来 懐徳堂から大阪大学へ」
日時   令和6(2024)年10月26日(土)14:30〜17:10
会場   大阪大学中之島センター10階「佐治敬三メモリアルホール」
基調講演  ロバート キャンベル氏(早稲田大学特命教授・日本文学)
鼎談    ロバート キャンベル氏    
      鷲田清一氏(大阪大学元総長・哲学)
      飯倉洋一氏(大阪大学名誉教授・日本近世文学)

 鼎談に私も登壇します。私以外のお二人はビッグネームです!
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2024年10月20日

賀茂社家古典籍セミナー

さて、長いこと投稿をしていなかったが、再開します。リハビリということで、印象の薄れていない昨日の研究会の話。
 国文学研究資料館主催・京都産業大学日本文化研究所共催・上賀茂・下鴨の両神社後援・京都市歴史資料館協力の「(第3回)賀茂社家古典籍セミナー」(於京都産業大学むすびわざ館)に、昨日参加してきた。「賀茂社家古典籍」のうち、とくに今回のセミナーの元になる共同研究は、主として賀茂季鷹とその子孫が集め、保存してきた古典籍を指す。現在は、京都市歴史資料館に寄託されている。賀茂季鷹を研究している妻の盛田帝子とともに寄託の際のリストを作成するお手伝いをした。縁あって、いったん九州大学文学部が一時期預かっていたが、京都歴史資料館への寄託が決まった。それから、国文研の調査が入り、長い年月をかけて調査が終わった。このセミナーの日に合わせて、京都市歴史資料館では、「賀茂季鷹と古典の「知」」という展覧会がはじまった。重要文化財の『清輔本片仮名古今和歌集』や古活字本『竹取物語』、その他興味深い典籍が展示されている。セミナー参加者には、その図録もプレゼントされた。
季鷹の姓は「山本」である。その山本家の今の当主義浩さんとは、彼が小学生以来のお付き合いとなる。義浩さんは今大学の先生(英文学)になっていて、香川在住だが、最初のご挨拶のため駆けつけて下さった。義浩さんとお話できたのもよかった。
 基調講演は盛田の「賀茂季鷹と近衛菫(のぶ)子」で、季鷹の公家・皇族との親しい交流のキーパースンとなっているのが、季鷹の叔母にあたる山本茂利とその娘菫子であることが示された。山本茂利は有栖川職仁親王の女房で菫子を産み、菫子は近衛経煕の公室となった。この関係で、季鷹は皇室や近衛家をはじめとする公家との交流がやりやすくなり、ひいでは蔵書形成に繋がったと。
 次の講演2本は、若手のお話。宮武衛氏の「国学者と漢詩文、注釈」は、季鷹関係典籍類『本朝文粋』の書き入れを精査した研究成果の発表で、わかりやすかった。渡辺悠里子氏の「賀茂季鷹による仮名遣い研究」は、秋成の国学との関係で私も関心のあるところだたが、契沖仮名遣いを継承しつつ、それを補正していく営みがよくわかってありがたかった。
 京産大の小林一彦氏と歴史資料館の松中博氏の掛け合いで、展示の見所解説が行われた。図録を見ながら聴けたので、ポイントがよくわかった。最後の小林氏の挨拶は、調査の長い経緯を、関係メールを紹介しながら語るもので、なかなか異例であったが、聴衆は聞き入っていた。
 私は関係者ではなかったが、私のような立場のその他の数人とともに懇親会に誘われていたので、図々しくも参加。実は国文研館長の渡部泰明さんと、久しぶりにお話したかったのが第一の理由だったのだが、これは十二分に満喫できた。
 懇親会の場で、講演した若手二人が訃報が伝えられたばかりの赤瀬信吾さんの教え子であること、「だから私は聞きに来たんです」という山本登朗さんのご発言もあり、しんみりとした。ふたりの心中はいかばかりであったか。
 
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2024年07月24日

その悩み、古典が解決します

菱岡憲司さんの『その悩み、古典が解決します。』(2024年7月、晶文社)は、明日発売らしいのですが、ありがたいことに著者から献呈されて一足先に読ませていただきました! 非常勤先への往復の電車の中で読了できました。
寄せられた?悩みをいくつか紹介すると・・・
「いろいろとやりたいことがあって困ります」
「とにかく集中力がありません」
「適切なセックスの回数というのは、どれくらいなのでしょうか?」
「文学を勉強するって、なんの役に立つんですか?」
「どうしたら人の心を読めますか?」
「あがり症で困っています」
 全部で30の悩みに、「古典」を使って、爽快に回答してゆく菱岡さん、いや天晴れ。
 ご自身、古典で悩みを解決してきたと豪語するが、それは本当のようで、「いろいろとやりたいことがあって困ります」に対する回答(ネタバレになるのでここではいいませんが)を、菱岡さんが自ら実践しているのを私は聞いたことがある。それが、古典に基づいていることを知らなかったのだが、今回それを知り得て、心から納得した。
 私もかつて、学生に向かって言ったことがある。「大事なことは、すべて古典(のどこかに)書いてある」と。
とはいえ、さまざなな実際的な悩み、哲学的な悩み、人間関係の悩みに、「そういう症状には、はいこれ!」とまるで「古典薬局」の薬剤師みたいに、適切なお薬を出すのは、そんなに簡単ではない。菱岡さんならではなのだが、やはりまずは菱岡さんの読書量がものをいう。しかも、快活で、ひねりのきいた、一筋縄ではいかない、読んで面白い解決法であり、そのヒントは、すべて古典、それも、あんまり人が読んだことのない江戸時代の古典なのである。
 菱岡さんは大事なことを言っている。古典を読むことは「異文化交流」なのだと。海外で「へー、こんな文化が、こんな考え方があるのか」と目から鱗の体験をすることを異文化交流のひとつだとすれば、古典を読むことも立派な異文化交流である。へー江戸時代の人は、こんな考え方で悩みを乗り越えたのか?と。逆もあるだろう。海外に行って、へー、私達の国とそこは同じなんだ!という感想を持つことがあるが、古典にもそれがある。その両方があるから、「おーっ」という悩み解決法がある。
 それを上手に引き出すのが菱岡さん。そこには「古典は人生を豊かにする」とか「教養を涵養する」というような教訓臭さは全くない。
 この本に紹介されている数々の古典、みんな掛け値なしで「面白い!」。だからこそ、今まで読まれ続けて残いるのですよ。外れがないのが古典です。
 ともあれ、快著!
 
 

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2024年07月20日

武士の道徳学

 川平敏文『武士の道徳学ー徳川吉宗と室鳩巣『駿台雑話』』(角川選書、2024年6月)が刊行された。
 本書によれば、儒者和文の名手である鳩巣の文章は、戦前まで旧制中学校の教科書で8割、高等女学校の教科書で5割に掲載されていた。しかし、戦後はほぼ掲載がなくなった。こういった例は他にも少なくないが、多くは忠孝を讃えるような「封建的」な思想ゆえに、戦後民主主義になじまないためである。著者はまた、古文教育が、「現代文」教育と対置されることで、「精選」されることになり、多くが中古中世の和歌・物語・随筆・説話となるとともに、「漢文」もあることから、漢文訓読体と擬古文体のまざった標準的な和文は中途半端で掲載されることがなくなったことも理由のひとつとして上げる。
 皮肉なことに、このことが、生徒達の「古文嫌い」を増やしてしまったのだと私は考えている。思想的にも全く問題ない、詠みやすく面白い「古文」がたくさんあることは、「こんなによみやすい古文があるんですね」という、私の授業を受けた学生の感想に多く見られることでも明らかなのである。
 その名文『駿台雑話』を中心に、徳川吉宗に仕えた室鳩巣の人と思想を、わかりやすく紹介したのが本書である。特に私自身の研究とリンクするところで面白かったのは、川平さんが『駿台雑話』を談義本、あるいは「奇談」書に類したものと指摘しているところである。享保期には、談話(講釈・問答・咄)をベースとした読み物がはやり、その一群を本屋は「奇談」と分類したのだが(拙稿「近世文学の一領域としての「奇談」、日本文学、2012年10月号)、川平さんは拙稿を引用してくださり、その位置づけをしてくれた。そして、享保期の教訓談義本の作者を代表する佚斎樗山らとその「社会的属性」が共通すること、すなわち幕府ないし幕府に近い家臣であることを指摘する。それが町人へと拡がって談義本の流行を見るようになるのである。
 本書には、おもしろいトピックがいくつもあるが、私の興味を引いたのは、御前講釈のリアルな記録(57頁あたり)、『六諭衍義大意』をめぐる吉宗と鳩素の綱引き(87頁あたり)、武道人情論の主張(206頁あたり)あたりであった。
 
 

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2024年07月17日

五山文学探究 資料と論考

 堀川貴司さんの『五山文学探究 資料と論考』(文学通信、2024年5月)。2011年の『五山文学研究ー資料と論考』、2015年の『続 五山文学研究ー資料と論考』(いずれも笠間書院)の続編に相当するという。中世日本漢文学研究者として、ゆるぎない信頼をもつ堀川さんは、『書誌学入門ー古典籍を見る・知る・読む』(勉誠出版)という名著もある。文献に基づく堅実な論考を絶え間なく生産し続けている。
 本書についてコメントすることなど、私にできるわけもないが、第4章のはじめに書いておられる、中世における唐物の日本文化への定着が、「モノ」の移動だけではなく、中国・日本の禅僧という「ヒト」の相互往来によって、行われ、広まったという当然の指摘を、今更ながら再認識させていただいた。近世においても禅僧の存在の意味は大きく、漢文学のみならず、散文を考える際にもポイントになるし、人的交流からみる文壇史にも欠かせない視点となる。それを思い起こさせてくれる。第7章の「富士山像の変遷」もまことに勉強になる。石川丈山の著名な「白扇倒懸東海天」の句をもる「富士山」の詩も、五山で詠まれた富士山詩の流れに位置させることで、その独自性が際立つことになる。第14章の「『江湖風月集』注釈の展開」は、出版によって中世の「知」がひろく普及することのあることが指摘されている。
 知の展開という視点でいえば、五山文学の重要さは看過できないことをあらためて知らされた一書である。
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2024年07月12日

「和歌所」の鎌倉時代

 小川剛生さんの『「和歌所」の鎌倉時代ー勅撰集はいかに編纂され、なぜ続いたか』(NHKブックス、2024年6月)。
 勅撰集とは全部で21回にわたり作られた。そのうち古今集、後撰集、拾遺集を「三代集」と言い、古今集から新古今集までを「八代集」という。「本歌取り」されるのは「八代集」まで(本書15頁)で、そのあと続くのは「十三代集」と一括して呼ばれ、文学史的な評価は低い。そういえば、奥村恒哉氏によれば、「歌枕」認定も、「八代集」までだったように記憶する。しかし「勅撰和歌集の権威が確立するのはむしろ鎌倉時代であ」り、下命者は治天の君(上皇か天皇)であり、「編纂は政治日程の上に位置づけられた。そして撰者の私邸を「和歌所」と称した」(本書13頁)。そして「十三代集は、八代集とは異なる力学によって作られている」(17頁)という。
 本書は序章で和歌所とその源流について解説し、続く第一章で新古今和歌集を扱い、九章(続後拾遺和歌集)まで次々に作られる勅撰集の政治ドラマ(人間ドラマ)を叙述する。小川さんの歴史知識がものすごく、「そうなのか!」と何度も頷きながら頁をめくる。入集希望者への対応(書状・面会)なども生々しい。政治力学があちこちで働く様子もよくわかる。人間関係を配慮しなければならず、撰者は単にいい歌を選ぶというだけではない、またそれをどう配列するかにも腐心する。定家が撰者である新勅撰和歌の集巻十九雑四は七十五首すべてが名所歌であるが、その配列は整然としており、「下命者が全国を統治していること、統治している地域はすべて和歌がゆきわたっていることを示すという王土王民思想が看取される」(99頁)と。これは名所歌に目下関心のある私のアンテナに強く反応する。また二条為世と京極為兼の玉葉集撰者をめぐる争いも壮絶を極める。その為世の議論を「陳腐な三段論法」と切って捨てるあたり、小川さんの厳しい評価が見られるが、和歌についても結構忌憚のない批評をしていて、非常に読んで痛快でもある。
 ただ、私に中世史と中世和歌(史)の知識がなさすぎて、本書の本当の価値を伝えられていないことは大変申し訳ない。完全に門外漢の感想として読み流していただき、専門家のご批評を是非ご参考にされたい。ただし、読む方に知識なくても面白いことは保証します。
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2024年07月11日

『人情本入門』

武藤元昭監修・木越俊介編『人情本入門』(花鳥社、2024年7月)が刊行された。
 2010年に国文学研究資料館編で『人情本事典』(笠間書院)が刊行されて、もう14年というのに驚いたが、その続編という位置づけで間違ってはいないだろう。『人情本事典』は文政期の人情本を取り上げたが、その後の天保期、人情本の最盛期、『春色梅暦』を中心とする作品56の解題である。「入門」を謳うだけあって、人情本についての基本的な知識も数十頁にわたって掲載される。「商家繁栄譚」というのが基本だということである。
 今はなき鈴木圭一さんは、人情本というより中本研究の第一人者であったが、2019年に逝去された。鈴木さんの遺された文章は人情本概説として貴重なものである。そして、その鈴木圭一旧蔵コレクションについても後学の伊藤さんによって書かれている。本書によれば、人情本の研究者に若い方が加わってきたのは頼もしい限りである。私と同い年の鈴木さんの研究が、このような形で引き継がれていくのは、嬉しいことである。とはいえ、人情本の研究は、読本に比べるとまだまだ隆盛とはいえない。本書が、若い人が研究を志すきっかけになればありがたい。以前にくらべ、画像データベースの充実によって研究もかなりやりやすくなっているので。
 また、本書は大学のテキストとして使える一方、一般読者へもアピールする装幀となっている。人情本は、当時の江戸時代の女性を虜にした〈恋愛小説〉である。面白くないはずはない。この本を手引きに、人情本の読者が少しでも増えたら嬉しいことである。
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2024年07月10日

中国/日本〈漢〉文化大事典

 標記の事典が刊行された。版元は明治書院。奥付は2024年6月30日。今届いたばかりである。「中国/日本」は角書きである。当初『漢文学大事典』という本を作るのかと思っていたが、あえて『〈漢〉文化大事典』と命名している。911頁。大項目立項主義で、中国編252項目、日本編174項目である。これは、引く事典というより読む事典だろう。もちろん五十音目次もあるので、引くこともできる。
 文学事典ではなく文化事典なので、語学・音楽・出版・思想・書画・諸芸と多岐にわたる。日本編では、全体にわたる項目として「漢文学の受容と変容」「中国観の変遷」「漢文訓読・訓点」「字書」「類書」「和歌と漢詩」「歌学と詩論」「書」「唐絵」「庭園」「漢籍の出版」がある。続いて時代順に項目をたててゆくが、江戸時代については、60項目以上が立てられている。「雅俗」「朱子学」「林家」「木門」「朝鮮通信使」「唐話学」「寺子屋」「俳諧」「老荘思想」など、こちらも多彩である。人物としては、秋成や宣長も立項されている(この2つは私が担当)、漢詩関係の立項が多いのはもちろんだが、散文ジャンルも仮名草子、談義本(私が担当)、洒落本、読本などがある。それぞれ読むと結構執筆者の色が出ていて面白い。100頁強を通読すれば、江戸時代〈漢〉文化史を読むことになる。明治以降もある。〈漢〉と〈〉で括ったのは、〈漢文〉化事典と誤解されないためだろうか。
相当長い年月をかけて完成した事典であるが、やはり出来てみると、なかなか画期的な事典だと思う。図書館・研究室そして漢文学に興味のある個人は必備であろう。
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2024年06月26日

三井大坂両替店(シリーズ大阪本5)

 久しぶりにシリーズ大阪本。今回は萬代悠氏の『三井大坂両替店ー銀行業の先駆け、その技術と挑戦』(中公新書、2024年2月)である。両替商の仕組みを説明した本だろうと思って読み始めたが、たしかにそれもきちんと解説されているが、本書の目玉は、両替店が顧客の信用調査をどのような方法で行うか、その信用調査が、両替店の業績に直結しているということを、史料を読み込み、解釈して明らかにしている点である。それにとどまらず、そこから著者は、これらの信用調査のありかたから江戸時代の文化・社会風俗も浮き彫りになると言う。
 江戸時代に来日した外国人の残した記録から、江戸時代の人々は「正直」で「誠実」だと言われることがあり、「今なお江戸時代の日本人が誠実であったとする先入観が多くの人々に共有されているようだ」。しかし、それは本当なのか。両替店の信用調査では、借り入れを申し込んだ顧客の8割が信用調査で不合格であった。不誠実な顧客を排除しようとしたのである。すくなくとも、不誠実な人がいることを前提として両替店は、信用調査の方法に磨きを掛けた。そこをみよういうのである。
 本書の内容は、
第1章 事業概要
第2章 組織と人事
第3章 信用調査の方法と技術
第4章 顧客達の悲喜こもごも
第5章 データで読み解く信用調査と成約数
 の5章構成である。第1章では、とくに主力融資である「延(のべ)為替貸付」の解説が重要である。幕府の公金を預かる両替店は、それを90日以内であれば、融資して運用することができた。そこにいろいろな仕組みがあるのだが、実に巧みなシステムで、びっくりするほどきちんとしていて、近代的にすら見える。
 第2章では、店舗の立地や、店の見取り図を示しての解説および奉公人の構成・報酬、彼らを飴と鞭で巧みにつかう様子が活写される。
 第3章以下、信用調査の方法と技術。まずは「聴合(ききあわせ)」と称する信用調査の実際である。親類をふくめての資産状況、担保物の実際、世間の評判、人柄などが徹底調査される。不安があれば、契約に至らない。不動産の評価の方法もきわめて具体的に示されている。
 第4章では、調査された側の顧客の悲喜こもごもの実例紹介。は遊郭通いで資産を取り崩し、身をもちくずしていくパターンが多く、なにやら浄瑠璃の世話物を思い出す。
 第5章では、契約口数や顧客の業種・人柄・家計状態などのデータを分析、三井が信用調査で業績を上げたことを明らかにする。
 このような研究は、文学研究側から申し上げても、たいへん有り難いものである。
 そして、ここから江戸時代(人)像を再検討する必要があると著者はいう。人々が誠実に見えるのは、両替店の信用調査が「巨大な防犯カメラ」の役目をしていたからだと。大手の金貸しから融資を受けるには、品行方正でなければならなかった。これはいわゆる権力による監視社会というのとはまた違う、品行方正誘導装置としての信用調査システムが働いているということなのだ。
 そもそも、江戸時代の人は、我々よりも「借金生活」が常態だったはずだ。「掛け売り」という慣習もそれだ。三井呉服店(越後屋)は「現金掛け値無し」商法でも有名であるが、現金掛け値無しでしか物が買えないとなると、今の我々だって、質素で、品行がかなり方正になっていくのではないだろうか。そういう江戸時代人にとって、「信用」は命と同じくらい大事なものだっただろう。だから信用調査のスキルは非常に大事になるのである。
 とはいえ、本書を読んで、「信用調査で八割審査おちするくらいだから江戸時代人は一般に不誠実」と簡単にいうべきではない。そもそも、調査される人は、お金の借り入れを申し込んだ人だからである。もちろん、著者は問題提起をしているだけであって、「江戸人は誠実」を否定しようというしているわけではないので誤解なきよう。ただまあ、お金をどんどん使って、貯金をためこむことの少なかった江戸時代の方が、今より経済は回っていたのかも知れませんな。
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2024年06月14日

近世長崎渡来人文運史

 若木太一先生のライフワーク『近世長崎渡来人文運史 言語接触と文化交流の諸相』(勉誠社、2024年6月)が刊行された。総頁数695頁の大著である。若木先生といえば、長崎学。九州大学大学院時代には(もしかすると山口大学時代にも)、長崎に訪書するたびに、若木先生のお世話になった。長く長崎大学に勤められ、さまざまな方面から近世長崎の文化を明らかにしてこられた。本書に入っていない研究成果も少なくないはずである。そして、上田秋成や西鶴の論文もある。『雨月物語』「白峯」の典拠論は不朽の労作で「白峯」研究の必読論文であるし、京都大学附属図書館所蔵の『ぬば玉の記』の紹介も貴重なお仕事であった。
 本論文集のタイトルを見て、唸った。「なるほど!」である。先生の多くの業績をまとめるのに、これほどふさわしい書名は他にない。朝鮮と中国からの渡来の窓口は、対馬・長崎である。キーワードは「筆談」「語学書」「唐話」「通事」「黄檗」であり、これはまさしく、近世日本に大きく刺激を与えた新しい文化の通路だった。人物としては藤原惺窩・石川丈山・雨森芳洲・隠元・鐵心道絆・牛込忠左衛門・林道栄・劉宣義・劉図南・魏五左衛門龍山・向井元升・高玄岱・大潮元晧・高階賜谷・・・・とまさに多士済々で、そのほとんどの論考に年譜が付されている。渡来人と彼らと交遊した人々が生き生きと資料を通して描き出される。
 25本に及ぶ論考の全てを読むにはどれだけかかるかわからないので、ひととおり頁を最後までめくったところで紹介させていただくことにした。第三部渡来人の系譜はなかでも唐通事・唐話会などを扱い、読本研究との関わりも深い。日本における新しい文学は、長崎を通して、渡来人によってもたらされたことが、いまさらながら認識させられる。
 先生の論考の中には「後考を期す」ということばも見える。先生はここで一区切りを付けたが、まだまだやる気だな、と嬉しくなる。本書はおそらく歴史研究者にも多く読まれることになるだろう。
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2024年06月13日

詩歌交響 

 楊昆鵬『詩歌交響 和漢聯句のことばと連想』(臨川書店、2023年2月)。
 刊行されたのは1年4ヶ月前。ここに取り上げることになったのは、少し前に『後陽成天皇』という論集を紹介したが、それを読んだ本書の筆者の楊さんから、その本に収められている和漢聯句の章は、後陽成天皇の和漢聯句活動の一部で不完全なものなので、それを付け加えた完全版を読んでほしいと言って、わざわざ送って来られたことによる。
 たいへん恐縮してしまい、簡単なお礼状を書いたのだが、「和漢聯句」は日本文学の中でも、かなり難解で知識教養を必要とするジャンルで、そう簡単に読み進められるものではない。
 「後陽成天皇の和漢聯句と聯句」と題する章は、本書の最後に位置する。たとえば和漢千句興行を四回も主催したことは空前絶後だそうで、後陽成天皇は和漢聯句に熱心であった。この豊かな文学的な実りを見事に収穫し、それをわかりやすく提示した章となっている。日記類を駆使して、その実態を叙述し、合わせて和漢聯句の興行の仕方を伝え、なおかつ句について、詳細に注釈・解説していく。そこに天皇の機知・教養とセンスの良さを見、さらに政治性(政治的題材)を手がかりに、作風の変化に及ぶ。
 考えてみれば、中国に生まれて、日本で文学を学んだ方に、「和漢聯句」という研究テーマはあまりにもぴったりである。名古屋大学大学院で塩村耕さんに学び、京都大学大学院で大谷雅夫さんに学んだことも、素晴らしい師との出会いだっただろう。論述の学問的な確かさに厳しい指導が透けて見える。 
 ちなみに楊さんは「聯句」を「れんぐ」と読ませているが、古くはそう読んだと辞書にもある。「れんく」となるのは、どのあたりからなのだろう?
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2024年06月12日

ョ山陽 詩魂と史眼

 揖斐高さんの『ョ山陽 詩魂と史眼』(岩波新書、2024年5月)が刊行された。
 ョ山陽については、「鞭声粛々、夜河を渡る」の詩句が余りにも有名だが、小学校の運動会で、詩吟にのせて集団演技した記憶がある。後にそれがョ山陽の作だと知る。大学院の演習で、父春水の『在津紀事』を読んでいたことがあり、『ョ山陽全書』を繰ったこともあったが、その後アンテナにかかることがなく、中村真一郎の『頼山陽とその時代』を読んだくらいであった。もちろん、読みやすい文庫や新書も出ていたのだろうけれど。少し前に揖斐さんによる、『頼山陽詩選』(岩波文庫)が出て、今回の新書による入門書的な本が提供されたのは、ありがたいことで、改めてョ山陽の生涯、詩人として、歴史家としての概要をつかむことが出来た。いつもながら揖斐さんの文章はわかりやすく、入門書として最適の文体で書かれていると言ってよいだろう。
 伝記では、あらためて十九世紀の京都文壇で、山陽が重要人物であることを再確認させられた。公家の日野資愛、高槻の藤井竹外との交わりは、とくに私にとって興味深い。
 詩については、詩選の方に譲ったところも多いのか、紙幅はそんなにとっていないが、いわゆる欄外評を使っての分析が面白い。
 歴史と歴史思想については、勉強になる。「勢」と「機」という概念を重視する歴史哲学は、孫子の影響を受けているのではないかという指摘に、なるほどと頷く。気になりながら未読の濱野靖一郎氏の『頼山陽の思想』とはどう切り結ぶのか?
 問題意識的に最も共感するのは、語りに注目する「第十三章『日本外史』の筆法」で、「例えば平氏の巻と源氏の巻で同じ歴史的な出来事を記していても、いっぽうでは源氏側の視点で記述し、もういっぽうでは平氏側の視点で記述しているというのである」「こうした異なる視点に拠る複眼的な叙述法が、結果的に『日本外史』に奥行きを与え、歴史の中で行動する人間を臨場感をもって描写することを可能にした」という指摘である。いわゆる客観的な歴史叙述ではない文学性が、『日本外史』の魅力になっていると。このような指摘はあるいは既に行われているのかもしれないが、「詩魂と史眼」が融合したところに山陽らしさを見るというのは、魅力的な視点だと思う。
 あとがきには、揖斐さんの山陽との関わりが、人(本)との出会いによって深まっていったことが記される。まことに研究とは出会いであるなあと、これを拝読して思ったことであった。

 
  
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2024年06月10日

学会私記(専修大学)

6月8日から10日まで、専修大学で日本近世文学会が行われた。今回は、全ての発表を聞いたわけではなく、発表以外の部分でも印象的なことが多かったので、「私記」を謳う。これまでも「私記」だったのだけど。
今回は、事務局・開催校がたくさんの企画を打ち出した。
天理ギャラリーで行われている北村季吟の展示との連携企画。土曜午前に行った。チケットを無料配布。展示は北村季吟の仕事を総合的に把握できるように工夫されたもので、芭蕉との接続、古典への向き合い方など適切なコンテンツが並べられていた。小規模ながら、充実したもの。
初日のシンポジウムは、神田古書店の老舗、一誠堂書店、誠心堂書店、大屋書房の三店からパネリストをお招きし、司会の津田真弓氏や聞き手の有澤知世氏が、自身もパワーポイントを用意しつつ、神田古書店の歴史や、仕事を、熱心な顧客の思い出などを次々に聞き出して行った。和書の個人的な保管方法など、実践的な質疑応答もあった。裏番組は若手交流会でこちらも盛況だったと聞く。総会前には、日本近世文学会賞の授賞式。慶應義塾大学大学院の浅井万優さんが授賞。デジタル文学地図の研究集会にも来てくれていた方なので、こちらも嬉しい。
 懇親会でもひさしぶりに会話する人が多かった。田中則雄さんが古典再興について憂慮しておられ、近年私の関わった『古典の再生』を真摯に読んで下さっていたことに感銘を受けたり、古い友人である久保田啓一さんとそれぞれの今後の研究の展望について語り合ったりなど、楽しく会話した。最近、二日酔いで苦しんだことがあったので、ウーロン茶や炭酸水をまぜながら、飲み過ぎないように注意した(飲んだのはワイン2杯だけ)。
 2日め、やはり旧友のロバート・キャンベルさんと書籍販売コーナー近くでばったりあって、彼が最近翻訳した『戦争語彙集』(岩波書店)の感想を伝えた。原作者を日本に招いての講演会やシンポジウムのプロデュース(3回ほどやったらしい)などの話や、彼が今とりくんでいる、ある趣向をもつ物語についての話など、語り合っているとあっという間に時間が経って、彼の昼食時間がなくなってしまった。
午後のトップバッターは後輩の勝又基さんの「大丸屋」の発表。後輩の丸井さんが会場校だったので、一肌脱いだとか。UCバークレーの三井コレクションの写本をずっと調査してきたので、その一本を使って、「写本文化」論を提唱するところに落とし込むものだった。ポイントになる妖刀が歌舞伎の影響を受けてあとから付け加えられたかどうかのところに質疑のポイントがあったようだ。
 2日目終了後は、発表した勝又さん、キャンベルさん、宮崎修多さんら「九州」ゆかりの人たちで軽く食事をして、ほっこりした気分になった。
 3日目は、今回の古書店連携企画の第2弾神保町古書店ツアー。5グループに分かれて7、8人ずつグループで五店を回る。我々のグループは沙羅書房、大屋書房、一誠堂書店、誠心堂書店、日本書房の順。時間があっという間で、次のグループが外で待つという場面が二度、三度。面白い本を惜しみなく展観してくれていて、手で触りながら堪能できた。同じグループだった天野聡一さんとランチして帰阪。ひさしぶりに神保町の本と食に浸り、旧交をあたためた学会でありました。発表内容にほとんどふれずにすみません。
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2024年05月21日

新しい古典籍入門の本ー『本 かたちと文化』

国文学研究資料館編『本 かたちと文化 古典籍・近代文献の見方・楽しみ方』(勉誠社、2024年2月)。
国文研で行われていた日本古典籍講習会という催しを書籍化した本。全9章からなる。「はじめての古典籍」「くずし字」「写本」「版本」「装訂と料紙」「表紙文様」「印」「江戸の出版文化」「近代本の世界」。コラムも交えた、古典籍入門というべき本。初心者向けとはいえ、専門家にも十分役立つものとなっている。木越俊介氏のコラム、「国書データベースで複数の画像を比較するには」は、画像上で、たとえば東洋大学哲学堂文庫の本と、国文学研究資料館の本の同じ丁の版面を比較したいときに、どうやればいいかが簡単に説明されている。IIIF(トリプルアイエフ)準拠で、諸本比較ができることは知っていても、され具体的にはどうすればいいの?何を見ればそれがわかるの?と思っている人は案外専門家でも少なくないのではないか。そんな時にはこのコラムを読めば、すぐにわかります。
 書誌学というものは、元来原物を前に教えていただくものであるから、もちろん隔靴掻痒の部分があることは仕方がない。実際には、副読本という位置づけになるだろう。ただ本書はモノクロだが、電子版ではオールカラーだそうで、半額クーポンが挟まれていた。とまれ、古典籍を実際に扱う人は、座右に置いておいたらよいのではないか、そう思わせる本である。
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2024年05月20日

「戯画図巻」の世界

 斎藤真麻理編『「戯画図巻」の世界』(KADOKAWA、2024年3月)。本当に面白い絵巻である。10本以上の諸本があるというが、その成立時期・画者・注文者・場面の順序・世界観・絵画史上の位置などなど、謎につつまれていて、それがまた面白い。観音様が銃を構えている「スナイパー観音」が話題になっているが、それ以外にも奇想天外な図案が多く、とはいえいずれも教養なくしてその面白さが解らないという知的興趣にみちた絵巻である。
 学際的な共同研究で、知り合いの方が多く関わっていることもあり、解説や論考・コラムを興味深く拝見した。
 全体の問題点を知るのには、加藤祥平氏の「「戯画図巻」を再考する」が便利だろう。すべての論考コラムが勉強になるが、特に面白かったのは、黒田智氏「江戸の武士と釣りブーム」、井田太郎氏「「狂画」とその周辺」、山本嘉孝氏の「「戯画図巻」をとりまく老荘思想」、門脇むつみ氏の「「戯画図巻」の誕生」、大谷節子氏の「加筆される機知」であった。雅なのか俗なのか、いろいろ呑み込んで、常識を越えて、見るものが教養で遊べる、高度な作品であることが、諸氏の解説でよくわかるし、多くの謎が残されているのが魅力的である。
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2024年05月12日

歌合の本質と展開

安井重雄編『歌合の本質と展開 中世・近世から近代へ』(法蔵館、2024年2月)。
龍谷大学世界仏教研究センターのプロジェクト「歌合の本質とその集積についての研究」の研究成果としての論文集で、11の論文から成る。
最近、私も『十番虫合絵巻』というテキストの注釈に関わった(『江戸の王朝文化復興』)こともあり、興味を持って拝読。
プロジェクトのタイトル、そして書名にあえて「歌合の本質」を謳う意気込み、単に「歴史」「展開」ではなく、そこを議論するのか!と期待した。しかしながら、「歌合の本質」を正面から論じたり、研究会でテーマとしたわけではなかったようだ。「まえがき」や各論からそれを伺わねばならない。
すると安井さんの「まえがき」に、「歌合は本質的に競合する和歌とその勝負、権威性の磁力を持つ空間、主催者・出詠者・判者等構成人員間が生み出す緊張感関係を有しており、この緊張関係が秀歌を生み出すエネルギーにもなっていよう」とあって、この会の共有する見解なのかと思われた。また「小澤蘆庵による歌合の収集と集積の調査」がこのプロジェクトの前身プロジェクトの内容だったが、「歌合写本が集積され再び利用される過程に歌合が含み持つ本質的問題とその展開の様相が窺えるようにも思われる」とも言う。「集積」はプロジェクトタイトルでもあるので、ここのところはもうすこし解りやすく説明してほしい。全体としては、歌合の判詞を読むというより、行事・パフォーマンス・場としての「歌合」について諸論言及している印象があり、それが安井さんのいう「本質」と響き合うのかなと思った。
 近世編では、神作研一・大谷俊太・大山和哉・加藤弓枝四氏が論考を寄せている。神作研一さんは歌合の刊本年表に加え、近世歌合の「諸問題」を概観した趣だが、最も注目されるのは、堂上地下が一堂に会して行われて近世和歌史の画期となったとされる「大愚歌合」に遡る寛政四年以前に、すでに堂上地下混合で地下歌人(澄月)加判という歌合が行われたことが、新資料「武者小路家五首歌合」という資料から解るというもの。全文の翻刻が待たれる。ちなみにこの歌合には女性が含まれているのも看過できない。
 近世編で「本質」という点にもっとも切り込んでいるとみなすことのできるのは、大谷論文である。この歌合を最後に宮廷歌合が終焉したことで知られる寛永十六年仙洞歌合の「実態」を、高梨素子氏の先行研究を踏まえつつ、諸資料を駆使して考究する。後水尾院は、勝ち負けを競うよりは和歌習練の場だと思っていたようだとする。しかし後水尾院自身が判をしたわけではない。参加者自身が、後水尾院の思惑にかかわらず、勝負を気にするわけで、そうなることは院もやはりわかっていたのだろう。院の立場としては、和を尊び、万人に調和をもたらすことだから。それで判を三条西実条にさせたのだが、これが物議をかもす一因になったようである。どうみても構図的に無理があって、その後、宮廷歌合は途絶えてしまった。そんな感じだろうか(誤読ならごめんなさい)。
 有名な、忠見と兼盛の名歌同士の番を持ち出すまでもなく、勝負事の体裁を取る以上、負けた方が個人的にも、「家」としても、そして師匠もろとも、傷を蒙る。そこで、負けないような周到な準備や、負けても傷つかないような配慮や、勝たせるような忖度が行われる。この「人間関係」と「歌学向上」とが、葛藤し、「人間関係」が肥大したときに、歌合の実施は困難になる・・・のかな?
 もっとも、歌合が地下にも展開し、身分違いの者が同席する会となると、また様々な「人間関係」が関わらざるを得ない。
 どうも、私の下卑た読み方では、歌合の本質は、「人間関係」ということになってしまいそうである。良い読者ではない。

 さて、小川剛生さんの講演があったらしいが是非活字化して載せてほしかったです。
 いろいろ妄言を連ねましたが、大変勉強になりました。ありがとうございます。

追記:小川剛生さんの講演は、『古典文学研究の対象と方法』(花鳥社、2024年3月)に収録されていました。

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