2016年09月20日

海を渡る史書 東アジアの通鑑

 中国の『資治通鑑』、朝鮮の『東国通鑑』、そして日本の『本朝通鑑』。この3つの国の公的史書は、もちろん中国→朝鮮→日本という形で伝播し、『通鑑』文化圏と呼ぶべき歴史書の世界を形成していた。我々が近世の歴史観を考えるときに、このことは基礎的な知識でなければならない。
 しかし、東アジアの「通鑑」を総合的・多角的に、その淵源と流通、変化、影響までを含めた論集はこれまでなかったのではないか。
 日本はかつて『東国通鑑』の板木を略奪した。一方でその和刻本を作った。奇しくも20世紀はじめに和刻本の板木が朝鮮に寄贈された。500枚以上の『新刊東国通鑑』の板木である。近年、ソウル大学で金時徳氏によってこれが発見されたことを契機に、本書『海を渡る史書 東アジアの「通鑑」』(勉誠出版)が企画出版された。金氏と濱野靖一郎氏の共編である。まことに興味深い内容で、「通鑑」入門書でもあり、最新研究書でもある。
 「通鑑」(資治通鑑)の誕生と継承、『東国通鑑』の総合的検証、和刻本『東国通鑑』の流通と上記板木の現状、日本の通鑑『本朝通鑑』の内容、そして思想史的検討と、構成も見事で、素晴らしい執筆者を集めている。意をつくさない紹介であるが、取り急ぎ。
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2016年09月18日

『春雨物語』の「命録」

 書くべきことをかなり置いたままではあるが、17日の『上方文藝研究』の合評会に参加された高松亮太氏から抜刷をいただき、拙稿も多く引用していただいているので、触れておきたい。
 『国語と国文学』2016年8月号。標題がタイトルで、「「目ひとつの神」を論じて主題と稿本の問題に及ぶ」が副題。
 主題は「命録」について。私も「憤り」との関わりで、かなり昔(大学院のころ)からこのことを考えていたが、長島弘明氏、稲田篤信氏らが、『春雨物語』の主題として考察され、各編の分析もいくつか備わっている。高松氏は「目ひとつの神」を分析。「帰郷」という行為を「命録」と結び付けて創作モチーフとする秋成の意識を抉りだした。肯ける。また、稿本間の異同は、それぞれの対読者の問題ではないかとする。これは鈴木淳氏や私と同じ立場となる。私としてはこの問題に関しては、孤立無援ではなくなってきたと大いに心強く感じる。
 蘆庵社中(富岡本系)と伊勢豪商連(文化五年本系)の二つの読者層を具体的に想定しているのだが。それに関係する情報も、合評会で知ることができた。
 滞独中に送っていたただいた御本についても、書きたいのはやまやまですが。
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2016年07月23日

「古都としての京都」についてのワークショップ

7月22日。ハイデルベルク大学のヤスパースセンターで行なわれた「京都」についてのシンポジウム。10時45分から19時30分まで。発表・質疑応答は、基本的に英語で行われた(一部、コーディネーターのTrede先生のご配慮で、日本語での質疑応答や通訳付の質疑応答もあった)。

ハンドアウトは、基調講演者(keynote speaker)京大の高木博志先生だけが、読み上げ原稿を配布した以外は、なし。大体、日本のようにハンドアウトは配らない。ハンドアウトを配ると、親切・丁寧・助かると評価されるから、いいことのようですけどね。だから、発表前は要旨のみを送り、発表10分前まで、内容をいじることができるわけですな。

そういうわけで、発表内容を私が理解するのは当然不可能であった。ただ、きのうも述べた3つの発表について印象を述べるのと、一日中英語の発表を聞くと言う初体験についての感想を述べる。
SOASのスクリーチさんの天明大火論。スライドもなかったので、断片的な単語を繋ぎ合わせて想像するしかなかったのだが、これは『定信お通し 寛政視覚革命の治政学』の中の論を元にしているということだったので、一度は読んでいる話である。帰国後確認したい。質疑応答でアロカイ先生が盛田の著書のことを紹介してくれた。私はさすがに内容がわからなかったから休憩時間に。「藤島宗順」の言説も紹介していたので、宗順日記や蘆庵文庫の資料のことなどをお伝えしたら、ご興味をもたれたようであった。

 ブリティッシュコロンビア大学のモストウさんの都名所図会論は、スライドたっぷりだったのでついていけた。しかも実際の絵と詩歌句を取り上げての解説・解釈である。質疑応答もそこに集中した。流石に藤川玲満さんの本は踏まえておられた。コーディネーターのトレーデ先生(ハイデルベルク大)が、私に気を遣って、このセッションを日本語での質疑応答としてくださった。名所図会の序文(公家や地下官人がいつもかく)のことや、想定されている読者のイメージについて質問した。

 高木博志さんの、京都イメージ形成論はハンドアウトがあるので、かなり理解できた。なかなか面白かった。私は天皇(公家もだが)が不在となって「みやこ」(天皇のいる場所という意味)の根拠を失った都市が、「古都」イメージを創造する必要があったという理解でいいかという質問をした。

 発表は原稿を読み上げるスタイルと、メモだけ用意して臨機応変に語るタイプの両方。おおむねベテランは後者。笑いもしっかりとりつつ。1時間の枠組みの中で30分ほどが発表で、質疑応答の時間をたっぷりとる。これはこちらで参加したワークショップのすべてがそうであった。そして質疑応答について、日本の学会のように「それについては今回は調査が及んでおりませんので、これから検討させていただきます」というような答えをする人はいない。わからないときは「わからない」と答えるだけである。ここで重要なのは、コーディネートの仕事だが、ワークショップのテーマの立て方である。日本に限らないことだと思うが、枠組みのしっかりしていないテーマだと、異ジャンルの人たちが集まっても、自分の専門の話だけをして、結局かみ合わないということがある。集まるだけではだめで、絡まないと面白くない。それを発表者も質疑者もよく理解していることが、肝要である。このワークショップの主体は、クラスターと呼ばれる学内プロジェクト組織で、さまざまな分野から、日本に関わる研究者が集まって出来ている。この運営は非常にうまく行っているという印象である。ここでもポイントは「人」だと思う。

 ところで、英語ワークショップの個人的な感想を最後に。スライドがあれば、ついていける発表もあるが、それは自分の関心のある分野であるということと、スライドがきめ細かくつくられていれば、ということだ。基本的にはやはり、最下層の英語力ではついていけないのである。今回は、自分の関心のある発表が多かったことと、トレーデ先生のご配慮による日本語討論があったから、予想以上に参戦できて有り難かった。ただ、ずっと聞いていると、あー、コメントとか質問とかは、こういう風に言うのか、とか、勉強になって面白かった。だが、読み上げ原稿を起こしたものを見ながらでも、完全にはついていけない(単語力と文法力の問題)のだから、これはもう自分の力のなさを反省するしかないね。しかし、高い日本語能力と、基本的な英語のリーディング・リスニング・スピーキング能力は、これからの人には必須ですね。自分もまだこれからが、少しはあると思っていますので、勉強はしたい。

 ただ、ドイツ語のワークショップよりはさすがにすこしだけ理解ができる。ドイツの方の英語と、ネイティブの方の英語の違いはそれほど感じなかったが、それは、ネイティブの方が気をつかってわかりやすく発音していたからだと、あとで教えてもらった。
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2016年07月21日

フランクフルトの奈良絵本

フランクフルト大学で開催されているくずし字ワークショップ3日目は特別メニューで、フランクフルト大学日本学科所蔵江戸文庫を用いたワークショップと、フランクフルト工芸美術館の見学。これを逃す手はないと、またまた便乗参加。電車の遅れと、例によっての迷子で30分遅刻したが、教室に入って驚いた。江戸文庫約100点のすべてが、所狭しと拡げられていたのである@。しかも、私が閲覧希望を出していた20点ほどのリストが共有されていて、あっという間に私の手元にそれらが集まったのである。いや感激。

この江戸文庫の詳細な索引付解題目録が出版されている。ハードカバーの分厚いもので、きちんと書誌が記されているものすごく詳しいものだ。クラフト氏の在ドイツ日本古典籍目録(全5冊)がお手本のように思われる。ジャンルや著者についての解説も完備している。この目録、ハイデルベルク大学のヤパノロギーの図書室にあったわけだが、あまりの充実ぶりに欲しくなった。図書室のKさんに相談したところ、古書店を通じて購入してくれた。31ユーロでゲットできた。今日の閲覧、全部見るには少し時間が足りなかったが、8月にもう一度お世話になることになった。その時にいろいろと便宜もはかってもらえそうで、いや感激。

午後からは、奈良絵本のコレクションで有名なフランクフルト工芸美術館にみんなで向かう。マイン川を渡って
AすぐB。ここには29点の奈良絵本がある。ここに所蔵される「熊野の本地」を中心に奈良絵本研究で博士論文を書いた、Jesse先生が、わざわざ、我々のためだけに講演をしてくださり、そのあと、伯爵でもあるこちらの東洋部長のシューレンブルク博士とJesse先生による、含蓄深い、実物を前にしての解説。まことに勉強になる。特筆すべきは、奈良絵本『文正草子』が7点もあるということだ。奈良絵本にもピンからキリまであるんだということが一目瞭然。それを全部見比べることのできる幸運。ここはちょっと写真だせないんだけどね。いや感激。

このあと、工芸美術館の古い方の建物で、展示品をみながらCの解説をきき、館内のカフェでビールを飲み、Jesse先生と、フランクフルト大のキンスキー先生にお願いして写真を撮らせてもらったD.中央がJesse先生。そして駅近くのインド料理屋で、夕食を共にして充実した一日が終わった。キンスキー先生にナスターシャ・キンスキーとの関係を聞いたところ、「あっちは本名はキンスキーではないので親戚ではない」というなかなか衝撃的なお答えでした。
実は工芸美術館で、少し前に奈良絵本の展示が行われ、ものすごく立派な図録が作成されている。購入できませんかと聞いたら、なんと東洋部長さんにプレゼントされてしまいましいた。いやもうこれは、超感激。
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2016年07月19日

フランクフルト大学でくずし字ワークショップ

東北大学の荒武賢一朗先生(日本史)による、くずし字ワークショップが今日からフランクフルト大学日本学科で始まった。初日の4限目に参加させていただく。受講生は大学の教員を含めて10名ほど。荒武先生ご自身も「挑戦だ」とおっしゃていたが、日本史の研究者が海外で古文書の読み方の基礎を教えるという試みは珍しい。いただいた資料によると、明治期の往来物で、士農工商の説明をしたものから入ったようである。私が参加した時間からは、本格的な文書を、いきなり読ませるのである。

東北大学狩野文庫にある大阪の富裕商人の法事に関する覚え。これは急にレベルが上がり過ぎではないかという質問(クレームにも聞こえる)もあったが、荒武先生は、過去3回ほど同様のセミナーを経験しており、ブレはない。「とにかく読みましょう」と。文書の用語の意味や、背景を丁寧に説明し、仮にわからないところがあっても先に進むというやり方。これは非常に実践的な方法である。わからなくても、次に同じ言葉が出てきたら、前後の文脈でわかることがある。そうして進みながら、手持ちの駒(読める字・理解できる言葉)を少しずつ増やしていけば、興味もわいてくる。受講生には相当むずかしいレベルだと思われるが、歴史文書は基本的に漢字ばかり。まず「かな」からという日本文学的発想では対応できないわけだ。

荒武先生は過去の授業経験から、この方法に自信を持っておられる。膨大な字数の漢字を一字一字覚えていくのではなく、文書のパターンを覚えさせるという方法である。これは江戸時代の「寺子屋」方式だともいえるだろう。実際、我々も「手紙を読む会」などでそのようなやり方によって文書を読む訓練をしてきたわけだ。この方法には学ぶべき点が多々あると思われる。しかし日本文学の、まず「かな」方式がよくないということもまたない。ただ、互いに情報交換が必要で、これはいまのところ、このような海外においてこそ実現しやすいのである。

明日は自分の授業があるので参加できないが、明後日はフランクフルト大学所蔵の江戸文庫というコレクションを用いたワークショップ。午後からはフランクフルト工芸大学の奈良絵本を見に行くことになっている。これにはまた参加させてもらう予定だ。
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2016年07月12日

慶応大学斯道文庫の無料オンライン講座

英国のオンライン教育配信事業体であるFuture Learnで、斯道文庫の佐々木孝浩さんと一戸渉さんによる講義「Japanese Culture Through Rare Books」が、7月18日より公開、配信される。全3回(3週間)で、斯道文庫所蔵資料のほか、慶應義塾図書館所蔵資料の画像を多く取り上げるという。現在受講登録受付中。言語は日本語(英語字幕)で、受講者同士でのディスカッションは英語で行われるとのこと。受講料は無料。この講義のページでは、佐々木さんの英語による授業紹介を動画でみることができる。世界の(もちろん日本をふくむ)日本古典文学研究者にお勧めする。講義ページ、登録申請はこちら
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2016年06月15日

KuLA書籍化。刀剣愛好家のオンライン座談会参加者募集。

 くずし字学習支援ソフトKuLAとくずし字教育についての書籍を企画しています。刀剣愛好者で、かつkuLAでくずし字を勉強している方々のオンライン座談会のコーナーへの参加者を募集します。詳細はこちら「くずし字教育プロジェクト」での募集をご覧下さい。書籍版KuLAは今年中の刊行を目指しています。一種のマニュアルも掲載しますが、これは夏にリリース予定されているバージョンアップ版に基づく予定です。
 また、世界のくずし字教育についても関係者の原稿をいただくとともに、KuLAユーザーの声を掲載します。刀剣愛好者の座談会はその一つです。
 アプリユーザーが、アプリを卒業後も、更なる勉強ができるような案内もしたいと考えています。

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2016年06月13日

とうらぶクラスタとKuLA

 刀剣ブームである。それを担っている人たちの中で、「刀剣乱舞」という、擬人化した刀剣を育成するゲームを楽しんでいる、「とうらぶクラスタ」の存在が大きい。「とうらぶ」は「刀剣乱舞」の略愛称(?)、クラスタは同好の士(?)ということのようである。クラスターはこのごろ研究の方でも使うし、私自身がクラスターの代表者でもあるので、ゲームの世界でも使うということを最近知って軽い驚きがあった。不勉強ですみません。さて、「とうらぶクラスタ」の多くは若い女性であるため、マスコミが「刀剣女子」と呼ぶことが多い。しかし、必ずしもゲームをやっているわけではない刀剣愛好者もいるし、ゲームプレイヤーであったとしても「刀剣女子」とひとくくりにされるのは嫌だという人が結構いることは、知っておいてもよいだろう。これは私自身が最近指摘されて気づいたことである。「歴女」や「腐女子」も同じで、逆に「スイーツ男子」というのも、そう呼ばれたくない人がきっといるだろう。もちろん嫌じゃない人もいるが、すくなくとも無意識に公の場では使わない方がいいだろう。
 それはともかく、刀剣愛好家の中には、くずし字解読をしたいという希望を持っている人が多いようである。刀剣にまつわる古文書・古書を読みたいということだろう。我々が、くずし字学習支援アプリ”KuLA”を開発している時に、彼らの関心があることがわかり、コンテンツに刀剣書を加えたという経緯がある。そのあたりに注目して、私に取材申し込みがあった。在独であるため、メールでの取材となった。記事は以下の通りである。「刀剣女子」という言葉を使っているというのはあるが、概ね私の述べたことを、要領よく、ポイントを押さえた記事にしてくれている。産経WESTに掲載されている。
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2016年05月21日

江戸の医学書は「文学」だった

 福田安典さんの『医学書のなかの「文学」』(笠間書院、2016年5月)を拝受した。
 医学的な立場から文学作品を分析したり、病気の面からある文学者の本質に迫ろうとしたり、そういった研究やエッセイはこれまでもあった。しかし。文学研究の立場から、医学書の中に「文学性」を見るとか、文学書が医学書の擬態をとるとかいう視点で、1冊にまとめられた本というのは、本書がはじめてであろう。一般向けにも十分面白い。そういう装丁と価格設定でもある。文章は軽快なあの福田節である。
 国文学研究資料館の、歴史的典籍30万点画像データベース公開という大型プロジェクトでも、医書が注目され、医学史研究と文学研究のコラボも試みられているようであるので、時宜を得た企画である、と思うのは早計で、福田さんは、もう30年ちかく前から、文学研究者として、江戸時代の医学書を漁っていたのである。つまり、時代をずっと先取りしていた。時代が追いついて、福田さんの研究の意味がわかるようになってきたと言った方が、正しい捉え方であろう。実際、本書所収論文の初出は、みな平成ひとケタ代である。
 前のエントリーで書いたように、ここドイツで新刊を読むことは諦めていたのだが、たまたま寄稿したリポート笠間の刊行と、福田さんの本の出版に時期が重なり、笠間書院のご好意により、まとめて送っていただくこと
ができたわけである。あの『白い巨塔』にも出てくるように、ハイデルベルク大学は医学の伝統もあるので、なにか縁を感じたりもする。
 私など、福田さんの、医学書絡みの論文について、その重要性がわからないままであったが、秋成が医者であったこととか、談義本の中に、医学書風のものがあるとか、どうやら自分の中にいつのまにか受け皿も自然に出来ていたようで、本書を面白く読む事ができた。秋成といえば、その眼科医である谷川家には、医学関係の秘伝っぽい資料があったが、その文章は、「文学」といってもいいレトリックに満ちていたと記憶する。そもそも江戸時代の本というのは、実用書であれ、指南書であれ、文学的意匠を纏っている。医学書がそうでないわけがない。
 福田さんは、最初に『医者談義』という本を論じる。従来文学研究側からは談義本として、医学史研究側からは医書として読まれてきた本。見立絵本的な挿絵の戯作性や、西鶴の『武道伝来記』への言及の意味などを読み解きくことで、読み物としての医学書、医学書のなかの「文学」が立ち上がってくる。他にも医書の知識を前提とする初期洒落本の方法や、医学(史)の背景なしには語ることのできない『竹斎』関係の諸論など。
 あるいは『武道伝来記』を、他人が読む事を意識した江戸の医案(カルテ)の意味という視点から読み解いた論は、やはり西鶴は「戯作者」だなあという感想を私にもたらした。こういう論を積み重ねて(浜田啓介先生のいう「外濠」を埋めて)、西鶴論は有効な議論がはじめて出来るのだと改めて思う。
 末尾のコラムも興味深く読んだ。福田さんの論文を生んだ方法とツールの公開である。こういうものを研究者が公開するのは、すこし勇気が要るものである。しかし、研究成果だけでなく、研究方法やツールも共有することで、今後の研究が豊かになることは間違いない。参考資料や索引やツール類が、単体で紹介されても、利用者はそれをどう利用すればいいのかということはなかなか理解できないものである。日本文学の学生はそういうものを、演習という授業で学んでいくわけだが、それを読者は本書とコラムを合わせ読む事で学ぶことが出来る。これを研究書でここまで丁寧にやるというのは珍しい。非常に貴重だと思った。
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2016年05月05日

ヤパノロギーへの通学路

ある日の出勤。午前8時。ゲストハウスを出ました。外観はこんな感じです。ふりかえって撮りました。自転車で行くこともあり、歩くこともあり。今日は徒歩です。
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すぐにネッカー河に出ます。
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こんな道を歩きます。
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朝はまだ寒いんですよね。温度ひとケタです。
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橋の下。ここはスケボーの練習場ですな。s_DSC00395.JPG

サカツラガンの家族がいます。
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このあたりお昼間は日光浴の人で一杯になります。s_DSC00397.JPG

二つめの橋の上に出ました。こんな景色が橋の上からは見えます。
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旧市街。トラムが見えます。
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ハウプト通りにはいってきた。もうすぐです。
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ヤパノロギーがみえてきました。
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到着。ここが日本学研究所。所要時間40分。
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おまけ。帰りの橋から。光の関係でお城がよく見えます。
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これで夜の8時ですから。
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2016年04月30日

ハイデルベルク滞在2週間

 1週めは、とても長く感じられたが、2週目は、あっというまであった。
 まだハイデルベルクから1歩も外に出ていない状況であるが、今日(30日)の夜は外へ出るし、来週もその予定である。
 23日ごろからめっきり寒くなり、山が雪化粧する日もあった。早朝は0度に近く、日中も10度以上にはならない。日本なら2月終わりくらいの感じである。着いた日の温度が17度であったことを考えると、その戻り方は半端ない。これがハイデルベルクの4月だそうである。
 長期の滞在許可証も役所からもらい、晴れて「住民」となった。相変わらず毎日が新しいことの連続である。
 環境政策を重視するこの国では、市内の交通機関であるトラム(市電)に、週末(平日19時以降)乗るときは、4人まで無料で同乗させることができる。休日のマイカー抑制政策であり、休日の家族お出かけ推奨政策でもある。これには感心した。前のエントリーで書いた、ペットボトル回収システムと並ぶ、日本にはないアイデアである。
 こちらの今の季節の食べ物であるホワイトアスパラガスや、ラクレットという珍しい料理もいただいた。私がお世話になっている大学の哲学部の日本学科には、日本人のスタッフもいるし、そうでなくても日本語がわかる人が沢山いるので、わからないことは何でも日本語できけるのがありがたい。ラクレットも日本学科の図書室のスタッフのKさんのお招きに与かったものだ。またソウル大のS先生はサバティカルで、前半の半年はトルコ、後半の半年はここで過ごしている。私と同年齢で奥様もご一緒。日本と韓国の古代史が専門で、フィールドはお手の物というか、アクティヴな方である。ビールを誘われて、燻製ビールというのを初めて飲んだが、日本ではなかなか味わえない味。これにドイツ風ピザのクラムクーヘンが合いすぎ。
 さて、肝心の授業は2週目を終えた。秋成の作品を読むゼミナールと、くずし字学習を中心にしながら、江戸時代の書籍を取り上げていくゼミナールで、どちらも少人数ながら意欲のある学生が集まっている。必ずしも日本古典文学専攻ではない。むしろそれ以外の専門の人ばかり。教える方も試行錯誤であるが、幸いに、こちらの日本文学の先生であるA先生も同席されているので、私のむずかしすぎる話や、学生の質問の補足説明をしてくれる。時々は私の説明に対して、異見を述べたりもする。これがとても勉強になる。
 秋成のゼミナールでは、細かい注釈や語釈に重きを置かず、作品を読むとはどういうことか、感想と批評と研究とはどう違うか、などの問題が議論となった。これがなかなか面白いので、今後は議論中心の授業にしようと思っている。
 くずし字の授業も、レベル設定が難しい。とりあえず、彼らは初めてこれに接するので、そう簡単には読めないし、それ以前に、仮名遣いが異なり、句読点がなく、踊り字などの現代文ではない記号があることを認識し、古語を理解するという難業もあるわけで、しかも日本の古典を読んだことのある人はほとんどいないという状況だから、本当に大丈夫かという気持ちがよぎらないわけでもない。
 しかし、幸いなことに、くずし字アプリKuLAがある。これをダウンロードしてもらい、毎週、アプリのテストで、ひとつずつ全問正解をしてもらう。「全問正解」のスタンプがあるので、すぐにチェックできる。どうだろうか。来週彼らはスタンプをもらえてくるだろうか。不安と期待が交る。また、くずし字で書かれた文章を来週読む予告をした。はたして1週間でどれくらい上達してくるだろう。
 こちらではWさん(ドイツ人)という方が、かつてくずし字の授業をかなりやっていたこともあって、数冊の参考書もあるのだ。学生がこのセメスターでどれだけ伸びるか、本当に楽しみである。
 さて、今晩は、ここにきて初めてハイデルベルクを出て、オペラを聞きに行くことになっている。ハイデルベルクにも音楽堂のようなところがあって、昨日の夕方その前を通りかかったら、開演前らしく、大勢の人が集まっていた。ビールを飲みながら談笑している人らもいて、楽しそうだ。恰好は結構カジュアルである。今日のオペラもドレスコードはなさそうで、安心した。
 なにしろこちらは昼が長く、昨日など、夜9時近くまでまだ明るかった。なんだかその点は得した気分である。8時ごろでも川辺で遊んでいる人がたくさんいた。
 昨日は郵便局にも行った。速達で大きさとか条件によってお値段も変わってくると聞いたので、ドイツ語のわかる日本語教師のM先生に同行していただいたのだが、日本に2日で到着するという特別速達便は、、67ユーロだったか、まあ8000円ですな。さすがにそれはちょっとやめた。普通の国際速達便を定型(A4を三つ折りで入れるくらいの)で出しましたが、6ユーロちょいでした。750円くらいでしょうか。
 とりとめもないが、今回はこのへんで。
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2016年04月23日

ハイデルベルクに来て1週間

ハイデルベルク大学の日本学の大学院生対象のゼミナールを2コマ担当するという教育活動のため、4月15日に現地到着。ちょうど1週間が経った。
 こちらは朝方はまだひんやりするが、昼間は陽射しが暑く感じられるくらい。季節的には一番いいとされている。ハイデルベルクは東西にネッカー川が流れ、川の南側が旧市街。川の堤を歩くと、八重桜が何本も生えている。広い河原は美しい芝生で、昼間は多くの人が寛いでいる。ハイデルベルクの有名な古城も川の南側の山手にある。大学は街中に散在する格好である。街の中心を川と平行にハウプトシュトラッセという通りがあり、メインストリートという趣きである。その西はずれ近いところを南北にアカデミアシュトラッセという通りが走り、日本学科はその通りに面している。
 私の住んでいるゲストハウスは、ネッカー川の北側の、ノイエンハイマーフェルトとうところにあり、ヤパノロギーまでは徒歩で45分くらいである。貸していただいている自転車で通勤することもあり、堤を散策気分で徒歩で行くこともある。川には、観光遊覧船や、貨物船や、ヨットや、カヌーなどが往来している。
 日本学の学生の数は全部で200人くらいだろうか。そのうち100人ほどが、日本でいうオリエンテーションに顏を見せていた。私の授業は、こじんまりしたもので、上田秋成の作品を読むゼミナールに数名、江戸時代の古典籍を読むスキルのゼミナールに数名(ただ、このゼミナールは初回の週は開講しないとアナウンスされていたため、来ていない学生もいると聞いたので、2週目を見ないとわからない)といったところ。日本語能力は高く、中には日本人もいる。しかし、日本古典文学を専攻している院生はいまのところ受講していない。彼らがどれだけ秋成やくずし字に関心をもってくれるか、楽しみである。
 ヤパノロギーの中では、日本語が公用語みたいな感じで全く不自由はしない。もちろん一歩外に出れば、日本語など通じない。しかし私は日本語しか使えないから、あとは10数語のドイツ語と、きわめてわずかな語彙しか知らない英語でサバイバルしていかねばならないのである。もっとも助けてくださる方がたくさんいるので、なんとかやっている。もちろん、一人で買い物をしたり、食事をしたりということは、既に何度も体験し、スーパーやパン屋での買い物はなんとかなる。しかし流儀の違う所がいろいろあるので、面白い。
 緑の党が導入したというリサイクル促進システムが、中でも面白い。ペットボトルや缶ビールには、あらかじめ25セントが容器代として上乗せされていて、その料金を払うのだが、しかるべき回収箱に入れると、1つにつき25セントの金券が出てくるのである。これは金券で、買い物をすればおつりがもらえるという。この仕組みで、ポイ捨てはほとんどなくなったと聞いた。
 ちなみにレストランで食事をする時、水などがサービスで出てくることは基本ない。大学食堂でも水やお茶のサービスはないのである。1週間暮らしたので、いろいろと慣れてきた。昼は外食かテイクアウト、夜は自炊または買ったお惣菜という感じある。ビールが日本でいえば500ミリリットルで100円とかもっと安かったりする(しかもこれも25セント上乗せの値段で、である)ので、ついつい買ってしまう、つまり飲んでしまいますね。
 研究室も相部屋ではあるが与えれれている。経済地理学で、日本の人口縮小地域を研究している、エリス先生(男性)である。この間、二人でこの時期の名物であるアスパラガスをランチし、そこでいろいろ話をして面白かった。とても親切で研究熱心・教育熱心な方である。授業を覗くと学生で溢れていた。私たちの隣が印刷室で、PCがプリンタとネットワークで繋がっていて、なかなか便利である。これはゲストハウスからでも出来てしまう。
 それにしても、ここまできても、大学や、その他のお仕事のメールはひっきりなしに来る。なかにはありがたいメール、嬉しいメールもあるけれど。今朝なども午前4時に起床したというのに、日本時間では午前11時で、みなさんお仕事真っ最中だからか、次々にメールが襲ってくる。いろいろ処理していると、食事を挟んだとはいえ、あっというまに6時間たっていたのにはびっくりした。今これを書いている時間は日本は寝静まっているから、おだやかである。まだ、日本の用事でやらねばならないことがいろいろある。
 それにしても忘れ物は相変わらずで、今日は昼食に出るのに財布も持たずお借りする羽目に。また研究室のPCに仕事一切が入っているUSBメモリを突っ込んだまま帰ってしまうなど。それでも、みなさんのおかげで大過なくすごしているのは、御礼の申し上げようもないくらいにありがたいことである。それではまた。
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2016年04月17日

タッキーブログ(みのおFM)に取り上げていただきました。

ハイデルベルク3日目を迎えております。ついたのが金曜夕方でしたので、この2日は、ゲストハウスを拠点に、日常生活用品をそろえたり、大学関係の方とご一緒したりしております。私を呼んでくださったアロカイ先生の御親切な段取りで、素晴らしい方をご紹介いただいたり、必要なお店を教えていただいたり。教えていただいた大学やこの街の情報がたくさんありすぎて、オーバーフローしているような。
今日は、雨だったこともあり、夕方まではゲストハウスでゆっくりしていました。近所のお店も大体閉まっていますしね。夕方からちょっと出かけます。

さて、標題の件ですが、みのおFMの「まちのラジオ」に出演した際のことを、ブログに書いていただいていたようです。私の持参した和本や秋成の短冊の写真も出ております。こちらです。この写真を撮ってくださったのが、野間光辰先生ゆかりの方です!もしかしてブログをお書きだったのも、ですかね。
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2016年03月25日

ラッシュ

例年、2月、3月は、科研の出版助成などをふくめ、学術書の出版が相次ぐ季節である。
その情報をお届けしたいところだが、いろいろあって、伸び伸びになっている。こういうことは時々あって、絶対に紹介しなければならない本を紹介しそこなったことも少なからず・・・。
とりわけ高山大毅さん、宮本祐規子さん、高野奈未さんの著書、田中則雄さんらの科研報告書、一戸渉さんの論文などは、是非コメントしなければならないところであるが・・・、今少しお待ちください。
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2016年03月12日

挑発にまんまと乗せられて?

またおめえやるのかよ!という声がきこえてきそうでやんすが。京都近世小説研究会。
ほかの2つがきっと面白いですから、まあどうぞいらしておくんなさいまし。
神谷さんのは、新聞にデカデカ載ったやつですし。

しかし、なんですかね。木越さんの挑発にマンマとあっし乗せられているんですかね〜。
ただ、『上田秋成研究事典』というスタンダードにああ書かれちゃ黙っちゃいらっれねえってんで。
ついつい・・・。
え、なんて書かれたかって。
そりゃね。こうですよ。「…脇役ですらない尼子経久を、さも重要な人物であるかのように引っ張り出してくるような読み方は、「菊花の約」の作品論として成立しない、と私は考える」
やっぱ、これ、一応反論しとかないとさ。なにせ『事典』だからさ。『事典』なみに読まれる媒体で反論しないとね。で、とりあえず口頭で反論しておこうかって。
ワナかな〜?ワナなんかな〜?


■日時 3月26日(土) 午後1時30分〜
■場所 キャンパスプラザ京都 2階会議室
参照(http://www.consortium.or.jp/about-cp-kyoto/access)
■発表
有澤知世氏 「京伝考証学の協力者―菅原洞斎を中心に―」
神谷勝広氏 「勝川春章伝記小考」
飯倉洋一氏 木越治氏の批判に答える―「菊花の約」の尼子経久は論ずるに足らぬ作中人物か―

参加のご連絡は、久岡明穂さんへkyotokinsei★gmail.com
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2016年03月10日

くずし字学習支援アプリKuLA開発がメディアに紹介されています

 私が代表者をつとめている科研挑戦的萌芽研究の成果として開発されたくずし字学習支援アプリKuLAは、その後も順調にダウンロード数をのばし、3月6日現在で、5300件を記録しております。
 この反響に我々も驚いておりますが、これほど反響があるのならと、周囲からのお勧めもあり、3月2日に阪大本部の広報からオフィシャルにプレスリリースを行い、(大胆にも)記者説明会を行うと告知いたしました。昨日(3月9日)その説明会が行われ、3社の報道関係者(テレビ・新聞)が来てくださいました。
この記者発表の模様(写真10枚)は、くずし字教育プロジェクトのブログに掲載しております。

記者説明会では、私がプロジェクトの概略を説明したあと、アプリの設計・開発を担当した阪大特任研究員(京大大学院生)の橋本雄太氏が、アプリのデモンストレーションをパワーポイントで行いました。これがまた上手なんですよ。記者さんたちは食い入るように視聴されていました。

さて、メディアの反応ですが、昨日朝日新聞朝刊社会面のコラム「青鉛筆」(大阪本社版では「ののちゃん」の下)で紹介されました。
また昨日夜、共同通信から記事が配信されました。共同通信を通じて、西日本新聞・中日新聞・四国新聞・ニコニコ動画・産経フォトからも配信されているということです。
メディアに紹介されることで、さらにダウンロード者が増え、日本の歴史的典籍への関心が高まることを私たちは願っております。今後、来てくださった社のテレビ、新聞が、また紹介してくださるようですから、ここでアナウンスしたいと思います。みなさまの応援に心から感謝しております。

なおアプリはiOS版とアンドロイド版があります。ショップ(ストア)から、「くずし字」「KuLA」と組み合せて検索してください。ダウンロードは無料です。そして、ちょっと活発になってきた、「つながる機能」に参加し、「読めないくずし字」の質問をしたり、それに答えてあげてください!よろしくお願いします。
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2016年03月04日

長島弘明『上田秋成の文学』

長島弘明さんの『上田秋成の文学』(放送大学教育振興会刊、2016年3月)が刊行された。長島さんといえば、主著『秋成研究』(東大出版会)が不朽の業績とて名高く、また『上田秋成全集』の編集に大きな役割を果たしてきた。さらに、NHKラジオテキストを基にした『雨月物語の世界』(ちま学芸文庫)、ロングセラーである新潮古典文学アルバム『上田秋成』は大学で秋成を講義するときに、ほとんどの教員が座右に置いたであろう著述を残している。つまり、長島さんは、ここ二、三十年ほどの秋成研究のスタンダードを作ってきた方である。その中には、秋成実母の発見や、『春雨物語』諸本の根本的な枠組み再考を促す衝撃的な説もあった。
そして、ずっと秋成研究のトップとして君臨してきたわけであるが、なぜ長島さんが秋成研究の権威であると断言できるのかといえば、まちがいなく秋成の著述の原本を一番見ている人だからである。そこに大きな信頼がある。自分自身が経験すればわかることだが、やはり沢山見れば見るほど、対象に対するゆるぎない確信のようなものが生まれる。近世文学研究の場合、これが必須なのである。
たくさん見ていれば奇を衒う必要もない。資料をして語らせればよいのである。長島さんの論説はいずれも手堅く、オーソドックスで、容易なことでは崩れない。しかし、秋成研究は、長島さんより前に、森山重雄・高田衛・中村博保・松田修というような華麗な論を繰り広げる人たちがいた。したがって長島さんの中にも、彼らの血が流れ込んでいると見えることがある。そこがまた、長島さんの学問の幅を広げているのかもしれない。
そして、長島さんの秋成啓蒙三部作のひとつになろうかというのがこの『上田秋成の文学』である。放送大学のテキストとして書かれているため、15単元をおおよそ同じ量で綴るという縛りの中、やはり秋成文学入門の定番と呼ぶに相応しい信頼感がこの本にはある。研究史もきちんと踏まえられている。私としては『春雨物語』序文などの解釈で、私の考えをかなり採用していただいているのではと勝手に思っているのだが、「そんなことはないよ」と叱られるかもしれない。ともあれ、これから秋成を学ぼうという人は、まずスタンダードな入門書としてこの本を読むといいのではないか。
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2016年03月02日

今度は西鶴『万の文反古』論争が東京で

第42回西鶴研究会の案内が来た。

 昨年末の京都近世小説研究会での西鶴特集の記憶も新しいところだが、こちらも熱い。『万の文反古』巻1の4をめぐる南・石塚論争の再燃である。論争は終わっていなかったんですね。京都近世の発表とも呼応して、西鶴を読むということはどういうことか、南さんの思惑通り、そこへ議論が展開するのか、展開したとすれば、どういう応酬があるのか。期待してよさそうだ。
 もうひとつの畑中さんの発表も看過できない。『花実御伽硯』は伝本も少なく、研究もほとんどないが、篠原進氏(「浮世草子の汽水域」)がいうように、浮世草子論にとって重要な作品。これも聞きたい。
 ちょうど、東京出張の日程と重なっているので、なんとか時間調整して参加したいところである。

 私のところに来た案内を下記に転載する。

日時    3月24日(木) 午後2時より6時まで
場所    青山学院大学 総合研究ビル9階、第16会議室
内容    研究発表、並びに質疑応答、討議

発表題目および要旨
◆ 西鶴を「読む」ということ 
― 再考『万の文反古』巻一の四「来る十九日の栄耀献立」―
 南 陽子
 『万の文反古』巻一の四「来る十九日の栄耀献立」は、主に料理文化史研究の観点から論じられてきた。その代表的なものは、テキスト上に書かれた品目を十九日に出される饗応の一部と考え、本膳料理に倣って膳数と品目を補いながら読むという、鈴木晋一氏の提示した方法である(鈴木晋一『たべもの史話』平凡社、一九八九、初出一九八七)。
 この鈴木説に対し、西鶴研究者はおおむね賛意を示した。広嶋進氏は鈴木説の献立に修正を加えて、これを西鶴の「暗示の方法」の一つに数え(『西鶴探求』第六章「『文反古』の暗示」ぺりかん社、二〇〇四、初出一九九〇)、また『新編日本古典文学全集』(小学館、一九九六)の注釈では、旧版『完訳 日本の古典』(小学館、一九八四)注釈を改め、鈴木説を採用している。
 先般、発表者は「『文反古』巻一の四における書簡と話―「無用に候」の意味するもの―」(『近世文藝』97、二〇一三年一月)において、巻一の四の献立はテキストが記述するとおりの「一汁三菜」のまま理解することが可能であり、テキストに省略された品目はないという旨を、茶懐石の理念を援用しながら提示した。さらに書簡中で旦那側が「無用に候」と、献立を含む呉服屋の提案を次々に却下していく理由を、当時の商売の常識を考慮して検証し、従来とは異なる解釈を加えた。
 この拙論に対し、石塚修氏は「『文反古』巻一の四再考―献立のどこが「栄耀」なのか―」(『近世文藝』100、二〇一四年七月)において、拙論の考証が茶事の細則に合致しないとして「一汁三菜」説を否定し、自身は鈴木説に準じたうえで、当時の読者は真夏の船上では様々な点で実現困難である「栄耀」な献立を、驚嘆と笑いをもって読んだのだと結論した。
 拙論の注においても明記したが、茶事のルールがようやく定型化するのは、茶の湯の大衆化が極まった幕末の頃とされている。その一因には、茶事が規範化されると作法を表面的になぞるだけの形式主義に陥り、本来の目的である「もてなしの心」が失われるという、利休初期の理念が尊重されていたことが挙げられる。不定形のルールをめぐって反証に反証、さらにまた反証を重ねるのは、研究として有意義な行為ではない。
 本発表では、巻一の四を読むとき「何が」最も大きな問題であったのかを確認し、石塚説と拙論を対比して石塚説の妥当性を検討したのち、献立の考証とは異なる観点から巻一の四をさらに詳細に考察していくことを目標とする。西鶴作品を「読む」とはどのような行為なのか、考証のための考証ではなく、作品を「読む」ための考証を目指して、建設的な議論の場にしたいと考えている。
 
◆ 原素材の加工方法
― 『花実御伽硯』と『諸州奇事談』の差異 ―
敬愛大学 畑中千晶
 かつて「「西鶴らしさ」を問う」という拙文(拙著序文)で次のような考えを提出しことがある。素材として「多様な言説」(=つまり他者の記した文章)が取り込まれていたとしても、最終的に仕上がった作品に「西鶴らしさ」が感じられるとするなら、そうした加工技術にこそ「西鶴らしさ」を求めるべきではないかというものである。今、「西鶴らしさ」の議論は、しばし措く。本発表では、西鶴を論ずるための「補助線」を目指し、原素材の加工方法について、他の浮世草子の例を参照したい。
 中心的に扱う題材は、浮世草子『花実御伽硯』(明和五年刊)である。このたび、本作の粉本を新たに発見したことに伴い、作品化の過程を詳細に把握することが可能になった。その粉本とは、写本の怪談集『続向燈吐話』(国文学研究資料館三井文庫旧蔵資料)である。この『続向燈吐話』は、『向燈賭話』とともに、静観房好阿『諸州奇事談』(寛延三年刊)の粉本となっている。
 『花実御伽硯』は単純素朴な奇談集とも言うべきもので、行文は変化に乏しく、時に冗長である。対する『諸州奇事談』は、改題出版の繰り返された人気作となっている。全くの同一素材を加工した話を含みながら、一方が退屈極まりない作となり、他方が読者を魅了してやまないとするなら、その差異は極めて重要である。
 無駄のない筆運びが生み出すリズム、巧みな演出、素材の入れ替えなど、静観房が駆使したテクニックの数々は、『花実御伽硯』と対比させることで一層際立つ。本発表では、原素材の加工方法の差が、作品の仕上がりにいかなる差異をもたらすのか、その過程を追いかけていく。
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2016年02月27日

俳仙堂西村定雅

西村定雅という人は、近世中期の上方を代表する戯作者のひとりであり、俳人であるが、一般にはあまり知られてはいないだろう。私の後輩である、田邊菜穂子さんが定雅のことを調べていくつか論文を書いているし、年譜もまとめはじめている。しかし、定雅の文事をまとめて見るのに適当な研究書が存在しなかったのである。
このたび、肥田美知子氏の『俳仙堂西村定雅』(私家版、2016年2月)が刊行された。その渇を癒す本がついに出たのである。肥田美知子氏は、肥田晧三先生の奥様でいらっしゃるが、関西大学で水田紀久先生に指導を受けられ、西村定雅で卒論を書いていたとは、本書を読むまでまったく迂闊なことに存じ上げなかったのである。
本書は、著者が「家事の合間に」こつこつと書き溜めた西村定雅についての総論・年譜であり、現時点では、西村定雅についてもっとも情報量の多い研究書であると言えるだろう。
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2016年02月21日

KuLAのダウンロード数

くずし字学習支援アプリKuLAのダウンロード数の速報です。
2日で、2600を越えていました。

■ダウンロード回数(2/19時点)
iOS: 1940(うち米国69、欧州17)
Android: 726(うち米国16、韓国7、ドイツ3、カナダ・スペイン・フィンランド・イタリア各2)

iOSでは「教育(無料)」カテゴリのランキング41位、
Androidでは「教育(新作・無料)」カテゴリの1位にランクインしたそうです。

10000をめざすと言ってたら、笑われていましたが、十分達成可能な数字ですね。
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