2016年03月04日

長島弘明『上田秋成の文学』

長島弘明さんの『上田秋成の文学』(放送大学教育振興会刊、2016年3月)が刊行された。長島さんといえば、主著『秋成研究』(東大出版会)が不朽の業績とて名高く、また『上田秋成全集』の編集に大きな役割を果たしてきた。さらに、NHKラジオテキストを基にした『雨月物語の世界』(ちま学芸文庫)、ロングセラーである新潮古典文学アルバム『上田秋成』は大学で秋成を講義するときに、ほとんどの教員が座右に置いたであろう著述を残している。つまり、長島さんは、ここ二、三十年ほどの秋成研究のスタンダードを作ってきた方である。その中には、秋成実母の発見や、『春雨物語』諸本の根本的な枠組み再考を促す衝撃的な説もあった。
そして、ずっと秋成研究のトップとして君臨してきたわけであるが、なぜ長島さんが秋成研究の権威であると断言できるのかといえば、まちがいなく秋成の著述の原本を一番見ている人だからである。そこに大きな信頼がある。自分自身が経験すればわかることだが、やはり沢山見れば見るほど、対象に対するゆるぎない確信のようなものが生まれる。近世文学研究の場合、これが必須なのである。
たくさん見ていれば奇を衒う必要もない。資料をして語らせればよいのである。長島さんの論説はいずれも手堅く、オーソドックスで、容易なことでは崩れない。しかし、秋成研究は、長島さんより前に、森山重雄・高田衛・中村博保・松田修というような華麗な論を繰り広げる人たちがいた。したがって長島さんの中にも、彼らの血が流れ込んでいると見えることがある。そこがまた、長島さんの学問の幅を広げているのかもしれない。
そして、長島さんの秋成啓蒙三部作のひとつになろうかというのがこの『上田秋成の文学』である。放送大学のテキストとして書かれているため、15単元をおおよそ同じ量で綴るという縛りの中、やはり秋成文学入門の定番と呼ぶに相応しい信頼感がこの本にはある。研究史もきちんと踏まえられている。私としては『春雨物語』序文などの解釈で、私の考えをかなり採用していただいているのではと勝手に思っているのだが、「そんなことはないよ」と叱られるかもしれない。ともあれ、これから秋成を学ぼうという人は、まずスタンダードな入門書としてこの本を読むといいのではないか。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月02日

今度は西鶴『万の文反古』論争が東京で

第42回西鶴研究会の案内が来た。

 昨年末の京都近世小説研究会での西鶴特集の記憶も新しいところだが、こちらも熱い。『万の文反古』巻1の4をめぐる南・石塚論争の再燃である。論争は終わっていなかったんですね。京都近世の発表とも呼応して、西鶴を読むということはどういうことか、南さんの思惑通り、そこへ議論が展開するのか、展開したとすれば、どういう応酬があるのか。期待してよさそうだ。
 もうひとつの畑中さんの発表も看過できない。『花実御伽硯』は伝本も少なく、研究もほとんどないが、篠原進氏(「浮世草子の汽水域」)がいうように、浮世草子論にとって重要な作品。これも聞きたい。
 ちょうど、東京出張の日程と重なっているので、なんとか時間調整して参加したいところである。

 私のところに来た案内を下記に転載する。

日時    3月24日(木) 午後2時より6時まで
場所    青山学院大学 総合研究ビル9階、第16会議室
内容    研究発表、並びに質疑応答、討議

発表題目および要旨
◆ 西鶴を「読む」ということ 
― 再考『万の文反古』巻一の四「来る十九日の栄耀献立」―
 南 陽子
 『万の文反古』巻一の四「来る十九日の栄耀献立」は、主に料理文化史研究の観点から論じられてきた。その代表的なものは、テキスト上に書かれた品目を十九日に出される饗応の一部と考え、本膳料理に倣って膳数と品目を補いながら読むという、鈴木晋一氏の提示した方法である(鈴木晋一『たべもの史話』平凡社、一九八九、初出一九八七)。
 この鈴木説に対し、西鶴研究者はおおむね賛意を示した。広嶋進氏は鈴木説の献立に修正を加えて、これを西鶴の「暗示の方法」の一つに数え(『西鶴探求』第六章「『文反古』の暗示」ぺりかん社、二〇〇四、初出一九九〇)、また『新編日本古典文学全集』(小学館、一九九六)の注釈では、旧版『完訳 日本の古典』(小学館、一九八四)注釈を改め、鈴木説を採用している。
 先般、発表者は「『文反古』巻一の四における書簡と話―「無用に候」の意味するもの―」(『近世文藝』97、二〇一三年一月)において、巻一の四の献立はテキストが記述するとおりの「一汁三菜」のまま理解することが可能であり、テキストに省略された品目はないという旨を、茶懐石の理念を援用しながら提示した。さらに書簡中で旦那側が「無用に候」と、献立を含む呉服屋の提案を次々に却下していく理由を、当時の商売の常識を考慮して検証し、従来とは異なる解釈を加えた。
 この拙論に対し、石塚修氏は「『文反古』巻一の四再考―献立のどこが「栄耀」なのか―」(『近世文藝』100、二〇一四年七月)において、拙論の考証が茶事の細則に合致しないとして「一汁三菜」説を否定し、自身は鈴木説に準じたうえで、当時の読者は真夏の船上では様々な点で実現困難である「栄耀」な献立を、驚嘆と笑いをもって読んだのだと結論した。
 拙論の注においても明記したが、茶事のルールがようやく定型化するのは、茶の湯の大衆化が極まった幕末の頃とされている。その一因には、茶事が規範化されると作法を表面的になぞるだけの形式主義に陥り、本来の目的である「もてなしの心」が失われるという、利休初期の理念が尊重されていたことが挙げられる。不定形のルールをめぐって反証に反証、さらにまた反証を重ねるのは、研究として有意義な行為ではない。
 本発表では、巻一の四を読むとき「何が」最も大きな問題であったのかを確認し、石塚説と拙論を対比して石塚説の妥当性を検討したのち、献立の考証とは異なる観点から巻一の四をさらに詳細に考察していくことを目標とする。西鶴作品を「読む」とはどのような行為なのか、考証のための考証ではなく、作品を「読む」ための考証を目指して、建設的な議論の場にしたいと考えている。
 
◆ 原素材の加工方法
― 『花実御伽硯』と『諸州奇事談』の差異 ―
敬愛大学 畑中千晶
 かつて「「西鶴らしさ」を問う」という拙文(拙著序文)で次のような考えを提出しことがある。素材として「多様な言説」(=つまり他者の記した文章)が取り込まれていたとしても、最終的に仕上がった作品に「西鶴らしさ」が感じられるとするなら、そうした加工技術にこそ「西鶴らしさ」を求めるべきではないかというものである。今、「西鶴らしさ」の議論は、しばし措く。本発表では、西鶴を論ずるための「補助線」を目指し、原素材の加工方法について、他の浮世草子の例を参照したい。
 中心的に扱う題材は、浮世草子『花実御伽硯』(明和五年刊)である。このたび、本作の粉本を新たに発見したことに伴い、作品化の過程を詳細に把握することが可能になった。その粉本とは、写本の怪談集『続向燈吐話』(国文学研究資料館三井文庫旧蔵資料)である。この『続向燈吐話』は、『向燈賭話』とともに、静観房好阿『諸州奇事談』(寛延三年刊)の粉本となっている。
 『花実御伽硯』は単純素朴な奇談集とも言うべきもので、行文は変化に乏しく、時に冗長である。対する『諸州奇事談』は、改題出版の繰り返された人気作となっている。全くの同一素材を加工した話を含みながら、一方が退屈極まりない作となり、他方が読者を魅了してやまないとするなら、その差異は極めて重要である。
 無駄のない筆運びが生み出すリズム、巧みな演出、素材の入れ替えなど、静観房が駆使したテクニックの数々は、『花実御伽硯』と対比させることで一層際立つ。本発表では、原素材の加工方法の差が、作品の仕上がりにいかなる差異をもたらすのか、その過程を追いかけていく。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月27日

俳仙堂西村定雅

西村定雅という人は、近世中期の上方を代表する戯作者のひとりであり、俳人であるが、一般にはあまり知られてはいないだろう。私の後輩である、田邊菜穂子さんが定雅のことを調べていくつか論文を書いているし、年譜もまとめはじめている。しかし、定雅の文事をまとめて見るのに適当な研究書が存在しなかったのである。
このたび、肥田美知子氏の『俳仙堂西村定雅』(私家版、2016年2月)が刊行された。その渇を癒す本がついに出たのである。肥田美知子氏は、肥田晧三先生の奥様でいらっしゃるが、関西大学で水田紀久先生に指導を受けられ、西村定雅で卒論を書いていたとは、本書を読むまでまったく迂闊なことに存じ上げなかったのである。
本書は、著者が「家事の合間に」こつこつと書き溜めた西村定雅についての総論・年譜であり、現時点では、西村定雅についてもっとも情報量の多い研究書であると言えるだろう。
posted by 忘却散人 | Comment(3) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月21日

KuLAのダウンロード数

くずし字学習支援アプリKuLAのダウンロード数の速報です。
2日で、2600を越えていました。

■ダウンロード回数(2/19時点)
iOS: 1940(うち米国69、欧州17)
Android: 726(うち米国16、韓国7、ドイツ3、カナダ・スペイン・フィンランド・イタリア各2)

iOSでは「教育(無料)」カテゴリのランキング41位、
Androidでは「教育(新作・無料)」カテゴリの1位にランクインしたそうです。

10000をめざすと言ってたら、笑われていましたが、十分達成可能な数字ですね。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月17日

無事終了、「読みたい!日本の古典籍」

国際シンポジウム、「読みたい!日本の古典籍」は無事終了しました。
参加者は、まだ私は正確には把握していませんが、120名くらいだった模様です。

平日の午後の学術シンポとしては、大盛況の部類に入るでしょう。
ひとつひとつの発表が、実に有益で、未知の情報に満ちており、刺激の連続だった。
「#くずし字シンポ」というハッシュタグで実況ツイートしてくださった方も複数いるので、ご参照ください。

さて、課題というか、問題点の指摘もあった。くずし字学習アプリの場合、その継続性をどう担保するかということとか、人文学とITの両方に通じた人材をどう育てるか、という問題である。これについては、懇親会で、いろいろとヒントをいただき、少し希望も出てきました。

また明日、海外からのゲストを中心にワークショップを行い、今後の展望について討議する予定です。
ともあれ、参加して下さったすべてのみなさんと、会の運営をしてくれたスタッフ諸氏に深謝申し上げます。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月16日

いよいよ明日、国際シンポ「読みたい!日本の古典籍」

いよいよ明日に迫りました。

大阪大学豊中キャンパス大学会館アセンプリーホールで、11時から。
豪華メンバー集結!

国際シンポジウム「読みたい!日本の古典籍」

〇国文研の古典籍デジタル画像公開事業戦略の現在!
〇古地震学第一線の研究者が読む古文書・古記録!
〇変体仮名の文字コード標準化とは!
〇ついに公開!学習(練習)・テスト・質問ができるくずし字学習アプリ!
〇ソウル大のくずし字教育最前線!
〇ドイツにおける日本古典文学研究の今!
〇ケンブリッジ大学和本リテラシー教育の挑戦!
〇UCLA図書館の提唱するデジタルヒューマニティズ!

興味津々の8本立て。
主催大阪大学文学研究科・国文研・科研(代表飯倉)

和本リテラシーは世界に広がっています!
詳細はこちら

posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月14日

上田秋成新考 くせ者の文学

 近衞典子さんの論文集『上田秋成新考 くせ者の文学』(ぺりかん社、2016年2月)が刊行された。
一見、脈絡のない諸論文から成り立っているように見えるが、秋成の古典受容と作品の当代性というテーマで貫かれている。初出で大体読んだものばかりだが、これは私の関心のあるところと重なる部分が多いということもあった。秋成の作品は、秋成が読んでもらいたい第一読者を探り、その共通理解の部分を元に作品論を構築すべきであるという考え方もまことに共感する(もっとも、これは秋成だけではなく、近世文藝のかなりの範囲に及ぼすことができるかもしれないとこのごろ思っている)。
 第二部の大坂騒壇と秋成の関係の探究は、中村幸彦先生の「宝暦明和の大坂騒壇」や「癇癖談に描かれた人々」を継承するお仕事で、割と秋成研究では蓄積の薄いところ、またなかなか分からないところだけに、貴重な成果である。また最近学会発表されて好評であった「吉備津の釜」論や、正親町三条公則との文芸交流を作品の読みによって明らかにしていくあたり、勉強になる。
 近衞さんは、大阪大学に1年間内地研修でいらっしゃったことがあり、研究室行事にも積極的に参加してくださったし、上方文藝研究にも何度も投稿してくださり、合評会にも出席なさるので、わたしどものゼミでは、非常に近しい関係にある。履軒・秋成合賛鶉図は、懐徳堂記念会所蔵で、なるほど近衞さんの「鶉居」の論文に添えるにぴったりだが、表紙カバーに使ってくださるとは大変うれしいことである。
 「くせ者の文学」というのは確かに秋成という人をよく言い当てているが、近衞さん自身はどう見ても「くせ者」というイメージからは遠い。大体お名前からしてそうである。しかしお酒は滅法いける口であるようだ。今はどうかしらないけれど。こういうことを書くとまた叱られそうなのでこのあたりでとどめておきたい。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月12日

世界のくずし字教育

2月17日(水)に大阪大学豊中キャンパスで開催される国際シンポジウムでは、くずし字アプリの発表だけではなく、世界のくずし字教育の現状を、それに関わっている方に報告していただく。サマースクールでくずし字や漢文の読み方を教えるプログラムを実践されているケンブリッジ大学の取り組み、実際に私がその授業内容を聞いて驚嘆したハイデルベルク大学でのくずし字教育の取り組み、そして軍書をはじめとして次々と研究を展開しているソウル大学金時徳氏のくずし字教育論、いずれも傾聴に値するだろう。今回は、UCLAのゲストの発表はくずし字アプリに関するものではないが、現状の情報はうかがってみたい。そして、ミシガン大学、オークランド大学、チュラローンコーン大学からも、シンポジウムに参加していただく。
 翌18日(木)には、上記のメンバーによるくずし字教育についての少人数でのワークショップも予定されている。今回のシンポジウムで、世界のくずし字教育の現状を把握し、我々の出来ることを考えていきたいと思う。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月10日

読みたい!日本の古典籍

2月17日(水)、国際シンポジウム「読みたい!日本の古典籍―歴史的典籍の画像データベース構築とくずし字教育の現状と展望―」が、大阪大学豊中キャンパスで開催されます。
国文学研究資料館の古典籍デジタル化の取り組みの現在、古地震研究でのくずし字解読の試み、変体仮名の文字コード標準化、くずし字学習支援アプリKuLAの発表、韓国・ドイツ・イギリスにおけるくずし字教育の現状、デジタルヒューマニティーズと図書館の役割と、話題満載の国際シンポです。
ご興味のある方は是非ご来聴ください。入場無料、事前申し込み不要です。詳細は
こちら
さて、このシンポジウムで披露されるくずし字学習アプリケーションKuLAですが、くずし字についての概説講義、変体仮名と主要な漢字のくずし字の学習、そしてテスト機能、3つのテキストによる読む練習、さらに質問などを書き込める「つながる機能」が実装されています。またこのくずし字を学びたいという時のために、検索機能もついています。全体のガイド役は、和本リテラシーニューズのマスコットである「しみまる」がつとめていますが、テストを終わったところで、何かしゃべるみたいです。いろいろ楽しさ満載で、作ったスタッフが、やりはじめると夢中になってしまうくらいです。
一般リリース、無料ダウンロードは2月18日(木)から出来るようになる予定です。是非使ってみてください。電車の中でもくずし字の練習が出来ますよ!
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月09日

変貌する時代のなかの歌舞伎

『変貌する時代のなかの歌舞伎―幕末・明治期歌舞伎史』の著者の日置貴之さんとは、ひょんなことから、あるプロジェクトを一緒にやることになった。それもつい最近の話である。先日もミーティングでご一緒したところ。しかも、そのプロジェクトは、日置さんのテーマと関わりが深い。なんでそんなプロジェクトをおまえが、とまたまた言われそうであるが、いずれお話しする時がくるだろう。
ともあれ、そういうわけで、ありがたいことに、本書をいち早く手にすることができたわけである。私のゼミにも黙阿弥の研究を志している学生が一人いることもあり、本書の刊行を、実は楽しみにしていた。
ところでA5判346頁14本の論考(書き下ろし5本)からなるこの大著を、まだ20代の人が書いたというのは、やはり驚きである。こういう例は近世文学研究では、ここ30年くらいはきいたことがない。長島弘明さん・古井戸秀夫さんの指導を受けた人だから、もちろん理論も実証もきちんとしている。
私には本書を評する資格はないが、報ずる価値のある本であることは確かだろう。笠間書院刊、2016年2月。そういうわけで、早速報じた次第。内容について本当になんにも触れてなくてすみません。早いだけが取り柄。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月08日

近世における天皇歌壇とその周辺U

研究会のお知らせです。科研の研究会ですが、私、この科研の連携研究者になっております。去年とほぼ同時期に開催となりました。ご関心のある向きは是非。

科研研究会 近世における天皇歌壇とその周辺U
日時 2016年2月28日(日) 14:00〜17:20
会場 大手前大学 さくら夙川キャンパス A棟2階 A24a教室

研究発表
1、一戸 渉(慶応義塾大学斯道文庫 准教授)  14:00〜14:30
  題目:「賀茂社家岡本家文書における入木道関係資料」
  質疑応答                  14:30〜14:45
  ディスカッサント 盛田帝子(大手前大学 准教授)
2、青山 英正(明星大学 准教授)       14:45〜15:15
  題目:「孝明天皇の和歌と志士」
  質疑応答                  15:15〜15:30
  ディスカッサント 合山林太郎(大阪大学 准教授)
        (休憩 20分)
3、加藤 弓枝(国立高専機構 豊田高専 准教授) 15:50〜16:20
  題目:「正保版二十一代集と堂上歌壇―出版背景を中心に―」
  質疑応答                  16:20〜16:35
  ディスカッサント 勢田道生(大阪大学 特任講師)
4、鈴木 淳(国文学研究資料館 名誉教授)   16:35〜17:05
  題目:「妙法院宮真仁法親王と六帖詠草の構想」
  質疑応答                  17:05〜17:20
  ディスカッサント 神作研一(国文学研究資料館 教授)
総合司会 大阪大学 教授 飯倉洋一
  展示 妙法院宮真仁法親王サロン関係資料
主催:科学研究費基盤研究(C)「光格天皇を中心とする堂上歌壇の実態と文芸ネットワークについての研究」(研究代表者:盛田帝子)
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月30日

師恩―忘れ得ぬ江戸文芸研究者

岩波書店刊。
我々のような日本近世文学を学ぶ者にはこたえられない1冊である。
中野三敏先生が謦咳に接した師友・古書店主34名。その一人一人のエピソードが現代畸人伝たりえている。
その豊かさ。研究を続けていて一番有り難いと思うのは、人との出会いである。
中野先生の学問の広さ・豊かさは、この人々の名前を並べるだけで、なるほどそうかと思わされる。
和漢・雅俗・硬軟・理論派と実証派、京都学派に早稲田学派、大学教授と在野の方。その幅の広さ。
どの方にも、等しく可愛がられ、リスペクトされ、親しくされていたところに、先生の学識と人柄がうかがえる。
どの頁を披いても面白く、また中野先生の今の研究観・大学観・教師観・文化論などが挟み込まれているのが、絶妙の味である。
私が、たったひとことでも言葉を交わしたことのある方は、この中で11名であった。どういう言葉を交わしたかというのは、すべて状況とともに記憶がある。すばらしい先生方ばかりである。
 
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月23日

漢文学と俗文学の交流

昨日は徳田武先生が、大阪大学に来学され、ご講演を行った。日本漢文学プロジェクト(合山林太郎さん代表)の企画で、そんなに大きな宣伝もしていないのに、50名ほどの方が参加された。参加者名簿は未確認だが、阪大関係者以外の方も少なからず聴講しておられた。
秋成を軸に、漢文学者と俗文学の担い手の交流の具体的様相を、資料を丁寧に読みこみ、また突き合わせて、非常に説得力のある結論を導かれておられた。先生がいずれ公にしようとしている「とっておきのネタ」を、阪大で一足早くご披露していただいた形である。
その結論というのは・・・、おっとここではちょっと申し上げられないが、秋成研究の立場から見ても、唸らされるものである。ひとつの推理であるが、非常に可能性の高いことだと思う。
徳田先生の御子息が阪大のすぐ近くにお住まいということで、御子息もいらっしゃていた。企業におつとめということで、なかなか、お父様のご講演を聴く機会はないだろうから、それもよかったと思う。
懇親会でも、非常に有益なお話を伺えた。秋成研究者は、私も含めて漢文学をきちんとやるべきところ、手が回っていない感じがする。いや、秋成研究者に限らないようで、講演の最後のあたりで、ある画賛の詩の読み方の誤りを指摘しておられたが、ゾッとした。
上方では漢文学者と俗文学者の交流が江戸のように別々にはっていない、その理由についてもお考えをきくことができた。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月15日

板木に関する研究会in立命館大学

ノートルダム清心女子大学の藤實久美子さんからの情報。
藤實さんが代表の、科研基盤研究(B)「官版日誌類に関する史料学の構築および戊辰戦争期の情報と地域に関する学際的研究」が主宰する公開研究会が、立命館大学で行われる。

日時 2016年2月11日(木)
13:30会場  14:00〜17:00

講演 板木観察と出版研究  
講師 金子貴昭 (立命館大学・衣笠総合研究機構・准教授)
コメント 「板木『諸侯要覧』と幕末維新期の武鑑出版」 
   藤實久美子(ノートルダム清心女子大学文学部・教授)

会場 立命館大学衣笠キャンパスアートリサーチセンター、多目的ルーム

参加無料。
参加申し込みは、東京大学史料編纂所の研究会参加登録フォームから申し込みを。
http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/footer/seminar-entry.html

板木の実物を見ながらのおはなしのようです。

posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月13日

無料の文楽入門教室 in 池田市

大阪府池田市で、無料の文楽入門教室が開催される。近松研究所の水田先生からの情報。

太夫・三味線・人形遣い解説や体験、また演目(抜粋)を上演し、文楽の魅力を分かりやすく解説するということだが、演目は『伊達娘恋緋鹿子』より「火の見櫓の段」。八百屋お七の世界。
とき  平成28年1月30日(土)
  午後2時〜3時30分 (開場 午後1時30分)
場所 池田市立くれは音楽堂(池田市姫室町10−1、呉服小学校内)
定員 240名(先着順)
申込み方法 電話にて事前に生涯学習推進課(072-754-6295)まで申込みということ。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月10日

徳田武先生の講演会が阪大で開催されます。

講演会のお知らせです。合山林太郎さんプロデュースです。
わが国際古典籍学クラスターも主催に名を連ねています。懐徳堂記念会も共催です。
徳田武 明治大学名誉教授
「大坂における漢文学と俗文学の交流-中井履軒・頼春水・与謝蕪村・上田秋成・角田九華-」
2016年1月22日(金)
午後4時30分〜午後6時
大阪大学豊中キャンパス 文学研究科本館(4階)461教室

主催:日本漢文学プロジェクト共同研究チーム、大阪大学大学院文学研究科日本語の歴史的典籍の国際共同研究ネットワーク構築クラスター(国際古典籍学クラスター)
共催:一般財団法人 懐徳堂記念会
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月09日

大阪大学国語国文学会

毎年1月第2土曜日に行われるこの学会は、午後、院生の発表3本(国語・古典・近代)と講演1本というのが標準のラインナップである。今年は例年と違って、コーエンはコーエンでも、プロの講談師の口演をお願いした。
旭道南海師。実は大阪大学文学部の国文出身の方。奥様もそうらしく、指導教員は伊井春樹先生だったという。今日は、伊井先生も久しぶりにおいでになり、非常に盛り上がった。講談は「真田幸村の大坂入城―『難波戦記』から」で、1時間、たっぷりと聞かせてくださった。みなさん食い入るように聴き入っていた。流石である。院生は、本居宣長の国語学、山東京伝の交遊関係、太宰治の新ハムレットというラインナップであった。それぞれに有意義な質疑応答だった。学内学会というのは同窓会的側面があって、独特の雰囲気がある。今回はいろいろな要素があって、その同窓会的な感じがいい意味で前面に出ていたように思う。東京から来てくださった福田安典さんの「自分の指導教員が去ったとしてもここにはきましょう!」という言葉が印象的であった。懇親会席上で、ある教え子から「『上田秋成研究事典』読みました。「菊花の約」の研究史、すごいですね」と言われた。「すごい」というのは、私の論文の批判のされようについてなのですが・・・・。でも、どうやら反論の場がありそうなので、近いうちに発表いたします。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月05日

『書誌学談義 江戸の板本』が文庫に

引き続き中野三敏先生関係だが、名著『書誌学談義 江戸の板本』が岩波現代文庫から、文庫版として装いも新たに登場した(2015年12月)。言わずと知れた板本書誌学のバイブルである。江戸の板本を扱う人、板本の知識が必要な人は、座右に置くべきである。近世文学を卒業論文に選んだ人、そして日本文学(日本美術史などの関連分野もふくめて)を研究するすべての大学院生だけでなく、日本古典を扱う大学・高校・中学・小学校教員は必読だと思う。古典の見え方が変わってくるはずだ。あとがきでは和本リテラシーの必要性が説かれている。日本近世文学会の「和本リテラシーニューズ」をはじめとして、先生のこのご主張は近年ようやく理解されてきたところがある。むしろ海外の大学での変体仮名学習アプリの開発や、くずし字教育の普及にみるように、世界の方が敏感に反応しているとも言える。私たちが取り組んでいるくずし字学習支援アプリの"KuLA"も、「板本が読める」を目標に、板本から文字を集めている。"KuLA"で勉強する人にもお勧めの一冊である。スマホ用くずし字学習支援アプリの"KuLA"は、2月17日前後に公開予定。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月19日

本居宣長の国文学

今年の流行語にもなった「ルーティーン」。すぐれた研究者は、たいてい「ルーティーン」を持っているなと思う。多分田中康二さんも、それがある。

『本居宣長の国文学』(ぺりかん社、2015年12月)のあとがきを読んで確信した。本をつくるために、授業を構成し、紀要に書き、本にする。今回の初出は、本務先と非常勤先の紀要がほとんどである。完璧に計画通りにつくられている。

さて、『本居宣長の国文学』。あまりにも自明なようで、検証されていなかった、宣長学と国文学との関係を、実に科学的に分析しているところに本書の値打ちがある。

その具体的な方法として宣長の著作の受容と、研究法の継承という二つの視点から、考察されている。正攻法であり、的確。とくに第2部の章立ては興味深い。現在の国文学の問題の立て方、研究の方法は、宣長から出てきているのか、と思わされる。

 ぺりかん社から宣長関係が3冊になり「宣長三部作」を謳う。加えて、中公新書と、新典社選書もある。この筆力は、たぶん「ルーティーン」から来ているのだと、私は確信する。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月15日

王昭君詩と大石良雄

大阪大学国語国文学会の刊行する『語文』第105輯に、拙稿「王昭君詩と大石良雄―『新斎夜語』第一話に「名利」説をめぐって―」を書きました。『新斎夜語』はあまり知られていない前期読本ですが、談義本的な色彩の濃いこと、すでに徳田武先生のご指摘があります。一応その中の冒頭話について少し考えるところを述べてみたものです。
posted by 忘却散人 | Comment(0) | TrackBack(0) | 情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする