2023年07月19日

上方文藝研究20号(正木ゆみさん追悼)

 『上方文藝研究』20号(2023年6月)が刊行された。今号は、若くして亡くなった正木ゆみさんの追悼特集号であった。正木さんが研究者として日本近世文学(演劇)研究に多大な貢献をされたことは言うまでもない。『上方文藝研究』は、19年前に創刊された。当時、大阪大学文学研究科の日本文学研究室には、古代中世文学研究の雑誌『詞林』があったが、近世文学研究の雑誌はなかった。阪大の院生らが研究成果を発表できる雑誌を作ろうとしたが、これは私と院生だけでできるわけがなく、阪大のOBの方数名にまずはご相談し、ご協力を仰いだのである。
 そのなかの一人が、正木ゆみさんで、本当に「献身的」ということばがぴったりのお働きで、私を助けてくださったのだ。御恩返しもできないままで、忸怩たる思いがあった。20号を正木さんの追悼号にすることに迷いはなかった。幸いに多くの賛意を得て、たくさんの原稿が集まった。正木さんのご人徳である。今号は140ページ超で、合併号なみのボリュームである。
 私も特集にエッセイというか論文もどきを寄稿した。俳諧紀行文に虚構のキャラクターを登場させることで、一種の文学論を展開する。これは和文紀行の『秋山記』でも取った方法。読本などの読み物ではなく、自分自身の紀行にそういうのを登場させるというのは実に秋成っぽいと私は思う。
 さて、先週の土曜日、20名弱が集まって、いつものように合評会が行われた。合評会を厳しくも温かい研究交流の場にしたのも、正木さんの功績。とにかく事前の予習が半端なかった。会場は神戸大学。私の退隠とともに、事務局も神戸大学に移り、有澤知世さんが代表をつとめている。懇親会も当然いつもと違って三宮のおしゃれなレストランだった。そして正木さんに献杯。
 そして、これからも上方文藝研究をよろしく。
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2023年06月27日

日本文学研究ジャーナル・書誌学

 『日本文学研究ジャーナル』26号(2023年6月)は、佐々木孝浩・高木元両氏により特集「書誌学」を組んでいる。このジャーナルは毎号特集をたてそれぞれ2人編集体制でずっときているが、編者による巻頭対談というのはこれまであっただろうか?全号読んでいないので確言できないが、はじめての試みではないか?(間違っていたら乞ご訂正)。
 これがおもしろい。どうやらオンライン対談のようであるが。2008年に阪大の助成で秋成の本を出した時に、故木越治さんと二人で編み、やはり冒頭に巻頭対談を置いたが、このときはメールでやった。オンラインが普及する前は、旅費やテープ起こし代を節約するのにこれしか思いつかなかったわけで。
 さて、対談タイトルは「いまなぜ書誌学か」と真っ向勝負である。「いま」というのは、やはりデジタル時代の「いま」ということである。国際化時代ということもあるだろうか。よくいわれる原本を見て触らないと和本は本当にはわからない、原本を見るための書誌学的知識が必要という議論はもちろんなされているが、それ以外にも、画像をデジタル公開する場合にメタデータが必要でそのために書誌学知識が必要だということも強調されている。
 巻頭エッセイは「江戸時代の写本の可能性」と題して、ピーター・コーニツキー氏。八編の論文は、若い方中心である。舟見一哉氏「字高の効用」、宮川真弥氏「電子画像を用いた匡郭間距離測定技術の書誌学的活用」は、いずれも重要な提案。アレッサンドロ・ビアンキ、李裕利、真島望、有澤知世、神林尚子、松永瑠成各氏の論考は、興味深い具体例に即した考察。勉強になります。
 編集後記まで対談になっているのは、ちょっとした遊びでしょうか。
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2023年06月09日

蝶夢思想の浄土的側面

 田坂英俊さん。広島府中市の慶照寺のご住職。親戚関係にあたるおなじく府中の明浄寺出身の昇道研究の第一人者である。昇道は、秋成の歌文集『藤簍冊子』の編集を担当し、版下も書いた。晩年の秋成を語るのになくてはならない存在である。田坂さんとは面識はないが、研究上、さまざまな便宜をお図りいただき、著書もたくさんいただいている。研究書は20冊以上に及ぶが、資料の博捜ぶりは並みの研究者では及ばない。
 田坂さんは、蝶夢の研究者でもあり、蝶夢全集の編集にも携わっている。今回、出版された『蝶夢思想の浄土的側面』(慶照寺、2023年6月)は、蝶夢の仏教者としての側面を緻密に描きだした画期的な研究書である。もとより浄土真宗のお寺のご住職であるから、仏教思想はまさに専門であり、田坂さんでなくてはこのような本は書けない。本書の意義については、田坂さんと30有余年の付き合いをされてきたという田中道雄先生が「奇特なお坊様の蝶夢論」と題された序文につくされている。
 江戸中期の捨世派の僧侶たちが与えた蝶夢への影響を裏付けた点。蝶夢の思想の根底に懺悔心があるという指摘。近江石山寺に石灯籠を建立した意図や、蝶夢の書簡に頻出する全国各地の作柄や米価についての記事から、庶民の貧窮を憂慮する蝶夢の心の読み取り。
 田中道雄先生は、「私は俳人・文人次元の蝶夢は理解したかも知れぬが、仏者としての蝶夢の理解にまでは、とても至っていなかった。しかし、その蝶夢の仏教思想の探究こそ、蝶夢研究の根底に置くべき課題であり、それゆえに不可欠であろう。(中略)私は、蝶夢をそれなりに理解していると思い込んでいた。皮相な理解を。何と浅はかで、傲慢であったことか。田坂さんこそが、現在もっとも深く蝶夢を理解しておられるお方である」と言い切っている。蝶夢研究を領導する田中先生のこの謙虚な、しかし正直に発せられる言葉は、私の胸を打つ。田中先生のすごさをここに感じる。そして、田中先生の言う通り、本書は蝶夢研究の必読書となるに違いない。
 まことに残念ながら、田坂さんは、そのほとんどの著書を自費出版されており、本書も非売品の少部数印刷ということである。蝶夢全集の別巻として出版されればいいなあと心から願望する。
 
 
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2023年06月07日

ヴァーチャル日本語 役割語の謎

 金水敏さんの『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』(岩波現代文庫、2023年5月)が、文庫本になった。最初に出たのはもう20年前なのか!
私は2001年に大阪大学に奉職。1年前に金水さんが着任されていた。(日常的には金水先生と呼ぶのだが、ブログでは同世代アラウンドは「さん」付けであるのでここでも「さん」で行きます)日本文学・国語学研究室の尊敬する同僚であった。なんと年齢も同じである。数ヶ月お兄さんだけど。もっとも私が長崎西高校→九州大学→山口大学と、西の方でうろうろしていたのに対して、金水さんは、大阪の名門北野高校から東大、神戸大学、大阪女子大学などを歴任していて、文化度・洗練度が全然違う。学会的には学会会長、学術会議会員そして学士院入り、キャリア的にも研究科長、今は放送大学大阪センターの長という輝かしい履歴である。それでも、なんという気さくさ、なんという庶民感覚、なんというユーモアセンスとお茶目っぷり・・・。誰からも愛されるスゴい人とは、金水さんのことを言うのだろう。文学部長としての、卒業式での贈る言葉はSNSでものすごい拡散をしたことも記憶に新しい。
 その金水さんの名著が文庫本になった。私が着任したころに、多分この本を執筆されていたのだろう。そのころ、私は国語学の歴史的研究において、狂言・浄瑠璃・洒落本などのテキストが「口語資料」として扱われていることが多いことに、違和感をもっていた。本当にそれは、当時の口語を反映しているのか?狂言・浄瑠璃は演劇であり、あくまで役者のことばである。いまの演劇だって、日常の口語をそのまま反映しているとは思えない。当時だってそうだろう。狂言には狂言の言葉使い、浄瑠璃には語りとしての韻律、洒落本には「息子」や「半可通」などのキャラクター特有の話し方があるじゃないの。院生発表会などで、そういう質問をすると、金水さんが援護射撃してくださることがあった。今考えれば、役割語だよ。そして、程なく、金水さんが「役割語」という概念をひっさげて、私の疑問を氷解してくださったのである。ということで、大阪大学着任当時の思い出と金水さんの役割語研究は、私の中で重なっているのである。
 それから20年。何人もの学生が「役割語」を研究し、博士論文を書く人も出てきた。大阪大学だけではなく、いろんな国語学者が「役割語」の概念を使って研究を進めているのである。
 田中ゆかり氏の解説は名解説であるが、その冒頭文を引用したい。「世の中には、確実に存在しているのに、名前がないために看過されているものがたぶんかなりある。しかし、いったん定義とともに名前が与えられると、数学の図形問題に適切な補助線が引かれたように世界の見え方は一変する」まさしく、「役割語」とはそういうものなのだ。つまり「役割語」は概念の発見である。すごいなあ、すごい!
 私も近世文学研究でちょこっと真似しているのだが、ちょこっとしか流通してないもんね。というわけで、きわめてきわめて私的な紹介を終わります。
 
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2023年06月06日

大田南畝の世界

「大田南畝の世界」展については、5日付の投稿「学会記」(日本女子大学)で触れた。この展示の会期は4月29日から6月29日で、展示期間が前期@・前期A・後期と、3期に分かれている。私たちが見たのは後期であったが、実は前期のみの展示も数多くあったということが出品目録からわかった。関東地区に住んでいれば2回は行っただろうにと残念だが、それを補うのが、図録『大田南畝の世界』である。なんとか写真で渇を癒やせるのだ。こちらもまた素晴らしい出来である。そして特筆すべきは所収論考がどれも非常に面白いことである。いくつか短評。巻頭の揖斐高「大田南畝の自由と「行楽」」はさすがの手練れ。小林ふみ子「「著作」の範囲―大田南畝の知の広がり」は、南畝全集に収められていない南畝の「自著」について触れる。それは既存の文献からの抜き書き、また他人の著書への書き入れ、編纂された叢書など。近世文人の「著作」活動にはこのようなものがきわめて多い。たしかにそれはオリジナルの作品ではないが、まぎれもない文事である。まだ院生のころだったか、中村幸彦先生に近世的な随筆の定義を教わった記憶が甦る。抜き書きを記録に留めることもまた随筆なのだと。牧野悟資「狂歌指導者大田南畝を考えるー方法としての狂歌判者」は展示で『狂歌角力草』稿本における南畝の添削を見た直後に読んだのでよくわかった。池澤一郎「漢詩と狂歌との接点―日野龍夫先生の洞察された大田南畝の文藝の特質―」は、日野先生の、性霊派漢詩論を南畝の狂歌が摂取していたという卒論の話題(もともとは本多朱里さんの文章に書かれていたことらしい)から始まる。その先見性に敬服しつつ、「漢詩が狂歌を支えていた」例として源氏物語に取材した狂歌を取り上げて論じる。そこでは南畝の源氏物語の読みも炙り出すという名人芸。これには唸った。宮崎修多「大田南畝の「日本」」。南畝の「日本」意識を論じるものだが、なんとも江戸文学に習熟していると舌を巻く文章である。どこか既視感があると思ったら、宮崎さんの師(私の師でもある)中野三敏先生の文章の呼吸にそっくりだった。短評は無理なんで、味わい深かったとだけ言っておこう。
 
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2023年06月05日

学会記(日本女子大学)

 6月3日と4日の両日。日本女子大学で日本近世文学会春季大会の研究発表会が行われた。歴史有るチャペルでの2日にわたる研究発表会。初日は台風による新幹線機能不全の影響、二日目には地震による一瞬の中断と、いろいろありながらも、福田安典さんはじめ日本女子大の方々、事務局、実行組織のみなさまなど関係各位の献身的なご努力により無事終えることができた。心から感謝申し上げる。
 さて、久しぶりの本格的な対面のみの学会。参加者数は250名を超えたとうかがった。初日午前中に新幹線が動かない、大幅遅延などのアクシデントがあり、参加出来なかった人が多数いたにも関わらず、初日の懇親会には、明らかに100名以上の参加者がいて、なんと鏡割りも復活、勝手に?歌を披露する先生まで出てきて、「昭和な近世学会」が現出した。「これだよこれ」と呟きながら、いろんな会員と旧交を温めることができた。若い頃は、学会に行くたびに、「勉強するぞ!」といつも刺激を受けたが、その感覚が鮮やかに蘇ってきた。1次会でたっぷり2時間もとっていただいていたので、本当にゆっくりとお話ができた。そして対面学会ならではの「情報」の質と量。これはやはりすごい。今回は3年分の皆さんの飢餓感が、一気に癒やされたのではというくらいの飛び交う情報であった。
初日は4名(うち3名は若い方)の、豊富な資料を使っての堅実な発表で、これまた近世だなーと感じさせるものだった。二日目は、俳諧3本を含む4本の発表と、大田南畝をテーマとするシンポジウム。ベテラン陣が発表した俳諧3本は聞き応えがあったが、特に佐藤勝明さんの『猿蓑』論は、撰集としての読みのご提案。長らく注釈をしてこられた経験に基づき、従来の見解に次々に異論を唱えていかれる自信に満ちた展開であった。「これだよこれ」とまた呟く。
ところで私は2日目の冒頭発表、幾浦裕之さんのTEIご紹介を兼ねた師宣画『藤川百首』についての発表の司会を担当した。私の関わった2月の国際シンポジウム「古典の再生」でも、デジタル時代の古典研究の基本になっていくであろうTEIについての発表をしていただいたが、その時の3人の発表者のうちの一人が幾浦さんであった。TEIの可能性をいろいろと紹介してくれたが、ママ原文と校訂本文の同時表示、TEIで書かれた複数のテクストの横断検索、翻刻本文と原文あるいは画像のリンク、単なる検索ではない人名検索や地名検索など、タグを利用した様々な可能性を示してくれて、次世代の翻刻公開方法を実感させた。問題は、TEIによる記述がワードのような簡単なものではないということで、これをどう簡略化していくのか、TEIに対する理解をひろげるとともにTEI利用の環境整備をしていく必要性を感じた。しかしそのためには、今日の発表だけではなく、ことあるごとにTEIの話を諸学会で展開し、古典文学研究者の耳に馴染ませていくことが肝要である。繰り返し繰り返し、情報系の学会ではなく、中古・中世・近世・和歌・説話・美術史・日本史・思想史のようなところで。今回だけで近世文学会の諸氏が、納得してTEIに目覚めてくださるとは思えないからである。あと、同じ人ではなく、別の人がTEIを使った発表をやるということが大事だろう。手を変え品を変え繰り返し、である。まあ方法の流通は選挙運動と同じなのだ。
南畝のシンポジウム。九大同窓の久保田さん、宮崎さんの幕臣としての南畝という視点は、中野三敏先生の御説の継承と展開、福田さんの上方から見た南畝も新視点。石川淳の江戸戯作受容のお話も貴重。ただ時間がおしていたようで、ディスカサントとパネリストの絡みや、議論の時間がなく、これは残念だった。論点はディスカサントの小林さんが出していたのだが。僭越ながら顰蹙覚悟で私もちょっと発言したが、南畝のような人物を論じるとどうしても論じる人の人柄が反映されるよな、という感想を持った。これは西鶴をはじめとしてこれまでも言われていたことだが。また上方側が南畝に歓迎的に対応するのも、幕臣なのに文芸をやるというキャラクターが大きいような気がする。幕臣加藤宇万伎が、秋成や蒹葭堂に歓迎されたのと同じ対応ではないかと。そういえば千蔭も上方で人気が高いし。まあ感想なのでお許しください。
さて特に計画していたわけではなかったが幾浦さんの慰労会を少人数で行った。彼は近世専門ではないが、近世文学会にとっても貴重な人材だと思う。
さて、3日目(5日)は学会とたばこと塩の博物館が連繋して行った大田南畝展へ。月曜日に学会員のために特別開館してくださったもの。会場には南畝の専門家である宮崎修多・久保田啓一・池澤一郎・小林ふみ子各氏をはじめとする錚々たる「解説者」がいたので、さまざまな知見を聞くことができた。今回の展示は、かなり専門家向けというかマニアックなもので、新資料・個人蔵が多く出ていた。いろいろと工夫もされていて、素晴らしいものだった。図録もじっくり拝見したい。
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2023年05月26日

江戸の絵本読解マニュアル

 東京学芸大学の「叢の会」。1979年以来、40年にわたって、メンバーが草双紙の翻刻・解題を『叢』という手作りの雑誌に発表し、草双紙研究に多大な貢献をされてきた。それだけではなく『草双紙事典』や『初期草双紙集成』なども刊行してきた。『叢』という雑誌自体は、活動を休止したが、会の活動は続いていたらしい。その成果が素晴らしい形となって登場した。それが『江戸の絵本読解マニュアル』(文学通信、2023年4月)である。
 近世文学研究者だけではなく、小中高の国語の先生や、絵本に興味をもつ一般読者も意識して、親切丁寧な本作りになっている。企画・編集段階で相当時間をかけているとみた。
 草双紙とは、絵を主体とした娯楽読み物。子どもだけではなく大人も楽しんだ気楽に読めるこぶりで薄い造本の娯楽品である。草双紙のしくみ、その歴史、そして具体的な作品に即して丁寧に説明される、その作り方と読み方。教材としての使い方などなど。参考文献も非常に有益。
 なにより、この草双紙の解説から、江戸の生活・文化・教養へと導かれてゆき、江戸の理解につながる仕組みは素晴らしい。非常によく考えられた入門書であり、とくに小中高の先生方にお勧めしたい。幽霊や妖怪についても、学ぶところ大ですぞ。
 
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2023年05月13日

東アジアにおける笑話

 いつのまにか本ブログ記事も1500を超えていました!(自祝)
 2008年にはじめて、最初は日常の些事も綴ったりしていましたが、なんとなく自分の研究生活や、私の目に入った研究書について感想を述べるというスタイルが自然に固まってきました。
 2010年代に入って、語学が出来ないわりには、海外に行く機会が増え、2016年、ハイデルベルクに長期滞在することで、研究に対する姿勢のようなものが変わりはじめました。同じころ、古地震研究の人々や、デジタルヒューマニティーズの研究者とも知り合い、古典研究の意義を考えざるを得ない事態にも関わって、日本文学研究が、いま大きく変わっていく時代だということを実感しました。たまたま在籍する大学にいたからこそ、それを実感できたのかと思います。2016年以後は、学生にも国際化・学際化・文理融合を意識させるように努めましたし、自身が国際学会で発表するなどの実践をしないと説得力もないので、無謀ともいえるチャレンジもしてきました。
 厳しい国際情勢の中で、文学研究がどういう意味をもつのかを、常に意識しておく必要があるということを、何らかの形で今後も発信していこうと思います。
 そういう意味で、「東アジア」というのは、欧米の日本研究が属する研究カテゴリーで、そこに絶対的な意味があるわけではなく、一つの視点であるということをふまえなければならないものの、従来の日本文学研究を相対化する有力な視点のひとつであることは確かです。この観点からの共同研究や企画もいろいろ出てきています。このたび、川上陽介さんを代表者とする共同研究の成果として『東アジアにおける笑話』(文学通信、2023年5月)が刊行されました。ひとりひとりの問題意識には温度差があるようにも思いますが、たんなる「和漢比較」に終わらない、東アジア学をめざそうとする基調を感じます。川上さんの序言には、それぞれの論文が、どういう立場から書かれたかを明記し、それぞれの立場からの追究を糾合したことを強調しています。
 このような場が大事なことこそ、私が実感してきたことです。おそらく、共同研究では様々な立場をふまえた「議論」「意見交換」が行われたに違いありません。その「議論」「意見交換」の中に多くのヒントが含まれていたのではないか。それがどう反映しているのか、ということを期待して本書を読んでゆきたいと思います。はい、その通り、まだ読んでいないのにブログに書いてしまいました。
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2023年05月04日

知と奇でめぐる近世地誌

 木越俊介さんの『知と奇でめぐる近世地誌 名所図会と諸国奇談』(ブックレット〈書物をひらく28〉平凡社、2023年3月)。
 田中則雄さんと私とで編集した『日本文学研究ジャーナル』7号(2018年)の特集「近世後期小説の作者・読者・出版」で書いていただいた「寛政・享和期における知と奇の位相ー諸国奇談の戯作の虚実」が一応出発点になっている。そして、あとがきに記されたているように、私が開催校としてオンライン開催した絵入本ワークショップ12(2020年9月)での発表「寛政〜文化年間の名所図会と怪談・奇話・仏説」、さらに、これも私たちの共同研究であるデジタル文学地図プロジェクトによる国際研究集会の研究発表「十九世紀における地誌の広がりー名所図会と奇談的地誌(2020年12月)が、この本の大部分を占めている。木越さんの研究を進めるきっかけになっていたら、大変嬉しいことである。
 私じしん、近世中期ではあるが、「奇談」書研究をやってきたし、ここ数年はデジタル文学地図プロジェクトに関わっていることで、木越さんの研究には大いに関心があるばかりでなく、実際にプロジェクトに協力もしていただいている。
 『東西遊記』をターニングポイントとする「奇」への向き合い方の転換を地誌、たとえば名所図会に着目して、その中での奇の描き方を分析している。私なりにまとめると、「奇」に対して、19世紀の地誌の著者は「知」で向き合うのだが、それは「奇」の否定や合理的解釈とは違い、旺盛な知的興味や観察に基づくものである。これは当代の好古趣味や異国への関心とおそらく重なっているのだろう。怪談・奇談を、怪異・奇異を信じるか、信じないかだけで考えるべきではないことを教えてくれる、私にとってはありがたいブックレットであった。
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2023年04月30日

和学知辺草

〈埋もれていたもうひとつの「うひ山ぶみ」〉という触れ込みで、『和学知辺草 翻刻・注釈・現代語訳』という本が、「小城鍋島文庫研究会」のみなさんによって刊行された(文学通信、2023年4月)。『和学知辺草』とは、18世紀の終わり頃に、佐賀で書かれた、和学(というよりも和漢の学全般)の入門書である。
 当時の地方の学問の手引き書のサンプルとして貴重である。注釈や現代語訳も丁寧である。このように、現代語訳までつけるというのは異例であるが、研究会のみなさんが、多くの人にこの本を読んでもらいたいという志の表れだと思う。現代語訳は白石良夫さんが一手に引き受けておられるが、「うひ山ぶみ」の現代語訳でも見せた定評の文章力で安心して読める。
 少し気になったところを述べる。全ページの影印は必要ないが、表紙カバーにしか写真がないのはいかがなものであろうか。最近はあまりそういうことはないのかもしれないが、公共図書館・大学図書館では配架の時カバーや箱を捨ててしまうところもあるのでやや心配になった。
 そして、唯一の伝本であるのならば、もう少しモノとしての本の解題や、文学史的な意義について解説がほしいと思うのは私だけであろうか。私はもうひとつの「うひ山ふみ」というにはちょっと方向性が違うなと思ったので、なおさら、なぜそう言えるのかという点を教えてほしかった。書誌学的な説明もややそっけないかなと感じた。
 さて、「あとがき」に、白石さんが、本書が科研共同研究の成果であること、それを社会に還元するには出版社による出版で市販ルートに載せることが大事だという認識によって、文学通信から刊行したことを述べている。科研費による成果公表では、A4版の報告書を作成して、関係者に配布するパターンが多いのだが、見知らぬ研究者が目にすることはなく、一般の方の手に渡ることもありえない。だから、出版社による出版にこだわったと。共感する。科研報告書を科研費で出版するのはルール上ハードルが高いが、これをもっともっとやりやすくしてほしいと思う。科研での学術図書出版助成という制度もあるが、これは審査に時間がかかる上、助成を受けられるのは応募の3割くらいではないだろうか?もし審査に通らなかったら、何度も挑戦しないといけないが、時宜を逸してしまうこともあるし、一般向けにも配慮された本は「学術的ではない」と審査の対象外になりかねないのだ。学術書を出版して原稿料や印税をもらおうなどと思っている人は、人文系にはほぼいない。普通自腹でかなり負担している。だから、せめて科研費で出版もできるように、原稿料・印税なしをルール化して、ハードルを低くしていただきたいと心から願っている。
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2023年04月27日

近世の論争

『日本文学研究ジャーナル』25号(2023年3月、古典ライブラリー)は、浅田徹・田中康二編で「近世の論争」を特集。
冒頭長島弘明さんの「秋成と架空の論敵」は、重要な指摘がそこここに鏤められている。まずは『春雨物語』「海賊」が「歌舞伎読本」だという見立て、面白い。「秋津は不在の論敵、あるいは架空の論敵に向かってただ一方的に語りかけている」。そして『雨月物語』の「白峰」や「菊花の約」にも論争になりきれなかった論争があると指摘する。論争の中断や不成就という点では同じだが、しかし雨月物語は暗く海賊は明るい。そこに秋成の「憤り」と「命録」という、若いときと老年のときの生き方が反映しているとみる。
 さらに、秋成は「本質的な論争をほとんどしなかった人であるように思われる」という。『胆大小心録』にはいろんな歴史上の人物にくってかかるけれどそれは「放言」である。たしかに『胆大小心録』は「ひとりごと」と自ら言っているので、そう言えるだろう。
 『胆大小心録』は置いといて、私は『雨月物語』や『春雨物語』で、秋成が自説を登場人物に語らせるありかたを〈学説寓言〉としてとらえ論じてきた。秋成の方法は〈学説寓言〉史においても、非常に重要である。多くのヒントをいただいた長島さんに感謝する。
 板東洋介・高松亮太・田中康二各氏の論文も、秋成と宣長の論争に触れる。板東氏の「犬をめぐる論争」は発想がユニークである。禽獣観から思想史を構築するとは。高松氏は、先行研究を踏まえ秋成の対宣長意識を丹念に追う。田中氏は、宣長の論争の戦略、「論破」の方法を分析する。なにやら〈はい論破〉という決め台詞が話題になった最近の「論壇」(?)のことが想起された。宣長は論争が上手いということを明らかにする。
 巻末の浅田徹さんの「『筆のさが』の香川景樹歌を読むー伝統を踏み破る思想−」は、当代きっての江戸の歌人らから非難された景樹の和歌を、ほかならぬその非難を手掛かりに、その新しさを指摘していくもので、実に手際がよい。これは近世和歌研究者にはなかなか及ばない方法で、伝統的な和歌の詠み方に精通している中世和歌研究者ならではの論であった。
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2023年04月21日

冷泉為村歌集の怪

 家人に送られて来ていた抜き刷りをそれとなく手に取ったら、かなりエキサイティングな論文だったという話。
 古相正美さん。私と年が近くて、すごく古い付き合いの方。専門は近世和歌で多田南嶺についての本を出したり御会和歌年表を作ったりしている。いまは福岡に在住。何十万首という宮廷御会和歌の翻刻を続けているという。その古相さんが、不思議な事に気づく。いろんな人が出詠している御会和歌の和歌が、冷泉為村の歌集の歌と一致している例が次々に見つかったというのである。冷泉為村の歌集2166首のうち、1621首が、江戸時代の御会和歌(為村の和歌ではない)と一致するという。その発見と報告が「江戸時代御会和歌と「冷泉為村卿歌集」」(『朱』66号、2023年3月)になされた。スゴい発見。もしこの歌集で為村の和歌を論じたらとんでもないことになる。
 為村の専門家久保田啓一氏はどうやら、為村の歌集を怪しいとにらんでいたらしく、ほとんどそれに言及していないそうだ(古相論文)。さすがですな。
 ではなぜそういう奇怪なことが起こったのか。為村は御会和歌の題者や奉行を務める。手元に和歌の控えをとることが可能である。「おそらく和歌練習の手控えとして冷泉家に所蔵されていたものが、なんらかの形で流出し、冷泉為村の和歌集と名付けられて流布したものと見ることができるだろう」と結論づける。いやこわいこわい。

 
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2023年04月20日

古典新訳版『好色一代男』

 学部生時代の話。近世文学で卒論を書くことを決めた4年、中野三敏先生の学部演習は『好色一代男』であった。4年の私が最初の担当(当時「模範演習」と称していた)であった。巻1の1を担当。決まってからかなりの時間をかけて準備した。谷脇理史先生の「『好色一代男』論序説」を読むようにと言われ、その長い連載論文をコピーして、我流で製本した。それにしても、西鶴のへんてこな文章には難渋した。理屈では理解できても、現代語訳は至難だ。幸い、現代語訳を演習では求められなかったように思う。
 というわけで、『好色一代男』現代語訳が新訳で出る、それも中嶋隆さんが・・・、と聞いて文字通り鶴首して待った。最近日本古典も手がける光文社古典新訳文庫である。お送りいただいて早速巻1の1を読むと、期待に違わぬ鮮やかな訳である。訳しにくい筈なのだが、実に自然に、すっと読める文章なのである。さすがは小説家でもある中嶋さんだ。令和の今、どういう訳がよいか、というところまで考え抜かれた言葉の選び方だと思う。50年後は知らず、今から当分の間、この新訳が好色一代男現代語訳の決定版だと言い切ってよいだろう。
 訳だけではなく、注もかなり充実している。そして解説。なにか現代語訳とシンクロするような文体である。そして中嶋さんならではの解説。京都や江戸に遅れをとった大阪の出版業が俳書から始まった理由とはなにか。『生玉万句』で「私は阿蘭陀流と悪口言われてましたがね−」と言っているのは守旧派からの攻撃イメージを作ることで自己宣伝する「どこかの国で人気のあった政治家」と同じではないかなど、そうだったのかも、と思わせる、そして『好色一代男』の革新性。これも面白く分かりやすく説いている。江戸時代の遊郭知識はクイズで出題など、飽きない工夫もされている。是非ご一読を。
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2023年04月01日

大阪大学附属図書館古浄瑠璃コレクション

大阪大学附属図書館電子コンテンツで古浄瑠璃コレクション赤木文庫(100点)の目録・原本画像・翻刻(20点)が公開されています。ご利用下さい。https://ir.library.osaka-u.ac.jp/portal/akagi/
翻刻リストは写真の通りです。
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2023年03月30日

幕末・明治期の巷談と俗文芸

神林尚子さんの『幕末・明治期の巷談と俗文芸』(花鳥社、2022年2月)が刊行された。
副題は「女盗賊・如来の化身・烈女」。これは読みたくなりますね。序章・終章を除いて、三部各八章、全部で24章、700頁の大冊である。
評する能力は全くないので、私の理解による(まちがっているかもしれない?)紹介と素朴な感想(感嘆?)だけですが、お許しください。

 まず、「本書は、日本近世・近代の「巷談」と、戯作や歌舞伎、巷談などの文芸・芸能との交渉を、具体的な作品に即して考察するものである」(序章)
神林さんによると「巷談」とは、「口碑や風聞に淵源し、諸種のジャンルにわたって扱われた題材の総称」であり、歌舞伎・浄瑠璃・読本・草双紙の題材となる実録のあり方よりもさらに広く、巷説・話芸としても成長展開する。だから「実録の下位分類として措定するだけでは」不十分である。そこで神林さんは「巷談」を「分類指標」として設定する必要があるという。分類指標というのは「ジャンル」とは違う。あくまで「街談巷説に由来する題材の謂」である。
 それは「研究領域」と言いかえられるかもしれない。巷説と特定ジャンルとの関係(読本における巷談物など)、あるいはある特定の巷説の実録・読本としての展開という先行研究はあるが、巷談という分類指標を意識し、その視点から諸々の巷談の原型と展開・拡散・転化、それも近世から近代にかけてのそれを実証的に追うことで、文学史の一端を明らかにするというものである。この時期は文学史でも様々な立場からの発言がある。神林さんの視座はそこへの新たに参入宣言でもあるのだ。つまり「巷談」の文学史的研究というものを目指して、そのおおきな第一歩を踏み出したのが本書である。
 実に壮大かつ堅実かつ緻密で明瞭な構想が序章で示されているのである。
 では具体的には何を扱うのか。
1 「鬼神のお松」。門付芸能の「ちょんがれ」に端を発して様々に展開したと跡づける。まず「ちょんがれ」自体を丁寧に丁寧に考察するところ、その徹底ぶりに鳥肌が立つ。個人的には大阪大学の忍頂寺文庫を使っていただきありがとうございます(笑)。忍頂寺務さんも喜んでいます。
2 「お竹大日如来」。名主の家の下女お竹は実は大日如来という口碑。開帳や略縁起の世界にも果敢に挑んでいる。
3 「烈女おふじ」。飯田藩の江戸上屋敷で藩主の側室を斬りつけた奥女中「おふじ」が、烈女として顕彰され、烈女イメージを生成してゆく。「烈女」の問題は、思想史・政治史にも拡がっているが、そこもしっかり押さえている。
 いずれも女性の巷説を扱っているところが興味深い。もともとジェンダー研究を志す意図はなく、面白いからという理由で選んだものらしいのだが、自ずから「巷談の展開と女性表象」の問題に繋がるわけで、それは終章で考察されている。 
 それにしても、各部各章の徹底ぶりがすごい。「ザ・研究」と呼ぶにふさわしい実証へのこだわり、関連する文献の博捜、感嘆せざるを得ない。
 神林さんは、畏友ロバート・キャンベルさんの教え子。キャンベルゼミから実証を重んじる素晴らしい研究者が輩出しているが、神林さんもその一人。「巷談研究」という新たな研究領域の方法と実践を体現した研究書として本書は永く記憶されるだろう。
 


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2023年03月29日

明治歌舞伎史論

 金智慧(Kim Jihye)さんの『明治歌舞伎史論 懐古・改良・高尚化』(思文閣出版、2023年3月)が刊行された。
 明治期は歌舞伎史にとって激動の変革期である。本書は、歌舞伎と社会との関わりに注目し、「江戸懐古」「脚本改良」「高尚化」という視点から、新たな歌舞伎史構築を目指したもので、歌舞伎史研究においても意義のある研究書だと私は思う。
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 私にとって、この本の刊行は少なからず感慨深い。私の教え子としては初めての論文集という事になるからである。
「あとがき」にもあるように、彼女は韓国の誠信女子大学校を出て、高麗大学校の大学院に進み、そこで1年学んだ後、大阪大学に研究生としてやってきて、博士前期課程、同後期課程と進み、2022年3月に学位を取得、京都大学人文科学研究所に助教として就職した。大学院交流事業で高麗大の院生と大阪大の院生とて共同研究会をやったことがあり、高麗大在学中の金さんが発表したことがあった。2015年1月のことである。それから大阪大に来て私のゼミに所属した。私は歌舞伎が専門ではないし、まして明治歌舞伎の研究ということなので、指導教員としては全くの能力不足で、大変申し訳なかった。授業も大学院では演劇関係のテキストを扱うこともない。そんな中で、よく頑張ったと思う。特に博士後期課程に入ってから、地道に努力し、ものすごく伸びたと思う。それは演習などでの発表にも如実に現れていた。
 そして彼女は日本語の読み書きが完璧に近い。英語もできる。博士後期課程に入ってからは、国際学会での発表、UCBへの留学などチャレンジを続けた。これからの研究・教育界には非常に有益な人材となるだろう。
 本書に収められている各論文については元になった初出論文については私が見ている(他の専門の先生にも見てもらっていたかもしれない)。論の進め方とか書き方については指導できても、専門的な内容についてはさっぱりであり、阪大には歌舞伎が専門の先生もいらっしゃらないので、本当に指導環境は良いと言えなかったのである。この論文集に専門的な部分で行き届かない部分があれば、それは私の責任でもあるのだ。
 とはいえ、若手研究者の出版を支援する勤務先の助成金をいただけるというチャンスがあったので、それを掴み、形にしたのは素晴らしい事である。表紙もいい感じに仕上がった。表題については相談を受けたので、提案させていただいたが、なんとそれを使ってくれたようであるが、表題がデザイン的にもしっくりしていて安心した。
 どうか、皆さんのご批正を賜れば幸いである。
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2023年03月02日

家康徹底解読

 大河ドラマ「どうする家康」がじまって2ヶ月。ドラマは「史実」に沿ってはいるが、大胆なエピソードを虚構しつつ、決断を迫られて右往左往する家康を描いてゆく。かつては山岡荘八原作・滝田栄主演の『徳川家康』も大河で放送された。こちらはなんだか立派な家康だったと記憶する。
 我慢強いとか、狸親父とか、地味とか、我々がもつ家康のイメージは、信長・秀吉とは対照的である。では、その実像はどうだったのか、そしてその定着しているイメージはどう形成されたのか。歴史研究者と文学研究者を糾合して、「実像」と「虚像」を追究したのが、堀新・井上泰至編の『家康徹底解読』(文学通信、2023年2月)である。
 同じお二人の共編で出た『秀吉の虚像と実像』『信長徹底解読』に続く第3弾である。信長の時には『信長公記』という、絶対的な通路(虚像実像の両方にとって主要な史料)があったが、家康の場合はそうではないだろう。アプローチは様々である。今回も14のテーマについて、歴史側と文学側からの考察が並ぶ。シリーズ3冊目となって、双方が互いに研究方法を理解しあい、シンクロしあっているような章もあれば、何か違うことを論じているのでは?と思わせる章もあって、逆にそれが面白い。シンクロしているように思われたのは、たとえば「小牧・長久手の戦い」であり、この戦いで徳川家康が勝利したという通説が、徳川史観によって創られたものだという考察が、史学(堀新氏)・文学(竹内洪介氏)双方から為されている。互いに草稿の段階で、原稿を交換していたような形跡があって、見事に融合しているように見えた。
 尾張人質時代はなかったのではという歴史学からの考察や、三河一向一揆・方広寺鐘銘事件など、さまざまなテーマにおける最新研究成果に基づく、興味深い考察がなされている。
 それにしても、歴史研究者の書く歴史とは「確実な「事実」を一次史料で押さえ、一次史料のないところを二次史料で補い、それでも足りないところを合理的な考察で「歴史」として叙述するもの」というのが一つの見方だと思うが、当事者自身の手になる一次史料にも、年記や宛名が欠けているとか、写しであるとか、控えであるとかの外側の問題や、文言そのものの意味不明箇所など、徹底的な解読が必要であり、逆に後世の者が編んだ歴史書から、事実と虚飾を読み取る読解力も求められる。新しい史料が出現したら、これまでの「事実」が転覆することもある。まことに歴史研究は大変である。しかし、そうであるからこそ、歴史研究者は、虚構の混じる文書・記録さらには物語をも読む必要に迫られる。一方で、文学研究者も、作品の背景や作者の思想を探る際に、一次史料に遡ることを余儀なくされることもある。方法と目的を異にするとはいえ、歴史学と文学研究は交差しているし、情報交換を重ねていかねばならないだろう。いずれにしても、「徹底解読」の姿勢だけは持っておかねばならないわけですね。そういう意味で、実像と虚像の両面を「徹底解読」するこのシリーズの果たしている役割は大きいのではないだろうか。


 
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2023年03月01日

古活字探偵事件帖

 古活字探偵とは高木浩明さん。古活字本悉皆調査をライフワークとし、精力的に調査を進めておられる。その副産物である論文集も刊行されていて、このブログでも紹介したことがある。われながら、いい紹介文なので(笑)、是非ご参照賜りたい。
 高木さんは古活字探偵を名乗る。探偵というより刑事ではないか、と無駄口も出てしまうくらいに、徹底的な聞き込み、いや書誌調査のため、全国を歩き回る。多分海外も視野に入っているだろう。
 さて、高木さんの仕事の尊さは、日本文学研究者(とくに中世・近世の研究者)なら誰しも知る所だが、まだまだ一般には周知されていないかもしれない。すくなくとも古本好きには周知されてほしいものだ。したがって『日本古書通信』に高木さんが連載を持つことになったことを風の便りに伺った時は、「それはなにより」と私も喜んだ。題して「古活字探偵事件帖」である。
 2023年1月号から開始されて、現在連載は2回。1回目は「古活字版の誕生」と題するが、古活字版入門というべき位置づけになる。つまり探偵心得のようなものである。その中でしっかり胸に刻むべき教えを私なりに選べば、「新たな学問の受け皿として誕生した」「古活字版は整版とは大きく性格が異なっている。どちらかというと写本の性格に近いものがある」(引用ではなく大意です)というものである。つまり、古活字版は、その大部分が立派な本なのである。
 2月号は「欠損活字を探せ!」。いよいよ探偵としての最初のミッションが示される。古活字か整版か、一見判断が難しい時に、何が決め手になるのか。「古活字版は、限られた活字を繰り返し用いるので、全く同一の活字が別の丁にも繰り返し出現する・・・確実に同一の活字であることを確認する方法がある。それは「欠損活字を探すことである」」。その結果、古活字版研究の巨人である川瀬一馬氏の考察をひっくり返す、大ドンデン返しが起こるのである。まさに、探偵小説さながらのスリリングな展開。今後の事件帖の公開に期待がかかる。
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2023年02月28日

追悼井口洋先生

 井口洋先生の訃報が届いて愕然としている。コロナ前は研究会のたびにお会いしていたが、コロナになってお会いできない日々が続いていた。しかし、それもあとわずか、春になれば、先生も研究会に対面で出席されるだろうと期待していた。
 近松・西鶴・芭蕉。元禄時代、いや江戸時代を代表すると言っていい三大作者のすべてについて論文集を刊行した研究者は、少なくとも私の知る限りにおいては、井口洋先生しかいない。その論は周到で、徹底的に本文を読み抜くことにおいて共通している。
 かつて私にとって、井口先生は近寄りがたい「怖い」先生だった。井口先生だけではなく、同世代の上野洋三先生、矢野公和先生など、若い頃とても気軽に口を聞けるとは思っていなかった。そういう時に大失敗もした。私がQ大の助手の時、近世文学会がQ大を会場として行われた。ものすごい趣向に満ちた会ではあったが、懇親会のあとの飲み会もすごかった。一次会の懇親会が西鉄グランドホテル、二次会場の千代の海(だったっけ)というちゃんこ屋に入れなかった人たちが、「ここにはいろう!」という渡辺憲司さんの号令の下に、隣の焼き鳥屋に入る(これ2次会)、そこからタイミングを見計らって千代の海に移動(これ3次会)、そこから別途二次会の行われていた「芝」に移動(これ4次会)、ここに井口先生もいらして、なぜか私は隣にすわってきまずい感じに緊張していたのだが、緊張のあまり、井口先生のズボンにたっぷりの量のお酒をこぼしてしまったのだ。怒りもせず、笑いもせず、表情を変えない井口先生…。こわかったっす。ちなみにそのあと客に踊らせる店「福岡屋」(5次会、大谷篤蔵先生、長谷川強先生らも居て、長谷川先生はおてもやんを扮装させられて踊っていた。ちなみに私はピンクレディー。タイツをはかせられて。完全に逆カスハラである)、そしてそのあと数人で24時間営業の「芙蓉」という店(6次会)。
 時は経って1997年、いまからちょうど4半世紀前の近世文学会秋季大会。私はまだ山口にいたころであったが、天理大学で「血かたびら」について発表。語り手人麿論という奇矯なことを言ったために、総攻撃を受けた。その時に手を挙げて質問してくださったお一人が井口先生である。これまた緊張のあまり、内容を憶えていない。壇を降りた後話しかけられて、論はダメだが人麿への着目はいいという評であったかと思う。
 2001年、私は大阪大学に転任する。いろんなことがあって、かなり心身とも参っていたが、奈良女子大にいた井口先生は私を非常勤に呼んでくださった。それだけではなく、毎年奈良女子大に招く集中講義講師の方を囲む会にも誘ってくださった。授業は「思う存分、好きなことをしゃべっていいから」と言って下さったのである。奈良に行く時が楽しく、救われた。
 京都近世小説研究会でもお会いするので、段々と距離が縮まって、親しくお話できるようになった。
 研究会では、井口先生は、若手の発表であっても容赦のない質問・コメントを浴びせる。これは修士課程の学生であろうと、研究者として対等だという認識によるものだろう。教えさとすという感じではなく、議論を仕掛けていくという感じなのである。京都近世には全体としてその雰囲気があるが、一番尖っているのが井口先生ではないだろうか。しかし、実は心根のやさしい方なのである。
 井口先生に対して、心から申し訳ないと思うのは、2021年11月に刊行された『『奥の細道』の再構築』のことである。井口先生には個人的にお礼申し上げたが、きちんと読み切っての感想を言えないままであったことである。中尾本『奥の細道』を「芭蕉自筆本」だとして疑わない学界の空気に、先生は違和感を覚えていた。中尾本の添削前のの本文を、『奥の細道』の一異本として読解する孤独な営為。先生はこれを長い時間をかけて徹底的に行い全うする。
 そこであらためて「再構築」という書名の言葉に注目したい。古典を「再生」というキーワードで捉え直すという最近の私の試みにあまりにも近しい言葉ではないか。井口先生の中では、この本文批判は、「奥の細道」を未来につなぐための再構築、すなわち「古典の再生」に他ならないのだと、今の私は読む。
 「古典の再生」とは、その都度その都度、古典を未来に繋ぐことだということを、井口先生は教えてくれる。
  感謝とともに、先生のご冥福を心よりお祈り申し上げる。
 
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2023年02月27日

『誹諧独吟一日千句』研究と註解(中嶋隆さんへの手紙)

中嶋隆さま

この手紙はご大著『『誹諧独吟一日千句』研究と註解』(文学通信、2023年2月)に触発された私の思いを、きちんとまとまらないままに書きつけ、お礼に代えるものです。

本来、数人の連衆の座を意識しつつ作句していく誹諧を、一人の創作者と不特定多数の享受者という関係に変質させたのは、西鶴が独吟したからである。しかし、その時の不特定多数の享受者を西鶴は連衆と呼んでおり、それは単なる聴衆とは違う。自分と同様、作句能力のある座メンバーである。西鶴の小説における作者/読者の関係は、この関係に似ている。
多様な読者が西鶴の小説にそれぞれのコンテクストを読み取り、作り出すことが、西鶴の誤読や幻想を生んだが、それは西鶴の複綜する文体が生み出したものであり、独吟のあり方は、その文体の秘密の解明を示唆する。

中嶋さんが、一日独吟の註解に取り組んだ理由がようやく腑に落ちました。小説家でもある中嶋さんの関心は、西鶴の小説にあり、その西鶴の小説の独自性の秘密の根が、彼の独吟に見えるからなのですね。

私のこの理解は、あるいは「誤読や幻想」かもしれません。なぜなら私にも、秋成の散文を考えるというコンテクストがあるからなのです。2月12日の「古典の再生」シンポジウムの私の発表で、私は秋成の「長物がたり」「ひとりごと」を取り上げたのですが、それをあるべき読者の不在という観点から考えました。秋成の『春雨物語』はその延長にあり、西鶴のベクトルとは逆に、不特定多数の読者を想定する版本の小説(秋成自身も浮世草子や雨月物語で経験ずみ)創作を経て、特定の人を読者として想定する写本の著述(注釈や和文など)によってモチベーションを確保していた京都時代の秋成が、最も信頼できる読者である「正親町三条公則」を喪って、不在の読者に向けて、ひとりごと、長物がたりをする、という道筋を考えていたからなのです。

 秋成自身も体験している連句は、江戸時代における「作者/読者」を考える際に、重要な視点であることに気づかせていただいたと同時に、西鶴や秋成の散文が、どういう読者を想定していたか、おそらく近代読者とは違うだろうという問題を私の中にもたらしました。

 この感想自体が逸脱=「長物がたり」ですが、さらに言えば、本書の研究篇の冒頭に、
「寛永期は、中世以前の伝統文化が出版メディアによって再生・再編された時期である」という一文にいまさらながら驚きました。先のシンポジウムでの議論とシンクロしますが、なんと「再生」というワードがここに使われているではないですか。まさに中嶋さんがディスカッサントとして、「源氏物語再生史」の「史」が問題だと言われた意味が前景化するのです。
 その状況が進んだ中で生まれた談林の独吟・速吟は、座より個人、質より量という創作価値観の転換を生む。それは寛永期のあと、寛文・延宝期の文化動向の反映である、というのが中嶋さんの描く文学史だということでよいでしょうか。
 複綜的なコンテクストには非現実的なコンテクスト(無心所着)があり、それが笑いを生んでいる。その事例をいくつも挙げることで、西鶴の独吟の方法が浮かび上がると同時に、西鶴の小説への展開が見えてきます。

 なぜ、このテキストに注釈が必要なのか。それがここまで追究されていることに、感嘆を禁じ得ません。現代を見据えつつ古典に向き合い、「史」の構想を重視する中嶋さんならではの、一書として、本書を受け取りました。私の「誤読と幻想」を招いたことで、中嶋さんは西鶴に連なることになります。
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